第327話 目覚「困惑と謝罪」

0327_23-03_目覚「困惑と謝罪」


「マイ様、何か失敗をしていたようです、申し訳ありません」


 町長達が研究所を出ていった事の報告を執務室で受けた後。

 フォスさんが私の前に来て謝罪する、けどその理由まで理解できていないようだね。

 困惑している、のかな? 表情からは読み取れない。


「フォスさん、順番が違います。

 まず、何が問題だったかを確認して下さい。

 事前に話していたことを思い出して」


 私の言葉に、シーテさんが引き継ぐ。


「まず、コウの町との関係を良好に維持する、その必要性は理解していますね。

 そして、相手は庶民です、町長の管理者としての位を得ていますが、貴族院での教育も町の管理に必要な知識だけです」


 キョトン、とした感じで悩んでいる。


「ええと、マイ様は魔導師の格を持つ上位貴族位を持つお方です。

 1代限りとはいえ、この領で同格の貴族は領主様だけになります。

 なので、良好な関係を維持するのであれば、町長は最大限の忠誠を示すべきで、あれ?」


 ようやく違和感に気が付いたようだね。

 私が町長とのやり取りに口を挟んだことを。


「支配階級で管理する役職の言葉であれば正解です。

 ですが、私は魔導師であって町の支配権を持つ役職に付いている貴族ではありません。

 ですので、コウの町とは支配や管理では無い関係を構築する必要があります」


 はっ、となって膝をつくフォスさん。

 酷く狼狽しているのが判る。


「申し訳ありません!

 コウの町とは信頼と信用を得る必要があったのですね。

 私がおろかでした」


 しょうがないと思う、彼女は貴族の生まれで貴族として育てられ、支配階級としての立ち振る舞いしか学んでこなかった。

 庶民は支配対象であり、保護するべき弱者であり、そして決して対等以上には成ってはいけない。

 侮られてはいけない。

 それにそれを説明しきれなかった私達にも非はある。

 昨日、打ち合わせの時に説明したんだけど、理解し切れていなかったんだね。


「判れば良いです。

 幸い、良好な関係を維持できています、これからフォスが町に対して寛容な姿勢を示せば良いでしょう」


「はい」


 狼狽えているその様子を見て、気が付いた。

 フォスさん、失敗した経験が無いんだ。

 言われたことを言われたとおりに無難にこなしてきた。

 こなせてしまった、ゆえに良いように使われてきてしまった。

 その結果、彼女は自分のやりたいことも、自分の拠り所となる所も無い宙ぶらりんな状況になってしまった。

 その中途半端な状況な都合の良い人物と言うことで、時空魔術研究所の文官として赴任した。

 彼女には仕事以上の期待はされていない。


 恐縮して、膝を付いたまま微かに震えている。


 シーテさんを見ると、驚いているのかな?

 いや、多分だけどフォスさんのような人が居ることに哀れんでいるのかもしれない。

 シーテさんは知らないだろうね、辺境師団のような軍隊では作戦において個人の意思はほぼ無い。

 上官の発する指示がどんな内容であっても、盲目的に従わないといけない。

 でもね、やっていることの内容を自覚する必要はある。

 でないと、自分が無くなってしまう。

 フォスさんは、コマとして使われることに、自分が無い状態に慣れてしまったんだろうね。


 フーッ


 大きく息を吐く、ちょっと予想外の方向で問題だ。

 天井を見上げて、今後の方針を考える。

 フォスさんの経歴を聞いたとき、貴族の都合に振り回された人という印象だった。

 少し自分を重ねて居たかもしれない、けど違った。


 私も辺境師団の都合に振り回されていた。

 私には、上官や同僚の兵士達が居てくれた。

 彼らに、只使われるだけのコマに成らないように、毎日教え込まれたんだ。

 そしてギムさん達や宿屋タナヤのみんなに支えられた。

 私が今居られるのは、沢山の人達のおかげだ。


 フォスさんには私のような出会いが無かった。

 では、私はどうするべきだろうか?

 私がどう振る舞えば良いのか、手取り足取り言いなりになるような指示を出さなかったため、経験を元に自己判断で行動した、そして間違った。

 私の感覚だと十分取り戻せる範囲の失敗だ、だけど失敗を知らないフォスさんには致命的に感じている。


 正面を見る、フォスさんは膝を付いて、今も震えている。

 私に出来るだろうか? 上官や同僚のように、ギムさん達や宿屋タナヤのみんなのように。

 私が救われたように。


「フォス、顔を上げてください」


 ビクッ、傍目で判るほど体が震えた。

 此方を見る顔は、まるで怒られた子供が脅えているような、そんな表情だ。

 歪だ、貴族の文官として優秀なのに人間としては幼いまま。

 貴族の派閥争いとか権力争いは知らないけど、これでは良いように使われて、捨てられるだけだよ。


「そうですね、まず理解して欲しいのは、私は怒っていないですし処罰を下す気もありません。

 こちらの指示不足もありますし、貴方の経験不足もあります。

 お互いの情報共有の不足も大きいです。

 ですので、これから暫くは出来るだけ一緒に行動しましょう」


 フォスさんを警戒する余り、今日まで出来るだけ接触を控えていた、私達のせいでもあるんだよ。

 仕方が無いとは言えない、そのせいで間違った認識のままで、フォスさんが町長達とやりとりをしてしまった。

 お互いを知るところから始めないといけない。


「そうですね、フォスさんもっとお話をしましょう」


 シーテさんも同意してくれたみたいだ。

 私やシーテさんの研究中の魔術を知られないようにしていたけど、ちょっと考えを変えよう。


「はい、ありがとうございます。

 ご配慮に感謝します」


 フォスさんが深々と頭を下げる。

 これも変えていかないといけないよね。

 私はフォスさんの横へ移動して、肩に手を掛けて立たせる。

 シーテさんも横に来てフォスさんを支えてくれた。


「では、気を取り直して、今日の業務を行いましょう」


 出来るだけ、ニッコリと笑って、優しく、子供をあやすように。

 フォスさんも少しだけ笑ってくれた。



■■■■



 領都コウシャン、その領主の館の執務室。

 領主は、報告書を見てうなるような息を吐いていた。


「宰相、これらの事実確認は進んでおるか?」


「事実確認は進めて居ますが、判明するかは不明です」


「このような内容を王国はどう判断するか」


「判りません、もとより襲撃者の自白に信憑性を求めるのは無理です。

 その為の裏付けも、わが領だけでは分を超えますゆえ」


 襲撃者の自白について領軍は余りな内容に領主と宰相の打ち合わせは回数を増した。

 尋問は数週間に及びまた、その内容の精査も行われたが、得られた情報は僅かに過ぎない。

 王国への報告も、辺境師団経由だけでなく、直接の報告も行っている。


「宰相、貴様が言った東方辺境師団が襲撃者に協力した可能性、これは漏れていないな。

 例え事実がどうであったとしてもだ。

 そう考えていることが知られるだけでも危険だぞ」


 トサホウ王国の戦力の中核は、4つの辺境師団と王都師団にある。

 領軍はその規模を制限されている、また、辺境師団の庇護の元にあるため、強力な軍を維持する必要も無い。

 結果として、領が国に対して反抗する事は困難になる。

 危険思想を持っていると判断されれば、領主だとしても討伐される可能性があるため慎重にならざるえない。


「はい、領軍総隊長と私、領主様以外に知る者は居ません」


「噂でも出るようなことが無いように注意せよ。

 それと新しい情報だ、先触れで魔導師が襲撃者の捕虜を詰問するために来るそうだ。

 元筆頭魔導師である、オーエングラム卿がだ」


 定期的に訪れる王国からの使者がもたらした書簡の中身、その1つだろう。

 各領と王都とは定期便としての連絡網が構築されている、とはいえ、馬での輸送であるので日数は其相応に掛かる。

 この情報が王都から出たのも春になる前だろう。


「誠ですか。

 捕虜は現在、領都近くの町の牢獄に収監している事にしてあります。

 実際は、森の中にある極秘の砦に居ますが、場所は国に報告してない砦ですので、移動させましょう」


「うむ、オーエングラム卿ならば、魔導師マイの所へ寄って頂くのも手だろう。

 自分達が推挙し魔導師の位を与えた者がどうしているのか知りたいだろうからな」


「ええ、よい時間稼ぎになるでしょう。

 王国が持っている情報も頂けると嬉しいのですが」


「王国からの正式発表は遅すぎるからな、とはいえ、オーエングラム卿がどの程度の情報を得ているのか?

 既に、魔導師としての活動を引退されている、現在の影響力は未知数だ」


「それは大丈夫かと。

 オーエングラム様は、王族に繋がる家系の方、退位したとはいえ影響力も未だに健在と。

 ただの物見遊山では無いでしょう」


 魔導師マイ、今の所は順調と言える。

 他の貴族の体面上 放置しているが、成果を順調に上げている。

 コウの町の英雄マイの能力の1つ収納爆発を解明し、実際に領軍の時空魔術師での再現にも成功している。

 使い勝手が悪すぎる魔術だが攻撃手段が無かった時空魔術に攻撃魔術が加わった、大きい成果だ。

 そして、自分を含む多人数を収納空間に待避させることが出来る。

 魔導師マイのみの魔術ではあるが、とても貴重な能力である。

 切断の魔術、これは不明のままだ。

 他にも、研究中の魔術が幾つかあるとのことだ。

 王国に報告してあるのは、収納爆発のみ、だが何処からどんな情報が漏れているのか判らない。

 オーエングラム卿が来るのは、報告していない魔術について調べるためか?


 王都へは1度は行かせないといけない、15歳の成人を待ってからの予定だが、繰り上がるか?

 だが、国内の襲撃による騒乱が完全に治まるまでは、貴重な手駒を手放したくはない。


 領主は額に手を当て、考えを一端止める。

 これから起きる問題は何が考えられる?


「宰相、オーエングラム卿が来られた場合、周囲の領や辺境師団に動きがある可能性は?」


「我がコウシャン領に接している領との交流は現状 例年通り。

 東方辺境師団の予定も、巡回部隊が半年後に来る予定で変更はありません。

 捕虜についての探りを入れてくる可能性は高いでしょうな。

 魔導師マイに関しては、周辺の領からの非公式な調査は終わっていると思います」


 やはりか、捕虜とその自白内容について詳細に知りたがっている可能性が高い。

 他の領でも数人の捕虜を確保できた、という情報は得ている。

 だが、魔導師マイが捕獲した捕虜は、帝国の皇族の血筋であり、帝国内の情報を多く持っている可能性がある。

 他の捕虜とは価値が違うだろう。

 まだ、捕虜を1人捉えた、この情報しか展開していないにも関わらず、すでに近くの領から自白内容の摺り合わせの要請が来ている。

 場合によっては、王国への報告した自白内容が漏れていると思わなくては。


 魔導師マイへの非公式な調査はコウの町へ訪れる旅人が増えたことからも判る。

 目的としては、英雄マイや町への被害が無かったことの調査だったりしているが、沈静化している、無視して良いだろう。






 この騒乱の中心は間違いなく帝国にある、発端は6年前の魔物の氾濫であったとしても。

 襲撃者は撤収した、次に打ってくる手は?

 領主は、宙を見つめ思考に沈んだ。

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