第316話 魔導「慰霊」

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「勇敢なる戦士の魂に礼!」


 朝靄が残る中、隊長の声が響く。

 ここは、研究所の外れにある、元の村の共同墓地がある場所に新たに作られた墓標の前。

 この地域を含め、庶民の墓地は1つの墓標でまとめられて、埋葬も1カ所にまとめられている。

 元の村の墓標に並んで、今回、領軍の戦死者を埋葬するのにあたり、新たな墓標を作ることになった。

 兵士の中には貴族位を持つ人も居たので、庶民と同じ所に埋葬するのは問題があるそうだ。


 襲撃者を待ち伏せして殲滅するため、理由はどうであれ、私を魔導師を守る形で戦い亡くなった。

 その戦いの時、私は廃棄都市に居てどれほどの戦いだったのか知らない。

 農園がほとんど作り直されていたことから、それなりに規模の大きい戦いだったと推測されるだけだ。

 隊長からも、戦闘に関する内容は簡略された物しか聞かされていない。


 数分の黙祷が終わり、振り返る。

 そこには、整列した領軍の兵士達が一糸乱れぬ隊列を組んで立っている。

 その全員の視線が私に向けられている。

 感情を押し殺した目だ。


 私はこの目を知っている。

 辺境師団に居た頃、輸送部隊は士官と並んで重要な護衛対象で、そして度々襲撃を受ける。

 理由は様々だ、腹を空かせた獣や魔獣、そして反乱分子に野盗、中には飢餓で苦しんでいる農民だった事も有る。

 輸送部隊を守るために兵士が戦い、そして死者が出る。

 理屈では判っているはずだけど、私達のために死んだ、これを感情で納得させるのは難しい。

 それは、守られる私達もだ。


「本戦いでは、襲撃者の撃退に成功しました。

 これは、領軍の守衛の類い希なる力と勇気によるものだと確信します。

 亡くなった彼らも、勿論。

 皆さんに、そしてこの地に眠る戦士に、最大の感謝を。

 そして、私が生きている限り、英霊に感謝の祈りを捧げ続けましょう」


 支配階級である私は、この場で頭を下げることは出来ない、手を胸に当てて、目を閉じる。

 私の教えて貰った貴族の振る舞いの中でも、下の物に対して行う最上級の礼になる。

 たしか、胸に手を当てるのは、心からの言葉である事を示して、目を閉じるのは、信頼を意味しているらしい。

 それよりも、私の気持ちが僅かでも伝わって欲しい、それだけだ。


カチャ、カチャ


 目を開けると、領軍の兵士達がバラバラに礼の型を取っていくのが見えた。

 少し目頭が熱くなる。


「魔導師様、死んだ兵士達も誇りを持って逝けたでしょう。

 そして、残された我々にも感謝して下さり光栄です」


 隊長が、ゆっくり礼の型を取り、深く頭を下げ、それに合わせて全員が頭を下げる。

 戻り、再び私を見る目は少しだけ柔らかくなった気がする。


「全員、帰投する!」


 副隊長の号令で、小走りに去って行く。

 彼らはこれから領都へ帰って行く。

 残された私とシーテさん、そしてコウの町から来ている守衛のおじさん2人。

 あっという間に、人気が無くなってしまう。

 冷たい風が流れる。



「コウの町の町長へ、守衛の亡くなった方への慰霊と治療中の方への慰問の調整をお願いします」


「はい、かしこまりました」


 礼をして、守衛の2人も研究所の入り口にある詰所へ戻っていく。

 シーテさんが、私の頭に手を乗せる。


「今ぐらいは泣いても良いと思うわよ」


「いえ、嫌な言い方ですが、慣れてしまいました。

 泣くのは寝ている時だけで十分です」


「軍隊に居ると、そうなってしまうの?」


「たぶん、でないと正気を保てないです」


 私はシーテさんに笑いかける、皮肉のつもりだけど、口元が引きつってしまった。

 シーテさんも、私から辺境師団が頻繁に戦闘を行っているという事実を知るまで、国内では大きな戦闘は滅多に無いと思っていたからね。


「そっか、じゃあ、今日は一緒に寝ようか」


「……はい」



■■■■



 ここから数日の事は特出する物は無かった。

 翌日、交代で戻った守衛の人からの連絡と事前に通知してあった事も有り、数日後にコウの町へ行くことが来まった。

 準備の都合で、最初に病院に行って慰問する。

 皆、笑って自分の傷を誇っていた、中には復帰できない傷を負っている人も居たのに。

 遺族への面会は止められた、どんな経緯であれ大切な身内を亡くしたのだ、どのような行動に出るのか判らないとのこと。

 これは、私にも判らない、コウの町でも魔物の氾濫の時に身内を亡くした人達が居るが、直接会ってその事を聞いたことが無い。

 町長の話では、感情のぶつける先が無いときに、理不尽と判っていても憎む対象を求めてしまうんだそう。


 残された人達。

 私だってそうだ、生れ故郷を理不尽な理由で無くした、親兄弟を含めて。

 あの時、どうしたんだっけ?

 色々ありすぎて、ハッキリと思い出せない。


 自分は一体何をするべきなのか?


 翌日の亡くなった守衛への慰霊も、親族の姿は無くて守衛の人達とだけで行った。

 コウの町としての慰霊は既に終わらせているんだそう。

 魔導師が慰霊に訪れた事は、事後に発表されるとのことだ。

 これは、私の護衛を十分に用意することが出来ないためだと、町長が謝罪していた。

 魔導師がコウの町へ来ていることは、私専用の馬車で町に入ったので知られている、何をしに来たのかは、恐らく噂で広がっているだろうね。


 町長の館に宿泊していた私達は、今回の顛末の説明できる部分を共有するために、町長とギルドマスターと会食したり、教会の会長と面会したりした、

 そして、時空魔術研究所へ戻る。


 日常が戻ってくる、はずだ。


 寒い日が続くが、日差しにほんの少しだけど、暖かい春の兆しを感じる様になってきた。

 墓地の回りに花の種を蒔こうかな?

 ふと、そんな事を考えたりしていた。

 墓地は、研究所を囲っている塀の外にあるので、頻繁には行けないから手の掛からない品種にしないと。

 それに一年中何かの花が咲くように出来たら良いな。



 研究所に戻って日常はなかなか戻らなかった。

 原因は、一時的とは言え中隊規模の兵士や多くの守衛が研究所に駐留していたため、宿泊用の施施設やそれ以外の研究所の空いている部屋も使ったのでその後始末に時間が取られている。

 一応、帰投する前に全部整理してくれたんだけど、急いだのか所々雑だったり、指令書にしていた応接室の調度品の位置を自分の好みに直したり、面倒だね。

 研究室も閉鎖していたので埃がたまっている、地下室に避難させていた蔵書や魔道具を戻したり、そのついでに整理をしたりで、案外暇な時間が無かった。


 宰相様からの手紙が届いたのは、それから暫くしての事だ。

 日数的に護衛してくれた領軍の兵達が領都に戻るのにはもう数日掛かるので、この手紙は兵達が研究所を出発した頃に出された物だと思う。

 比較的軽い荷物を載せた馬での移動なので普通に移動するより早い。

 中の手紙には、領内で起きた事を簡単に、つまり直接説明する必要の無い機密性の低い内容が書かれていた。

 あと、手紙を持ってきてくれた男性は、領主様直轄部隊の1人で以前、最初の襲撃後に研究所の護衛をしてくれた副隊長だった。

 その副隊長から直接、機密性の高い話を聞く。



 副隊長は、最初に兵士への慰霊を行いたいとのことで、私とシーテさんが墓地へ案内する。

 どんな戦いだったのか聞かれたけど、私は報告しかうけておらず詳しいことは判らないとしか言えなかった。

 研究所に戻り、小さい応接室に通して、暖かいお茶を出して話を聞く。


「わざわざ領都より、ご苦労様です」


「いえ、今回は魔導師様を危険に晒してしまう作戦でした。

 来る途中に帰還中の者と会いまして、魔導師様も襲撃を受けてしまったそうで、申し訳なく思います」


 副隊長が謝罪する。

 これを受け入れる。

 私も、今回の領主様発案の作戦の脆弱性に関しては危惧していたのに、対策を打てなかった。

 厳密には、秘密にしていた時空魔術を使えば何とかなると楽観していた為でもある。


「速報ですが、襲撃者は襲撃の成功・失敗に関わらず、一斉に引き上げたようです。

 隠密性が高いため、確定では無いですが、領内に居るのは以前から情報の収集のために居る無害な商人や庶民のみと思われます。

 既にご存じかと思いますが、襲撃者は500年前の施設かもしくはその施設に関わっていると思われる人物を襲撃しています。

 人的な被害はありませんが、施設の破壊は数カ所で起きています」


 うん、領軍の隊長から聞いている内容と同じだ。


「ただ、何か持ち出されたという情報はありません。

 襲撃者の目的が何か、については不明のままです」


 彼なら知っているのかな?


「では、襲撃者が今回の計画をした切っ掛けが、500年前の魔物の氾濫、そして前回の魔物の氾濫に起因している可能性については検討されていますか?」


 副隊長が驚いたのか、置こうとしていたカップを音を立てて皿に置いてしまう。

 ジッと私を見る、そして軽く頭を下げる。


「魔導師様のご推察の事に関しては、上層部でも懸念しています。

 現在、廃棄された施設を含め、500年前から有る施設全てに調査を行うように指示が出ています」


「そうですか、これは箝口令が出ている情報なんですね」


「はい、魔導師様が口にしなければ、私からは話さない内容でした。

 次に襲撃者についてです。

 おそらく帝国人と思われます、容姿を確実に判断できる捕虜が少ないため、可能性ですが。

 魔導師様は1人捕虜にしているそうで、流石です」


「その捕虜はどうなっていますか?」


「現在、領都の近くにある施設に移動中です、襲撃者の特殊な能力を考えると領都内に入れるわけにはいかないですので。

 その襲撃者の能力についても?」


「はい、実際に戦っているので、おおよそについては知っています」


「あの服装は、一種の拘束具で額に埋め込んだダンジョンコアを利用して、体内を擬似的なダンジョンにしてしまうようです。

 原理は不明ですが、結果とした人間離れした身体能力を得ることが出来る様です。

 あと、胸に何かの魔道具の様な物を埋め込んでいます、これが制御装置のようですね。

 引き抜くことで、ダンジョンを溢れさせる、黒い雫をまき散らして黒い大地を形成して、魔物を発生させることが出来るようです」


 そうか、あの時、襲撃者が胸の何かを引き抜いて黒い大地を発生させていたのは、これか。

 額の何かもダンジョンコアか、人体実験なんて事をしているのか、帝国は。


「次に、キリシア聖王国の侵略を発端とした帝国軍と商工業国家の軍との事です。

 一報ですが、帝国軍が撤退を始めたようです」


「それは良いことですが、何か理由は?」


「いえ、帝国からの情報は此方には、辺境師団、国としては何か情報が有るのかもしれませんが。

 商工業国家の方も、元から居るだけだったので、おそらくは、そのまま撤退かと」


 判らない、今回の帝国の行動も、それを容認した商工業国家の考えも。

 知っていると思われるのも、領主様と一部の上層部位だろう。


「キリシア聖王国とは、一体何だったんですか?」


 シーテさんが質問した。

 うん、私も気には成っていたけど、直接関係ないので重要度が低かった。


「これは機密なので、領主様と宰相様以外には口にしないで下さい。

 キリシア聖王国は正確には、帝国の南東部の山の中にある盆地にある、1つの領だった模様です。

 自治権を強く与えられた領で実質的な属国扱いだったらしいですね。

 理由は不明ですが、帝国はここの領の人達を全員追放したのが、今回の侵略に繋がったらしいと。

 確実な情報では無いので、申し訳ありません」


「なお不明です、帝国内で別の場所に移民するなり、商工業国家に難民するのなら兎も角。

 商工業国家を素通りして、トサホウ王国に侵入。

 訳が判りません」


「キリシア聖王国の主張ですが、トサホウ王国は本来 彼らの国で奪われた場所であり聖地だとの主張です。

 ですので、今回の侵略は彼らにしては母国の奪還を目的とした国民総出の聖戦なんだそうです」


 あれ?

 何か聞いたことがあるぞ。


「最初の襲撃者達も同じ事を言っていましたね」


 シーテさんが指摘した、そうだった。


「はい、恐らくですが、襲撃者と同じくキリシア聖王国の国民は全て洗脳か扇動されていたのではないかと考えられています。

 狂信者と言った方がしっくりくるでしょうか?」






 私は、応接椅子の背もたれに体を投げ出して、溜息を付く。

 何なんだ、一体。

 真意が読めない。

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