第23章 目覚
第325話 目覚「ひなた」
0325_23-01_目覚「ひなた」
窓から差し込む日だまりの中。
私は椅子に座り、窓に肘をついて、目の前に広がる庭を眺めていた。
私は、コウシャン領 領都、宰相直轄の文官 フォス。
役職の立場上、一時的に家を抜けているので家名は名乗れない。
一応、貴族位を持つ貴族の長女ではある。
今居るのは、トサホウ王国で最も若い、新しく生まれた魔導師が赴任している時空魔術研究所。
この魔導師様が生まれた経緯は、異例ずくめだ。
成人もしていない、魔術師としての実績も積んでいない、貴族の養子にもなっていない、ただの庶民が高位貴族相当の貴族位を持つ魔導師になってしまった。
先王様と元筆頭魔導師様の強い推挙があったためと聞いているが、異例だ。
その為、立場が危うい。
後ろ盾となる貴族も居なければ、例外属性になる時空魔術は非戦闘系の魔術で、攻撃力が評価されやすい風潮の中では、本人の評価は軽んじられやすい。
だからこそ、コウの町という領都の直轄の町としては辺鄙なところにある町に研究所を造り、俗世との関わりを細くして、軟禁状態にしてしまったのだろう。
私は、庶民出の時空魔導師、彼女が領都の貴族や役所との間に立って、やり取りを円滑に行えるように派遣された文官になる。
その私も、家督を継ぐ継承者を弟にするために放逐されたような物だ。
似た者なのかもしれない。
そう思った。
最初に会った時空魔導師マイ様の印象は、小さい、そして違和感の塊だった。
領主様と宰相様が居る中、まるでそこに居るのが当然という振る舞い。
話し方も、年上と話しているかの錯覚をしたくらい。
それは、研究所に赴任してからも変わらない。
私はまだ、彼女の実績を知らない。
研究所での生活は、非常に穏やかに過ぎている。
1ヶ月を過ぎた今も、私に課せられている業務は領都とのやり取り、コウの町との折衝、だけ。
既に手順が出来ていて、それに沿って作業すれば直ぐに終わってしまう。
余った時間は自由時間で、好きにして言いと言われた。
私は魔法が使える、特性がある属性は例外属性の錬金。
基本属性はどれも適性は低いと言われた。
ただし、私は保有魔力量が少なく、そして放出量が多い。
つまり、直ぐに魔力が尽きてしまい、そして繊細な操作が不得意になる。
魔法学校に入れる程度ではあったけど、家の都合がなくても直ぐに退学していただろう。
そして1年目の終わりには貴族院に転校した。
一応、放出量を細かく制御するため技術として詠唱を勉強しようとはしていたけど、そこまでだ。
魔導師様の配慮で書籍が取り寄せられているけど、読む気力が涌かない。
庭、というにはこぢんまりとして花が少ない、むしろ、畑の方が広いくらいで農園と言った方がいい素朴な庭が広がっている。
そこから緑の香りが、心地よい風とともに私が居る部屋に吹き込んでくる。
それを、ただ感じていた。
■■■■
凄く調子がいい。
時空転移、遠隔収納・取出。
時空魔術の各種を試していて、今までより一段階 上位の魔術を普通に行使出来ているように感じてる。
これは何なんだろうかな?
判らないことが多すぎる。
それ以上に判らないのが、領都の領主様や宰相が静観を決めていることだ。
6年前に発生した魔物の氾濫。
この時に活躍した魔術師、30m近い巨人を含むオーガ種を撃退した英雄。
その英雄の能力の1つ、収納爆発の解明。
私の秘密、生きた人間を自分も含めて収納できる能力。
この2点は伝わっているはず、なのに何の行動を起こしてこない。
春になって就任してきたフォスさん、彼女が私の監視や研究している魔術の調査をするものだとおもったけど、その様子は全く見えない。
むしろ、引きこもり気味で心配になるよ。
今、研究所の外壁の外側を草刈りのついでに散歩している。
定期的に草を刈らないと、森が近くなり、群れウサギや狸などが庭に入り込んできてしまうんだよね。
その途中に塀の影から遠隔視覚で家の方を見ると、庭を眺めているフォスさんが見える。
私の方を監視している様子は全くない。
「しっかし、マイちゃんの時空断、凄い切れ味ね」
私の後ろから声が掛かる。
私の助手をしてくれているシーテさんが、ため息を吐きながら、すっぱり切られた草木と岩を見ている。
シーテさんは基本属性の魔術師だけど、その能力は領内でもトップクラスを誇っている。
なので、事実上は実践的な魔術を教わる事が多い。
シーテさんからは、術理の構築は私の方が上手いといってくれているけど、研究所での1年間でその差は無くなっていると思う。
「ええ、だけど切れ味を調整できないので、使い勝手は見た目ほど良くないですね」
鋭利な切断面が出来てしまった所は、雑に土属性や風属性に近い魔術を使って、隠滅する。
そもそも、基本6属性という括りは、魔法使いや魔術師が術理を理解しやすいように構築された知識・技術体系だ。
特徴的な部分を切り出して判りやすくしている。
私はその属性という概念を使わない魔術を最近は使うようになっている。
「マイちゃんの魔術、最近は属性が判らないのが増えてない?」
「以前、基本属性は分類しやすく状態を定義した物という話をしたと思います。
これ自体は、魔術師の中でも理論を研究している人たちは知っている事ですね。
もっと原点ですか、この世界の理に干渉する事を重視していってる所です」
「私の複合魔術とは真逆な試みかな?
でも、到達点は同じ所に行くような気がするわね」
うん、鋭い。
シーテさんは多重・並列での魔術の行使がとても上手い。
複数の異なる特徴の魔術を同時に行使する事で、通常以上の効果を発揮することに成功している。
私は、多重を多少は出来るけど、並列は2つが限界だ。
だから、逆の手段を模索するしか無い。
結果として同じ所に落ち着くのかは、判らないけどね。
次に、シーテさんが前に出て、風属性を中心とした複合魔術を行使する。
切れ味は時空断に劣るけど、範囲攻撃になっていて、大きさや切れ味を動的に変化させている。
良くある平面じゃ無い、立体的に変化させてるよ。
相変わらず凄いな。
「シーテさんこそ、一体幾つの魔術を並列に行使しているのか判らなくなってませんか?」
「え、たった8つよ、練習すれば簡単。
今は少ない魔術で大きな効果を出すことがテーマかな?」
さらっと、凄いことを言ってますよ、この人は。
初めて会った、7年前から変わりすぎてませんか?
シーテさん。
元、コウシャン領の遊撃部隊に所属する視察団チームの1員だった人。
初めて会ったときも、実践的な戦闘魔術に関しては強力で領軍の魔術師でも指折りの実力者だった。
彼女の実力に理論的な裏付けが出来たことで、その能力は私が知っている限り片手に入るほどの実力者になっている。
視察団は普段は冒険者や商人などで活動していて、必要に応じて即戦力として活動する領軍の遊撃部隊の1組織になる。
領軍を軍隊を動かすのには時間が掛かる。
それを補うために、各地に分散させておいて、それぞれの権限で対応させる即応部隊という位置づけになる。
視察団チームはそれぞれに特徴が有るが、全てが実践で強力な能力を有している、そう。
「良い天気ね。
ノンビリ散歩しながらなのは気持ちいいわ」
ぐっ、と腕を伸ばす、そして張りのあるたわわがフルンと跳ねる、ちぇ。
ともかく、気持ちいい風が吹いている。
探索魔術を行使する、幾つかの魔術を行使しているからか、周囲に小動物の気配は無い。
外壁沿いに半周した所で、今日の散策と草刈りを切り上げて、庭に入って研究所を目指して歩く。
自称庭園は、研究所に面している所以外を畑として使用している。
けど、私達と守衛さんだけでは面倒を見切れないので、そのほとんどを土を豊かにしてくれるという草花の栽培? に当ててたりする。
花が終わったら、土を耕して肥料にするそうだけど、育てる野菜有るのかなぁ?
春先に植えた野菜の若葉が順調に伸びている、そろそろ添え木を当てる必要がありそう。
この畑は、この前の冬に激しい戦闘があった、その痕跡は隅々に少し残っている。
何十人という死傷者を出した戦いは、一応こちらの勝利で終わった。
けど、その襲撃事件の目的も判らず、そして解決したという情報も無い。
「東屋で休憩する?
それとも研究所まで戻る?」
「東屋にしましょう、シーテさん。
ナルちゃんが試作した焼き菓子を収納してあるんですよ」
「良いわね。
コウの町でも本格的なお菓子が食べられるようになるのかな?」
ナルちゃん。
私の2度目の魔法学校での同期になる。
途中で退学して、友人となった子の父親が働いている領都の商会に就職。
そして、コウの町に戻ってきた。
コウの町ではあまり広まっていない、お菓子や化粧品を拡販するのが目標との事で、コウの町の実家の雑貨屋を切り盛りしつつ、菓子の研究をしている。
コウの町は、畜産農業が主体となる町だ。
なので、お菓子作りに必要な、麦と乳製品や卵は比較的安価に手に入る。
砂糖と果実は生産量が少なくて、やや高価になっている。
今、農家と契約して砂糖大根や果実の木,単年度で収穫できる果実の生産を進めているそうだ。
上手くいけば、役所の補助が出てて町としての事業にまで広げられる可能性がある、と意気込んでいた。
その試作品として、焼き菓子が届けられたんだ。
ただ、これは後で問題を起こした。
魔導師に対して、贈賄とも取られかねない。
ただでさえ,私は魔導師として町や領都の貴族と関わりを持たないようにしてた。
お菓子とはいえ届け物が届くという実績が出来てしまうと問題になる。
フォスさんが色々対応してくれて、コウの町から購入した商品の一部ということにしてもらった。
東屋で一休みする。
収納から取り出した焼き菓子とお茶を用意して、シーテさんと飲む。
これからどうしようと思っていたら、明日の予定を思い出した。
「明日は町長が来る予定ですね」
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