第317話 魔導「聖属性魔術」

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 守衛さんの人数が6人体制だったのが、通常の2人体制に戻った。

 研究所内にある、自給用の農園も春に向けての準備が順調だ。

 ちょっと広げすぎて、私達と守衛さんでは管理しきれないので、半分ぐらいかな?

 残りは手の掛からない品種をお願いしよう。


 時空断・時空壁については判ってしまえば理解は順調で、今は威力や影響範囲の調整について検討している。

 実際に試す場所が無いので、空に向けて打っているけどね。


 収納空間内の時間を巻き戻す、これは再現できていない。

 そもそも、どうして出来たのかも判らないんだよね。

 何百回と挑戦して、まったく手応えが無かったので、今は保留中。

 シーテさんを助けられた、また同じ事が起きるかは判らないけど、出来るようになっておきたい。

 シーテさんも全く心当たりが無いと首を捻っていた。



 そんなある日。

 ハリスさんがやってきた、何でも領都の教会に行く用事が出来たとのこと。

 もちろん先触れとして守衛さんから聞いている。

 一泊する予定。

 供の同じ協会関係者の女性もいる。

 外向きの対応をしないといけないのは面倒だね。


「領都で用事ですか?」


「はい、このたび司祭長の位を受けることになりました。

 その手続きのために領都まで行きます」


 教会の役職は大まかに、教皇・枢機卿・司教・司祭・助祭となる。

 王都に居る教皇が最高位で、王都の教会で中枢の顧問担当をする枢機卿、実務トップに司教がいて、各領のトップは大司教、その下に司祭、助祭、となる。

 あと、教会に所属していて役職が無い人は教師や牧師と言われることが多い。

 司祭までが、教会の管理職で、司祭長は司祭をまとめるリーダーで町や村での教会のトップ、会長になれる立場となる。

 実際にはもっと役割毎に細かく別れているらしいけど、割愛された。


 この国の教会は信仰では無く、教育や医療を行い、かつその知識と技術を教える場所、という位置づけだ。

 それでも、庶民から尊敬を集める組織としての権力は大きい。

 そして、役職も過去の宗教の頃の名前を引き継いでいる。


 ちょっと、ややこしいね。


 ハリスさんが、応接室で私に儀礼的な対応をして、直ぐ後ろには供の女性に挨拶を促す。


「お目に掛かり光栄です、助祭のフーチェと言います。

 今回、ハリス様の司祭長への就任の付き添いで参りました」


「彼女は、今のコウの町の司祭長のお孫さんで、今回、司祭になるんです。

 彼女の両親は前回の魔物の氾濫で亡くなっています。

 本来なら彼女が後継者なのですが、年齢的に未だ若いので。

 私は中継ぎですね」


 ハリスさんが、にこやかに笑う。

 それを不服そうに見つめるフーチェさん。

 その視線がシットリと熱を帯びる。


「いえ、ハリス様こそ司祭長に、いえ司教にもなれる お方です」


 熱っぽく話すフーチェさん、本気でそう思っているようだ。


「買いかぶりすぎですよ。

 私は教会の中に居るより、在野で居る方がしょうに会っているのですよ。

 司祭長は私には荷が重すぎます」


 ハリスさんとしては、フーチェさんが成長して司祭長になってコウの町の教会のトップになることを期待しているようだ。

 だけど、そのフーチェさんはハリスさんの従者という雰囲気を、おもいっきり出している。

 それに、ちょっと距離感が近い。


「今日は、ユックリ休んで下さい。

 研究所ですので、対したおもてなしできませんが、領都から戻る際も是非とも寄って下さい」


 面談は、和やかに、だけどちょっと余所余所しく終わった。


 夜。

 私とシーテさん、そしてハリスさんが研究所の研究室に集まって情報交換を始めた。

 簡素な机を挟んで、シーテさんが結界を張り、万全の体制をとる。

 研究室は、執務室と並んで最も防衛の厚い場所だ。

 それに執務室と違い、出入りできる扉もそこまで行く廊下も限られていて、侵入者に気が付きやすい。


「ハリス、今回の就任は何か思惑があるの?」


 シーテさんが何時もの調子で問う。

 少しからかい気味なのは、昔からの仲間だからだろう。


「いえ、単純に今の司祭長の年齢で健康上の理由ですね。

 ご本人はフーチェに後を継がせたがっていますが、教会の運営に支障が出始めたので」


 ハリスさんが、身を乗り出す。


「マイさんは、どうされるのですか?

 人を自分ごと収納空間に入れることが出来る。

 これは領主の耳に入るでしょう、そして、王都にも」


 私、魔導師の動向は領主も確認しているだろうし、王都にも報告の義務がある。

 王都まで情報が伝わるのは、おそらく春を過ぎてからだろう。


「時空転移を未だ知られていないので、緊急避難としての利用価値しか無いと思ってくれると良いのですが。

 とはいえ、知っている歴史上、初めての事例ですから王都への召還はあると思っています」


 王都へ行くのは決定事項だ、ただ、成人するまで保留になっているだけで。

 今回の事が知られたら、召喚状が出る可能性はある。

 もっとも、人を収納空間に入れられる術理が全く判らないので、他の時空魔術師に教えることが出来ないんだよ。

 意味ないじゃん。


「そうですか、可能なら王都に付き添いたいのですが。

 司祭長になってしまうと、コウの町を離れることが出来なくなります」


 それは仕方が無い。

 もし付いてこれるとしたら、シーテさんぐらいだろう。


「仕方が無いです、それにシーテさんを付き合わせてしまうのも申し訳ないんですが」


「あら、私はもう最後までマイちゃんと一緒に居るつもりよ」


 シーテさんが私の後ろに回って、頭を抱きしめる。

 ううむ、相変わらずの弾力です。


「話を戻すけど。

 ハリスが司祭長は意外ね、実力は兎も角として、コウの町にも司祭は何人も居るでしょう」


「ええ、今回、情報共有しておきたいと思っていたことに関係します。

 私は聖属性の魔術師ですが、その魔術の能力がちょっと問題で、それがバレたことが切っ掛けです」


 うん?

 聖属性の魔法や魔術は、私が知っている限り、浄化や治癒の能力がある。

 特異な能力ではあるが、聖属性の使い手はだいたい同じ能力を行使している。


「マイさんは、聖属性の特徴を浄化と治癒と学んでいると思います。

 ですが、私は経験とマイさんからの基本属性に関する考え方を教えて頂いたことから、1つの仮定を出して実証しました。

 浄化も治癒も結局は1つの聖属性の効果に過ぎないんです」


 驚く、聖属性の効果は非常に多岐にわたる、なんでかは判らない、それが1つの効果だけで説明できるの?


「以前、マイさんが基本属性の考え方を物質の状態に例えて考える事を教えて頂きました。

 これが切っ掛けです。

 聖属性は、安定した状況にする効果がある、この1点のみです」


「よく判らないわ、ハリス」


「そうですね、聖属性は治癒が有名です、怪我も病気も一緒くたに治します、精神的な問題も。

 そして浄化、詳細は不明ですが魔物やその空間の影響のある物。

 どれも、正常な状態から外れています。

 聖属性は、これを魔力で正常な状態へ戻す効果があります。

 つまり、健康な状態、正常な自然環境へ」


 興奮する。

 これは凄いことだ、聖属性は解明がほとんど進んでいない属性の1つだ。

 聖属性の力は、病気・怪我・精神疾患・呪い・状態異常などを解消できてしまう、例外魔法になる。

 その仕組みとなる術理は解明されていない、とされている。

 それが、こんなに明快でかつはっきりとした説明で能力が説明できるのなら、今後の聖属性の魔術師の輩出に大きな寄与が出来るだろう。


「これが、今回の司祭長になる切っ掛けなの?」


 シーテさんは、はーっと感心したように腕を組んで、胸がムニュっと、いやいや。

 目に毒です、ハリスさんも少し目をそらしているし。


「いえ、この事は誰にも話していません、知っているのは私達、元視察団とマイさんだけです。

 この事を現在、術理として構築するようにしています。

 が、その過程で治癒能力が大幅に向上してしまいました。

 それを現在の司祭長が、領都の教会へ自分の後継者に相応しいと報告しました。

 それが今回の領都行きの理由です」


「治癒能力が認められた、それはそれで凄い事です。

 コウの町になくてはならない存在になるでしょうね」


 私は素直に賞賛する。

 照れるハリスさんの表情は、昔から変わらない。

 ホッコリとした雰囲気になる。


 そのハリスさんの表情が、暗くなる。


「ここからは、忘れて貰っても良いですが、口外しないで下さい」


 なんだろ、今更これ以上の秘密があるのだろうか?


「フーチェは、闇属性の魔法使いです」


 シーテさんが立ち上がる、表情が驚愕に歪む。

 私は、その理由を理解できずに呆然とシーテさんを見上げる。

 闇属性と言われても、その効果はほとんど知られていない、私も領都の学術図書館で調べた範囲でも呪いとか呪詛とか曖昧な表現があるだけだった。


「シーテさん?」


「ハリス、闇属性の使い手が危険なのを承知で連れてきているの?

 場合によっては報告するわ」


「シーテ、待って下さい。

 この事については、領主様もご存じです。

 フーチェはその事を知りません、聖属性の魔法使いと信じています」


 どういうことだろう?

 闇属性は危険な属性として、隔離されることが一般的らしい。

 私は使い手を見たことも無いので判らない。

 闇属性の使い手がどうなっているのかさえ。


「聖属性が、安定した状態にするのが効果だとすると。

 闇属性は、不安定な状態にするのが効果である、と定義できます」


 ますます判らなくなってくる。

 怪我や病気、呪いや魔物とその空間を悪化させていく効果があるのではないのかな。

 だとしたら、凄い危険だ。

 私は、ようやく理解ができはじめて、じっとりと冷たい汗をかく。


「誤解しないで下さい。

 闇属性も聖属性も、結局は属性の1つに過ぎません。

 危険性は同じなんです、他の属性と同じく」


「ハリスさん、では何でフーチェさんは聖属性の魔法使いとして居られるのですか?」


「簡単です、怪我や病気、呪いや魔物、この不安定な状態をなくす方へ力を行使する。

 つまり聖属性とは逆の方法で安定した状態にしているんです」


 落ち着いたのか、シーテさんが椅子に座る。

 そして、ハリスさんを見つめる、本気の目だ。


「で、何が言いたいの?」





 ハリスさんの表情が抜け落ちて、淡々として告げた。


「聖属性と闇属性は表裏一体、いえ、本質的には同じ属性と言っても良いでしょう」

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