第315話 魔導「研究所」
0315_22-02_魔導「研究所」
宿屋タナヤには、ギムさん達が護衛として詰めてくれている。
私の護衛のドウさん達が入院中なのと、そのまま領都に帰還するそうで、その間の護衛を依頼された形になるそうだ。
トウさんの怪我はハリスさんの治癒魔術とコウの町の病院での治療で間もなく退院できると連絡を受けたけど、面会の機会は得られなかった。
簡単な予定を決めた。
研究所に戻り、囮役の人たちと入れ替わる。
領都へ帰還する兵士への声がけ。
研究所にある墓地、以前の廃棄された村の墓地に埋葬された領軍の兵士の弔いをする。
そして、コウの町へ行き、死者への弔い、そして病院に居る兵士と守衛への声がけ。
それが終わった後は、今回の顛末を報告するための資料を作成して提出になる。
おそらくだけど、ドウさん達との面会が出来ないのは、報告の情報を摺り合わせされることを防ぐ目的があるのかな?
宿屋タナヤの宿泊室の中で、シーテさんと2人で、話していた時空断について説明しながら実演する。
「これが、時空断の魔術なの?」
「はい、時空断と時空壁は同じです、面のほうが壁ですね」
シーテさんが私が作り出した時空壁の盾を覗き込んで観察している。
時空断と時空壁、仕組みとしてはこうだ。
収納空間と現実空間の接触面、厚みが0の面を刃や盾として利用する。
空間として完全に分断されるので、理論上は切れない物が無いはず、そして空間を壊すのも難しい。
以前、私が作っていたのは自分の収納空間の出し入れする面を使っていたんだね。
で、切断や盾としては非常に弱かった、それに脆く遠距離の攻撃も出来なかった。
判ってしまえば、単純だったよ。
戦闘中に自分の収納空間と接続するなんて事はしない。
つまり、時空断を作るときに専用の収納空間を作り出してそれを利用していた。
維持期間が短く収納能力も無し、その代わりに切断能力や防御力に特化した能力を持つ収納空間を"意図的に"作り出す。
長時間の維持は難しいけど、使い勝手は良い。
遠距離攻撃が可能なのも、制御せずに打ち出すだけなので遠距離収納や取り出しの制限に掛からない。
まだ意識して使用している段階で、実用として使えるほど身に付けては居ないね。
研究所に戻ったら訓練しないと。
コンコン
時空壁をシーテさんが叩く。
時空断の方の刃は危険だから、本当に何でも切れてしまう。
時間切れで消滅するのをホーッとした感じで見てる。
時空壁、空間に作られた厚み0の盾。
非常にぶっ壊れた性能だよ。
空間を破壊や断裂するというのは、実は非常に難しい。
剣士や魔術師が使っている空間を切る技のほとんどは凄まじい切れ味なだけで、空間そのものを切っているわけじゃ無い、らしい。
それだけ、空間という物は壊れにくく再生する能力が高い。
物理学上、光すら脱出できないほどの重力を加えて初めて歪められた空間が断裂する、とある。
それを、現実の理に干渉する魔術では可能にしてしまう。
空間を意識して切断することが出来る、ごく一部の剣士や魔術師が特出した才能と技術を使って実現するような技だ。
時空断、時空壁は”時空魔術は”それを簡易に作り出せてしまう。
危険すぎる。
「シーテさん、この魔法、術理はある程度判っているので、魔術とする事は多分可能ですが……。
危険すぎて、報告するのか躊躇しています。
時空魔術師の戦闘としての可能性が格段に上がりますし」
「そうね。
今のところ、この魔術を知っているのは私とマイちゃんだけか。
なら、暫くは内緒で良いんじゃ無いかな?
収納空間に本人も含めて他人を収納できる事が知られてしまったはずだから、それだけで大事になると思うから」
私の収納空間に人が生きたまま入れる事を知っているのは、ギムさん達、そしてドウさんの視察団チームのみ。
ドウさん達はおそらく領主様や上司へ報告するはずだ。
ギムさん達には箝口令を敷いたことにしてある。
そして、今回で複数人の収納が可能なのも実証することが出来た。
上限の人数は判らないけど、普通なら私の収納容量に依存するはず。
だけど、今の私の収納容量は不明だ。
収納空間の中を他人が確認する方法は、現在存在しない。
そのため、この事実を知られると重要施設に入る際に色々な制限が加わる可能性が高い。
「そうですね。
自分自身を収納できるというのも、大事になりそうです」
「当面は、様子見になるかな?」
少なくても、ドウさん達が領都に戻ってからだと思う。
私はどうすれば良いのだろうか?
■■■■
「美味しい」
タナヤさんとフミの料理に舌鼓を打つ。
本当はタナヤさん達と一緒に食べたかったけど、警備の都合上で駄目だった。
タナヤさんは配慮してくれて、フミが配膳と料理の説明をしてくれている。
今日の料理も1品はフミが自分で考えて作った料理だよ。
正直、タナヤさんとの違いは並べないと分からないぐらい。
「今日の魚の煮物は私が作ったんだ」
薄味にまとめられた魚は臭みも無くて美味しい。
宿屋タナヤでは魚料理も有名になっていて、定番のメニューに加わった。
それで、泥抜きのための生け簀をつくって、常に数匹の魚が泳いでいる。
近所の奥様にも、お持ち帰りで好評だそう。
「すごいね、魚の美味しさがハッキリ判って、好きな味だよ」
「うん、えへへ」
フミが照れて頬を指で撫でてる。
一緒に食事をしているブラウンさんとハリスさんもニッコリしている。
ギムさん達は定期的に宿屋タナヤで家族ぐるみで食事会をしているそうなので、フミの料理の腕が上がっていくのを知っている、ちょっと羨ましい。
食事の後も、最近のことを話し合った。
■■■■
宿屋タナヤでの生活は,外出できない事を除けば快適だった。
ギムさん達も警備できてくれた。
けど、今後の予定として早く研究所に戻る必要がある。
数日の滞在の後、私とシーテさんは旅商人の一行に扮装して研究所に向かった。
研究所に戻るのは2ヶ月ちょっとぶりかな。
その正面の外観は変わっていないように見える。
荷物の搬入のフリをして研究所入ると、私の囮役の皆さんと久しぶりに会う。
私とシーテさん、そして両軍の隊長と副隊長が執務室に入ると、私の外観に似せたシロスさんが執務机から立ち上がり、出迎えてくれる。
「久しぶりです」
「ご無事で良かったです」
シロクさんを含む視察団チーム全員が膝をついて礼をする。
シロクさん達の視察団チームは全員無事だ。
もっとも、シロクさん達は研究室の執務室に居た。
ここまで攻め込まれてしまった時点で全滅状態ともいえる。
そして、入れ替わる、本来の役割に。
外套を脱ぐと、その下には魔導師としての何時もの服装が表れる。
この事も、一種のデモンストレーションだ。
ゆっくりと、執務机の私には大きい椅子に座る。
それを見守るシーテさんと視察団の皆さん、そして領軍の隊長と副隊長。
キシッ
椅子のクッションの音が少しする。
相変わらず慣れないけど、ようやく戻ってこれたと感じた。
さて、現状確認をしないといけない。
捕虜にした襲撃者からの情報も気になる。
「今回の襲撃に対しての対応は、事後処理だけで良いですか?」
私が隊長に向かって尋ねる。
「はっ、幾つか情報が入っていますが、襲撃に関しては終了と見て良いかと」
室内に張っていた緊張感が緩むのを感じる。
シーテさんが胸に手を当てて、ホーッと息を吐いている。
「では、情報の共有をしましょう、皆さん席について下さい」
立っていた人たちが、応接椅子に座っていく。
位置としては、私の右手に隊長と副隊長、左手に領軍の3人と後ろの椅子に3人が。
シーテさんは私の横にある席に座った。
「では、最初に。
此処での情報は領主様権限での箝口令が敷かれます。
視察団の者達もそれを留意するように」
少し意外だ、視察団の皆さんには問題ない情報を話して、込み入った話しは退席させると思っていた。
ここで話を聞かせると言うことは、今後の任務に繋がるのかもしれない。
視察団の皆は、それを感じたのか神妙に頷く。
「まず、トサホウ王国に侵入したと思われる襲撃者達は一斉に商工業国家から国外へ脱出しているようです。
商工業国家側が、国境の河川を渡る襲撃者らしき一団をそのまま受け入れているようです。
国内での被害は不明です、国からの情報待ち。
コウシャン領に関しては10カ所に本命と思われる襲撃がありました。
5つに関しては討伐に成功、残り3つは侵入を許し、そのまま逃走されました。
2つに関しては不明です」
「不明ですか?」
「2件については、放棄された古い施設への攻撃があったとの事です。
そのため、他の古い施設への調査を始めているそうです。
数が増える可能性はあります」
うん?
ということは、廃棄都市を含む約500年以前の施設への襲撃が目的だったの?
何故だろう?
「今回の襲撃に関して目的は判明していますか?」
「発表はありません、しかし、古い施設で現在使用している施設が狙われた可能性は高いです。
研究所は、コウの町が過去に城塞都市として使用されていた事から、狙われたかと」
この発言に室内がザワつく。
前提条件が崩れたんだ。
重要施設や重要人物に対しての襲撃だと思われていたのが、500年前から存在する施設への襲撃が目的だったという。
コウの町も500年前には要塞都市だった、そして今も活用されている。
しかし、都市の中心機能は戦いの際に消滅してしまっていて、残ったのは上下水道の設備程度だった。
研究所があるのは、500年前の都市機能を使っていると思われた?
そして、私達が待避した廃棄都市、ここも中核機能と思われる部分は消滅している。
一体何がしたかったんだろう?
少し考えたところで、一つの共通点に辿り着いた。
そう、500年前の魔物の氾濫、そして6年前の魔物の氾濫、これが切っ掛けで何かが動き出した可能性がある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます