第300話 廃棄都市「森林」

0300_21-03_廃棄都市「森林」


 コウの町の西側にある林業を主産業としている西の村。

 どうやら厳寒期には村人の大半はコウの町か何処かに移動しているようだ。

 管理人か木材加工のために残っている人は居ると思われる。


 今、私達は間伐され真っ直ぐに伸びた木々の中を移動している。


「ちょっと待って。

 前方に木で柵が作られています」


 斥候のシユさんが緊張する。

 寒さで下草が少ないので、向こうから私達の姿は丸見えのはず。

 シーテさんを見る、索敵魔術を行使している。


「人の気配はありません、接近してみますか?」


「私が行ってきます」


 シユさんが柵まで行って、直ぐに戻ってくる。

 警戒は解いているが、悩んでいるようだ。


「危険は無いと思います。

 柵はかなり前に作られた物で半分朽ちています。

 また、柵として利用されていたのかも不明です」


 全員で移動して柵まで行く。

 腰の高さで細い木、間伐材かな?で組まれた柵が10m程度、それが幾つも並んでいる。

 柵ではないね、獣避けとも思えない。

 なんだろう?


「たぶんだが、キノコの栽培をした後じゃないかな」


 ドウさんが頭をかじりながら言う。

 キノコの栽培? キノコって栽培できる物なのかな。


「いや、私も詳しくないのですが、朽ち始めた木にはキノコが生えます。

 これを意図的に行っていると聞いたことがあります」


 うん、キノコは確かに倒木や枯れた木から発生する種がある。

 だけど、目的のキノコを生やす方法があるのだろうか?

 機会があれば知りたいかな。


 柵の木を触ってみると、ボロボロと崩れる。

 所々で崩れて木くずの山になっている所もある。

 危険物では無いと判断して問題ないね。


「面白いですね、キノコは種類にもよりますが暖かい時期が多いと書物にありました。

 来年の暖かい時期に訪問したいです。

 移動を続けましょう、少し遅れましたか?」


「いえ、誤差の範囲内です。

 とはいえ、夜が早い時期なので次の山小屋へ急ぎましょう」



■■■■



 同じような木々が生えているので、今居る位置が判らなくなる。

 時折止まっては位置を確認しながら進む。

 昔の私も西の森は採取する薬草などが少ないため、ほとんど入ったことが無い。

 詳細地形地図を見たことがあるが、流石に覚えていないよ。


「現在地は此処で間違いないかな」

「ええ、この先の尾根を超えれば水場があるはずです。

 でも、確定するには尾根の頂上で付近の地形を再確認した方が良いでしょう」

「ああ、目印の岩場も似たようなのがあったしな」


 今、ドウさんとシユさんが確認するために見ている地図は領軍から提供された地形地図でそれに廃棄都市の場所を書き加えている。

 今日は、西の村にある山小屋の中でも一番西側にある場所の山小屋へ移動する予定だね。

 そして、その後は数百年の間、人が入ったことの無い原生林に入ることになる。


 途中の沢で水を補給する。

 この先、安全な水を確保できるか不明なので、公称の私の収納限界に近い量の水を収納する。

 そのための樽も複数用意した。

 この為に、やや時間が遅れてしまったが、何とか日が沈む前に山小屋にたどり着いた。


 この山小屋も小さい。

 本当に作業者が休むために利用しているだけのようだね。

 宿泊も帰れないときに仕方なく利用する程度なんだろう。


「さて、明日からは廃棄都市へ向けての移動になります。

 道も既に森に取り込まれて見分けがつきません。

 移動は慎重に。

 これからの移動はシーテの指示にしたがい,戦闘時はドウさんが指揮を。

 それで構いませんか?」


 全員が頷く。

 シーテさんは廃棄都市への冒険の経験があり、原生林の森を抜ける為の経験だ。

 移動はシーテさんに任せるのが妥当だ。

 しかし、戦闘になった場合はシーテさんは私の直衛にまわる、実際に戦うドウさんたち視察団に指揮権を移した方が良い。


 それにだ。

 この布陣では私とシーテさんは戦闘域から脱出して身を隠すことが前提となっている。

 私とシーテさんを収納空間に入れることで確実に隠れることが可能になるだろう。

 気になるとしたら、ドウさんたち視察団チームの実力が判らない事だね。

 戦闘部隊に居たことから実力者であることは間違いないが実戦を見ていない。

 獣が居れば狩猟の様子を見ることが出来たが、残念ながら遭遇することは無かった。


「リーダーはドウさんで変わりなく。

 私は補佐に回ります、シユさんは私の経験を教えますので覚えて下さい」


「はい、シーテさん」


 シユさんが頷く。

 トウさんが食事の準備を進めてくれている。

 んでも、暗いんだよなぁ。


「シーテ、周囲の様子はどうですか?」


「探索魔術の範囲では反応ありません。

 また、目視でも気配を確認できていません。

 シユさん、何かの気配は確認できましたか?」


「いいえ、私にも気配は見つけていません。

 少なくても追っ手はいませんね」


 ふむ。

 今のところは、作戦通りに推移しているのかな。

 そうなると、時空魔術研究所の方が心配だ。



■■■■



 時空魔術研究所は、表面的にはいつも通りに見える。

 正門には座って談笑している守衛2人。

 だらけているわけじゃなく、座って待機する場所が用意されている。

 そして、周囲を巡回している守衛の装備をしている者。

 だが、その視線は常に周囲を観察し、気配を探っている。


 研究所内も、視察団チームが魔導師とその助手、そしてその2人を護衛するように2人が控えているように見せている。


 既にマイ達がコウの町へ向かってから数日が過ぎている。

 未確認の集団を発見したとの報告は無い。


 研究所の敷地内は要塞化の為の作業は密かにしかし大急ぎで進んでいる。

 畑には罠がや塹壕が。

 幾つかの小屋に見せかけた設備が。


 そして、守衛用の宿泊館に潜んでいる領軍の兵士達。

 密かに移動してきた部隊だ。

 更に周辺の森の中に潜んでいる部隊。

 蜘蛛の巣のように、研究所を中心とした敵を絡め取って仕留めるための包囲網が作られている。



 今、研究所の中の一室で隊長が報告を受けている。


「報告です。

 近くの廃村に人が居た形跡があったとのこと。

 上手く隠されていて正確な人数は不明。

 足跡も消されていました、それが自然すぎて逆に不自然でしたので気づけました」


「損耗と、こちらに到達する予定は?」


「損耗無し、戦闘も生存確認できない人員も居ません。

 時間的には明日にも来ていても不思議ではありません。

 警戒網に掛からない様に抜けているのならあと数日はかかるかと」


「本命かな?」


「どちらにせよ、ここまで実態を把握させずに侵入してきたのです、簡単では無いでしょう」


 考え込む。

 現在駐留している部隊は視察団チーム1チームに加え2チームが冒険者と承認に偽装して展開している。

 密かに領軍2中隊が到着して研究所とコウの町に待機。

 更には、コウシャン領の領軍では虎の子になる特殊戦闘部隊までもが1部隊到着している。

 明らかに過剰戦力に感じるが、それは確実に敵対勢力の排除を目的としているのだろう。


「戦力は十分だ。

 だが慢心するな、敵の情報が無い、全力に確実に仕留めるぞ」


「はっ」


 部下は一礼すると、部屋を出て行った。



■■■■



 森の中を移動する。

 シユさんが先頭でシーテさんが続く、そして私。

 次にトウさん、そして殿にドウさんが来る。


 森の様相は管理されている森林ではなく、原生林となってる。

 その中、獣道を利用しての移動は移動速度が上がらない。

 コウの町から西に200km、簡単に言うが森の中の移動は速度が出ず、何とか半分の100kmを過ぎた辺りだ。


 地図には、過去にあった道路が記載されているが、その痕跡を見つけることは出来ない。

 いや、かろうじて平坦といえる地面が名残と言えるかもしれない。


「!、止まって」


 シユさんが合図する。

 全員が膝をついて身を低くする。


「気配が、シーテさん」

「ええ、おそらく獣ね魔力を感じないから魔獣の可能性は低いわね」


 シユさんがコクリと頷いて先行する。

 音も無く森の中に消える。

 しばらくして戻ってきた。


羚羊かもしかだと思う。

 どうしますか?」


 シユさんが私を見る。

 新鮮な肉は貴重だ、出来れば狩っておきたい。

 しかし時間と体力を消費するのも問題だ。


「シーテ、窒息空間で仕留められますか?」


「羚羊ですか、この大きさの獣は経験が無いので確実ではありませんが、効果を判断するのにも試したいです」


「判りました、お願いします。

 ドウさん、風属性の特殊な魔術です、接近は許可が出るまで待って下さい」


「はい」


 獣の場合、風の結界を張れば直ぐに逃げる可能性が高い。

 また、窒息空間も気が付かれやすいので呼吸が出来ない気体を慎重に覆う必要がある。


 シユさんとシーテさんで先に進む。

 私達の目に遠くに羚羊が見える、大きい。

 体長は高さ2mを超えて3mに届きそうだ。

 シーテさんが先行して羚羊の近くに潜んでいる。


 魔術の行使をしているのが判る。

 羚羊はすでにこちらに気が付いていてジッと見つめている。

 おそらく直ぐに逃げられる距離だと判断しているのだろう。


 羚羊の周囲にある木の枝がかすかに揺れる。


 ドスッ。


 いきなり羚羊が倒れる、上手くいったようだ。

 シーテさんが立ち上がる、それと同時に周囲に風を起こして窒息空間の空気を散らす。


「ドウさん、止めを刺しに行って下さい」


「はっ」


 ドウさんの行動で驚く。

 足下が木の根で覆われている中で、滑るように走る。

 その速度は私が平地で全力疾走するよりも速い。

 あっという間に接近すると、音も無く首を切り落とした。


 凄まじい腕だ、もし私がドウさんと剣を切り結んだ場合、おそらく1タチも掛からずに切られる。

 多分戦闘力ならギムさんの方が上だ、だけど対人ならドウさんの方が強い、そう感じてしまった。


 兎も角、羚羊を簡単に血抜きして収納空間に入れる。

 熱を持たないように、収納空間内に作った冷蔵の別空間に入れる。

 冷やすことが出来るのなら、川に沈める必要は無い。

 解体は次の野営地で構わないだろうね。


「素晴らしい手腕です、実戦を見れて良かったですね」


「いえ、所詮は人殺しの技です。

 それならばシーテ殿の魔術は脅威ですな」


 それはそうだろう、初見殺しの技だ知っていても不意を突かれれば対処は難しい。

 だからこその禁呪なのだから。


「私の術もまだ未完成よ。

 兎も角、生肉を手に入れられたのは良かったわね。

 さ、先を急ぎましょう」






 森の隙間から、遠くに人工物が見えた。

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