第301話 廃棄都市「廃棄都市の行程」

0301_21-04_廃棄都市「廃棄都市の行程」


 冬の森林の野営は寒さ対策が最も大切になる。

 使用しているテントも風と熱を通しにくい物だし、寝袋も今回は鳥の羽を入れた高機能品を使用している。

 野営場所も風が当たらない木々の間に有る窪地を利用する。

 テントを張った後、その上にシートを被せたりする。

 ただ、普通の冒険者の野営と異なるのは、魔導師・魔術師が2人も居ることだ。

 つまり、魔法や魔術で暖を取ることが出来る。

 食事も温めるだけなら魔術師にとっては簡単な基礎魔法の行使で済ませることが出来る。

 今も、テントの中に居るが寒さを感じないほど快適な温度を保っている。

 魔力を消費するという問題はあるけど、感昼行軍において魔術師の存在は生存確率を非常に高めることが出来るんだ。


「石は蓄熱効果が高いので、温めておけば安全な暖房器具として使えます」


「シーテさん、私は火の属性の魔法が使えるのに、役に立てずにすいません」


 シーテさんが石に基礎魔法にあたる、物体の温度調整を使用している。

 これは魔術師に成るために勉強して身に付ける、魔力を行使する基礎的な知識と技術になる。

 なので属性は関係ないのだけど、それを知らないトウさんは相変わらず暗い表情で申し訳なく縮こまってしまっている。


「トウさん、これは全属性の魔術の行使する為の基礎ですね。

 一部だけになりますが、基礎魔法を教えましょうか?」


 6年前の魔物の氾濫の後、変わったことの1つに魔法使いの能力の底上げを目標とした施策が行われた事が有る。

 具体的には、魔法学校を1年以上在籍していて魔術師になれなかった魔法使い、基礎魔法を習得しているはずの魔法使いが居る。

 その魔法使いが先生として、各地の町や村で基礎魔法を教えても良いとなった。


 実際に効果は出ていないそうだ、それは6年前でもそうだった。

 魔法使いの大半は自分流に自分にとって最も効率の良い方法で魔法を行使している。

 それを、基礎魔法の知識と技術を利用して規準化しようとすると、効率が落ちることが多い。

 なので、結局は学ぶことを断念する魔法使いが多い。

 トウさんは魔法学校に入学していない、完全に自己流の魔法を行使している。


「いえ、以前教えて頂いたんですが、身に付かずに……すいません」


 うん、何処かでトウさんについて確認しないとね。

 実力は有ると思う。

 水の魔法も火の魔法も魔法使いとしては優秀だし、時空魔法は制限のせいで重量物は駄目だけど収納取出の速度は十分実用範囲だ。

 前夫を亡くした経緯を知らないけど、ちょっとこの精神状態では襲撃があったときの対応に不安がある。

 とはいえ、こればっかりはドウさんとシユさんが何とかするのが近道だとは思う、もう6年経つけど。


 兎も角、野営は私とシーテさんで快適な環境を提供できているので、疲労は少ない。



 何度かの野営を経た数日後。


 私達は目的の廃棄都市に到着した。

 いや、正確には廃棄都市の外壁に到着した。

 接近するときに遠隔視覚を使い、崩れた門を探して、崩れた門の跡の場所にまで移動できた。


 高さは20m程度だろうか、廃棄都市の外壁はツタで覆われていて元の様相をうかがい知ることは出来ない。

 崩れた門からは森に飲み込まれた建築物群が見える。

 ようやくだね。


 壁や建築物は見たことの無い材質だけど、おそらくはコンクリートのような物だと思う。

 コンクリート自体は今も一部の特別な建築物に使われているそうだけど、私は物質の授業でサンプルを見たことがあるだけだ。


 門からそんなに離れていない建物の中で、室内の形が残っている部屋を探し取り敢えずの拠点を作る。

 シウさんが周囲の確認に出ている間に夕食の準備をすすめた。


 部屋の中を見渡す、しかし、飾りっ気の無い建物だ。

 のっぺりとした壁、窓はガラスが嵌められていた跡がある。

 ガラスがあると言うことは裕福なのだろうか?

 いや、庶民でもガラスの窓を使えたのかもしれない。

 過去は産業革命で今よりも物資が潤沢だったらしいから。


 コッン。


 石を蹴る音で、人が入ってくるのに気が付く、気配が無かったので、ビクッとなってしまった。


「戻りました。

 近くに水が湧き出ている場所を見つけました、飲料の可否は不明です。

 また、周囲に人が立ち入った形跡は見つかりませんでした」


「廃棄都市に入る冒険者は一定数居ると聞いています。

 彼らが来ている可能性は無いのですか?」


「マイ様、この廃棄都市は百年ほど前に大規模に探索されていたと聞いています。

 ですので、この廃棄都市に魔導具や宝飾製品を探しに入る者は現在は少ないでしょう」


「そういえば、ギムさんのチームは廃棄都市を専門に探索する冒険者でしたね」


 私の質問にシーテさんが答え、ドウさんが補足する。

 おそらく、そういう情報は共有されてきたんだろう。


「シーテ、現在は廃棄都市への探索は行われていないんですか?」


「いえ、この辺ですと更に西に300km行った所にある廃棄都市は未探索と聞いています。

 ただ、周囲の地形が大きく変わって侵入が難しいらいです。

 それにこの廃棄都市もめぼしい物は無いですが、まだ残されている物は多いと思います。

 それを当てに入る者は居るかもしれません」


 うーん。

 この廃棄都市で私が出来る事って何なんだろう?

 領主様と宰相様は、この都市の調査を行った結果を成果とすると言っていた。

 でも、調査しました何もありませんでした、が通用するとは思えない。

 何かしらの成果が必要だ。


「私達が隠れることと共に、廃棄都市の調査がここに来たもう1つの目的ですが、我々に出来ることは何でしょう?」


 魔導具や宝飾品は、めぼしい物のほとんど全て回収されているとのことだ。

 そうなると、価値のある物以外になる。


「すいません、わからないです」


 ドウさんが頭を捻る。

 彼らの目的は私の安全の確保でそれ以外は考えていない。


「この都市はなんで廃棄されたんですか?」


「それを調査するのも手かもしれないですね。

 痕跡を探すのは困難ですが」


 廃棄された理由かぁ、でもこれ領主様は知っている可能性が高いんだよね。

 だとしたら都市の機能について調べるのは有りかな?


「都市の中心部の探索は?

 魔導具や宝飾品なら富裕層の建物を探索していたでしょう。

 しかし、中心部の都市機構に関する部分や支配階級が使用していた執務室は手つかずの可能性は多少はありそうです」


「そうですね、中心部は侵入が困難な場合が多いので、よほどの目的が無い限り入らないです。

 周辺施設で十分ですから」


 この廃棄都市の構造は知らないけど、価値のある物は管理された倉に入っていることが多いはず。

 なら、手間をかけて中心部に入る必要は無いかな?


「ドウさん、私達の護衛をしながら都市の中心部へ移動。

 都市の運用に関する施設を中心に調査を行うで構いませんか?」


「はい、問題ないかと。

 都市内では大型の獣も居ないでしょう」


 方針は決まった。

 廃棄都市の中心機構に行き、この都市の運用について調査する、だ。

 行き当たりばったりだなぁ。

 襲撃者のことや入れ替わりや移動のことばかり考えていて、すっかり忘れていたよ。


 収納空間内を確認する。

 食料は途中で狩猟した羚羊かもしかや猪が数頭入っている、野菜類が心許ないけど2ヶ月は滞在しても問題ないと思う。

 そんなに長く居るつもりは無いけど。


 そうなると、拠点をどうするか?

 できるだけ調査に向いている場所が良いけど、都市の地形が判らないので何とも言えない。

 宰相様からの情報でも都市がどんな所だったかの記録は残っていなかった。


 問題はまだある、今は厳寒期だ寒さをどう対処するのか。

 今のところは何とかなっているけど、長期の寒中野営の経験は私には無い。

 この数日の野営は正直つらかった。

 幸い、建物の中には原型を留めているのが多い、そこに拠点を設ければ寒さはしのげそうだ。



■■■■



 移動する。


 この廃棄都市はかなり大きい。

 外壁を入った所の建物でさえ、5階以上の高層建築になっている。

 それに雑然としていて似ているが建物に統一感が無い。

 普通は支配層が管理して効率的な都市計画をする。

 それが、この都市には見られない。

 昔の都市ではそれが普通なのかな?


 幸い、大きな道が残っているので中心部へ向かう道を迷うことは無い。

 ただ、十数階の建物が崩れて道を度々塞いでいるので、その回避が面倒だ。


「この都市の設計思想が判らないです。

 無秩序に作られているような感じですね」


 私が建物の構成や道の配置を見て呟く。

 都市の中心部が、都市の管理機構があると思っていたけど、違う可能性も出てきた。


「そうですね、建築物からも区域毎の役割がハッキリしていません。

 昔の統治はある程度自由に開発させていたのかもしれませんね」


 ドウさんが、建築物の外壁にある看板や設備から役割を推測しているけど、うん、雑然としているんだよね。


「そうなると、都市の中心機構が中心部に無い可能性もありますね、建築物で判断するしか無いですか」


 シーテさんがヤレヤレという感じで、背筋を伸ばす。

 建築物の上から鹿の群れがこっちを観察している。


「高い建物の上に上がる事が出来れば、周囲を確認できるのですが。

 ……倒壊具合を見ると危険ですね、止めた方が良いです」


 シユさんが建物を見渡す、外壁は比較的しっかり残っている建物が多い。

 しかし、内部はかなり朽ちている、屋上まで登るのは簡単では無いようだ。


 休息中に遠隔視覚を上方向に発動させて周囲を見る、が、30mが限界では建物の上まで視野を飛ばせない。



 この廃棄都市で幾つか判ってきたことがある。

 まず、この都市は個々の建物まで上下水道が完備されていた。

 現在はそれらの機能は失われている。

 水を高層建築物の上部へどうやって運んだのか、上の方を調べていないので不明。

 小型の揚水する設備があるのかもしれない。


 コウの町でも中心部は緩い丘になっているので、揚水設備が用意されてる。

 水の流れを利用した揚水設備だそう。

 そして、通常は支配階級の役割として計画的な都市計画が行われる。

 コウシャン領の領都はその最たる物だ、元は小さい町を領都として設定し直して作られている。

 その構成は合理的で余裕を非常に持たせている、と聞いている。

 コウの町は、元の要塞都市の構造を踏襲しているので多少は歪だけど、それでも町の区画は計画的に配置されている。






「500年より以前の都市かぁ」

 崩れた高層建築物群を見ながらぼやいた。

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