第328話 目覚「パスタ」

0328_23-04_目覚「パスタ」


 時空魔術研究所、その裏には魔導師と助手が生活するための家が用意されている。

 10人程度がゆったり住める広さの、普通の家。

 想定としては、1家族と側近数人、家政婦が数人。

 今は、私とシーテさん、フォスさん、ナカオさんの4人だけ。

 台所も家人と来客が来ても対応できるように、それなりに広い。

 宿屋タナヤの厨房よりも少し狭い位広いね。


 その台所で、私は格闘してる、難敵だよ。


ベチョ、ベチョ


 水と小麦だけで練っています。

 が、手に張り付いて、上手くいかない、うにゅう。

 思い通りにいかないので、変な声が出そう。

 はい、料理は切って煮るか焼くだけなら良いのだけど、材料からだと全く出来ません。

 へっぽこです。


「くっ、どうして?」


ベニュー、ベニャ


「ふっふ、上手くいってないようね」


 シーテさんが、自信満々に言っているけど、水分が多すぎたのか、デローンと伸びて、鼻やほっぺたにまで小麦が張り付いているよ。

 あ、自信満々じゃなくて、諦めているのか、口元が引きつっている。

 へっぽこ2号がいる。


「あらあら」


 それを何時もの事だと、あきらめ顔で見ているのは監督してくれているナカオさん。

 自作の保存食を作っておきたくて、ナカオさんに相談したのが切っ掛け。

 その時、基本的な簡単な物から作った方が良いと言われ、時間もあるので了解したんだ。

 その何回目かで襲撃事件後では初、今回はパスタ作り。

 半分はお昼に使う予定だ。


ペタン、ペタン


「えっと、その」


 小気味よい音を出しながらフォスさんが、私の不器用さに目を丸くしている。

 そのフォスさんも、貴族の子供だったこともあり、今日が台所に入るのは初めてだそう。

 なので、一緒に試行錯誤しようかと思っていたのだけど、器用に綺麗に丸く練り上がったものから空気を抜いていっている。

 一番上手い。


 そして、どう言えば良いのか判らず、混乱しているよ。


「くっ、フォスさんがこんなに素質が有ったなんて知りませんでした」


「え? マイ様、ただ言われたとおりにしただけですが?」


「マイ様、もうちょっと力を入れて練りましょう、もう少ししたら纏まり出します」


 私の独り言に、フォスさんが困惑してる。

 ナカオさんが、現状一番悲惨なシーテさんの所に行き柔らかくなっていく粉をまとめていく、あっという間に纏まり出す。

 うん、最初に小麦粉の量も入れる水の量も計量していたから水が多すぎることは無いんだよね。

 ただ、不器用なだけだよ。


「な、なんとか纏まりました」


 少しして、ちょっと歪な塊の前で、肩で息をしながら私が横を見る。

 シーテさんは諦めたのか、ナカオさんが手直しした物の前でニコニコしている。

 フォスさん、うん上手だナカオさんが作ったと言っても通用するぐらい。

 この塊を寝かすために湿らせた布を被せて暫く放置。


「マイ様、これは一体?」


 今日は実習を行うので、一緒に行う事、と言っていた。

 で、台所で小麦粉を練りだしたんだから混乱するのも不思議じゃ無いよね。

 詳しく話さなかったのはわざとだけど。


「朝食の時に詳しく話さなかったのはワザとですが、何故聞かなかったでしょうか?

 聞かれたら答えていましたよ」


 責めるようには言わない。

 むしろ、少しイタズラをしているように、笑って。

 自分から考えて行動して欲しいから。


「あ、申し訳ありません。

 その、えっと、え?

 小麦粉を水で練って何をしているのでしょうか?」


 うん、料理を全くしたことが無いフォスさんらしい言葉だ。

 昨日よりも少し表情が出て居る、が、オドオドしている感じが残っているね。


「今日は料理実習です。

 最終的な目的は野営などで食事を取れるようになること。

 その為の技術や保存可能な食料を作れる技術の習得。

 その前の段階として、基本的な料理技術の習得するための実習です」


 私の言葉に、驚いて塊を見る、何を作っていると思ったんだろう?


「えっ、これが料理なんですか?

 料理とは、なんか、切ったり、焼いたり、なんかして、あれ?

 この白い塊が料理?

 形が全然違うんですが。

 ええっと、本当ですか?」


 寝かしている塊を突きながら、子供のように興味深く突くフォスさん。


「え、台所なんだから当然ですよね」


「料理は厨房で調理人が作る物では?」


「ええと、規模が大きいか料理店の料理を作る場所が厨房。

 家庭や規模が小さい所の料理を作る場所が台所。

 かな?」


 シーテさんかフォスさんの疑問に答える。

 台所という単語を知らなかったのか、で、設備を見ても判らないというのは、貴族の女性らしい、のかなぁ?

 フォスさんからは、昨日まであった能面のような無表情が少しだけ取れて、感情が判る程度に表情に出て居るんだ、一歩前進かな。


 寝かしている間、お茶をして会話をする。

 ナカオさんに、この季節の食材について聞く。

 春の野草は終わって、今は春野菜が美味しいとのこと。 フミと北の森の手前の小川で野草を採集したのを思い出す。

 研究所の周りには湧き水が少しあるのでて、野草を採集は少ないが出来る。

 今度一緒に採取しに行こうという話になった。


 寝かした物を今度は棒状に延ばす。

 これは流石に失敗しない、一定の太さには成っていないけど。


「このあと、整形するときに大きさが合っていれば今は気にしなくて良いですよ」


 との事なので、気にしない。

 フォスさんのが綺麗な棒になっているのは、見なかったことにする。

 棒状になった物を、薄い木の板で木の包丁?で親指の第一関節程度の大きさに切り分ける。

 それを球状に整える。

 最後に手のひらの親指の付け根で押しつぶしてクルッと巻く。

 ……うん、形は気にしない。

 沢山のショート生パスタが出来上がっていく。


 出来上がったうち、半分を取り分けて魔術で水分を取り除く。

 乾燥したショートパスタは保存がきくので保存容器に入れて保管。


 生パスタを燻製肉の細切れとトマトピューレ、塩・胡椒などで味付けてしたスープに入れて煮る。

 生パスタは煮過ぎないのがコツだそう。


 ナカオさんが、サラダや副菜を用意してくれていて、それと合わせて昼食にした。



「では、昼食にしましょう」


 手を洗い、軽く衣服に付いた小麦粉の粉を払って、食卓に着く。

 フォスさんは自分が作っていた物が食事になると思っていなかったようで、本当に大丈夫かパスタのスープを覗き込んで、スプーンでつついているよ。


 見た目は兎も角、味の方はナカオさんが整えてくれているので普通に美味しい。


「美味しい、です」


 フォスさんが呟く。

 うん、その表情は知らない事に驚いた子供のように、料理に夢中になっているね。

 よかった、堅かった少し人形のような印象が崩れていく、うん。


「ショートパスタを生地から作ったのも初めてね。

 普段は乾燥したのか、もっと適当に練ったのをちぎってスープに入れるくらいだから。

 それに作りたては舌触りが良いわね」


 シーテさんにも好評のようだ、私もしっかり小麦粉を練って作る事はしたことが無かったので、興味深い。


「思っていたよりも美味しく出来ましたね。

 野営でも時間があれば是非やりたいです」


 プニプニとした食感のパスタにスープが良く絡で美味しい。

 そして、ナカオさんが用意してくれた副菜が良い具合に味を引き立ててくれる。


「所で、マイ様。

 この料理実習は何時必要になるのでしょうか?

 準備が必要でしたら、早めに行いたいのですが」


「フォス、これは基礎訓練です。

 これからも何度か行いますが、何時必要になるのかは判りません。

 必要になったときに、ここに居る誰もが対応できるように準備しておくですね。

 で、楽しかったですか?」


「え、あ、あの、すいません。

 実習なのに、その」


 楽しんでいたことに恐縮してる。

 勉強も何もかも、命じられた作業だったんだろうね。


「楽しかったですか?」


 出来るだけ優しく笑いかけながら、フォスさんを見つめる。

 混乱している、その表情は少し可愛い。


「楽しかった、です」


 肩をすくめ、縮こまって言う。


「なら、良かったです。

 実習も研究も、なんでも楽しんで行えれば身につきやすくなります。

 これからも楽しんで行きましょう」


 戸惑っているフォスさんを、皆で優しく見つめる。

 その中、ナカオさんがそれぞれの料理を試食して、ぽつり。


「フォスさんが一番、料理の才能がありますね」


「ぐっ」

「あぅ」

「ぇぇぇ」


 ナカオさんの一言で、私、シーテさん、フォスさんが声を漏らす。

 うん、そうだね。

 ナカオさんが、ヤレヤレという感じで私に向かって話す。

 苦笑しているかな?

 ナカオさんとの関係も最初に比べると親しくなった。

 公私を上手く使い分けてくれるので、大変助かります。


「マイ様もシーテ様も考えすぎなんですよ。

 分量や手順を正確に再現しようとするのは良いですが、状況に合わせて適度に調整するのが必要です。

 感覚であわせることがコツです」


 魔術師の癖かな?

 理論や技術に重さを置きすぎるあまり、曖昧な所を嫌ってしまう。

 食材の状態や手元にある材料の分量、天気状況(気温・湿度)によっても変える必要があるそうだ。

 普通は塩梅を感覚でなんとなく調整するそうだ。

 それは、綿密に考慮しても良いけど、そういうのは食品工場のような場所で使われる手法とのこと。


「その適度が上手く理解できないんですよね。

 塩適量とか言われても、何グラム?となってしまって。

 シーテさんは?」


「私もね、レシピに沿っているんだけど、味付けは好みとか言われても、困っちゃうわね」


 シーテさんが肩をすくめて、フォスさんを見る、自然とフォスさんに注目する。

 彼女は、今日が料理の初体験だったはずだ。


「ええと、これくらいかな~、という感じで。

 その、何となく?」


 上手く説明できずに、コテンと首をかしげる。

 うん、やっと女の子らしい表情をするようになってくれた。

 本人は気が付いていない、料理に夢中になってるね。


「その、マイ様。

 料理実習はこれからも行うのでしょうか?」


 おずおずと、それでいて期待をしているように少し恥ずかしがって。

 本当に子供だ、面白いことを知って次もやりたいけど遠慮してしまっている。





「料理実習は調薬の訓練にも成ります。

 今後も定期的に続けます、が、頻繁には行いません。

 個人的に興味があるのなら、業務に支障が出なければ自由に行って構いませんよ」


 フォスさんの表情がパアッと明るくなる。


「はい! 是非 身に付けたいと思います」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る