第319話 魔導「領都」
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「収納空間の中に入ったというのか!?
それに、時空魔導師 本人も!」
何時になく、宰相の声が応接室の中に響く。
宰相は、隊長の報告を受ける前に、護衛をしていた視察団チームの報告を受けていた。
その内容は驚くべき内容だ。
時空魔術師が自分自身を収納して帰還する、これ自体も歴史上記録が無い。
他人を生きたまま出し入れ出来るというのも、記録上に残っているだけで実在している時空魔術師で可能な者は確認されて居ない。
記録に残っているだけの絵空事だ。
それを、実用的に使って見せた。
まだ、未成年の幼い時空魔術師がだ。
この場に領主様か居なくて良かったと思う、居れば即座に領都への召喚を命じていただろう。
「はっ。
それと、襲撃者のほとんどは、助手の魔術師との連携で倒したとのことです。
通路内での攻撃は威力が凄まじいものでした」
膝を付いて控えている視察団チームを見ながら、思考する。
ドウは知っている限り、嘘偽りなく報告した。
途中、仲間を優先してしまって護衛を放棄したことも。
だが、結果として捕虜を得ることに成功している、咎めるわけにもいかない。
「ご苦労だった。
次の任務まで、しっかりと休むと良い。
確かに問題が無かったわけでは無い、だが、魔導師が無事であったこと、捕虜を連れ帰ったことを加味して、成功であったとする。
良くやってくれた」
「はっ」
返事をするドウの声には力が無い。
「何かあるか?」
「魔導師様の秘密を伝えてしまって良かったのか、判りません。
何か考えがあり隠していたのでしょう、それを私達を助けるために使わせてしまいました」
「うむ。
恐らくは、気にする必要は無い。
この事実を伝えるには、実際に信頼できる者が体験し報告する必要が有る。
何処まで考えているかは判らんが、知られても良いと判断したのだろう」
ドウは深く頭を下げると、仲間と共に退室していった。
宰相は、難儀な者だと思うがそれだけだった。
マイの価値は時空魔導師というだけから一段階上がった、自分を含む複数人を収納空間内に待避できる。
これは使い方によっては大きな威力を発揮する。
報告にあった人数でも、精鋭ならそれをマイ本人が入り込むことさえ出来れば、強力な襲撃か可能だろう。
また、護衛としてなら、収納空間内という場所に入れば安全な移動も避難も可能になる。
しかし、それはマイの協力があってのことだ。
本人が逃げようと思えば、これほど厄介な能力は無い。
対応に慎重になる必要が有る。
むやみに領都への召喚するのは悪手だ。
王都への報告もする必要が有るが、時期を見る必要が有る。
幸い、同時多発の襲撃事件が終息し、更に帝国と商工業国家の軍が撤退し我が領軍が帰還することになった。
報告を遅らせる理由なら幾らでも出てくる。
「なんともまぁ、意外なことをしてくるものだ。
魔導師というのはこういう者なのかな?」
誰にとなもく宰相は呟いた。
■■■■
翌日、時空魔術研究所から帰還した隊長は身なりを整え、領主がいる館へ報告に上がった。
副隊長も続く。
正式な場での報告になる。
すでに何があったのかは、報告書として上がっている、だからこれは形式的な物であり、そして褒美か罰を下す場でもある。
領主の館、その公的に利用される謁見の間では領軍の官職、それと執務に携わっている貴族が並んでいる。
そこに、自分達を含む各地の施設や要人へ護衛に出た部隊の隊長達が入室する。
「よく無事で戻ってきてくれた。
また、残念ながら現地にて命を落とした者達への弔いも。
恩賞を十分に行う事を約束しよう」
全員が、最敬礼を行い、その言葉を受け取る。
「王都、辺境師団からの報告が未だだが、国境沿いに出兵していた者達の帰還が決まった。
事実上、今回の騒動は終息したと宣言する」
公的に今回の騒動の終息を宣言した、ただ、幾つもの問題を残している。
「今回の襲撃の目的、帝国と商工業国家が国境沿いに軍を展開したこと、なによりキリシア聖王国が何者か、危惧すべき事は多々有る。
その為にも、我が領の体制を万全とする必要が有る、これからの皆の働きに期待する」
「「「はっ!」」」
大きな声が謁見の間に響く。
何も解決はしていないのだ、ただ事態が収束しただけ。
そして、これは1つの領の扱う範囲を超えている、できる限り備えるしか無い。
その後、各部隊の隊長に、それぞれの働きに合わせて報償が授与されていった。
「お疲れ様です、隊長」
「ああ、ただ立っているだけというのは歩哨よりもキツいな」
「他の部隊の中には全滅したところもあったと、散々な状態ですね。
魔物の氾濫から ようやく部隊の体制が整ってきたというのに、逆戻りです」
「嘆いても仕方が無い。
部隊の再編成も行われるだろう。
それ以上に領内の盗賊や犯罪組織、それに反乱分子の動きが活発になる可能性が高い。
辺境師団への応援も、他の領も同じ様な状況だと考えると期待できない、忙しくなるぞ」
「ですな、今はタップリ休ませましょう」
「隊長!副隊長!こちらです!」
貴族の駐車場であっても大声を出す部下に苦笑いをしながら、2人は迎えに来た馬車へ向かった。
■■■■
「で、捕虜はどうなった?」
領主は幾つもの決裁書類を読んではサインを繰り返す。
中には、明らかに死者数が派遣した部隊数を越えているのもあった、文官に再度精査するように伝える。
本来、領主へサインを求められる書類は厳重に審査し確認が取れた物だけになっているはずだが、数が多く漏れたのだろう。
文官が退室し、宰相と2人だけになる。
「全部で5人、捕虜を確保しました。
が、4人は何も知らず、その内2人は暴走し討伐、1人は突然 急速に衰弱しそのまま死亡しました。
残ったのは、魔導師様の護衛が確保した1人と意識が回復していない1人のみです」
魔導師への対応は、結果としては成功していたが、襲撃者の目的が500年より前の施設かそれに関連した人物と判明して、失策であったことが判明した。
魔導師が生きていたのは運が良かったのか、護衛の能力が高かったのか。
良い案だと思ったのだが、上手くいかない物だ。
「では、その者から何か聞き出せたのか?」
「ええ、協力的で亡命も希望しています。
帝国の皇族の末席に席を置いていると言っていますが確認のしようがありません。
考古学の学者とも言っていました」
領主は頭を抱える、本当に帝国の皇族なら国際問題だ。
かといって、問い合わせるわけにもいかない。
「考古学?」
「はい、基本的には数千年前の歴史を研究していたそうですが。
どうも近代の5000年前の研究もしていたらしく、そのためトサホウ王国の中にある古い都市にも精通している、と言っています」
「捕虜の略歴はもういい。
今回の襲撃の目的は聞き出せたのか?」
宰相が溜息を付く。
「なんだ?」
「トサホウ王国が500年前の魔物の氾濫を再び起こし、この大陸を蹂躙しようとした。
それを防ぐために やって来たのだと」
「は、なんだそれは」
「判りません。
いえ、この前の魔物の氾濫、これが切っ掛けかもしれませんな」
「キリシア聖王国については?」
「知らないと」
執務室の椅子に深く座る。
「信憑度は?」
「判りかねます」
「だろうな」
「襲撃者たちが引き上げた理由は?」
「指示を受けていないので判らないと。
他には、襲撃者たちですが、聖戦士と呼ばれているそうです」
「聖戦士だと。
魔物戦士の間違いでは無いのか?
報告の限り魔物の力を利用してたのではないか」
「それも詳しくは知らないと。
ただ、定期的に処置をしないと狂ってしまう、と言っていました」
訳が判らない、これでは連中に言わせれば我々が悪の側ではないか。
「結局、過去の遺跡や施設に何をしに来たのだ?」
「止めるため、施設の破壊が目的だったと。
ただ、魔導師様が避難した廃棄都市はその施設が無くなっていたので困惑したとも」
領主は、立ち上がると、近くの茶器が置いてある棚に向かう。
そして、その上の引き戸を開けて、1本のボトルを取り出す。
そしてグラスを2つ用意する。
「まったく、飲まないと気が滅入る。
付き合え」
「はい、ほどほどに」
琥珀色の酒が、透明なガラスのコップを満たし、領主はそれを一気にあおる。
その様子を見ながら、宰相は一口飲んで、溜息を付いた。
■■■■
領都郊外。
一見して農場の様に見える敷地がある。
領主様直轄で、専用の野菜類や家畜を育てているため、一般人の立ち入り禁止だ。
実際、野菜類や家畜が作られているのは事実だ。
本質はその敷地の中心にある、レンガ作りの大きな倉庫にある。
その中には、領軍の特殊部隊が使用している基地が地下に作られている。
そして尋問のための設備も。
この中で、唯一意識を持った生き残りの襲撃者が厳重な牢獄の中に居た。
部屋の装備は、質素ながら清潔だ、ベッドも机も床に固定されていて動かせない事を除けば。
食事も手づかみが前提だが、味も量も十分だし、罪人を収容するには待遇が良い。
私の名はアダル・フォン・マクゲニアド。
帝国の皇子達の末端に席を置く、ただの名ばかり貴族だ。
皇子と言っても、現在の皇帝とは血の直接のつながりが無い。
皇帝の系譜の中で一応皇族とされる家柄の七男という位置。
継承権で言うと3桁目という具合だ。
使い道が無く、家で趣味の考古学にいそしむ穀潰しだった。
ある日突然、帝国軍から高官がやってくる、家の中では大慌てだった。
帝国の地方にある特に名産も無い直轄領の管理を任されているだけの存在の私達家族に中央から要人が来ることは稀だ。
私の研究している考古学、とくに近代の歴史についての見識が必要とのこと。
本当に何が役に立つのか判らない。
高官は幾つもの質問を投げかけてきた。
知っていることを話していく。
特に、この大陸に500年から前に存在していた都市の位置や特徴を知っていることには興奮していた。
気が付いたら、帝国軍に招集され、特殊部隊の案内人としてトサホウ王国に侵入する羽目になった。
片言でもトサホウ王国の言葉を話せるのも原因だった。
特殊部隊は名前だけ聞いたことがある聖戦士という帝国の兵士の中でも上位の職によって構成されている。
場違いすぎる。
聖戦士の皆は、いい人達だった。
戦いに向かない私を気遣い、コウシャン領までの間、不愉快な思いは無かった。
むしろ、自然豊かなトサホウ王国の旅路は私の心が浮かれてしまうほど楽しい物だった。
だけど、これは不法侵入による破壊行為。
高官の説明によると、トサホウ王国は500年前の惨劇を再現し、この大陸の覇者になることを目論んでいるらしいとのこと。
私達は、その惨劇の元になる都市の地下にある都市核とその設備を破壊するために来た。
惨劇の歴史は知っている、繰り返して良い物じゃ無い。
使命感に燃えていた、いや私に価値があると判って高揚していたのだろう。
だが、都市核は存在しなかった、盗掘され無残な状態になった物、存在自体が消滅した物。
私が見てきた都市には稼働できる都市核は1つも存在していない。
何なんだろうか?
それを知る前に戦闘になった、魔導師の研究所を襲撃し情報を集める班と最後の目標の都市へ向かう班。
私は都市に向かった、そして戦闘になり、私一人を残して全滅した。
捕虜になった。
今、私は何処に居るのかも判らない。
帝国は、トサホウ王国は、なにが起きているのだろう?
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