第294話 領都「東の町」
夜の町の中。
夜の鐘が鳴ってしばらくして、人出が少なくなった町中を走った早馬が到着した。
有る大きな商店の店頭、すでに閉まっているドアを激しく叩く。
怪訝そうに小窓から顔を出す店員、早馬に乗っていた人物と顔見知りだったのだろうか、驚きと共に直ぐにひっこで扉を開ける。
小間使いの少年に馬の世話を申しつけて、疲労だろうか店頭にうずくまった男を介抱する。
「どうしたんだ? そんなに慌てて!
とにかく落ち着け、水を持ってくる」
「そんな暇は無い!
旦那様は居るか?
とにかく早急に知らせないといけないことがある!」
店員の腕を掴み、血走った目を向けて叫ぶ。
只事じゃ無い事を理解して店員も慌てる。
「旦那様は今、応接室で町長様とお話中だ。
とにかく知らせるので待っていろ」
「いや、一緒に行く!
町長様が一緒なら運は未だ見捨ててない」
2人は連れだって店内に入っていく。
■■■■
領都の貴族区画、その中間にある迎賓館の中。
来るときも最低限の荷物だったので、帰る準備も直ぐに終わって、私はコウの町へ向けて出発した。
宰相様から幾つかお土産の書物や魔導具を頂いたけど、重さや大きさがあったので取り敢えず全部収納してしまった。
今回は特に公的な見送りイベントは無し。
宰相様が律儀に挨拶に来てくれたけど、毎回思う、忙しいんじゃないの?
魔導師用に作られた私の馬車に乗り込むと、馬車は領軍の兵士に警護されてユックリ移動する。
領都の中で襲撃はまず無いはずだけど、形式的な物みたい。
領都の西の門に併設され居ている領軍の詰め所で護衛は視察団のチームに交代。
視察団のチームは馬4頭に荷馬車1台。
彼らは武器こそ各自の専用だけど鎧は領軍の軽鎧を着ている、これは領軍が護衛しているという事を明らかにするため。
それに領軍が護衛する貴族の馬車を襲撃しようとする様な賊はまず居ないので安心。
今回は馬を変えて急ぐ必要は無いから、ノンビリした物だね。
荷馬車も人も乗ることを考慮した長距離輸送用のしっかりとした物だ。
両軍の兵士の皆さんに儀礼で見送られて領都を離れた。
時間的に今日は最初の村というか宿場町に泊まる。
東の町と領都の間は数日。
領都と東の町の間は物流が多いので、野営施設は無くて宿泊専用の村とか宿のある村が充実している。
途中、2つのチームのリーダーを馬車に招いて、状況確認と相談をする。
盗み聞きされる危険が少ないので採用したけど、男性2人と密室になるのは別の意味で危険と言うことで、私の護衛をするチームは女性2人を加えて全員が乗っている。
私の馬車は3人×2の6人乗りで人が乗る専用の馬車としては中間的な大きさの大きさだね。
5人乗っても広々している。
「現場の情報の共有が十分ではないと思います。
話す口調は自然にして構いません。
まず、私の略歴はどの程度認識していますか?」
護衛するチームのリーダードウさんが話した。
「コウの町の近くの村で、魔物の氾濫の際に生き残った方だと。
その後、魔術師の素質があることで魔法学校に入学されて優秀な成績を収め、先王様と筆頭魔導師様の御推挙で時空魔導師に任命されたと聞いています」
「我々も同様です」
もう1つの、研究所に駐留するチームのリーダー、レツさんも頷く。
本当に必要最低限しか知らないみたいだ。
それに、公的にはその程度の認識なんだろうね。
「ええ、村で私を救出してくれたのがギムさんが率いる当時の視察団チームです。
それからしばらくの間、行動を共にして色々学びました。
1人で生きていけるように配慮してくれたのですね。
ですので、身を守る程度は戦えます」
馬車の中の雰囲気がピリッとなる。
「ギムのチームですか、あのチームは視察団の中でも戦闘力が最強の1つなのですが。
マイ様が襲撃者を直接撃退したというのは本当だったんですね」
「それを含めて。
今回、本命の襲撃が研究所に来る可能性があると宰相様は見ています。
研究所への襲撃が発生した場合は、研究所の放棄をしても人員の安全と、最終的に襲撃者の殲滅を優先して下さい」
レツさんがぎょっとなる。
研究所を放棄して良い、という言葉は意外だったようだ。
「研究所を放棄して良いと?」
「ええ、研究所の施設としての重要性は低いです、視察団の皆さんや守衛の命を掛ける必要は無いです。
ただ、魔導師が研究所に居ないと知られるのは不味いので、そこは上手く対応して下さい」
「判りました、コウの町へ避難したように思わせるのが良いでしょうか?」
「コウの町が戦場になるのは好ましくないですが、判断は任せます。
コウの町の守衛と連携を取って対応して下さい」
「了解しました。
では研究所内にトラップを仕掛けても構いませんか?」
「構いません、優先順位は人員の生命、そして襲撃者の殲滅です、施設に関しては今回は気にする必要はありません」
「襲撃者の殲滅を最優先しなくても良いのですか?」
レツさんが再確認してくる、今回一番危険な位置になるのだから当然かな。
「襲撃者の戦力が不明です、状況から見て確実に魔導師を殺す手段を持っていると見た方が良いです。
ですので、魔導師の囮役の殺害に失敗させる事がこちらの勝利条件になります、殲滅は絶対ではありません」
レツさんが大きく息を吐く。
「ありがとうございます、最善を尽くし全員が無事に報告できるように努めます」
襲撃者の殲滅を絶対とするなら、それ相応の犠牲を覚悟しないといけない。
そのためには、襲撃者の目標となる魔導師(の囮)が攻撃できると思わせる場所に居ないといけない。
でも襲撃者の目的を失敗させることを優先するなら、安全策を取ることが出来る。
ここは襲撃者にとっては敵地の中だ補給も増援も出来ない状況なら、こちらは長期戦を取ることが出来る。
「情報統制の方はどうなっていますか?
私が放棄都市に向かった事が発覚するのは一番避ける必要があります。
森の中での防衛戦になった場合、かなり不利な状況になりますので」
ドウさんが答えた。
「この事について知っているのは、私達護衛のチームとレツ、そして宰相様と領主様だけになります。
領軍の隊長も今回は魔導師様を送り届けてしばらく警備する、としか知らないはずです」
かなり徹底しているね、ただ私が放棄都市で襲撃を受けた場合、救助は期待できないことも示している。
私達の馬車は無事に最初の村の貴族が宿泊する宿に到着した。
それから数日。
貴族が乗る馬車に関わろうとする者も居ないため、順調に進み、東の町が見えてきた。
■■■■
「困ったと事になっています」
レツさんが頭をかじりながら報告する。
今居るのは東の町で一番上等となる町長の館の貴賓室だ。
宿に泊まる予定だったのだけど、町長の強い要望で町長の館に宿泊することになった。
これ自体は不自然じゃ無い、領主と同格の貴族位を持つ私を受け入れるのだからね。
夕食会を行うにあたり東の町の要人も同席する事を求められた。
私との繋がりを持ちたいという意図が見え見えだ。
それに、東野町から来た男性の事についての謝罪をしたいとの申し出も断りにくい。
そして、随伴している荷馬車の整備をしたいと言って、分解しはじめて揉めた。
流石に私の馬車には手を付けなかったけど、こんな重整備を行われたら何日足止めされるのか判らない。
何とか止めてたが、今度は必要な荷物を提供したい、でも荷馬車に乗せきれないので追加で荷馬車を出す、人員も提供する、と言い出した。
視察団のリーダーが対応して、必要十分だからと断っているが、東の町から魔導師様への贈答品だから受け取って欲しいと食い下がる。
荷物の目録を見ると、香辛料や高級なハム、塩・砂糖・麦など、あとよく判らない美術品。
欲しいかと言われると欲しいけど必要な物でも無い。
いわゆる接待漬けというやつかな。
昔、辺境師団に居たときも似たような事があった。
輸送部隊とはいえ辺境師団が駐留しているのは安全に繋がるし、部隊が居るだけで経済が回る、領主や国からの報償もばかにならないらしい。
なので、1日でも多く滞在して欲しいと町や村ぐるみで接待してくる。
任務中なら日程があるので断りやすいのだけど、単純に移動だけだと上官によっては受け入れてしまうことがある。
私の元上官はその辺は厳格で必要以上の歓待は怒鳴ってたしなめていたなぁ。
私も元上官と同じ考えだ。
夕食会の前に町長と面会の時間を取る。
視察団のリーダー2人を護衛に、町長の館の応接室で対面する。
目に見えて下手に出ているのが判る。
「町長、今回の歓待はありがたいですが過剰です。
必要以上の対応は遠慮願いたい」
「魔導師様、我々は愚かな対応で失礼をしてしまいました、そのお詫びとしては足りないくらいです。
必要な物があれば何でも申しつけ下さい、満足のいく物を用意させて頂きます」
「有りません。
また、必要な物はコウの町から十分に提供されています。
この町から提供を要請することはありません」
盛大に脂汗を流している、例え最初は無償でも繋がりを持ちさえすれば、それは今後に繋げることが出来る。
謝罪なら受け入れられるだろう、そういう意図だろう。
宰相様が言っていた通りの展開になっている。
とにかく、ここで甘い対応は厳禁だけど、わだかまりを残すのも問題になる。
「今回の件は終わった物として扱っています。
ですが、重く受け止め、謝罪したことは評価します、今後も東の町の者として誠実に務めて下さい」
宰相様と打ち合わせて用意した想定問答の中から適切かな?とおもう返答をしてみた。
ただ、頭を下げた町長の表情は読めない。
それと、コウの町への待遇を良くするという提案もあった。
仲介で暴利を取っていたことに対してだろうけど、コウの町だけじゃ無い、他の町へも同様のことをしている。
だから、コウの町だけを優遇するという提案を受け入れるわけにはいかない。
魔導師という立場であるのなら。
この事も宰相様と話し合っている。
「畏まりました。
夕食会も、最少の人数という事でしたので、私の家族のみと致しました」
町長は力が無い声で言う。
最初は東の町の有力者を集めて立食形式のパーティを開こうとしていたんだよね。
それで準備していたのを大慌てで止めた。
護衛の人が怒っていたよ、私が何処に居るのか広く宣伝したようなものだから。
夕食会は、なんとも気まずい雰囲気で終わった。
話しかけたいけど何を話したら良いのか判らない町長と、終始無言の私、そしてそれをオロオロしながら見ている町長の家族。
食事は美味しいんだけど、知らない調味料の味でなんと表現したら良いのか判らないんだよ。
せめて料理の説明をしてくれれば良いのだけど、給仕の人は名前しか言わないし、町長は挙動不審だし。
翌日、町長とその部下一同に見送られて町を出た。
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