第302話 廃棄都市「研究所・襲撃」
0302_21-05_廃棄都市「研究所・襲撃」
月の無い夜。
満天の星空の光で、夜目が利く者なら普通に歩ける位の明るさはある。
冷たい風が時折吹いてきて、枯れた落ち葉をカサカサと揺り動かしている。
「ふぁぁぁ、しっかし冷え込んできたな」
「ああ、そろそろ雨の年が始まるから、雪が降るかもな」
2人の守衛が2mの塀沿いに作られている道を歩いている、其の手には油の光が灯ったランタン。
無駄口をたたいているようだが、その歩みや周囲への視線に油断は無い。
俺と同僚は守衛でもベテランに入る。
いや、正確に言えば引退間近のロートルだ。
「な、森が静かだと思わないか?」
「冬だからかな、お前がそう言うならそうかもしれない」
同僚が言う、彼の実家は狩人だったはず、森の気配には敏感なのだろう。
途中の休憩所に到着する。
ここは外と行き来できる門があるが普段は無人で、内側から閉鎖されている。
門に異常が無い事を確かめる。
この時空魔術研究所は、廃村となった村を利用して作られている。
そのため防衛のための施設は脆弱だ。
前回の襲撃後に補強を行ったとは言え、せいぜい野生動物の侵入をし難くする程度だ。
この塀も突き崩そうと思えば、幾つもの手が有る。
そして、襲撃が予想されている。
その為の準備も、現在考えられる限り万全だ。
研究所は襲撃者を迎え撃つための巨大な罠に変わっている。
今居る巡回の守衛も別の守衛が監視している、目的は襲撃を確認するため。
襲われる時に、真っ先に殺されるのは巡回の守衛だからだ。
そう、もし襲われて死んでも損害が少ないロートルの役割だ。
「さ、残り半分だ。
さっさと済ませて、温かい者飲んで寝ようぜ」
「ああ、こっちはトイレに行きたくなってきちまったよ」
夜の中、2つのランタンか揺れながら移動する。
と、1つのランタンが落ちた。
トス。
カン。
「お、……」
目の前の同僚の頭に矢が生えている。
そして自分の頭のヘルメットに弾かれる何かの音。
トス。
ガシャン。
腕に鈍い痛みが、そして強烈な痺れが起きる。
そして、同僚が声も無く倒れる音。
考えるより体が反応した。
襲撃時の訓練通りに動く。
ランタンを捨てて、研究所の農園に体ごと飛び込む。
矢の刺さった腕は既に感覚が無い、そして自分の体からも力が抜けていくのが判る。
無事だった手で笛を口咥えて吹く。
ピーーーーーー!!
ピーーーーーー!!
特種な笛で、2つの笛が互い違いに付けられている、吹いても吸っても音があるように工夫がされた物だ。
農園の細い農道を必死に駆け抜ける、いや、痺れが回り平衡感覚も怪しい、自分が走っているのかもハッキリしない。
目的地は、作業小屋に偽装した罠だ。
この作業小屋は扉を1度開けて閉めるとスイッチが入る、そして次に開くと爆発する仕組みになってる。
この小屋に入る、そして部屋の中央にある穴に飛び込む。
追ってきた襲撃者が扉を開けば爆発だ。
爆風は穴に入ればかなり防げるので、助かる可能性がある。
カンカンカン!
守衛を監視していた者が気が付いたのだろう、起床と襲撃を知らせる鐘が鳴らされる。
その音がやけに遠くに聞こえる。
全身から冷たい汗が流れ続けて止まらない、視界がどんどん狭くなっていく。
作業小屋に着く、手を伸ばして扉を押し開け、そこで体が止まる。
頭を捕まれた。
そのまま後ろに引っ張られる。
カチン。
罠のスイッチが入った音がして扉が閉められる。
もう力が入らない、体が頭を掴んだ腕で持ち上げられている。
相手を見ようと目をこらすが見えない。
と、視界が90度変わる。
ゴキン。
その音を聞き、視界が地面に落ちて自分の体が地にうち捨てられるらしいことをさとる。
何人かの足が見える。
視界が閉じる、もう何も見えない。
ドゴオォォォン!
体を揺らす、口元が少しだけ笑えたと思う。
俺の意識はそこで途絶えた。
■■■■
研究所の屋根の上に作られた簡易的な物見櫓、そこに居る守衛2人はジッと2つの光を見つめている。
2つのランタンが消えた、直ぐに横に居た同僚に指示を出す。
ピーーーーーー。
ピーーーーーー。
ピッ。
笛の音が聞こえる、直ぐに鐘を打ち鳴らし始める。
あっという間に数十人の守衛と兵士の気配が動き出し、研究所を中心とした防衛体制を構築する。
巡回の守衛の安否は襲撃者を撃退後だ。
ドゴオォォォン!
作業小屋に偽装した罠の1つが爆発した。
守衛が襲撃者の何人かをそこまで誘導したのだろう。
大きな爆炎が上がり、研究所の上で確認していた守衛が炎に照らされた襲撃者を確認する。
「襲撃者4、農園の罠付近に存在!
その他は不明!」
と、光属性の魔法が行使される。
辺りが昼間のように照らされる。
周囲を確認する、この襲撃者も陽動の可能性がある、別働隊を探さねば。
同僚と全周囲を確認する。
別働隊は確認できない、が潜んでいるだけかもしれない。
農園に居る襲撃者は4。
爆発の中、全員立っている、損害は無かったのか?
「敵4は損傷が見られず!
此方に向かってきました!」
黒い4つの影が向かってくる。
俺たちは、それ応援の守衛に周囲の監視を任せて、その戦いを見つめた。
■■■■
カンカンカン!
この音を聞き、視察団チームが研究所の執務室に集合する。
リーダーのレツは、魔導師の服装をさせたシロスを執務机の椅子に座らせ、助手の役のフラクを側に立たせる。
そして、フルツとエイロ、ヒンクの3人で守るように立つ。
「来ましたね、フルツ」
「ああ、終わるまで役割を全うしろ。
魔導師様は動かないように」
「ええ、よろしくお願いします」
シロスかマイの口真似をしている、ここまでする必要が有るのか判らないが、念のためだ。
ドゴオォォォン
思わず、窓を見る。
爆炎と煙が上がる、そして光属性の魔法の明かりが研究所全体を包む。
しばらくして、戦闘音が聞こえてきた。
最悪、この部屋まで侵入された場合。
この時はあくまで魔導師とその護衛として戦う。
勝てればよし、死んでも魔導師か死んだと誤認させることが出来る。
守衛の声が聞こえるが、窓越しでハッキリ聞き取れない。
斥候のエイロが窓に近づき外を伺う。
「少しやばいですね、兵士か襲撃者を仕留めきれずにいます。
何だありゃ?
体の形が変です」
エイロの目には、襲撃者の4つの影が見えた。
大柄の腕がやけに太く長い男?
細い体に指が触手のように動いている女?
丸い体に短い手足の男?
標準的な体つきなのに首がやけに長い女?
異様な襲撃者に兵士達が攻撃を仕掛けている。
その攻撃はどれも強力で、その1撃1撃の音が振動と共に伝わってくる、が、効いていない。
人数的には圧倒的に勝っている筈なのに、勝てる気がしない。
ジットリとした汗が流れる。
「異形の者どもか」
■■■■
時空魔術研究所の防衛の隊長は焦っていた。
策は十分だった、敵も罠に掛かり姿を現した。
圧倒的な数の差で押しつぶせる筈だ。
だが、今、たった4人の襲撃者に侵攻を止めることが出来ずに居る。
体格が異様だ、そして武器らしい物を持っていない。
ノッペリとした服を着ていて、柔らかい様に見えるのに、剣の攻撃がまったく通らない。
弓も槍も何度も刺さっているはず、なのに傷一つ付いていない。
不味い。
一番外側に配置した兵士が吹き飛ばされている。
力も人外だ。
副隊長が指示を求めて私を見る。
「物理は効果が出ていない、魔法の小動きに変更!
接近させるな!」
直ぐに魔法使いの兵士に伝えられて、炎の攻撃が始まる。
効果は有るか?
炎に摘ままれる襲撃者、だが倒れる気配は無い。
「不味いぞ、爆発の影響も見られない、何者なんだ?」
「隊長、攻撃を引き継ぐ、合図をしたら前衛を下げさせろ」
突然、隣に現れた人物か言う。
驚くが、特殊戦闘部隊の隊長であることに気が付く。
特殊戦闘部隊は研究所の近くに潜伏していて別行動していた。
「了解しました。
有効な攻撃手段は無いのでしょうか、下げるにしても1手当てなければ機会を得られません」
「光属性の魔法使いに全開の光を当てさせろ、怯むはずだ」
「了解しました、聞こえたな、魔法使いに準備させるんだ」
「隊長!
魔法攻撃の効果が若干ですがありますが、駄目です。
前衛が抑えきれません、崩されそうです」
戦闘を特殊戦闘部隊に引き継ぐ、タイミングを合わせて前衛を引かせる。
だが、また1人、吹き飛ばされる。
襲撃者は圧倒的に有利だと判断しているようだ。
「隊長、井戸の近くまで来たらやるぞ」
「判りました」
兵士に他の状況の確認指示を出す。
物見櫓からの連絡では、他の襲撃者の発見はしていない。
研究所への侵入者も確認していない。
本当に4人でこの研究所を落とそうと、魔導師を殺そうとしているのだろうか1
前衛の兵士はすでに半数が戦闘不能になり地面に転がっている、生死は不明だ。
対して襲撃者は此方の戦力を確認して、じっくり観察しながら接近してきている。
「よし、退け!」
「聖光弾、射出!」
なんだ?
何処に潜んでいたのか、独特の出っ張りの無い金属でも無い鎧に身を包んだ集団が現れる。
そして小型の筒を向けると光の矢が射出され、襲撃者に刺さる。
「「「「グギャァァァァァ!!」」」」
急激に苦しみ出す。
刺さった部分の鎧が溶ける。
体がボコりと膨らみ、黒い血が噴き出す、地面が黒く染まる。
黒い、黒い大地、なんだと!?
「火魔術!土魔術!合成して地面を攻撃!」
小さいが強力な炎と土の槍が赤く輝く高温の槍になって地面に刺さる。
この攻撃はまるで魔物の黒い大地を攻撃するようではないか!
バリン!
「ぐぎゃ」
「くおっっ」
「ぷしゃぁぁ」
「ぉぉぉぉ」
襲撃者が、膝を付く、先ほどまでの圧迫感が消える。
「隊長!
此方は打撃力が足りない、攻撃を任せたい」
「了解した。
全軍! 目の前に居るのは人の皮を被った魔物だと思え!
鎧の隙間を狙え!
確実に滅するぞ! 剣士部隊 攻撃!」
「「おう!!」」
同時多方面攻撃、そして一撃離脱。
領軍の兵士はこの数年前、残存の魔物の討伐を行ってきた。
相手を魔物としての対応は体に染みついてる。
そして、攻撃は思った以上に通った。
「ぎゃぁぁぁ」
突き刺さった槍を引き抜いた穴に火属性の魔法が打ち込まれ、内側から炭化させていく。
「ピギィ」
切り裂いた切り口に水属性の魔法が打ち込まれ、さらに氷に変化させ傷口を引き裂く。
程なくして、襲撃者の動きが緩慢になり、槌で手足を折られて地面に倒れ伏す。
戦斧を担いだ兵士が地面に倒れた襲撃者の首をはねていく。
「対象の死亡を探索魔術で確認!
死体はバラバラに保管せよ!
兵士の損耗確認、急がせろ!」
「はっ、了解しました!」
兵士達が散っていく。
隊長は、特殊戦闘部隊 隊長に向き合う。
確かに助けられた。
だが、この方法が最初から採れていたのなら、もっと被害は少なくて済んでいたのかもしれない。
若干の不信感を滲ませるが、首をふり改めて向き合う。
「特殊戦闘部隊、隊長殿。
この襲撃者の処置について領主様からの指示は出ておりますか?」
「いや、こちらには出て居ない。
魔物と同じ対応で良いはずだ」
「詳しくは無いのですか?」
「ギリギリだった。
今日の昼に、別の領での襲撃の戦闘記録が回ってきた。
体の中に黒い雫を納めている様な生き物であるとな。
被害は百数十人に及んだそうだ。
それと、聖光弾はコウシャン領の対魔物戦闘用魔道具の試作品だこれが届いたのも今日の昼だ。
それが間に合っていなかったと思うとぞっとする」
「そうでしたか。
兎も角、助かりました」
握手を求める。
少し躊躇した様子で、握手してきてくれた。
そうか、彼らも全力だったのか。
握手をしていた手を止めて、ふと疑問を口にする。
「この襲撃者のリーダーはどれになるのですか?」
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