第308話 廃棄都市「分断」

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 廃棄都市。

 この都市が廃棄された正式な理由は記載されていないが、冒険者の探索の報告にはこうある。


「この都市は中核となる機能が消え失せてしまった、だから廃棄されたのだろう」


 廃棄都市の中にある大きな湖、綺麗にお椀状に抉られた後だ。

 どんな現象によって起こされたのか判らないが、この湖の有る場所に過去、都市の中枢があったのだろう。

 今残っているのは、中核部の回りにある民間人の施設だと思われる。

 その施設も十数階建ての高層建築物が建ち並び、この廃棄都市の規模の大きさを推測することが出来る。


 俺、ドウはコウシャン領の遊撃部隊、視察団チームの1つのチームのリーダーだ。

 今回、護衛任務として戦闘力の高さから抜擢された。

 2人のメンバーと一緒に魔導師様とその助手を警護するために。


 行程は順調だった。

 時空魔導師様と助手の魔術師の魔法は便利で、荷物は最小限で済むし、野営も冬期にも関わらず寒さに凍えることもなく済む。

 魔導師様の印象は幼い、だった、無理もないもうすぐ10歳らしいのだから。

 そして、年に似合わないほど落ち着いた考えと判断をしている。


 廃棄都市の探索も、助手の魔術師が元廃棄都市の探索を行っていた冒険者だということもあり、困ることもなく進む。

 多くの冒険者が入った後だろう、どこも魔道具らしい物は全て持ち去られた後だ。

 目標とした地下施設も湖側からなら容易に入ることが出来る、そして略奪と言って良いほど荒らされていた。


 想定されていたことだ、魔導師様は廃棄都市の中核部が既に無いと判断して、コウの町へ戻ることを決定された。

 また、秘密としていた魔導師様の秘術、人を生きたまま収納空間に入れることが出来る魔術を公開された。

 事前の情報に無かった魔術だ。

 複数人での使用の実績が無いとのことで、訓練した、制約も多いが避難するということに関しては優れている。


 だから?


 言い訳にならない。

 襲撃者が襲ってきたとき、地面が崩れトウが落ちてしまった。

 トウと目が合った。

 思わず手を差し伸べ、体を崖に踊らせてしまった。

 後ろからシユの声が聞こえる。

 付いてきてしまったのか?

 岩に叩きつけられたトウを何とか抱きかかえ、後ろから落ちてきたシユも抱きかかえ、無理矢理崖を蹴り崩落していく岩の中を縫うように駆け抜けた。


 生きている。


 そう思ったのは、2人を胸に抱いて湖の畔の大きな岩に背を預け、荒い息が咳に変わった事で我に返った瞬間だ。

 2人とも生きている、ホッとする。

 そして崖の上を見上げて、致命的な失敗をしたことを確信する。

 警護対象の魔導師様と助手の安全を確保する前に離脱してしまった。

 事前の打ち合わせなら、我々が襲撃者を引きつけなくてはいけなかった。

 分断されたとしても、魔導師様の安全確保が第一優先だったのに。

 今は収納空間に逃れたことを祈るしか無い。

 どちらにせよ、重大な過失だ処罰されるのは確実だろう。


「ぅっ」


 トウが呻き声を出す、頭から血を流している。

 シユは気を失っているだけか?

 自分の体を確認する、あちこち痛いが打ち身程度だろう。

 痛む体を無理矢理 動かして、上からの崩落が少ない場所へ移動する。

 マントを引いて、2人を寝かせる。

 荷物は魔導師様とシユの収納魔法に依存してしまっている、今ある荷物は最低限の装備だけだ。

 トウの出血は幸い酷くないが、頭部の怪我だ不用意に移動させることは出来ない。


 空が夕焼けに染まってくる、気温が下がってくるのが判る。

 このままでは凍死してしまう危険がある、方法を考えなくては。



■■■■



 今の感情を何と表現すれば良いのだろうか?

 怒り?悲しみ?後悔?呆れ?

 真っ黒な感情が湧き出して、そして、何も感じなくなる。

 冷静、とは違う、まるで愚かな自分を見下している自分が居るような感じだ。


 棒立ちになった私の回りを走る黒い魔物を観察する。

 オオカミに近い形状をしている、資料で見たことがあるウルフ種だろう。

 確か、走る速度が速く6本の足のうち2本が剣のように鋭くなった爪を隠し持っている。

 体表は柔らかいが、爪と牙は非常に鋭く硬い。

 動きは直線的だけど、爪を地面に突き立てて変則的な動きをすることがある。

 だっけかな?

 この黒いゴミ虫どもは。

 口が縦横に十時に割れる、目がそれぞれの口に1つずつある、4つ目だ。


クケケケケケ


 一斉に吠える、品格の無い声だな。

 数は……、いいや、沢山と大きいの3匹。

 この3匹は頭が2つだったり3つだったり、上位種というやつ?

 飽きもせず、グルグル回っている中から1匹が足を止めて此方に歩いてくる。

 馬鹿にしているのだろうか?

 おそらくは上位種の3匹が指示を出しているのだろう。


 シーテさんの微かな温もりが残った右手の指先を見る。

 左手に持っているナイフをぞんざいに、下から上に振る。


ドサッ


 真っ二つに分かれて倒れる。

 ああ、そうだ、そうだったっけ。

 何で忘れていたんだろう、こんな簡単なことだったのに。

 何で思いつかなかったんだろう、こんな単純なことだったのに。

 自分の愚かしさに、無能さに、呆れることも出来ない。


 左腕を正面にユックリと掲げ、一瞬、腕がブレる。


ベチェ


 私の回りを走っていた魔物が石畳毎 粉々に切り裂かれ、転がる。

 肉片となった生ゴミが走っていた勢いのまま地面にまき散らされる。


グオォォォォ!


 上位種が叫ぶ。

 耳障りでしかない。

 上位種の足元から黒い大地が私の方に向かって広がる、いや、上位種が此方に向かってきたのか。

 1匹が私の上の方から飛びかかってきていた。

 時空魔術を応用した遠隔視覚は自分自身を起点とすることで全周囲を見ることが出来る。

 気が付いたら行使していた。

 ちがう。

 時空魔術を行使している事で多様な効果を同時に得ているだけだ。


バン!


 見えない壁に遮られて上位種が跳ね返される。

 単純な話だ、全てを切り裂く時空断は全てを跳ね返す時空壁にもなりえるのだ。

 本当に簡単なことだった。


 ようやく思い出す、巨人と戦った時のあの感覚を。

 体全体に満たされる万能感、ただ、今はそれが無価値なほど些細なことにしか感じられない。

 もっと早く、もっと前に、思い出せていたら全く結果は違っていたはずだ。


 黒い大地が私の周囲にまで広がる、気が付いたら上位種3匹は私を取り囲んでいた。

 音もなく、いや、私が興味を持っていなかったから気が付かなかっただけかも。

 黒い大地は、私に纏わり付こうとして、弾かれているかのように避けられている。

 何だろう?

 その様子を見るために下を見た瞬間、上位種が全ての顎を広げ私を覆い隠すように噛み砕いてきた。


ガギギギ


 時空壁に囲まれた私は、私を噛み砕こうとしている何段にもなっている牙とグロテスクな口の中を、鬱陶しく見て。


ドン!


 時空断を発動させ、それぞれを縦に一閃、崩れ落ちる体を更に粉々に切り裂き地面に落ちるときには液状にまで粉砕する。

 ベチャ、っと液体をばらまいた音がして、それだけだ。

 黒い大地がウザい。

 私に触れては居ないが、探索魔術で感じる不快感が神経を撫でられるようだ。


 黒い大地に向けて時空断を展開する、切り裂く。

 まるでヒビ割れるように崩れる、そして展開した時空断に収納爆発を発生させて砕く。


パキャ


 黒い大地や黒い雫が弾ける時の特有の音がして、黒い大地が弾けて消える。


『ぐぉぉぉっ』


 異国の言葉だろう、くぐもった声が聞こえた。

 下に向けていた視線を向けると、体が半分以上 崩れた人間?だった物が3つある。

 声を出したのは、その中の1つだ。

 残り2つはピクリとも動かない。


 私は、ユックリと歩いて向かう。

 こいつらか。

 こいつらが居たせいで。


『何なんだ?

 化け物め』


 何を言っているんだ?

 額に何かある、反応はダンジョンコアに似ている、すでに只の石ころのような色合いになっている。

 判らないが、それが力の源だった物かな?

 ああ、胸が熱い。

 指で首元を少し緩める。

 服の下から、私の胸にあるダンジョンコアが発する光が漏れる。


『な、この光はまさか!

 そんな馬鹿な、こんな事が!』


 死にかけている物が何か喚いている。

 存在している事自体が許せない、ユックリと刃を向ける。


『待て、お待ち下さい!

 我々は……』


ザン


 頭部を額にある石毎 両断する。

 ようやく黙らせた、静かになった。

 そして周囲に探索魔術での反応が全て無くなる。

 探索範囲で生きているのは私だけだ。


 やることが無い、思いつかない。


 日が沈み始めている。

 胸の熱が冷めていく、今度は冷たさを感じるほどだ。

 それにとも成って、黒く染まっていた感情が元に戻ってくる。


「あ、ぁ、ぁ、ぁ」


 シーテさんの私に手を伸ばした顔が頭の中に広がる。

 収納空間に漂う、生気を失った顔が見える。


「ぁ、ぅぁ、ぁ、ぁ」


 大切な人を守れなかった。

 強くなった、魔導師にも成れた、なのに6年前の自分より劣るじゃないか!

 なんて、駄目なんだ。


 体から力が抜けていく。

 膝を付く。

 手からナイフが落ち、転がって崖から落ちていく。


カラ、カンカンカン


 乾いた音が、崖下におち反響する音が遠くなっていく。

 ようやく、やっと、絶望がやって来た。






「うがあぁぁぁぁぁぁぁ!」


 私は両手を握り目に押し当てて、空に向かって慟哭する。

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