第293話 領都「視察団」

 宰相様との話し合いも、夕食を経て夜まで続いた。

 それもようやく終わりかな。


「あとですな、マイ様に会いに来た貴族の息子ですが、何か気になった所は有りましたかな?」


 んー?

 何が聞きたいのかな、あの男性が部屋に入ってきてからの会話はしていない、一方的に話していただけだし、その内容は控えていた兵士が全部報告しているはず。

 という事は、彼に対しての印象かな。


「私を見下している、と感じました。

 あとは、言うことを聞くのが当然という……貴族格を持っても居ないのに。

 何か役職を持っていたのでしょうか?」


「いや、仕事をしていないで燻っているだけの男じゃな。

 選民主義者をご存じかな?」


「はい、貴族などの血筋や立場に自分達は特別だと勘違いしている者が居るとか。

 そういう者は貴族位も役職も割り当てられないと聞いていますが」


 そう、この国の貴族や支配階級と呼ばれる町長や村長、役場の役職者は家柄や資産などだけではなることは出来ない。

 知識と能力、そして思想や人格がその立場に相応しいと判断されないといけない。

 そのために貴族院で貴族位や町長・村長や役場の役職者となる資格を得る。

 それは領主や王族でも同様、と聞かされている。

 だから、選民主義のような国に悪癖をもたらすような思想を持つような者は排除されるのが普通だ。


「そうですな、ただ少なからず選民意識を持つ者はおります。

 役職は持っておりませんが、貴族の家がらを利用して横暴な振る舞いをしている者達がいますな」


「一つ確認を、過去に子供達を攫った貴族と言うのは貴族位を持っている者ですか?」


「いいえ、領の中位貴族の息子ですが、学術区画で家の仕事をしている、と言うことになっているだけの者です。

 居るだけで何もしていないと思われていた所です。

 実際は商工業国家を介して帝国方面に子供を誘拐していたのですが」


 ちょっと言いにくそうだ。

 実はこの貴族の息子を介して帝国の情報を入手していたため、庶民の犠牲を黙認していたらしい事から関係者以外は口外は禁止されている。

 知られたら、貴族としての資格を問われかねない。


「彼らのような、選民意識を持ち家督も継げずに資格も貴族位も持てない者達が集まっているようです。

 主にサロンで昼から酒を飲みながら。

 その金は商人から無心しているようです、まぁ、商人も色々な噂話を得るためのようですが」


「サロンとは?」


 私は頭を傾けて聞き返してしまった。

 だって、サロンなんて知らないんだもの。


「ああ、貴族や富裕層の出身じゃ無いと知らない事でしたな。

 社交場とか談話する場所という意味があって、何か同じ目的で集まった者達の場をサロンなどと言っております。

 有名なところでは、美術品を品評したり売買したりする場所を美術サロンと言っていますな。

 彼らの場合は、家の中に居場所が無くて酒場に集まって愚痴を言い合っている、と言うところです。

 彼らは現在の施政が悪いために自分達が不利益を得ている評価されていないと考えているようで、困ったものです。

 マイ様が領主様と同格の貴族位を持っていることから取り込んで領主の簒奪を目論む妄想をしていたのでしょう」


 宰相様の意図が読めない、そういう人達への対処は私の役割じゃないよ。


「今回、マイ様の所まで行けたのは、その者達に集団で数人のメイドが囲われてしまったのが原因のようでしたな。

 自宅謹慎を申しつけられていますが、注意をしておいて下さい。

 こういう者達は、後が無くなると何をしでかすのか判りません」


 なるほど、注意喚起が目的なんだ、でも何で処分しないのだろう?

 十分に罪を重ねているはずでは。


「なんで処分してしまわないのですか?」


「親の貴族の影響力ですな、断罪した場合の今後の領内の安定が揺らぐ危険があるのが実情です。

 もちろん、その貴族たちも身内の不祥事です、彼らがこれから公的な場に出ることは無いでしょう」


 領主様とはいえ、絶対的な支配者じゃないということかな。

 でも、ここで中途半端な処分を下せば、却って禍根を残してしまわないだろうか、この辺の貴族のやり取りは本当に判らない。


「貴族の勢力争いに巻き込まれるのは良くないですね」


「その為の時空魔術研究所だったのですがなぁ」


 宰相様の深いため息が印象的だった。


 結局話し合いは多岐にわたり夕食の時間にまで及んでしまった。

 最後に後日、廃棄都市へ同行する視察団のチームを紹介する手はずを知らされて長い話し合いは終了した。



■■■■



 数日後。


 貴族区画の一画、領軍の兵士が詰めている敷地の中にある建物に私は宰相様、領軍の隊長かな軽装鎧の兵士と居た。

 宰相様、忙しいはずなのにマメに対応してくれるなぁ。

 隊長は引き締まった細身の身体で、宰相様と並ぶと渋さがよく似合う。


 質実剛健というのだろうか、飾りっ気が無い広めの応接室は領軍らしいかな。

 そこに通されて待機している。


「今回のマイ様の護衛を務める視察団チーム。

 そして、留守を預かる視察団チームを紹介しますぞ」


 そこには男性1人と女性2人のチーム。

 男性3人と女性3人のチームが入ってきた。

 全員、平服で体格からしか判断が出来ないね。


「まず、3人のチームがマイ様と同行して護衛します。

 経験も十分です。

 6人のチームは研究所の守備を行います。

 見た通り、背格好がマイ様と助手に比較的似ている者が居るので採用しました。

 むろん、力量は問題ありません」


「時空魔導師のマイです、今回はよろしくお願いします」


 簡単に挨拶する。

 格上の方から挨拶をするのが礼儀となっているので私が最初に挨拶する。

 視察団の皆さんは片膝をついて略式の礼を取っている。

 うん、落ち着かない。


「今回の作戦の総責任は宰相のワシが務める。

 護衛対象が魔導師様であることから、領主様直轄の案件だと心得て貰おう。

 各自、紹介を」


 緊張感が増す。

 事前に決めていたのだろうね、私から見て一番左の3人のチームから紹介が始まった。


「リーダーのドウです。

 剣士を行っています、護衛の経験は少ないですがよろしくお願いします」


「弓と短剣を使うシユです。

 探索も担当しています」


「時空魔法使いのトウです。

 特性は、水と火の属性が多少使えます」


 続いて6人のチームに移る。


「では次に我々が、リーダーのレツです。

 剣士です」


「副リーダーでフルツ。

 盾と剣を使います」


「斥候と弓を使うエイロです」


「弓と短槍を使うヒンクです」


「魔法使いのシロスです。

 火と水の適性があります」


「弓と魔法使いのフラクです。

 風の属性が少しです」


 一度に全員は覚えられないな。

 まずは、私と同行する3人を覚えよう。


 それと、6人チームの魔法使いの女性2人が私とシーテさんの代役かな。

 襲撃が起きた場合、この6人は特に危険な役回りになる。


 全員が25歳~35歳くらいに見える、実戦を重ねてきた雰囲気が伝わってくる。

 単純に強そう、一番弱いのは私だね。

 宰相様も身のこなしが何かの武術を使える雰囲気があるんだもん。


「任務について、詳細は事前に話したとおり。

 魔導師マイ様と助手の魔術師を護衛しつつ人工ダンジョンとなっている廃棄都市へ行って貰う。

 その間、時空魔術研究所の警護と魔導師様と助手が在籍しているように見せかける。

 この事から、襲撃の危険が両方にある、危険度も最初の襲撃とは異なり本格的な者が想定されている。

 何か質問があるか?」


「我々のチーム以外で参加する者は居ますか?

 廃棄都市へ3ヶ月というのは長いです、補給の為に戻るか支援が必要です」


 えっと、ドウさんかな、が質問した。

 任務内容だけ事前に通知されていて詳しくは今聞けと言われているのかな。

 それには隊長が答えた。


「もう1チーム、時空魔法が使える者を含む者を派遣予定だが選定が終わっていない。

 当面はチームの魔法使いの収納に依存することになる。

 それと、研究所の警備は領軍から増援は出さない、その代わりにコウの町の守衛から増員を行う、必要なら近隣の町から守衛を派遣させる」


 補給に関しても、研究所の守りについても調整が済んでいない感じだ。

 先日の領主との面会で感じていたけど、今回の任務は領主様の思い付きというか内密に勧めていたようだ。

 隊長も少し不満な様子がある。

 それに、私が庶民出の魔導師というのも貴族の隊長としては思うところは有るのかもしれない。


「では、この2チームが私の護衛と言う形で研究所まで移動。

 その後、私と私の護衛をするチームがコウの町へ偽装して移動ですね。

 偽装の方法は?」


「いえ、まだ」


「では、コウの町の守衛に連絡して食料品や消耗品を届けて貰いましょう。

 翌日その荷馬車を利用して移動すれば偽装できるかと。

 私が研究所へ移動するときに輸送物資があると不自然になるでしょうから。

 最初の荷物は私も収納します」


 その後、幾つか懸念点や注意点、任務で必要となる注意事項を提案していく。

 隊長の顔が驚きから真摯な物に変わる。

 宰相様の機嫌が良いのは、見間違いじゃ無いな。


「マイ様。

 領軍としてこちらからも支援を行います。

 報告通りの方ですね、廃棄都市での探索を期待しております」


 領主様直轄部隊からの報告を受けていたはずけど、信用していなかったのかな。

 兎も角、信用されてきたようだ。

 それに視察団のチームからも只の護衛対象からは格上げされたかな?

 ただ守られるだけだと動きが取れなくなる、これは輸送部隊に居たときに感じていたことだ。

 収納すると身動きが取ることが出来ない時空魔術師がいる場合は荷馬車の中でじっとしていることを要求される。

 動かれるとかえって邪魔だから。

 でも、動けるのなら戦闘中の補給を行うことが出来る。

 私は収納しても動くことに制約は出ないので、輸送部隊で戦闘中の部隊への強行輸送も担っていた。

 もちろん、輸送が主で戦闘は偶発的に会敵した時に限られるし、戦うのは随伴してくれる兵士だけどね。



 あと。

 あまり長い間、領都に留まると宰相様でも断りにくい相手から面会が求められる可能性があるそう。

 今は襲撃者の危険がある事で厳戒態勢を取っているので面会は全て禁止にしている。

 出来れば視察団のリーダー2人と詳細を詰めたいけど、その時間はなさそうだね。






 その結果、私が時空魔術研究所へ向かう日が決まった。

 明後日だ。

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