第318話 魔導「闇と空間」

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「聖属性と闇属性は表裏一体、いえ、本質的には同じ属性と言っても良いでしょう」


 何か腑に落ちてしまった。

 闇属性の特性を持つ魔法使いが何処へ行ってしまったのか?

 簡単だ、聖属性の魔法使いということにして教会で教育を受けていた。

 聖属性と闇属性が同一の属性とするなら、単純に使い方しだいになる。


「ハリス、その言い方なら、聖属性も危険と言うことになるわよ」


「その通りです。

 聖属性は安全という思い込みを排除してしまえば、安定した状態に戻しすぎる事が出来てしまいます。

 教会でも聖属性の見習い魔法使いが直すのに必死になって”直しすぎて”しまい却って悪化させてしまう事故は度々起こります。

 危険性は同じなんですよ」


 話したいことは話し終わったのか、ハリスさんがすっかり冷めてしまったお茶を飲む。

 その様子を見ながら、私は思考に沈む。


 私は、魔力とその魔力を行使する魔法、それを術理として技術に仕立て上げる魔術。

 これに属性や分類をすることは、単純に判り易く説明しやすくするための物、と考えるようになってきている。

 基本属性が物質の状態を示している、というのも、現実空間に自然現象や物質を干渉させるのに理解しやすいからだ。


 だけど、本質的には魔力は、この世界の理に干渉する力と定義されている。

 その定義は現在肯定することは出来ても否定できないので、実質的に定説になっている。

 それに沿って言えば、全ての属性も単一の法則で説明できてしまうのではないだろうか?


 時空魔術は?


 例外属性とはいえ、時空魔法使いはそこそこ使い手が居る。

 特殊だという認識はあるが、異常性について本質的に理解できている人は少数だ。

 私がその危険性に理解し始めたのは、魔導師を目指して勉強し始めてからだし。

 なにより、その危険性をハッキリ認識した事例がある。

 廃棄都市で、襲撃者から漏れ出た黒い大地、これを時空断は切り裂いた。

 切り裂くことが出来てしまったんだ。

 逆の言い方をしよう、時空属性は黒い大地や魔物と何らかの関係がある。

 黒い大地を切り裂くことの再現は出来ていない。

 単純に魔物の発生に遭遇していないので、私が時空断で攻撃する機会が無いからだけど、何となく確信めいた物を感じている。


 聖属性と闇属性が、安定した状態に対して効果があるのなら?

 聖属性が魔物やダンジョンの影響に対して特効があることは広く知られている。

 闇属性もおそらく同じだろう、力の使う向きが逆なだけだ。


 聖属性や闇属性は時空属性に対しても特効があるのでは?


 試したという記録は、知っている限り無い。

 そもそも時空魔術で物を出し入れするときに聖属性の魔法や魔術を行使する、なんて事をする必要性が無いからだ。

 でも、もしかしたら、私が今まで作り出してきた魔術はハリスさんの聖属性の魔術で完封される可能性がある。

 いや、他の全属性の魔法に対して、天敵となるような力があるのでは。

 魔力はこの世界の理に干渉する力だ、その”正常な状態では無い状態”を作り出す力を無効化する力だとしたら?

 聖属性や闇属性の魔法使いを特別に隔離している理由は治癒能力や浄化能力があるだけではない、という可能性も高い。

 それにハリスさんは優秀だ。 気が付くのも時間の問題だろう。


 ゾクリ。

 背筋が寒くなる、


 今のは全ては仮定だ、気にしすぎてしまうのは危険だろう。

 取り敢えずは、聖属性と闇属性は状態に対して干渉する能力の総称で良いだろうね。


「所で、聖属性の使い手で聞かれると思うのですが、死者復活は可能なのでしょうか?」


 ちょっと馬鹿馬鹿しい質問をしてしまった。

 だけど、廃棄都市ではシーテさんを死なせていたかもしれない。

 シーテさんが死んで蘇ったことはシーテさんとだけの秘密にしてある。

 だけど、シーテさんが死ぬかもしれなかった、ということは話している。

 だからだろう、ハリスさんは問いに、暫く考えて真剣に答えてくれた。


「まず、蘇生できる状態にする、が大前提になります。

 例えば、水で溺れた、窒息した状態ですね。

 呼吸が止まって心臓が停止しています、が、それだけです。

 人工呼吸をすることで蘇生することが出来ます。

 聖属性の魔術でも同様で、蘇生させた時、生きていられる状態にできるかが重要になります」


 うん、死んでいる人間を蘇生させるには、生きるために必要な状態にするのが前提になる。

 それを高位の聖属性魔術はやってのけてしまう。

 つまり、生きていた正常な状態にしてしまえるのだろう。

 それに気づいたハリスさんは、聖属性魔術の能力が非常に高くなったのだろうね。


「先ほど話した事の続きになります。

 生きていた正常な状態、が、死んでいるのが正常な状態に変わる前に術を行使することが出来れば、死者蘇生は不可能では無いです。

 必要な魔力は膨大なので現実的では無いのですが。

 そして、闇属性は、死んでいるのが正常な状態を壊すことが可能です、が正しく生きている状態にすることは非常に困難です。

 結果として、生きているように見える存在になってしまいます」


「あー、グールとか言われる死人のことね」


 シーテさんが補足した。


「見たことがあるんですか?」


「1度だけね、思い出したくも無い嫌な事件だったわ」


 ハリスさんも目を背けた、これ以上聞くのは止めておこう。

 冒険者だった頃か、視察団チームになってからなのか、それは判らない。

 何時か聞くこともあるだろうね。



「聖属性が魔物や黒い雫や黒い大地に特効があったのも、正常では無いからだったんですね」


「ええ、そう考えるのが妥当でしょう。

 マイさんはどう考えていますか?」


 えっ?

 ああ、聞いてばっかりだったよね、私の考えを伝えておこう。


「私は、黒い雫や黒い大地は、魔物が存在している空間、いえ世界の一部ではないかと推測しています。

 あの黒い中は魔物の気配をより濃密にした魔力に似た物が充満しているように感じました。

 魔法が特に効果が有ったのは、世界の理に干渉する力が、魔物の空間に対して効果が有るのではないかと」


 これは初めて話すことかもしれない。

 初めて黒い何かが空間から染み出したときのこと、コウの町の中出て黒い何かから向う側に巨人の指と顔が見えたこと、魔物が黒い大地から離れると極端に弱体すること。

 沢山のヒントがあった。


「うーん、ならダンジョンは何なのかな?」


「そうですね、ダンジョンから魔物が生まれるというのの説明は今も付いていません」


「忘れましたか?

 以前、ダンジョンは時空魔法が使える魔物が何かの切っ掛けで収納区間をこの世界と開いたままの状態になってしまったと推測しています。

 収納空間はこの世界ではありません。

 そして、魔物の世界とも違います、その2つの世界の橋渡しをしてしまっている、と予想しました。

 もちろん、ただの情況証拠から繋ぎ合わせただけの物ですが、大きく外れていると思いません」


 収納空間を管理する術者が居なくなって、その空間が残ってしまった場合。

 もしかしたら、2つの世界を繋ぐトンネルのような者に成ってしまっていたのではないだろうか?


「マイちゃん、じゃ、時空魔術も魔物への特効があるんじゃないの?」


「可能性はあります、今の所、確かめる機会が無いので無理ですが」


 シーテさんは時空断を知っている、だからこその質問なんだろう。


「シーテ、無茶を言ってはいけません、収納爆発は物理攻撃です。

 他の時空魔術も間接的な攻撃です……出来るんですか?」


 さすがハリスさん、気が付いた。


「ええ、暫定的ですが、オーガ種を切り裂いた時空断を再現できたようです。

 ただ、この術理を他の時空属性の使い手が使えるかは不明です。

 威力も大きいので、安易に報告して良いのか悩んでいます」


 ハリスさんが考え込む。

 何処まで読んでいるのか判らないけど、思慮深い人だ私以上に深く考えているのだろう。


「自分を含む他者も収納できることを公にしてしまったのですよね。

 なら、隠して置いた方が良いでしょう。

 ですが、風の魔術など誤魔化せる可能性はあるので、危険が迫ったら使うのを躊躇しないように」


 そのハリスさんの私へ向ける目は優しく、そして真摯な物だった。

 この前の魔物の氾濫を今も気にしてしまっているのだろうか?


「はい、勿論です」



 それから少しの間、近況の話をしていた。


「ね、ハリス、あのフーチェって子とはどうなの?」


「どうなの、とは?」


 ん?

 シーテさんの顔が少し意地悪な感じになってる。

 ああ、フーチェさんはハリスさんに対して特別な感情を持っているように見えたよね。


「司祭長から預かった大切な後輩ですよ。

 それが どうかしたんですか?


 シーテさんがヤレヤレという表情をする。

 色恋沙汰に疎いと言うことなんだろう。

 たしか、ハリスさんは教会に居る女性職員に凄い人気があると聞いたような。

 ハリスさんは何のことか判らずにニコニコしている。

 ある意味、女性にとって罪作りな人だね。



 翌朝。

 ハリスさんとフーチェさんを乗せた、人を乗せる専用の馬車が出発していく。

 教会の備品らしい、御者の人は教会の警備をしている守衛の人とのこと。


 フーチェさんが、此方を心配そうに見ていたけど、私は救助された子供だったと言うことだし、シーテさんは信頼できる仲間だと聞いていたのか、敵対的な目で見られることは無かった。



■■■■



 コウシャン領の領都。


 領軍の1部隊が帰投していた。

 出発したときから大きく人を減らして。


「隊長。

 もう間もなく到着します、先触れが戻ってきました」


 1部隊が突然帰還されても受け入れ側も困ってしまう。

 だから通常は先触れを出すのが普通になる、これは宿泊している町や村も同じだ。

 普通は先触れは現地で到着を待つが、何か問題があればそれを伝えるために戻ってくる。

 戻ってきた、何かあるのだろう。


「総隊長からの指示です。

 全員、基地に通常帰還すること、また、隊長と副隊長は宰相様へ報告に上がるようにと。

 それと『ご苦労だった』と承っています」


 それを兵士が居る場所で伝えた、今回の作戦は成功であると判断されたという事だろう。

 多くの死傷者を出してしまった、そして肝心の魔導師が襲撃者と戦闘する事態になっていた。

 普通なら処罰されても不思議じゃ無い。

 兵士達にあった緊張感が抜けていくのが判る。


 副隊長が口を開く。


「先触れ、ご苦労だった。

 隊に復帰してユックリ休め」


「はっ」


 先触れに出た兵士が隊列に加わる。

 それを見て、ようやく大きく息を吐く。


「部下が処罰を受ける羽目にならずに済んだのは良かった。

 だが、遺族達に何と言えば良いのか、気が重いな」






 時空魔術研究所での防衛戦から帰投した部隊は、何の歓迎も受けず、ただの1部隊が戻ってきたとして扱われた。

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