第309話 廃棄都市「戻ってしまえ!」
0309_21-12_廃棄都市「戻ってしまえ!」
時間が足りない。
ギムは馬を下り、森の中を輸送を請け負った兵士達と移動していた。
収納魔術を使える兵士が拠点となる砦跡まで荷物を一括して運ぶ。
収納容量は倉庫半分分程度と領軍に所属する時空魔術師としては少ない方だが、制約が少ない。
常に一定量の魔力を消費するが、それ以外は収納と取出しの時に魔力を消費するだけだ。
安静にしていれば魔力の回復量が消費を上回り一晩程度で全快する事が出来る。
使い勝手はかなり良い方の時空魔術師になる。
その時空魔術師を守るように残りの兵士が居る、ギム達を護衛する必要は無い、強いからだ。
拠点まで荷物を運び、ギム達を送り出して、戻ってくる為の場所を維持するのが任務だ。
ギム達が領軍の隊長から話を聞いたのは、時空魔術研究所に3度目の本命と思われる襲撃が起きてから1日後だ。
そこから準備を行い、強行軍で移動を行った、それでも圧倒的に出遅れている。
マイ達が廃棄都市に向かっている情報がもっと早く知っていれば、応援に向かえたのに。
あくまで内密に行う必要が有ったとは言え、3人の視察団チームだけというのは少なくないか?
資料を見る限り、攻撃能力は高いが人工ダンジョンになる廃棄都市の探索経験は無い。
経験者はシーテだけだ。
マイの実力は未知数だ。
知っているのは時空転移と呼んだ、短距離の転移。
これも実用距離は20m程度で本人しか出来ない。
シーテと幾つかの新しい魔術を研究しているとは聞いているが、詳細は不明。
襲撃者の情報も機密として知ることが出来なかった。
努めて冷静になろうとするが、苛立ちが涌いてきてしまう。
ギムは、時間が戻ってやり直せれば、などと考えていた。
廃棄都市まで、あと数日。
■■■■
日が落ちた。
寒さが厳しくなる。
ドウは目が覚めたシユと共に、目を覚まそうとしないトウを挟んでて体温の低下を減らそうとしていた。
「不味い、雪が降ってきた」
空を見ると、星が雲間から見えるが重い雲から粉雪が舞い落ちてきている。
このままだと自分達も危険だ。
「ドウ、ここだと体温が奪われるだけよ。
地下施設へ向かいましょう。
少なくてもあそこなら風は防げる場所がある」
雲間から時々差し込む月明かりで辛うじて地下施設が見える。
距離はあるが、湖の岸沿いに緩い斜面を移動すれば、地下施設の一番最下層には行けそうだ。
「危険だが移動しよう」
ドウは、トウをマントで包み、背中にロープで固定する。
シユが小型の明かりの魔道具を取り出して先導し、ユックリと進む。
背中のトウの呼吸は浅い、顔色は暗い中で伺うことが出来ない。
タップリと時間を掛けて、地下施設まで辿り着く。
最下層は何かの水路だったのだろうか、何処かから強い風が吹き抜けてきている。
諦めて、もう1つ上の階層に移動し、部屋らしい区画に入る。
シユが手で止まれの合図をする。
今度はドウは言葉を出さずに止まる。
ドウとシユがナイフを抜く。
よく見ると、少し先の部屋から炎の明かりが見え、コンロだろうか、か細い炎が出て居る器具と、何かを燃やしているパチパチという音がする。
2人はうなずき合い、シユを床に降ろすと、静かに踏み込んだ。
瓦礫が散乱している部屋の中央で焚き火をしている人影が1つ。
服装から襲撃者である事は間違いない。
背を向けているためか、此方に気が付かない。
僅かな風の流れを感じたのか、顔だけ此方に向けた。
だが、シユが既に接近している。
頭を掴み床に叩きつける。
ガン!
そのまま喉元を切り裂こうとして、シユの動きが止まる。
「シユ!
シユが失敗した場合に追撃する為に背後に居たドウが叫ぶ。
しかし、シユが困ったように振り返る。
「ドウ、どうしよう?」
その言葉にドウが覗き込むと、女性のような顔つきの少年が気を失っていた。
襲撃者の攻撃力を知っているので、脆弱すぎる相手にお互い、困惑の表情を浮かべた。
「ドウ、トウを連れてきて。
私は捕縛する、効果が有るか判らないけど、薬も併用するわ」
「判った」
ドウは風が吹き込む部屋に置いてきたトウを回収しに部屋を出る。
その間に、シユは身に付けている武装を判る範囲で全て剥ぎ取り、そしてロープで手足を縛る。
更に、本来は痛み止めに使う薬を過剰摂取させる。
体の反応が鈍くなるのを確認して、目隠し、口を塞ぎ、耳に詰め物する。
ドウがシユを火の側に寝かせている。
周囲には襲撃者の荷物は無い。
「ドウ、シユを兎に角温めて。
軽く周囲を確認する」
「判った、何か燃やせる物と襲撃者の荷物があれば回収を頼む」
「判ってる」
シユが明かりの魔道具を持って更に奥の部屋に入っていった。
■■■■
酷い状況だった。
地面はズタズタに切り裂かれ盛り上がり、魔物だった残骸が異臭を放っている。
その中で、私はただうずくまっていた。
「ぅっ、ぅぅ」
私は喉が枯れ果て、地面に丸くなってただ嗚咽を漏らしている。
何が魔導師だ、今ほど自分が嫌いになった事は無い。
無力で無能で無策で……。
自分で自分を卑下する言葉が浮かんでくる。
日が落ちて、体が冷えてきている。
でも収納空間に入りたくない、入れば目にしなくてはいけない。
シーテさんの……。
「ぅぅぅ」
頭を抱える。
このまま死んでしまいたくなる、が、それは出来ない。
私を生かすために、シーテさんが、そしてドウさん達が命を張ったのだ。
その命を無駄にすることは出来ない。
背負わないといけない。
ガタガタ体が震える、こんなの背負えない、私はそんなに助けられるような立派な人間じゃ無い。
ただ、大切な人や物が無くなるのが怖くて、ただ足掻く弱虫に過ぎない。
限界が来た。
「ぅぇーーん」
ただ泣いた。
何も考えず、ただ悲しくて。
ただ怖くて。
ただ寂しくて。
フミ、フミ、助けて、怖いよぉ。
『それでいいの?』
ビクンと体が震える。
閉じていた目を開く。
自分の声だ。
忌忌しいぐらい、自分の中にある自分。
弱い私、日常の私、冒険者の私、兵士の私、戦うときの私。
私はその時々で自分の意識を切り替えている。
その切り替えを行っている、冷徹に自分を制御する私。
その冷徹な私が自分に語りかけてくる。
何で?
『どうすれば良いのか、知っているはずよ』
何を? 何も判らない。
もう手遅れだよ!
『……』
冷徹な私は私を見下ろしている。
その姿は辺境師団に居た頃の私だ。
意識を切り替えようとする、兵士としての意識なら、冷静な対応が出来るはず。
切り替えが出来ない、冒険者としての意識でもいい、切り替えようと強く意識するが出来ない。
なんで? 弱い私のままでいたくない。
切り替えできない事に、強烈な怒りが湧き上がってくる。
自分自身に理不尽な怒りが。
「どうしろって言うのよ!」
「シーテさんは……シーテさんは死んじゃったんだ!
私が間に合わなかったから!」
誰も居ない場所で私は私に向かって叫ぶ。
「もう、なにが、どうなって、どう!」
頭の中がグチャグチャになる。
「時間なんて!
時間なんか、巻き戻ってしまえば良いのに!!」
ドクン
冷たくなっていた胸の中にあるダンジョンコアが熱を持ち始める。
凄まじい勢いで魔力が消費されていく、酷い頭痛が襲う。
「がぁぁぁぁぁぁ!」
胸が熱い!
服を通り抜けて光が輝く。
その光が空に向かって一条の線を結ぶ。
ドクン
ドクン
ドクン
魔力が……私の中にある、魔術師としては比較的多い方の私の魔力か全て、枯渇した。
私は何も考えることが出来なくなっていた。
全身から汗が噴き出し、何度か痙攣したら、力が抜け。
コトッ
地面に倒れ、動きを止める。
目の前に、雪だろうか? 白い物が通り過ぎた。
その私の上に雪がゆっくり積もり始めていた。
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