第295話 領都「関所」
ああ、魔導師様が行ってしまった。
町長は汚名挽回のために商人と手を組んで、贅沢で豪勢な接待を用意した。
けど、それは逆に迷惑になってしまった。
冷静になって考えれば直ぐ判ることだった。
要人や要所にあった襲撃事件、その事に警戒しているのに。
研究所への襲撃の際に東の町の商人の息子が関わってしまった、この事は一応はこちらも被害者として扱って貰っている。
しかし、彼が研究所の周囲で付き纏いをしていた事実は消せない。
謝罪を受け取って貰えなかった、これも残念だった、これを気に謝罪であったとしても研究所との繋がりを持つことが出来たのに。
それを見抜かれたからか。
「町長、商店の店長が面会に来ています」
部下が報告する、しかし何の成果も得られていない、憂鬱になるが、何時もの応接室に向かった。
■■■■
東の町では予想通りの足止めを受けたけど、それ以降は順調に移動を続けた。
東の町とコウの町の間には、幾つかの村と野営施設を経て、中間を過ぎた辺りにコウの町が管理する東側の村が見えてくる。
この村はコウの町と東の町との間の物流を一時的に保管する役割もある村だった。
今はそれに加えコウの町へ入る人と物の検閲を行う関所としての役割も持っている。
ただ、地形的に村を迂回しての移動も可能なので完全じゃ無いけど。
今日は東の村で一泊する。
ここで村長と守衛を慰労する。
と言っても、2人の前で「お仕事ご苦労様です」と言うだけだ。
余計なことを言えないのは、本当に面倒だね。
夕食の後、食事をした部屋に関係者が集まっていたので、人や物の流れについて確認してみた。
「はい、魔導師様。
ここ数年で東の町の仲介を経ずに領都や別の町から商品を仕入れたり一部出荷を行う商人が増えています。
ほぼコウの町の商人ですね。
人に関しては護衛の一部がコウの町ではない者も居ますが、さほど増えては居ません。
ただ目的がやや不明確な旅人も居ます」
大体 報告で受け居てるのと同じ内容の回答を貰う。
ただ、目的不明の旅人は聞いていなかった。
目的が無い旅人というのはこの国においては非常に珍しい。
「旅人ですか?」
「はい、英雄マイの足跡を見るため、と言う者がほとんどです。
今のところ、全て1ヶ月ほどで出て行っていることを確認しています」
うーん、これだけだと何とも言えないかな。
「守衛からです、本日の報告です、巡回した者が不審な1団を見失っています。
村を経由せずにコウの町に向かった可能性が高いです。
数は最低で4人、すでにコウの町へ早馬を走らせています」
護衛のリーダーが明らかに緊張しているのが判る。
襲撃される可能性が跳ね上がった、と思っても良い。
初耳の情報だ、この情報は視察団に回ってきていない、それはかなり問題だね。
「マイ様、研究所へは寄らずに、全員でコウの町へ移動した方が良いかもしれません。
研究所で待ち伏せも懸念されます」
魔導師の私が狙われやすい事から、囮というか襲撃がある前提で動いている。
それは私も理解しているし、覚悟もしているけど戦闘は無い方が良い。
「いえ、助手と家政婦をそのままにしておく事は出来ません。
移動時間を調整して、午前中に研究所に到着して改修し移動は出来ますか?」
「それですと、行程的に1度 野営施設を利用することになります、そこでの襲撃も懸念されます」
むう、どうしよう?
「マイ様、現在 東の町に駐留している守衛を護衛に出しましょう。
コウの町から交代の守衛を出させて、野営施設で落ち合わせれば十分な戦力になるかと」
守衛の人が提案してくれた。
それなら人員だけなら十分になると思う。
「では、それで行きましょう、連絡のほどよろしくお願いします」
町長と守衛が一礼して出て行く。
残ったのは、視察団チームのリーダー2人と私。
「ふむ、良いかもしれません。
ただ、魔導師が研究所に居るという事にしなくてはいけないのですが、どうしますか?」
「研究所にて、守衛を囮役の視察団チームを残し、私と護衛の視察団チーム、助手と家政婦だけでコウの町へ向かうというのは?」
「情報が漏れていないことを確認したいです。
また、研究所とコウの町の間が危険が大きくなります」
手順を再調整する。
私達はこのまま移動をする、そして野営施設の所で入れ替わりをする。
馬車の中で私の代役をする彼女と替わり、私は荷物用の馬車に移動する。
研究所で、代役の彼女を護衛して入ってくのを見送り、シーテさんとナカオさんが荷馬車の荷物を搬入するついでに乗り込む。
これで、研究所には視察団と守衛だけになる。
荷馬車は荷物をほとんど置いていくので場所は十分のはず。
私達を乗せた荷馬車と護衛の視察団と一緒に移動してコウの町へ行く。
コウの町では宿屋タナヤに宿泊する。
視察団と私が内密に町長と面会して廃棄都市に向かうことを伝える。
懸念点は多い。
魔導師を囮とすることから、襲撃者への警戒は微妙に緩くしている。
もちろん私自身が襲われないように入れ替わるのだけど。
不明な一団というのも懸念される所だね。
私が廃棄都市へ向かうことはおおやけになったら、今回の計画は破綻する。
研究所に襲撃があった場合も不安だ、施設自体は兎も角、人的な被害は出ないで欲しい。
そもそもが、領主様の提案で決まった廃棄都市への調査遠征だ、もっと政治的な思惑がある可能性もある、判らないけど。
囮では無く、私が殺されることで何か特になにことは有るのかな? 今のところは私に生かしておく価値があると信じるしか無いかな。
翌日、襲撃? があった。
十分な護衛、視察団と守衛が居る馬車の隊列を襲うこと自体が無謀だ。
数は4人。
あっという間に討伐された。
装備から、廃棄された小さい村の1つを拠点にして密漁や農産物の窃盗、空き巣などで生き延びていた犯罪者と推測されるとのこと。
襲ったというのか、逃げてきたような感じもしたと聞いた。
突然、剣を抜いた状態で街道にいる馬車の前に飛び出してきたとのこと。
逃げてきた?
咄嗟の対応で武装した4人を殺してしまったとの事だけど、情報を引き出せば良かったと反省していた。
仕方が無い。
そして探索魔術では見つからないけど森の中から見られている気がする。
他の人も森の中の気配に気が付いているようすだ。
「魔導師様。
森の中に敵と思われる者達が潜んでいる可能性があります。
注意を、場合によっては馬に移動して駆けて下さい」
「もしもの時は、護衛の視察団チームが馬で併走し、他の者達で足止めします」
対応を決めてきたのだろう、研究所に残る視察団チームと私を護衛する視察団チーム、そして守衛の隊長が頷き合う。
私も了解を示して頷く。
だけど、探索魔術には依然として反応が無い。
本当に敵は居るのだろうか?
私の探索魔術の範囲が狭いのがもどかしい。
馬車は最大限の警戒をしながら移動を続けた。
■■■■
「宰相様、魔導師様がコウの町の関所を通過し、コウの町の管理圏内に入ったとの連絡が来ました」
領都、貴族区画の奥にある敷地の中の行政を司る建物の一室。
魔導師を含む一行の様子は、諜報を行う専門の部隊で監視させている。
むろん目的は襲撃者の特定と黒幕の調査、そしてそれ以上に魔導師の安全の確保だ。
「不審者は?」
「移動中に偶然を装って接触しようと試みた貴族の息子達が途中で領軍に捕縛されていました。
途中の町では、商人が接触しようとしていた様ですが、護衛によって排除されています。
まだ何かしそうですが危険性は低いでしょう。
それと、不審な集団が居る可能性があるとの情報があります」
最初の2つは予想していた物だ、が、最後の集団が気になる。
「集団の詳細は?」
「申し訳ありません、廃棄された村を利用して移動していたようで確認が取れていません。
村に居た痕跡から、推定で11人前後。
居るとしたら潜入に慣れているように感じます」
「対処可能か?」
「魔導師様の護衛の2チーム以外に、2チームの視察団。
また、特殊戦闘部隊を1部隊投入済みです。
領軍から1中隊が出発、魔導師様が研究所に到着までに追いつく予定です」
ふむ。
かなり過剰な戦力の投入に感じた。
だが、報告に来た人物はそれに違和感を感じていない。
「対処可能か?」
改めて問う、じっと見つめる。
その人物はしばらく無言の後、ポツリと言った。
「最善を尽くします」
推定11人の不審者に対して、視察団2チーム推定10人、 1中隊は3小隊33人と中隊長の34人と後衛部隊。
特殊戦闘部隊はコウシャン領の虎の子部隊だ、近衛兵と違い戦闘特化の部隊でかつ存在が一般にも王国にすら知られていない奥の手でもある。
ここまで投入して、確実と言わない事に危機感が増す。
魔導師を守るための最善の方法は何か?
今から出来ることは何か、執務室の椅子に深く座り、両手を組んで思慮に更ける。
「更に投入できる戦力は?」
「現状ではこれ以上の戦力投入は他の要人と施設の警護が手薄になるかと。
また、人数が多く連携が取れなくなる危険が大きいです」
もっともだが、魔導師の安全を十分に確保できる前提での研究所の囮作戦だ、前提が崩れてしまっている。
「最善を尽くせ」
絞り出すように言うしかなかった。
「はっ」
音も無く退室していく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます