第323話 魔導「孤独」

0323_22-10_魔導「孤独」


 フォス。

 家名はあったが、文官として赴任するにあたり除籍し1人の貴族位を持つ事務官の1つ文官となった。

 立場は1代限りの独立した子爵位相当の貴族として扱われる。

 対外的には宰相様と同格扱いではあるが、1代限りの役職であるため役職以上の政治的な発言力は低い。



 私の実家は現領主の血統を組む正当な領主の家系である事を誇りとしている。

 そう子供の頃から言い聞かされてきた。

 私も魔術師の素質を見いだされ、魔法学校に入学する頃に、同じ領主の血統の遠縁に当たる家の子供と婚約が決まっていた。

 貴族の子供に結婚の自由などない、当たり前のことと思っていた。

 兄が死んだ、魔物の氾濫での死亡とのことだ。

 家を継ぐ必要が出た、嫁に出るための婚約は解消され、貴族位を得るために貴族院に転籍する。

 新しい婚約者は、私が子供を作るためだけに組まれた、婚約者が家長になることを嫌って父よりも年上の男性が、楽隠居を条件に受けたらしい。

 家のため、貴族の役目のため。


 弟が生まれた。


 貴族の家は、基本的に最年長で貴族位を持つ者が継ぐ。

 男性女性は関係ない。

 両親は男子家系主義者だった、だから私に男子を産むことを要求してきたし、そして今、私は障害となってしまった。


 両親から疎まれる。

 両親の期待に応えてきたのに、何故?


 貴族院は全寮制を取っている、そのおかげで身の安全が保たれているそうだ。

 その事を聞いたのは、父の兄、他家に婿入りした叔父が私に面会したときに知らされた。

 叔父は我が家の貴族主義が馴染めず、家を出た。

 そして、私達兄妹の事を気に掛けてくれている、優しい人だ。

 叔父が宰相様に私を紹介して、私は魔導師様の秘書の様な役割を行う人の候補として登録された。

 どういう経緯があったか判らないが、私が選出された。


 領都に魔導師様が来たときに挨拶をした。

 幼い、第一印象はそれだった。

 でも、その目は異質な力を持って私を見つめ返している。

 宰相様や領主様が居る中、まるで物怖じしていない。

 魔導師、トサホウ王国でも十数人?しか居ない魔術師の最高峰。

 コウシャン領でも数百年ぶりに産まれたらしい。

 魔術師にも成れなかった私には世界の違う人だ。


 凄いな、ただ単純な感想をもって初めての面会は終わった。

 その後、役割が文官で役職の立場は宰相様の同じくらいに偉いだけの、役職に就任した。

 魔導師に付けるのに格付けが必要なんだそう。

 下位貴族が群がってきた。

 1代限りとはいえ、宰相様と同格の立場で婚約者も居ない。

 宰相様から、魔導師様へ取り入ろうとする輩をおびき寄せる、と言われていたので、ああ、釣られたな、程度の感想しかない。

 文官として必要な教育を受ける、手続きや法律、関連部署の貴族とその貴族の派閥や繋がり。

 実家から独立しているので、忙しいを理由に両親からの接触を断てたのは良かった。



「初めまして、司祭長に就任したハリスと申します」


 私が研究所に向かうとき、同行するハリスという聖属性の魔術師が挨拶に来た。

 領都で司祭長に就任し、コウの町に戻るそうだ。

 聖属性魔術師で司祭長なら、領都の教会でも高い地位に就くことが出来るはずだ。

 それを蹴ってコウの町の教会に戻る。

 宰相様から、魔導師様がまだ村人だったときに、壊滅した村から救出した元視察団の1人と聞かされている。

 魔導師様、ここでも繋がりがある。


「このたび、魔導師様の文官として赴任することになったフォスです。

 研究所までの道中、よろしくおねがいします」


 役職としての立場は私の方が上。

 でも、実際の発言力ならハリスという司祭長の方がずっと上だろう。

 領都から出立するとき。

 ハリスには沢山の両軍の兵士や教会関係者が見送りに来ていた。

 私には、宰相様から手続きのために派遣された職員が1人だけ。


 馬車は4台。

 私と私の荷物を載せた馬車。

 ハリスさんと付き添いの馬車。

 研究所へ送るための荷物を載せた荷馬車。

 護衛の人たちが使う馬車。

 そして、護衛に領軍の兵士が騎乗して5人。

 領都を離れる、この事にも何の感慨も浮かばなかった。

 ただ、自分が流されるままに運ばれていく、この自陣を他人事の様に感じて、窓から流れる風景をぼーっと見つめていた。


 十数日の行程を経て着いた時空魔術研究所、最初の感想は随分とこじんまりとした施設というものだった。

 警護の守衛も2人のみ、凄腕の魔術師が助手として居るにしても、魔導師という国家規模の要人が収まる施設としてはお粗末だ。

 この警備は領主様の認証を経た状況である事を告げられる。

 従うしか無い。

 魔導師様は以前会ったときと変わらない幼い姿とほぼ変わらないままだった。

 成長しないのかな?

 そんな感想が出てしまった。


 仕事は領都の宰相様とのやり取りが主であとはコウの町との間のやり取り、荷物の受発注。

 仕事の量は少ない、空いた時間を私の属性である錬金や詠唱の研究をして良いと言われた。

 でも、特にやりたくて始めたわけじゃない。


 結局、仕事が終わると私は部屋に引きこもってしまい、窓から外を眺めることが日課になってしまった。



■■■■



 えっと、どうしよう?

 私は研究室の私の机で、研究論文を作成しながらフェスさんの事を考えていた。


「マイちゃん、どうしたの?」


 研究室の助手席で、やはり論文を査読かな? をしているシーテさんが顔を覗き込むように話しかけてきた。

 手が止まっていたから、気になったのかな、顔に出ていたかも?


「フォスさんに関してです。

 執務以外はほとんど部屋に閉じこもっているんですよ。

 別の意味で心配になります」


 フォスさんは、宰相様からの推薦で私の文官という位置づけでやってきた。

 私の監視と何か探るためだと警戒していたけど、そのそぶりは全く見せない。

 私以上に隠居している感じだ。


「そうね、訳ありなのは判っていたけど、本当に何も指示を受けていないみたい……信じられないけど」


「錬金や詠唱の研究もしている様子が無いのも気になります。

 研究室に来たのも、案内したときだけですし」


 彼女の自室は、私と同じ家の空き部屋を割り当てて、今は普通に生活している。

 自室でも研究は出来る、隠れていても魔法を行使する時の反応はある程度は判るのだけど、その気配は無い。

 それに研究室には錬金と詠唱に関する書籍があるのに読もうとする様子も無い。


 気力が無くなっている、無気力な状態なんだろうか?

 でも、文官としての執務はちゃんとこなしているので、判らない。


「近日、コウの町の町長がフォスさんの就任の挨拶に来る予定です。

 えっと、ギルドマスターも来るみたいですね」


 目的は本当に顔合わせだ。

 来るのは町長と付き添い、そしてギルドマスターと付き添いの4人、それと護衛の守衛が数人。

 コウの町とのやり取りも、シーテさんからフォスさんに移っている。

 書類でのやり取りはすでに何度か行われている。

 昼前に来て、紹介と歓談、そして昼食を食べて、その後に打ち合わせを行い、終了。


「そうね、あと、あの懸案の相談かもしれないわね」


「それは、私が関わってはいけないと言われている件ですよね。

 魔法使い教室」


 渋い顔をする。


 魔術師不足、それを補うために、魔法使いの実力向上を目指した教室を開設する方向で検討が始まっている。

 魔術師の教育は国単位の事業なのでコウシャン領としては簡単に変更することが出来ない。

 だけど、魔法使いに関しては領の裁量に任されている部分が多い。

 具体的には、魔術師か魔法学校で2年以上在籍していて退学した魔法使いが指導者になって、魔法使いに基礎を教えようというのが目的だ。

 これに私は関わることが出来ない。

 魔導師に師事するというのは、それだけで実力や人格が保証されていることになるので、安易に教えることは出来ないんだよね。

 将来的に、時空魔術研究所に研究員を増員して……という構想自体は有るみたい。

 えっと、戻すと、魔法使い教室の指導者で今一番の適任者はシーテさんになる。

 領軍でも上位に入る実力と多彩な魔術を行使し、そして魔導師の助手。

 おそらく、シーテさんの派遣授業をお願いしてくる。


 ただ、我流である程度完成している魔法使いに魔術師になるために学ぶ基礎魔法は相性が悪い。

 感覚とイメージを重視する魔法使いに対して、魔術師は理論と技術と知識を重視する。

 結果として、基礎魔法を学ぶと魔法使いの大半は魔法を使い難くなり、学ぶのを止めてしまう。


「断る予定よ。

 私が離れている間のマイちゃんの警備の問題もあるし、なにより、代わりに誰かをねじ込む懸念があるわ。

 それに前回の魔物の氾濫の時も、魔法使いの能力向上は限定的だったし」


 フォスさんへの対応も決めかねているのに、シーテさんを研究所から出すのは不安がある。

 代わりに魔法使いか誰かを送り込まれる実績を作られるのも困る。


「かといって、研究所で教室を開設して欲しいという要請も受け難いですね」


「そうね、私が研究所を離れないと言えば、研究所に魔法使い教室の開設か、生徒が出張してきて授業を受けたいと言い出しそうね。

 マイちゃんが魔法学校に居る間は、コウの町で魔法使いの育成をしていたから、断り難いのは確かね」


 シーテさんが悩む。

 教えたくないという訳じゃ無い、というのが悩みどころだ。

 実際、魔法使いの育成をしていた、指導者としても優秀なのはコウの町の人達はよく知っている。

 魔術師の玉子として、変な癖が付かない様に育成された子供は、魔法学校でも優秀な成果を出している。

 私が卒業する前の年に入ってきた子供は1年の進級試験だけなら全員合格していた、実力不足を感じて退学を選んだ子も居たけど。


 そして、使える魔法使いが増えることは、色々とメリットが多い。

 守衛なら戦力の増強になる、町での仕事も使える魔法使いであるのは引く手数多あまただ。

 だからこそ、コウの町からの要請も熱心なものになっている。


「フォスさんが対応案を出しています、領都より魔法学校の教師の派遣要請ですね。

 魔導師を輩出した学校の教師が魔導師の要請を受領する、という流れの様です」


「ええ、それが通れば問題は無いと思うわ」


「でも。

 フォスさんの立場はコウの町でも煙たがられてしまいますね」


 コウの町も私やシーテさんとの繋がりを少しでも多く持ちたいと思っている。

 色々な思惑があるのだろうけど、その根幹は町としての価値を盤石にしたいのだろう。

 今までの対応を見る限り、私を利用して利権を得ようという動きは無い、今の所は。

 フォスさんが来るまでは、シーテさんが対応していた、助手でありしかもコウの町で冒険者として活動していたので対応し易かったと思う。

 それがフォスさんが文官としての対応を行うようになり距離が空いてしまった。

 町としては不服かもしれない。

 実際、守衛との対話でも私達とフォスさんでは明確な温度差がある。






 今も執務室で作業しているであろうフォスさんを思う。


「私は彼女の力になれるのでしょうか?」

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