第321話 魔導「詠唱」

0321_22-08_魔導「詠唱」


「錬金です」


 フォスさんの声は少し震えていた。

 だって、私は領都で説明を聞いているのだから。


「シーテは知らないので、問いましたが、確か魔力量が少ないのでしたか?」


「はい、それ以前に放出量か多く制御が出来ません。

 なので、直ぐに枯渇してしまい使い物にならなかったのです」


 改めて、錬金を説明する。

 例外魔法の中でも一番多い特性を持つ魔法だ。

 現実空間の物質に対しての影響力が他の基本属性とは比較にならないぐらい強力なのが特徴かな?

 基本属性の魔法では何も無い空間に、この世界の理に干渉して水を出したり風を出したりする。

 だけど既に存在する水や風に干渉するのは得意としていない。

 錬金は逆に、既に存在する物質に対して強力に影響力を行使することが出来る。

 主に分離と結合で、分離は錬金の名の通り金属を含む鉱石から目的の金属を抽出するのが有名だ。

 だけど、分離の対象はなにも鉱石とは限らない、例えば水から直接 酸素と水素を分離するという事も可能だ。

 そして、結合。 2つ以上の異なる物質を混合させる。

 只の鉄を幾つかの金属と混ぜた合金として比較にならない強度を持たせるということも、水と油を完全に混ぜるという事も可能だ。

 更には別の物質を生み出す事も可能らしい。


 つまり、錬金はとても実用的な属性になる。

 補足だけど、過去は製鉄や製薬、その他の色々な金属や材質を作ることも錬金術と言われていたけど、今は魔法の属性が一般的で、魔力を介さない錬金術はそれぞれの化学工業技術体系に分化している。


 彼女の場合、大量に錬金するには魔力量が足りず、精密な希少物質の錬金を行うには制御が大雑把で行えない、という問題を抱えている。


「それで、何か解決策を考えているんですか?」


「……。

 詠唱を詠唱魔法の勉強をしようとしました。

 ですが、貴族院に転校してしまい、中途半端なままです」


 詠唱魔法。

 そのままで、魔法の効果を言葉にすることで、明確な魔法の行使を行う事が出来る技術になる。

 ただ、詠唱は時間が掛かる、明確な効果を指示すればするほど、長文になり難解になってしまい、使い勝手が悪化する。


「そうですか、確かに詠唱を併用すれば放出量を細かく制御できますね。

 文官としての仕事は多くないので、積極的に研究して下さって構いませんよ」


「はい。

 ありがとうございます」


「マイ様、詠唱の研究は意味があるのですか?

 一般的に詠唱を行わずに魔法・魔術の行使を行うように教育を受けるはずですが?」


 シーテさんが聞いてくる。

 当然だろう、魔法学校でも詠唱魔法はそういう物が有る程度しか教えていない。

 魔法学校に在学していたときも、詠唱はあくまでもイメージが固まるまでの補助的な物として友人に教えていた。


「魔法名としてイメージを持たせるのは良くある事です。

 他にも、多重や重複で魔法を使う時にもイメージをしやすく出来るメリットがありますね」


 これは、私が基礎魔法が下手なのを克服する為に勉強した部分になる。

 実戦で使うことは無かったけど、魔法を術理として構築するときには詠唱魔法を併用することも多い。


「うーん、私は実践主義で詠唱をしている暇を与えたりさせないし、自分でも行わない様にしていたので。

 時間が掛かるデメリットを解消できるのですか?」


 シーテさん、言葉が崩れ始めてますよ。

 良いけど。


「代表的な詠唱魔法の方法としては、命名、高速、短縮、重複、圧縮でしたか?

 命名は、魔法名として幾つかの効果をまとめてしまう事。

 高速は、いわゆる早口言葉です。

 短縮は、単語と数字とか文章ではなく短文として構成する事。

 重複は、難しいですが2つ以上の言葉を同時に発音する技法だとか?

 圧縮は、更に難しくて、文章を一定のルールで圧縮して短い文章にします。

 これらの方法を組み合わせることで、短い文章でも大量の意味を持たせた内容を詠唱することが可能になります」


 はい、事前に準備していました。

 実はフォスさんが文官として紹介された後、宰相様経由で魔法学校時代の成績表の写しを渡されていました。

 その中に詠唱魔法を勉強し始めていた、という記述があったので、予習していたんです。

 ちょっとズルですね。

 自分では、短縮で幾つかの効果を規定して使う位しかしたことありません。


 フォスさんが目を見開いて驚いている。

 時系列的には1年目は1組に居て基礎魔法の学習を行っていた時期、その後半に行き詰まって詠唱魔法に活路を見いだそうとしたところで、貴族院へ転校したんだと思う。

 だから、詠唱魔法が有るという事を知っている程度らしい。


 事前に宰相様に手配して頂いて、錬金と詠唱魔法に関する書籍も入手済みですよ。

 自分のためにもなるし、フォスさんにも役に立てば良い。


「感服しました。

 そこまでご存じでしたか。

 ご指導頂けると幸いです」


 フォスさんが頭を下げるけど、違うよ。


「ここは研究所です、自分のテーマは自分で研究してくださいね。

 私も、詠唱は魔術を試すときに補助として使用している程度で教えるほど使いこなしてはいません」


「そう、私もテーマとして重複魔術をしているわ。

 詳しく言うと長いから端折るけど、複数の魔術の相互作用で効果を倍増させるかな?」


 シーテさんの複合魔術は達人の域だと思う。

 少なくても4属性の異なる魔術を行使している、しかも同時に、そしてまるで1つの魔術のように使ったり、いく百の魔術を同時に行使したりするような効果を出す。

 研究所に入ってから、今まで試してみたかったことを色々やっていて凄い事になっていると思う。


「わ、判りました。

 頑張らせて頂きます。

 ただ、私はマイ様の文官としての仕事が本分であるので、研究は片手間とさせて頂きます」


 すこし高揚しているのかな?

 錬金に関して期待が有るのかもしれない、それ以外に基本属性も頑張ろうね。

 彼女が何を目標としているのかは、もう少し後で聞いた方が良いかな?


 しかし、錬金と詠唱かぁ、どちらも使い手が多い割に評価されにくい分野だ、

 コウシャン領は地下資源に恵まれていない領とのこと、水は豊富だけど。

 その為か、錬金の属性を持っている魔法使いや魔術師は製薬とか調剤の方面を頑張っているらしい。

 そして、錬金は精密な操作が難しいとされている、もっとも使われている用途が鉱山で鉄鉱石から金属を抽出することだから、技術体系が大量高効率なんだろう。

 時空魔術も、対外的には物を沢山運べる便利な魔術としか思われておらず、その本質的な有用性を認識しているのは軍と商人ぐらいな物だろう。


 フォスさんが戸惑いながらも、少しだけ表情が出たことに安堵する。

 最初に会ったとき、人形のような人という印象だったんだよね。


 ナカオさんが夜食を持ってきてくれた。

 野菜中心のサンドイッチだ、それを食べて一段落する。



「さて、文官としての仕事ですが、領都から何か言付かっていますか?」


 少し気を抜いて確認する。

 既に手紙で色々調整の案内が来ているので相互の認識のすりあわせかな。


「はい、来年度までの間に1度領都に来て欲しいとの事です。

 今後、年に1度は領主様との面談を行って貰いたいようです」


 予定通りかな、年に1回の領主との面会を計画されている。

 時期は、コウシャン領の貴族が集まる時期を希望されているが、貴族としての駆け引きが出来ない私が安易に行っても良いことは無い。

 当面は、研究報告という体裁を取って面談を行う事になる予定だ。

 その他としては、領軍の部隊の演習がコウの町まで来る予定となっている。

 2年に1度の予定だ、ただ、今は時期が未定となっている。


 コウの町での予定もある。

 今年は出来なかったけど、新年の行事と、春の魔術師の適性がある子供を送り出す時の2つ。

 町長やギルドマスターが交代するときには式典をするので出席して欲しいと言われている。

 あとは、慰霊祭。

 巨大な黒い雫が落ちた、魔物の氾濫で死んだ人達の慰霊祭がある。

 本来、春に1年の死者と生まれた子供を祝う生誕と葬儀がまとめて行われることが多い。

 これは式を行う費用の負担が大きいのと、町や村全体が1つの共同体という認識を得るため、と聞いている。

 こういう形式を取っているので、子供は生まれた月日を知らないか知っていても季節ぐらいというのが多い。

 私も、冬に雪が舞い散る中、生まれたのでマイなんだと聞かされたことがある。


「マイ様?」


 あ、考え込んでしまっていた。


「いえ、何でもありません。

 その件については以前から打診されています。

 他はありますか?

 口伝てで伝える様に言われていることとか」


「いえ、ありません」


 そうか、襲撃者に関する情報を口伝てで伝えられる可能性もあったけど、無いというのか。

 宰相様は、フォスさんに機密情報を持たせなかった、その意味を考えないと。


「さて、今日はもう遅いです、この辺としましょう。

 明日は周辺施設の案内を行います、狭いと行っても1つの村を改修して作られています、施設全体を見て回るだけで1日掛かるのでその積もりで」


「かしこまりました」


「ええ、了解よ」


 フォスさんは今日は客間に宿泊して貰う。

 明日以降は、家の方にある部屋に移って貰う予定だ。

 フォスさんを客間に案内して、別れる。






 家に入るとき、ナカオさんが出迎えてくれたので、明日の予定を確認して、お休みの挨拶をし別れる。

 そして、シーテさんへ。


「この後、時間を下さい。

 少し話したいことがあります」

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