第329話 目覚「ノート」

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 最初の料理実習から数日が過ぎた。


 フォスさんは大分 研究所に慣れたようだね。

 コウの町の町長からの手紙にも、フォスさんの対応に感謝する言葉が入るようになってきた。

 なにより、執務室での対応は毅然とした文官として振る舞っているが、それ以外では色々な物に興味を示す少女のような雰囲気だ。

 着ている服も、仕事を離れると文官用のキッチリとした物からユッタリとした女性らしい服装に替わってきている。


 午前中の執務作業が終わり昼食の食事中のこと。

 明日の業務予定を確認し終わり、午後の予定を聞いたら農園に出て食材となる野菜の手入れを手伝うそうだ。

 ナカオさんと農業従事の経験のある守衛さんと一緒に。

 守衛さんと一緒に泥にまみれていることも報告されていると思う。

 フォスさんと守衛さんの間にあった、他人行儀のような感じが薄れている。


 もっとも、農園作業の手助けになっているかというと、ミミズが出るだけで驚く位だから、察してあげないといけない、微笑ましいな。


 私やシーテさんも農園作業を手伝うことがあるよ。

 私の場合は、重くて動かせないような物や大量に重い物を運ぶとき。 時空魔術は絶大な威力を発揮する。

 なので、収穫物や肥料・資材の搬送、畑から出た岩の除去をもっぱら行っている。

 あと、崩れかけている壁の修理とか。

 シーテさんは広域に展開できる魔術で肥料や農薬の散布、ゴミの焼却とか。

 うん、なんだろ釈然としないのは私だけじゃ無いと思う。


 魔術の研究も、フォスさんは関わりだしてきた。

 錬金の属性魔法を料理や農業に役立てようと意気込んでいる。

 私も調べてみると、錬金は農業や料理にも向いていて、稀少な肥料・農薬や調味料の生成も可能という。

 研究室で錬金の書籍にかぶりついてる。

 錬金も詠唱も、私やシーテさんの専門外で教えることが出来ない。

 なので自分で頑張るしか無い。


 フォスさんは、魔法学校を1年目で貴族院に転校したので、基礎魔法に関しても十分に身に付けていない。

 錬金や詠唱の勉強に平行して、基礎魔法の勉強と実習を行うように言った。

 特別に魔法学校から教科書を送って貰っている。

 指導に関しては、魔導師という位が役に立つ。

 本来、魔法使いに魔術を教えるのは禁止されている。

 これは、魔術が本人の能力以上に力を引き出してしまえる技術でもあるから、危険性を考慮されての処置だ。

 だけど、基礎魔法のような魔法を行使する上での基本となる部分は、使える魔法使いを増やす政策の為、公式に解禁されている。

 そして、魔術に関わる部分は魔導師の私の権限で、私か私が許可した魔術師が指導を行うことが出来る。

 なお、これが原因でコウの町の魔法使いに指導するのが難しくなってしまったのは、仕方が無いかな?

 フォスさんの魔術師としての資質は見ている限り正直高くない。

 フォスさんが変な癖が付かなく効率的に魔法が使えるようになる位なら問題ないだろうね。



 今日は、フォスさんに基礎魔法について講義を講義を行っている。


「……以上が岩石の組成と種類、魔法で作り出すときに必要となる魔力の傾向になります。

 質量が重くなるほど、作り出すのに必要な魔力量が増えると思って下さい、金属だと桁違いに増えますね。

 まずはこんな物であると覚えておいて、土属性の魔法を使う前に再度確認して下さい」


 ノートを取るフォスさんを見る。

 ん?

 筆跡に何となくデジャブが。

 何だったっけ?


 えーっと、あ。


 収納空間から1冊の未完成のノートを取り出す。

 そう、領都の学術区画、その中古屋で購入した雑記用のノートだ。

 私が初等教育と中等教育の復習に利用したノート。

 そのノートの筆跡に酷似している。


「フォス、このノートに見覚えは?」


 パラパラとめくって、驚きと複雑な表情を見せる。


「これは、魔法学校で私が書いた物で間違いないです。

 廃棄紙として捨てたはずなんですが、なぜマイ様が?」


「これは、私が魔法学校に入学したとき。

 中古屋で裏紙として売られていた物を購入したんです。

 そうですね、村人出身の私が初等教育と中等教育を無事に履修できたのは、このノートのおかげもあります」


 几帳面で繊細な文字のノート。

 フォスさんの人柄を表している。


「マイ様、このノートを頂いてもよろしいでしょうか?

 その、なんといいますか、未完成のままなのが心残りで」


 元の持ち主の所に帰るのなら、良いかな。

 このノート完成させるのか、それとも新しく作るのかはフォスさん次第だ。

 個人的には新しいノートを作成して欲しい、特に基礎魔法に関して。


「ではフォスが作ったノートは返却します。

 それと、私が作成したノート、初等・中等教育、それと基礎魔法に関するノートも研究室においておきますので、研究室内でなら自由に読んで構いません」


「でしたら、貴族院で作成した高等教育のノートも置かせて下さい。

 貴族として必要な礼儀作法のノートもあります」


 胸に両手で握りこぶしを置いて、喰い気味に話すフォスさん。

 高等教育は、私も魔術に関する部分しか学習していないから、これは興味がある。

 貴族の礼儀作法は……覚えないといけないんだよね。

 公式の場として出ることはあるから。

 フォスさんが私が取り出したノートを早速読んでいる。

「フォス、読むのは後で。

 この後、実際に土属性の魔法の行使をしてみましょう。

 座学と実習を交互にやった方が効率が良いです」


「あ、はい判りました、すいません」


 私も同席しているシーテさんも怒っていないし、そういう雰囲気を出している。

 フォスさんも苦笑気味に笑う。

 以前のフォスさんなら それに気が付かずに謝罪を繰り返していただろうね。

 余裕が出てきたのだろうか?

 時空魔術研究所での業務は少ないし、フォスさんには研究を行うことを強いられていない。

 以前、宰相から言われたっけ。

 貴族の娘として碌な扱いをされてこなかったと、だから研究所では平穏にして欲しいとかだったかな。

 まあ、ここに居る間は貴族のしがらみから解放されて自然に生活して欲しい、移動の自由は少ないけど。


 農園の片隅で行った基本属性を元にした基礎魔法の行使は、まぁ、うん、予想通り。

 私とシーテさんで癖が付かないように教育していこう。


■■■■


 夜。

 私とシーテさんの定例の打ち合わせだね。


「シーテさん、ここ最近のフォスさんの様子を見てどうですか?」


「ええ、肩から力が抜けて自然な感じになったかな?

 宰相や領主から何か指示を受けている様子は全くないわね。

 研究資料をワザと出しておいても気にしていないし、片付けた方が良いとか言うものね。

 魔法に関しては、魔術師は無理ね魔法使いとしてもどうかな?

 錬金術専門の魔法使いなら多少は使えるようになるかもね」


「同意です。

 もとより真面目な性格なのでしょう、興味を持ちだしてからの学習速度は高いです。

 興味が農業と料理に行ったのは予想外ですが。

 ちょっと子供っぽい所がありますね」


 シーテさんが笑って私の頭を撫でる。

 私は、本当の年齢ならとっくに成人していますよ。


「でですね。

 私やシーテさんの秘密にしていたり研究開発中の魔術についてはどうしましょう?

 実験は屋外なら、別行動中に出来ますが、それでも万全とは言えません」


「秘密の共有に関しては、慎重にした方が良いかも?

 フォスはマイちゃんの収納空間についても知らなかったし。

 下手に知ってしまって、問題に巻き込まれてしまう危険が大きくなるわ」


「それはそうですが……」


 悩む。

 フォスさんは領都に住む貴族の娘だ。

 今は職務上の扱いで家と無関係となっているが、役職が解かれれば実家の貴族に戻ることになる。

 そして任命権は領主様にある。

 人柄としては信用しても良いんじゃ無いかと、考えるようになってきている。

 地頭も良いし、やるべき事を与えられた権限の中でしっかりと、無難にこなしてしまえるだけの能力がある。

 でも、巻き込んでしまって良いのだろうか?

 今の関係を維持した方が、お互いのためかもしれない。


 それでも悩むのは、私が昔、シーテさんを含むギムさん達に隠していた魔術を教えなかったばっかりに迷惑を掛けたり、判断に失敗したことがあるからだ。

 もう失敗したくない、そういう気持ちも強い。


「魔術の研究に関しては、当面の間は危険だからと言う理由で離しましょう。

 自室に幾つかの書籍の持ち出しを許可して。

 それに農業や料理でナカオさんに任せても良いですし」


「それで行きましょうか。

 フォスさんには穏やかに過ごして欲しいです」


「ん? それはもしかして彼女に思う所があったり?」


 鋭いなぁ。


「周囲の都合に流されて、自分の意思を持てないまま生きてきた。

 何となく、コウの町に来る前の自分に重ねているのかもしれませんね」


 同じじゃ無いのは当然だ。

 彼女は貴族の娘であって、私は村娘が魔術師になった。

 上位の支配階級の命令は絶対だ。

 でも、選択できる幅は彼女の方が多かったと思う。

 彼女は選択しなかった、私のように選択できなかった野とは違う。


「気にしすぎる必要は無いわよ。

 彼女は彼女、マイちゃんはマイちゃん、別の人間で比較する必要は無いのよ」


 ポンポンと頭に手を当てられる。

 シーテさんの優しい顔が近い。

 少し、フォスさんに気持ちが入ってしまっていたのかもしれないな。


「はい、彼女も研究所の一員として扱うで良いですね」


「ええ、しっかり働いて貰いましょ。

 ちょっと気が抜けてるみたいだから」


 ニッコリと笑うシーテさんに私も笑う。





 私達は、フォスさんを時空魔術研究所の一員として扱うことを決めた。

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