第320話 魔導「司祭長と司祭」
0320_22-07_魔導「司祭長と司祭」
ハリスさんが領都へ、司祭長の就任のために向かってしばらく経った。
時空魔術研究所は、普段の研究に没頭する日々が続いている。
領都の宰相様からの定期的な手紙には、今回の襲撃がほぼ終息したとの事だけが書かれていた。
捕虜にした帝国人の彼や、他の襲撃に関しては機密で、領都に来ることがあれば話すこともあるかも、だそうだ。
私が真相を知ることが出来るのは、暫く先の話になるのだろう。
私がギム達と護衛の人達を収納した事は、酷く遠回しに書かれていた、次に会うときに説明が必要になるのだろうね。
これについてドウさん達に思うところは無い。
冬期の廃棄都市や森の中を移動するのに、安全に待避するのには、開示する必要が有った。
私がなにかしようと思わない限り、危険性は少ない、だから様子見をする可能性が高い。
時空魔術の研究は順調だ、一つの壁を越えた感じ。
今の所、秘密なのは時空転移、時空断・時空壁、そして収納空間内での時間逆行。
時間逆行は、よくよく考えてみれば、自分自身に起きた事を説明する説の1つになる、てっきり治癒のような効果が有ったのだろうと思ったいたんだけどね。
時空転移は、英雄マイが当時の視察団チームだったギムさん達と魔物との戦いで使った。
報告書は上がっているはずだけど、どういう風に書いたのか、英雄マイの使った魔術として記録には残っていない。
時空断・時空壁は精度が上がっている、最初はただ放出したり展開するだけだったけと、今は威力や方向、大きさをある程度は制御できるようになっている。
元は収納空間と収納取出を行う面を作り出すだけなので、私にとっての難易度が低いのもある。
問題もある、切断の加減が出来ない、確実に切り裂いてしまう。
防壁も、何処まで耐えられるのかが判らない。
あと、魔物や黒い大地などに何処まで効果が有るのかも判らない、実戦できないからね。
時間逆行。
再現は出来ていない、そもそもなんでこんな現象が起きたのかすら不明で、イメージのしようがない。
だけど、自分自身で行った、らしいのは確かだ。
時間逆行は、物理学上、有り得ない現象となっている。
過去は確定されたことであって、変更は出来ない。
この世界の理では。
魔術では出来てしまう可能性がある。
ただ、魔力がこの世界の理に干渉するのにも幾つかの制限がある。
原初となる力に対しての影響力は小さい、いや困難だ。
具体的には、重力・磁力、これに対しての干渉する魔術は今の所は発見されていない。
そして、直接生み出す魔術は無い。
空間と時間も含まれるが、例外魔法の時空属性による収納空間だけは例外とされている、されているんだ。
ここ暫くは、収納空間とは何か? という疑問を何度も考察している。
結果は芳しくない、そういう物としか言えないから。
そもそもとして、収納空間なんてものが何で存在するのかすら判っていない。
現実の自然科学では現実空間 以外の空間の存在を観測したという研究結果は無い、少なくても領都の学術図書館にあった科学論文では。
興味深い仮説は幾つかあった。
この世界の中には、異なる次元の空間が存在しているが、上位の次元は3+1次元のこの世界の人間には観測できない、とのことだ。
1次元、点があるだけ。 2次元、縦横のみの平面。
そして3次元、縦横奥行きがある立体。
この世界は3次元に時間を加えた3+1次元である、という。
そして、4次元より高い次元は此方からは観測できず、逆は可能である、そうだ。
仮説としては面白いけど、観測できないのなら実証のしようがない。
あれ? 私の収納空間は何次元なんだろう。
■■■■
暖かい日が増えてきた、そんなある日、ハリスさんが戻ってきた。
司祭長になって、コウの町へ帰還する途中、私への挨拶という形で訪れてくれた。
研究所の正門を通り、研究所の建物の門に着ける。
司祭長の立場だけど町の教会の最高責任者になれる、実際は現職の人が居るので引き継ぐまでは副教会長? とかになるそう。
支配層の格を持ち、立場としては町長やギルドマスターと同格、低位貴族の男爵に相当する継承権が無い位だ。
私は、絨毯が馬車の扉の所までひかれるのを待って、門からシーテさんと一緒に出て、出迎える。
私達が位置に付いたのを確認して、御者の人が馬車の扉を開く。
絨毯がひかれるのは意味があって、貴族は基本的に下履きの靴を滅多に履かない。
普段は室内用の上履きを履いている、それは馬車の中でも同じで、地面を歩くのは遊戯としての庭園の散策や狩猟の時ぐらい。
馬車から館の中に移動する所も、絨毯を引くことで室内の一部という扱いにしている。
庶民は基本的に上履きと下履きを使い分けている、玄関から厨房(台所)と倉庫は下履きで、それ以外は上履きに履き替える。
宿屋タナヤでも、宿泊客は入り口で靴を履き替えるか、しっかりと汚れを落としている。
ちょっと豪華な人を乗せる馬車からハリスさんが、フーチェさんと共に降りてくる。
制服となる白を基調とした服は、聖職者の雰囲気がある。
似合ってますよ、ハリスさん。
照れているのが、ハリスさんらしい。
それと、もう1人。
フォスさんだ。
私の研究室に来る文官で、領都とのやり取りの窓口兼、貴族の常識を補助してくれる役だ。
春に赴任されると聞いていた、てっきり春の任命式の式典の後だと思っていたので、驚いた。
宰相様からの手紙にも、適切な時期に送るとしか書かれていなかったから。
「ようこそ、時空魔術研究所へ。
ハリス、司祭長への就任おめでとうございます」
「本日は、就任の挨拶の機会を賜り、光栄に存じます。
コウの町で、より研鑽を積み、名に恥じない様に勤めます」
ハリスさんとフーチェさんが片膝をついて挨拶する。
私の立場は、爵位で言うと高位貴族の伯爵に相当する魔導師なので、同じ貴族格を持っていると言っても立場の差は大きい。
「さ、まずは中へ。
コウの町へ帰還する前に疲れを取って下さい」
「ご厚意、感謝します」
ハリスさんとフーチェさんがナカオさんの案内で応接室に向かっていく。
残されたのは、フォスさん。
「お久しぶりです、魔導師マイ様。
フォス、本日より時空魔術研究所の文官として就任いたします。
未熟者ですが、精一杯勤めさせて頂きます」
相変わらず、最初に会ったときと同じ無感情の顔のまま、丁寧な礼をする。
目上の物に対して行う臣下の礼だ、1代かぎりの元村人で魔導師と、詳しくは聞かされていないけど、領主様の血縁に当たる彼女。
フォスさんは、蟠りは無いのだろうか?
「よく来てくれました。
今日より貴方は私達の仲間です。
時空魔術研究所での働きに期待します」
その間に、馬車からフォスさんの荷物が降ろされて、守衛の人がそれを運び込んでくれている。
私は、フォスさんの案内を戻ってきたナカオさんにお願いして、応接室に向かう。
近いなぁ。
え、何かって、ハリスさんとフーチェさんの距離ですよ。
長椅子の中央に寄り添うように座ってます。
たぶん、握りこぶし1つ分程度しか離れていません、それが自然な雰囲気なのがまた、うふふ。
「お待たせしました。
教会の就任式とか話を聞かせて貰えると嬉しいですね」
少し砕けた話し方をする。
フーチェさんが少し驚くが、私達の関係は知っているので特に何にも言わなかった。
領都の教会は、ハリスさんを領都へ招く事も提案してきたそうだ。
だけど、権威主義や身分差による差別が感じられたとのことで、辞退したとのこと。
支配階級の権威主義や身分を不当に使用することは国の法律として厳重に禁じられている。
それでも、人が組織を作って権力を持つようになると、自然と生まれてきてしまう物とのこと。
それは領軍でも辺境師団でもあった、将校や士官は平民がなれる事は希だ。
ハリスさんは、人とはそういう物なんですと、寂しく笑っていた。
それを心配そうに見るフーチェさん、彼女がハリスさんの助けになると良いな。
その後、夕食を食べて談話し、翌日の朝にはコウの町へ戻っていった。
■■■■
今、執務室に居ます。
執務室は窓側に私の執務机があり、そこから向かって右側が文官の席で以前はシーテさんが使っていた場所を、今回来たフォスさんの専用席として空けた。
私の席の前面には謁見ようの空間が有り、そして左側に少人数用の応接の設備がある。
そして、壁側には書類を収める棚があるんだけど、ほとんどがカラなんだよね。
シーテさんは研究での助手という位置づけなので、研究室にシーテさん専用の机がある。
あ、窓のガラスは農園側が全部吹き飛んでしまったので代りが間に合っていない。
製造は領都を含む都市や工業中心の町に限られているし、貴族や裕福な人達しか使わない。
なので、一般的に使用されている鎧戸が代わりに取り付けられている。
鎧戸は無双窓とも言われ、雨戸の内側にある木の窓が光と風を取り入れられるように、互い違いのスノコが2つ重なっているような構造になっていて、ずらすと隙間が開くようになっている。
研究室や応接室はそれで応急修理されていて、他の部屋は板の窓が代わりに取り付けられているだけだ。 余談だね。
簡単な引き継ぎがシーテさんからフォスさんに行われている。
その間、私はフォスさんが持ってきた手紙や書類を確認している、けっこう量があるよ。
ざっと読んで分類分けしてから中身を読もう。
うん、これは購入希望の何時ものか、後回し。
こっちの書類は、今年度の使用した費用の確認か、幾つか指摘事項が書かれている、後でシーテさんとフォスさんと確認かな。
で、これも、来期の領都の予定表だ、関係ないかな、私が出る必要があれば別途召喚が来るはずだし。
襲撃者に関する報告書が無い、これは領都まで聞きに来いと言うことかな。
引き継ぎが終わるのを見て、応接用の椅子へ案内する。
シーテさんが備え付けの魔道具のポットを使ってお茶を入れてくれている。
それをフォスさんは手伝おうとするが、今回はシーテさんが座るように勧めている。
私が手紙と書類の分類を終わり、早急に対応しなければいけない物が無い事を確認できた。
とはいえ、今日明日には返事を書いて、守衛に配達を依頼する必要もあるね。
私も座り、シーテさんがタイミング良く入れ立てを置いてくれたので、手に取り香りを嗅ぐ。
うん、良いお茶だ。
シーテさんも座る。
フォスさんはその間、一口お茶を飲んでそのままジッとしていたが、ユックリと作り物のような動作で私を見て話し出す。
「マイ様、大体の引き継ぎが終わりました。
通常の文官としての業務の説明をしていきたいと思いますが宜しいでしょうか?」
「フォス、これからよろしく」
「はい」
「では最初に、フォス、貴方の魔法について聞かせて下さい」
フォスさんの表情が少し歪む、視線が揺れるのが判った。
間を置いて、ポツリと話した。
「錬金です」
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