第297話 領都「エピローグ」

 トサホウ王国の東側。

 ここは商工業国家と国境を接している、国境は幅数キロにわたる大河だ。

 その大河も北側の山間部に行くと濁流 流れる幾つもの川に替わる。

 この辺の国境線は曖昧だ、先に開拓した方が国土と主張しやすい程度の違いしか無い。

 だが、濁流で削られた渓谷だらけの土地ではまともな開拓も出来ない。

 そういう場所であるはずだった。


 今、川幅が1km程度で比較的川底の浅いこの場所の両方の対岸には簡易的に作られた砦が築かれている。


 西側にトサホウ王国の王国軍にあたる東方辺境師団を中心とした軍隊。

 東側は商工業国家の軍事企業と帝国の軍隊。

 双方が睨み合いを続けている。


 商工業国家は商業と重工業を中心として、近隣の国々との交易で立場を確保している国だ。

 保有してる軍事力も国軍では無く独立した営利企業というのも特徴である。

 お金を出せば何処へでも出兵する、大規模な傭兵集団とでも言うのだろうか。

 武装は基本的なところを除くと個性的な装備を付けている。


 そして、帝国軍。

 全員が統一された黒をベースとした鎧を着込んでいる。

 装備も同じ物を使用しているので、個人を見分ける方法が体格以外は無い。

 長期にわたって駐留していれば、私服や鎧を脱いだ様子を見ることがあるはずなのに、1人として鎧を脱いでいる姿を見せたことは無いのも不気味だ。


 軍事企業の兵士達は帝国軍の兵士達を遠目に奇異な者を見る目で見ていた。

 その一画、砦の見晴台で椅子に座りノンビリ寛いでいる男性が居る。

 しっかりとした装備を着崩して、無精髭がだらしない印象を漂わせているがその視線は鋭い。

 そこに同じ装備の兵士がやって来る、年代が近いのだろうか遊びに来たような歩き方だ。


「よお、隊長。

 いつまで居れば良いんですかい?

 戦闘せずに給料が入るんで、こっちは良いんですがね、先が見えないのはなんともね。

 皆、気にしていますぜ」


「帝国の連中に聞くんだな。

 金もそっちから出ている。

 っか商工業国家の議会連中、帝国軍を自国の中に入れるなんて馬鹿なまねをしたもんだ」


 視線を隣にある帝国軍の駐留地に向ける。

 黒い鎧の兵士達が不気味なほど規律正しく動いている。


「キリシア聖王国を追撃していたでしたか。

 そのための軍事協力を押しつけられたと聞きましたがね。

 それが、トサホウ王国内で戦闘したら、トサホウ王国に軍事協力で侵入しようとして失敗。

 で、聖王国が全滅したら、今度は人道上の配慮から遺体を確保するとか、コロコロ言うことが替わりやがりますな」


「戦闘は当分無い。

 帝国の連中、トサホウ王国内で何かやっている。

 我々の威力侵入とは違って、大がかりなものだ」


「威力侵入ねぇ、盗賊の真似事して非戦闘員を襲ってなんになるのか。

 金が出ているんでやりましたがね」


 ツバを吐く。 それを咎めもせず見る、当然だと思うからだ。

 汚れ仕事が多いとはいえ、犯罪行為を行っているのだ気分の良い物では無い。

 目的はある、王国の軍事状況や対応速度、戦闘力の確認、散発的に行う事で警戒や民間人の保護への軍事力の消費。

 欺瞞であるのは判りきっている、トサホウ王国からの越境行為が無いのを良いことに調子に乗っているのだろう。


「今のところ、トサホウ王国は聖王国を全滅させてしまった事を除けば上手くやっている。

 このまま上手くやって欲しい所だ、戦争になれば我々商工業国家は一気に食糧難になる。

 帝国からの食料の輸出は少ないからな」


 商工業国家は国内の食料自給率が低い、その為に不足した食料の大半をトサホウ王国に依存している。

 だからこそ、トサホウ王国とは必要以上に関係悪化をしたくない。

 当然だが、国からは先制攻撃の絶対禁止が通達されている。

 こちらが動きが取れない以上、トサホウ王国に頑張って欲しい。

 その為に色々な情報を流しているのだから。


「まったく、やってられませんぜ。

 あ、報告です。

 帝国軍から幾つかの小隊が秘密裏にトサホウ王国に侵入した件。

 どうもヤバい特殊工作員らしいですぜ」


 隊長の表情が険しくなる。


「それを早く言え、それが本当ならこっちも危険だな、はらわた食いちぎられる。

 直ぐに対応できるように準備しろ」


「へい」


 返事をした部下は、川から吹き付けてきた冷たい風に思わず身を震わせていた。



■■■■



 トサホウ王国、王都。

 その王城の中にある豪華な執務室、1人の若い王トアスが執務を行っている。

 国王は、幾つもの報告書に目を通して確認し、サインをしていた。

 すでに王位を継いで数年になる。

 魔物の氾濫の爪痕は大きいが、それでも復旧は進んで氾濫前の体制を維持できるまでには成った。


 これは、先王ディアスの遊説による各地の領との関係修復も大きい。

 もっとも関係悪化の原因も先王にあったので感謝できないが。


 椅子に背中を預け、眉間をほぐす。

 すでに時間は深夜になる。

 眉間に手を当てたまま天井を見つめる。


 当面の問題は3つ。


 1つは、西の騎馬民族の台頭。

 国境を越えて国内の村を襲い食料や家畜の強奪を続けている。

 彼らに言わせれば、大地に有る物は誰の物でも無く共有するべき、という。

 詭弁だ、強行に対応せねば。

 西方辺境師団は騎士を中心とした高速機動部隊だが十分に対応できているかというと疑問だ。


 2つめは、南の海洋部分、南方辺境師団がその大型船舶を利用した長距離の海運をほぼ独占しているのだが、その海運で営利をむさぼっている、らしい。

 上位貴族連中が関わっているため、大事に出来ないのを良いことに守銭奴が群がっている。

 何処かで粛正しなくては。

 何のために貴族が支配階級が重い責任と義務を課しているのか。

 過去、魔物の氾濫の後に重税を課した為、大幅な庶民の人口減少を受けて貴族も絶滅しそうになった、それを忘れたとは言わせない。


 そして、3つめ。

 東部で起きている、同時多発襲撃事件。

 情報では帝国が関わっているという、だが目的もよく判らないうえ、キリシア聖王国などという名前も聞いたことも無い国が侵略戦争を行った。

 その理由も馬鹿馬鹿しく、考えるのも鬱陶しい。

 商工業国家の出方も不明だ、帝国に良いように利用されているように見える。

 国境線の河川を挟んで睨み合いになってる、どうしてこうなった?

 現在、東方辺境師団と東部の各地の領に対して出兵を指示して、国境沿いを固めている。

 それも長く続けば財政上の負担になる。

 それに商工業国家の強気の外交にもそろそろ対応しなくてはいけない。



 どれもこれも頭が痛くなる。


 国内の公共事業に取り組んでいれば良いと思っていた以前の自分を浅慮だと思う。

 先王はどちらかというと外交手腕が優れていたのだろう。

 先王の時代で周囲の国々との間の問題は聞いたことが無い。

 その先王は現在、北部の遊説を終わらせて王都へ戻っている途中とのこと。

 北部は積雪が多いためもあるが、年末年始は王都で静養するのが恒例になっている。

 早く戻ってきて欲しい、ふと思ってしまう。


 はぁ。


 大きなため息をつくと、机に積まれた書類を手に取り内容の確認を再開した。

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