第326話 目覚「町長面談」
0326_23-02_目覚「町長面談」
面倒な日が来た。
うん、本当に面倒くさい、今日は無かったことにしたいくらい。
研究所に1台の馬車が入ってくる、少しこしらえが良い町長専用の客馬車だね。
それと、御者と護衛に守衛さんが3人。
コウの町の町長、コウさん。
この名前は町長に就任すると受け継ぐので、歴代の町長は皆 コウと名乗っている。
町長コウさんとギルドマスターが乗った馬車が定刻通りに研究所に到着した。
事務的な訪問のため、こちらから歓迎する事は無い。
なので、馬車まで絨毯を引く事はしない。
この辺は面倒臭いね。
町長とギルドマスタ、付き添いはギルドマスターの娘のアンさんか。
馬車から降りると、正門で出迎えた守衛さんの案内で控え室に行く。
ここで、室内履きの靴に履き替えて、服装も整える。
私の面会のための準備だ。
フォスさんが迎えに行き、私とシーテさんは執務室に待機。
町長たちがフォスさんの案内で応接室に入ったことをナカオさんから聞き、応接室に向かう。
フォスさんが応接室の前に待機していて、出迎えてくれる。
「町長、ギルドマスター、魔導師マイ様が来られました」
私とシーテさんが応接室に入ると、町長たちが立って出迎えてくれる。
軽く胸に手を当て、上座に当たる席に座る。
「どうぞ、楽にしてください」
私が着席を促して座って貰う。
アンさんとフォスさんは立ったままだ。
ああ、面倒くさいなぁ。
表情は無表情にならない、少し笑っているような表情……って、どんなの?を心がける。
事務的な話し合いの場とはいえ、お互いの立場での発言をしないといけないので凄く神経を使う。
ここですかさずナカオさんがお茶を出す。
お茶が出されて、私が一口飲むまで誰も喋らず待っている。
喉を潤した私が、話しかける、上位者から話すのが礼節になっているからね、うん、面倒くさい。
「来訪、感謝します。
今回は先日より赴任したフォスの紹介をします。
彼女は、研究所で文官として領都およびコウの町との窓口として働いて貰います。
既に実務はフォスに任せていますが、問題は出ていますか?」
「フォスさん、初めてお目にかかります。
コウの町の町長コウです、領都の宰相様より優秀な方と聞いています、これからもよろしくお願いします。
対応も見事で問題は出ておりません」
「ギルドマスターのゴシュです、それと付き添いはアンです。
昨年まで領都の貴族院で町の管理者としての資格の取得を行い、現在は補佐として働いています。
ギルドとのやり取りも滞りなく」
型どおりの挨拶から始まって、お互いの経歴を簡単に説明する。
事前に書類が回っている筈なんだから、二度手間なんだけど、実際に会って話すのは必要だよね。
それから、事務的な話が続く、そのほとんどは横に立っているフォスさんが対応していて、問題は無いように感じる。
それを私は黙って聞き流している、少し眠い。
一段落したところで、コウさんが佇まいを正して私を見る。
初めて会ったときから8年かぁ、よく見ると年を重ねたのが判る。
「所で、上申書にてお願いしました、魔法教室の教師をして頂く件についてですが、どのようにお考えでしょうか?」
フォスさんがすかさず返答する。
「マイ様は魔導師で有り教えを請えるのは魔術師でも優秀な者に限られます。
シーテ様はマイ様の助手であり護衛でもあります、お側を離れることは出来ません。
今、領都の宰相様を経由して魔法学校から教師の派遣を申し入れているところです、今暫くお待ちください」
取り付く隙も与えない返答だ、そして相手の事を考えていない。
回答自体はフォスさんも交えて確認していたけど、ここまで直接的に言う必要は無いんじゃ?
コウさんも渋い表情をしている。
「今一度ご検討を。
常勤である必要はありません、シーテ様のご教授を頂いた生徒は才能を見いだす事が出来ています。
時々、生徒と教師の指導をして頂ければ。
必要でしたら生徒と教師を研究所まで向かわせましょう」
「シーテ様の実践的な魔術は、コウの町の魔術師や魔法使いに強い影響を与えました。
これからも、是非ともお力 添えをお願いしたく」
コウさんとゴシュさんが頭を下げる。
が、これも想定していた範囲内で、譲歩しているようで要求を増やしている。
それも検討していた、フォスさんの眉がピクリと動く。
「研究所に魔法教室の場所を設けることは出来ません。
他の町からの不平があるでしょう」
「フォス様、今はマイ様へ具申しています」
コウさんがフォスさんを見る、表情こそ柔らかいが目は鋭い。
ちょっと不味いかな?
「コウ様、この件につきまして「フォス」……マイ様?」
私がフォスさんの言葉を遮る。
このままだと関係が悪化してしまう。
「コウさん。
私の立場上、不必要に部外者を研究所内に受け入れることは出来ません。
また、襲撃事件が完全に解決していない現在、シーテを側から離すことも出来ません。
コウの町で魔法使いの育成に力を入れている事、領主様の意向も有り此方も協力できる範囲で対応したいと考えています。
ただ、現状は難しいことを理解して頂きたいです」
私の言葉で、コウさんが少し前のめりになっていた姿勢を正した。
拒絶していることには変わらないけど、それは仕方が無い事と、これから対応できれば協力するという言葉を貰えた、と判断したんだろうか?
「かしこまりました。
ご助力頂ける時をお待ちしております」
ああ、疲れる、面倒、やだぁ。
と、頭の中で愚痴を垂れ流しながら、何とか面談を終わらせる事が出来た。
■■■■
夕食も、研究所にある食堂で会食になる。
とはいっても、贅沢な食事が出せるわけじゃないので、普通に。
話の内容は、コウの町の主産業で有る畜産の状況とか、気候に関してとか、当たり障りの無い所ばかりになる。
幾つか、気になる話も有った。
守衛の数が少ない、魔物の氾濫の後に育成された守衛のかなりの数が、襲撃事件の際に死亡や怪我で除隊となってしまった。
現状は、戦える能力の有る人、冒険者登録されている人を臨時に雇ってしのいでいる。
他の場所からの移住者は滅多にいないし、人材不足のこの国では犯罪者以外の人員の流出は避けられている。
なので、流れてくる人は犯罪者の血縁者や関係者になる。
歓迎され難いのは想像できる。
なお、町から追放された犯罪者は流刑村という所に行くらしい。
刑務村で、生涯にわたって監視の中、労働を強いられる、と聞いた。
犯罪者に人権は無い、国民では無いし人間扱いされない。
それを嫌って、移動中に逃亡した犯罪者は今度は盗賊になったり、盗賊が移送中の隊を襲撃して勧誘したりする。
刑務村の場所は公表されて折らず、一般の人は知らされていない。
北方辺境師団に居た頃、刑務官を殺して独立しようとした、ある刑務村の殲滅をした事もある。
領軍でも手こずる事が多いので、辺境師団に助力を求めることが多いと、上官から聞いた。
うん、話がそれた。
兎も角、コウの町は若く戦える能力のある人員か特に少ないのが問題になっているそう。
コウの町が管理している村からの移住者も募っているけど、前の魔物の氾濫の時にある程度の人員がコウの町に移住しているので、希望者は少ない。
研究所の防備として守衛さんの数が少ないのも、その性だと思う。
私が成人していたのなら、食後にお酒を飲みながら、内密な話をするのだけど、未成年という事で遠慮して貰った。
溜まっていく一方のお酒を消費して貰おうと、客室にお酒を届けておいた、飲んでくれるかな?
夜、女性ばかりの研究所の敷地内に守衛以外の男性が来る場合は、警戒度が上がる。
シーテさんが定期的に探索魔術を行使している。
まぁ、町長もギルドマスターもいい年だし、守衛も5人体制で警備している、今回は気にする必要は無いと思うな。
「マイちゃん、とりあえずお疲れ様。
予定通り、かな?
フォスさんは、要検討ね」
家の私の部屋、シーテさんが部屋着で居る。
時空転移を使って移動を、と思ったけど、見えない場所への転移は安定性に非常に不安があるので、使っていない。
普通にドアから移動だね。
フォスさんは、明日の予定を打ち合わせしたら、直ぐに自室に行ってしまった。
「フォスさんは、何であんな対応しているのでしょうか?
事前にある程度は話をしてあったと思うのですが。
コウの町と友好関係を構築しておく必要があるのは理解していると思っていたんですけど」
今回、一番精神的に疲れたのは、フォスさんの対応だ。
判らないでも無い、役職の立場としては宰相様の直轄になるので、領内では非常に高位の立場になる。
下手にへりくだった対応は、お互いの立場をあやふやにして、結果として良くない事になる。
かといって、一方的な対応は軋轢を残しやすい。
「うーん、多分だけど、貴族の中のやり方をしているのかもね。
貴族間だと弱みを見せないのが重要になるらしいから」
「商人の利益主義みたいな?
でも、相互利益のように、ある程度は相手に配慮するのは必要なんじゃ?」
「そういうのは、恩着せがましくやるのよ。
貴族の連中は、大したことでも無いのに、偉そうに言うからね」
経験があるのかな? シーテさんが変な顔をして目をそらした。
チッなんて言ってるよ。
つまり、相手の利益になるようなことは、してあげている、という対応をしないといけないらしい。
本当に面倒くさい。
お互い、しかめっ面になっている事に気が付いて、苦笑する。
夜も遅くなったので、寝ることにした。
翌日。
朝食を共にした後、町長とギルドマスター達はコウの町へ戻っていた。
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