第296話 領都「交代劇」

 程なく、私は時空魔術研究所に到着した。


 先触れが出されていたので門にはシーテさんが出迎えてくれている。

 私は荷馬車から前方でシーテさんが出迎えてくれているのを見て安堵したよ。

 報告で聞いてはいたけど襲撃も無く無事だったようだね。

 それと、襲撃者によって壊された門の周辺は壊された後も判らないぐらい綺麗に直されていた。


 ここから私の影武者になる視察団のチームと入れ替わる。

 問題となるのは、この事をシーテさんに知らせていない事だ。

 情報漏えいの危険を加味して事前に連絡を行っていない。


「マイ様、ご公務ご苦労様です。

 移動でお疲れでしょう……?」


 シーテさんが魔導師用に作られた馬車から降りてきた人物を見て固まる。

 それはそうだ、降りてきたのは私の代りになっている、視察団の魔法使いシロスさんだからね、そして荷馬車から荷物を持って私が後ろに居る。

 私がシーテさんに目で合図する、困惑しているようだけど小さく頷いてくれた。


「さ、中へ。

 詳しいお話を聞かせて下さい」


 シーテさんがシロスさんともう1人同じく魔法使いのフラクさんを招き入れる。

 私は研究所の近くの倉庫へ荷物の搬入だね。

 程なくして、フラクさんの服装を着たシーテさんが倉庫にやって来る。


「マイちゃん、何がどうなっているの?

 言われる通りに着替えてきたけど」


「詳しい話は移動中に。

 私達はこのままコウの町へ移動します」


 私は周囲を警戒しながら言う。

 シーテさんか探索魔術を行使しようとしたのでそれを止める。


 荷馬車に移動したところで、護衛の領軍兵士と視察団のチームの研究所に残る4人、リーダのレツさん、副リーダーのフルツさん、あとエイロさん、ヒンクさんが警備をするための準備を始めている。

 私達は荷物を降ろして大分空きが出来た所に乗る。

 御者はシユさん、馬に乗って護衛しているドウさんとトウさん。

 リーダーのドウさんが兵士の隊長と何か話している、この交代を知っているのは視察団のチームを除けば領軍の隊長と副隊長だけだ。


 私とシーテさんの身代わり役のシロスさんとフラクさんが護衛役のチームメンバーに守られながら私達を乗せた荷馬車を見送る。

 遠目なら見分けは多分つかない、だけど念を入れる魔法学校の時に私の似顔絵を作られている可能性もあるからとのこと。

 なのでシロスさんはフードを被って顔を半分隠している。


 私とシーテさんを乗せた荷馬車が移動を開始する。

 御者はトウさん、時空魔法も使える魔法使い。

 徒歩で周囲を警戒して歩いてるのはリーダーのドウさんと斥候を担当しているシユさん。

 男性はドウさんだけだね。


 荷馬車の中、シーテさんと肩を寄せ合って小声で情報の共有を始めた。


「で、マイちゃん。

 どういう事になっているのかな?」


「簡単に言うと、本命の襲撃が予想されるとのことです。

 襲撃が行われる可能性が高く守るのが困難なのが研究所ですね。

 で、研究所を囮にして待ち構えるつもりだそうです。

 だけど魔導師を危険に晒すわけには行かないので安全な場所へ秘密裏に移動する。

 今回の移動はそういう事です。

 研究所に残った視察団のチームが私とシーテさんの影武者を行います」


「そう。

 となると、何処に私達は身を隠すのかな?

 領都に移動するのが順当かなぁ」


 シーテさんが顎に指を当てて考えながら言う。

 警備が十分に行える場所なら領都が一番だろうね。

 でも宰相様の言葉を借りれば、下級貴族や貴族位を持つ事が出来なかった貴族の親族が信用できないそうだ。

 つまるところ、魔導師が居る事が知られると何らかの接触を図ろうとする、この時に便乗して狙われたら厄介だそう。


「領都は貴族の影響を懸念しています。

 一枚岩では無いそうで、特に貴族位を持っていない貴族の親族は。

 ですので、私達はコウの町から西側に約200km、その場所に有る都市の廃墟に移動します。

 名目上は廃棄都市である人工ダンジョンの研究調査ということになります。

 これは無事に戻ってこられたら発表される予定で現在は領主様と宰相様しか知りません」


 ここまで話して、シーテさんを見る。

 何か考えているようだね。

 荷馬車の車輪の音がガタガタと鳴る。


「ね、ギム達には知らせるの?

 ギムも私達も廃棄都市への冒険の経験があるわ。

 護衛の視察団チームがどの程度かは判らないけどブラウンかジョムを連れていきたいわね。

 あと補給、どの程度の期間入るのか判らないけど季節的に寒い今は現地調達が難しいわ」


 ギムさん達の元視察団チームは、元々 専業の冒険者で遺跡や廃棄都市などの人工ダンジョンを専門に調査探索する冒険者だったんだ。

 だけどこの作戦に巻き込んでしまって良いのだろうか?

 人の居ない所に行くと言うことは、襲撃されたときに応援は全く期待できないと言うことだ。

 それをずっと考えていた。


「シーテさん、ギムさん達を巻き込んでしまって良いのでしょうか?

 襲撃……襲撃者だけじゃないです獣や魔物が居る可能性は高いです。

 せっかくコウの町で安全に暮らしているのに」


 シーテさんが私の方へ体を向けてジッと見つめる。

 ん?

 そして優しく私の頬を両手で包み込んだ。


「マイちゃん、私達はもう後悔したくないの。

 あの時、北の森に戻れる保証の無い陽動に行かせてしまって。

 巨人が現れて、約束していた応援も止めてコウの町に引きこもってしまった。

 どう言い繕っても納得できなかったのよ。

 だから、やり直せた今度だけは間違えない」


 静かでそれでいて強い目が私を見つめている。

 私自身はそんなに仰々しい考えが有ったわけじゃなかった。

 自分も助かって出来るだけ多くの守衛や冒険者が助かる方法を探して選んで、失敗した。

 ただそれだけだ。

 何度も説明したはずなんだけどな、それでも納得はして貰えなかった。

 今回もそうだ、シーテさんの表情から強固な意志を感じる。


「判りました。

 でも、今回は隠密行動が主体です、町長にすら秘密なので、ギムさん達への連絡が取れるのかも不明です」


「フミちゃんは?」


「今回は宿屋タナヤも使いません、すでに当面必要な物資は私ともう1人の時空魔法使いが収納しています。

 コウの町に入ったら、東の区画の宿で1泊し、翌朝 北の村へ行商を行う風を装って西の村の方へ移動します。

 バレている可能性は低いですが、念には念を入れてですね」


「判ったわ、ギム達には視察団で使っている連絡方法を使う。

 具体的な事は伝えないから漏れても大丈夫よ」


 どんな方法なのか判らないけど、信じるしか無いかな。

「コウの町の東門が見えてきました」


 御者をしているトウさんが振り返って声を掛ける。

 私とシーテさんはフードをかぶって荷馬車からコウの町の外壁を見つめた。



■■■■



 時空魔術研究所。

 コウの町の東 約20km程度離れた所に作られた、廃棄された村を元に作られた施設だ。

 村の規模は小さく、元々はコウの町にたどり着けなかった旅商人や納税の村民などが早めに宿泊するために利用されることが多い。

 東の町との街道にあるためそれなりに利用者が多いので何となく村の規模になってしまった感じだ。

 今は、研究所と併設されている旅人用の宿泊施設がある。


 その研究所は外目にはいつも通り守衛が2人入り口付近で座って談笑する何時もの光景だ。

 だが、研究所の中では防衛のための準備が進んでいた。


「正門側の窓の鎧戸に鉄板の貼り付け完了しました」

「正門から研究所の玄関までの周囲にトラップの施設を完了」

「周囲の塀の補強と出入り口の封鎖完了しました」

「偵察からの報告、不審者は見つからず」

「東の村の関所より定時連絡、定期的に運行されている商人の荷馬車が1つ侵入したとのこと」


 幾つもの入ってくる情報を領軍の隊長と視察団のリーダーが聞きながら考え込む。

 視察団リーダーが訪ねる。


「順調ですかね?」


「今のところはな、ただ、街道を利用せずに移動している者が居たらやっかいだ」


「森を移動なら移動速度は遅いのでは?

 全員が何らかの移動補助が可能な魔法を使えれば兎も角」


「可能でしょうか?

 廃棄された村の痕跡から盗賊が住んでいたらしいのは判っています。

 それが引っかかっているのでしょう」


「ああ、痕跡があっただけだ、我々の前に出てきたのは4人、だが痕跡は11人前後、数が合わない。

 誰かが残りの盗賊を始末し処理したとも考えられる」


「そして、その誰かは姿を見せていないと。

 魔導師様達は大丈夫でしょうか?」


「偽装は計画通りだ。

 コウの町へ移動した魔導師様達も、すでに到着している別の商人達と入れ替わる予定になっている。

 これを見破れる可能性はほぼ無いだろう」


 と、1人の領軍の兵士が入室してきた。


「研究所より東側の村で不審者の目撃がありました。

 人数は最低3人、薬草採取の冒険者かもしれませんとのこと。

 ただし、コウの町および周辺の村で現在 薬草採取で森に入っている者は確認されていません」


 隊長は立ち上がり、指揮を出す。


「厳戒態勢に移行、これより防衛戦になる。

 索敵を密にせよ」


「はっ」



■■■■



 平原の中、岩を背に座り込んで考える。


 これは一体なんなのだ?

 我々はブナン領の精鋭部隊ではなかったのか?


 思い出す、謎の同時多発的に襲撃事件が発生した。

 簡単に鎮圧できた、なので上層部は大して問題に捉えなかった。

 領軍の中では危機感を感じて、なんとか重要人物や重要施設の護衛を増やすことに成功はしたが、予算や人員の割り振りで、支配階級の貴族に少なくない借りを作ってしまった。


 諜報部隊から偶然だが侵入者の一団を捉えることに成功した。

 我々 精鋭部隊はその一団を蹂躙し可能なら捕虜を取り情報を収集するために出撃した。


 結果は何だ?


 私の前には部下達だった肉片が散らばっている。

 気力を引き絞り、顔を上げる。


 異形が居た。

 魔物のようでいて人のようでもある、肉体のバランスが崩れている。

 そいつらは部下達だった物を貪り食っている、おぞましい。


 まったく戦いにも成らなかった、一方的に蹂躙されただけだ。

 急速に視界が狭まり、見えている風景がモノクロになって解像度が落ちていく。


 報告に逃がした部下は生き延びれたのだろうか?


 頭がカクンと落ちる、自分の両腕と両足は既に無い。

 腹にも大きな傷…穴が開いている。

 出血が多すぎるためか、痛みは感じない、ただ寒いだけだ。






 近寄ってきた異形な者が私の頭を掴んだ、私の意識はそこまでで途切れた。

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