第311話 廃棄都市「再会」
0311_21-14_廃棄都市「再会」
収納空間の中。
私はシーテさんに抱きかかえられるようにして、夕食を取り休みを取った。
シーテさんは、自分が一度死んだと言うことを記憶していなかったのか、いつも通りで安心する。
収納空間、時空魔術にて物を収納する空間なんだけど、研究されてはいるけど全く判らないと言っても良い。
個人毎の差異も大きいし、法則性が見つけられていない。
そして、時空魔術の名称の由来となった収納空間内の時間の流れが現実空間と異なること。
それであっても、時間は不可逆であるという大原則は変わらないと言われていた。
時間の逆行、現実空間ではあり得ない事象だ。
それが起きた、多分。
私の魔力を全て消費して。
私の魔力量は、魔術師としては多い人の部類に入るが、決して特別秀でて多いわけじゃない。
逆に私は魔力量が多いのに使用できる魔術の威力や効果が弱く、制御能力で補完しているのが実情だ。
改めて、自分の収納空間を眺める。
乳白色で、距離感が掴めない、というか距離という概念が存在していない空間。
不思議だ、今度詳細に調査してみたい。
「マイちゃん。
ドウさんたちと合流する必要があるわ。
崖を降りるのは難しいから、来た地下施設を戻りましょう」
私の感情が落ち着いたのを見計らってくれたのかな?
「はい、崖と言っても斜面なので生存している可能性はあると思います。
生きているのでしたら、地下施設で寒さをしのいでいるでしょうね」
「ええ、だとしたら急いだ方が良いわね。
防寒の装備はシユさんだけだと足りないと思うから」
ポンポンと私の頭を撫でる、シーテさんが覗き込む。
「うん、大丈夫そうね」
カーッと顔が赤くなるのが判るよ。
にっこりと笑うシーテさんの顔が目の前にある。
うん、もう大丈夫だ、今は。
私達は装備を再確認して補充し、収納空間を出た。
「うわ、寒っ」
冷たい風に晒されて、シーテさんが寒さに驚く。
雪は風に飛ばされているためか、薄く積もっているだけだ。
吹きだまりに多少は溜まっているくらいかな?
シーテさんが明かりを魔術で作る。
その間、私は周囲の警戒をする、探索魔術や視線、肌に感じる感覚、総動員だ。
こちらへ向けられる意思は感じられない。
「向かいましょう」
「ええ、慎重にね」
シーテさんを先頭に私達は地下施設への入り口に向かって歩き始めた。
■■■■
まずい。
俺、ドウは部屋に戻ってきて座り込んでしまった。
火が足りない、燃やせる物も無い。
周囲のがれきを漁ったが、どれも燃えそうも無い。
そしてトウの額に手を当てる体温が更に下がっている、呼吸も浅いままだ。
そのトウを背中から抱きかかえるようにシユが抱きしめて、マントで包まっている。
シユの表情から深刻なのは伝わってくる。
部屋は風こそ吹き込まないが、広く小さい火では暖まらない。
何とかしなくては。
収納魔法と収納魔術に頼り切った事を後悔するが、戦闘になったなら、背負っていた荷物は捨てるのでどうせ同じだ。
収納魔法が使えるシユの意識が戻らないと防寒の装備を取り出せない。
手詰まりだ。
すでに周囲の部屋を探し尽くしてた。
今燃えている火は、襲撃者の男が持っていた小さいコンロの火だけだ、燃料が尽きれば凍死が待っている。
「すまない」
シユに向かって膝をついて謝罪する。
「しかたないわ。
ただ、魔導師様が無事かどうかだけが心残りね」
マイの護衛となった時点で襲撃があれば命を盾に守る覚悟を持っていた。
だが、実際は妻の命を優先してしまった、護衛にあるまじき失態だ。
ドウの「すまない」には幾つもの意味が含まれている。
そして、シユも同じだ。
ゴソッ
視線が動く。
拘束した襲撃者が身震いしたようだ。
意識が戻っている様子は無い。
今殺しておくべきではないか、と思う。
馬鹿げた耐久力と戦闘力がある、この男もそうなら抵抗する前に排除するべきだ。
薬が効いているかも判らない。
何より、我々が動けなくなった後、生かしておいては
襲撃者がビクッと動いた後、モゾモゾと体をひねり出す。
くぐもった声が漏れる。
反射的にナイフを抜いて膝立になる。
ガタガタ震え出す、手足を拘束し目も口も耳も塞いでいる。
くぐもった声は、どうやら泣き声の様だ。
シユと顔を見合わせて、逡巡してしまう。
拘束しているロープはごく普通の物で、あの異常な腕力なら簡単に引きちぎれるはず。
なのに力を入れる素振りも無い。
「口と耳を外して尋問してみる」
「大丈夫なの?」
「判らん、が物資が手に入るのなら生き残れる希望がある」
「判った」
ドウは、まず片方の耳を塞いでいた布の詰め物を取る。
「聞こえるか?
言葉がわかるのなら、1回頷け」
コクン
ビクビクとしながらも頷く。
言葉が通じるようだ。
「抵抗は無意味だ、今も強力な武器で狙っている。
こちらの指示に従わない場合は即時殺す、いいな」
コクン
体の震えが止まらないようだが、はったりは通じているようだ。
今はナイフしか攻撃手段は無い。
口を塞いでいる布を取る。
「タ・タスケテ」
片言の言葉が漏れる。
か弱い声からは反抗の意思を感じられない。
「此方の質問にだけ答えろ。
仲間は何人か?」
「ワタシ デ 6ニン」
「仲間は何処に行った?」
「ワカラナイ。
ワタシ ダケ ノコッタ」
「荷物は何処に有る」
「ゼンブ モエタ」
つまり、この襲撃者の身に付けていた装備が荷物の全部だ。
小型のナイフ、布、携帯食、そして何かの薬が幾つか。
「此処以外の仲間は来るのか?」
「コウ ケンキュウジョ イッタ ナカマ クルカモ」
時空魔術研究所への襲撃が行われたのか。
だが、万全の体制で迎え撃っているはず。
迎撃に成功していれば、友軍の仲間が救援に来る可能性は有る。
問題は、魔導師様を襲った襲撃者が生き残っていた場合だ。
魔導師様は自分の安全を優先しているはず、収納空間に逃れていたのなら、目標を失った襲撃者が戻ってくるのでは?
「口と耳をまた塞ぐ、ジッとしていろ」
「ワカッタ」
耳と口を改めて塞ぐ。
ハー、息を吐く。
「シユ、魔導師様の生死は兎も角、襲撃者が戻ってくる可能性は高い。
魔導師様は収納空間に
なら、戻ってきた襲撃者と戦闘になった場合、この男とトウを殺して撤退戦に移行する」
シユの顔が歪む。
目を冷まさないトウの顔を見て、肩に顔を埋める。
耳元で小さく「ごめん」と呟く。
「判った、役割は?」
「俺が戦って囮になる。
シユは森に走り、身を隠せ、そして報告するために戻るんだ」
「了解し……、まって」
シユが緊張する。
それに反応してドウが周囲を警戒する。
コッーン、コッーン
反響した足音が聞こえてくる。
迷いなく真っ直ぐ此方に向かってだ。
足音が止まる。
気配を探るが、判らない。
シユがトウを床に寝かせ、ナイフを取り出す。
弓は崖に落ちたときに失っている。
部屋の奥の方から僅かに明かりが見えた。
此方の火の明かりも見えているのだろう、拘束した襲撃者にナイフを向ける。
可能性は低いが、人質として使えるかもしれない、無駄だろうが。
コツ、コツ、コツ
再び足音がする、近づいてきた。
足音の数は1つだけ。
迷いなく、しっかりとした足取りだ。
緊張で寒く冷え切った顔から、汗が一滴ながれる。
足音はもう隣の部屋まで来ている。
ドウとシユは気配を消して奥へ続く部屋の入り口を見つめた。
■■■■
地下施設の損壊は大きく、途中の通路は崩落して通路が塞がれて進むのが難しかった。
槍を打ち出した魔術の着弾地点かな。
その瓦礫の場所まで進んだところで、シーテさんの探索魔術が見つけた。
「マイちゃん、500m先の3つかな、下の階層に人の反応があるわね。
この距離だと人数は判らないけど複数人っぽい」
凄いな、こういう構造物内での探索魔術の効果は非常に落ちる。
なのにこの距離を探索してみせるのは、その魔術の精度と能力の高さの表れだ。
因みに、私の探索魔術には何も反応が無い、見えている範囲よりちょっと広い程度が精一杯だ。
「判りました、魔物の様な反応は無いんですね?
敵だと人とは違う反応が出ると思うんです」
「うーん、魔物らしい反応はないかな、もっと接近しないと判らないわね。
で、この瓦礫は越えられないわよ」
「時空転移を使いましょう。
短距離なら私の負担は少ないです。
ドウさん達だったら、早く合流したいですし」
私は、普段よりシーテさんに密着して、遠隔視覚で崩落して塞がれている瓦礫の隙間から先を確認し転移を発動させる。
問題無く転移した、いや、いつも以上に簡単に? 瞬間消費魔力量が少ない?
検証は後回しだ。
崩落した場所から少し先の場所で下の階層が見えていた、更に時空転移で降りる。
シーテさんの探索魔術によると、最下層より1つ上の階層で、倉庫と言うより幾つもの部屋が隔壁として作られているみたいとのこと。
出入り口に扉も無い。
進む。
足音が響くので、ある程度接近したら気が付かれるだろう。
あと100mで部屋2つと言うところまで来て、シーテさんが止まる。
顔を寄せて小声で言う。
「マイちゃん、不味いわ。
人の反応が4つある」
ドウさん達は当然3人だ、人数が合わない。
可能性は幾つかある、全く別の冒険者チーム、襲撃者……。
「もう1つ先の部屋まで音を殺して進みましょう。
遠隔視覚で確認します」
コクリとシーテさんが頷く、私には遠距離での視覚する魔術がある。
1つ部屋を進む。
所々、残骸や崩落した壁の一部が落ちている、そしてそれらを動かした跡も見られる。
私は、取り出し位置を4つの反応がある部屋の入り口に設定して、シーテさんと私を収納する。
そして、その収納空間から取出地点の様子を見る。
「ドウさん達ですね。
トウさんは負傷しているのでしょうか?」
「マイちゃん、床に居て拘束されているのは襲撃者みたいね。
でも、襲撃者の腕力ならロープ程度簡単に千切れるはず?
どういう状況だと思うかな?」
既にドウさんとシユさんは私達の気配に気が付いたのか、ナイフを手にして警戒態勢を取っている。
トウさんはマントに包まれて床に寝かされている。
数回、光属性の魔術で映像を更新する、写される映像が静止画なのは変わらない。
私だけなら、取り出し位置から周囲の確認を出来るのだけどね。
それよりも、襲撃者を見て私の心がザワつく、シーテさんを殺した奴らの仲間。
私が襲撃者を睨み付けている事に気が付いたシーテさんが私の頭を包む。
「大丈夫、対応を間違えないようにね」
息を吐く、スッと意識が切り替わる。
「ええ、合流して問題なさそうです。
ただ、襲撃者が私を狙っているために無抵抗のフリをしている可能性がありますね」
「なら、マイちゃんは収納空間に居て。
私一人でまず合流するわ」
収納空間から遠隔収納することは不可能だ、制約は私が外に出て居てかつ1つずつに限られる。
シーテさんが危険なら直ぐに収納しよう。
「はい、もし襲撃者が攻撃してきたら、遠隔収納の設定場所に移動して下さい。
直ぐに収納します」
「了解よ」
私とシーテさんは軽く手を合わせて、頷き合う。
■■■■
緊張が限界まで張り詰める。
ドウの手足の筋肉に力が引き絞られる。
コツ、コツ
止まる。
入り口から明かりの魔術で作られた光が入ってくる。
そして、シーテが入る。
ドウとシユから緊張が取れる、仲間だ。
「皆さん、無事ですか?」
「シーテ様! マイ様は?」
ドウが慌てて、魔導師の安否を確認しようとする。
それをシーテが手で制して、問う。
「無事ですか?」
「トウが頭部を負傷、意識が戻りません。
私とシユは打撲です。
それで、そのマイ様は?」
そのドウの顔は悲痛とも言える物だ。
もし、魔導師様が死んでいたのなら、自分は取り返しも付かない判断をしてしまっていた事になる。
シーテが、部屋の奥、遠隔収納に設定した場所を見る。
振り返った2人の目に魔導師の姿があった。
時空転移については話していない、なので驚愕の表情をする。
魔導師マイはしっかりとした口調で指示を出した。
「現状の状況と経緯の報告を」
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