第292話 領都「つながり」

「それで、その貴族と襲撃者や関連について何か判りましたか?」


 私の質問に宰相様が考え込む。

 あ、これは話して良い情報を吟味している感じだ。


「そうですな、襲撃者との直接の関係はありませんでした。

 ですが、その貴族と付き合いのある商人に襲撃者の関係者が接触している事も確認しています。

 商人は東の町の町長との付き合いもあるようです」


 ん?

 繋がったのかな。


「ですがな。

 たくらみとして連携していたのでは無いですな。

 貴族は商人から一般的な情報として、時空魔術研究所の情報を提供し。

 商人は貴族や町長から一般的な情報を交換していたに過ぎません。

 襲撃者もあくまでも世間話の範囲で情報を収集していたようです、つまり大きな企みはありませんでしたな。

 良かったと言って良いのやら」


 情報としての繋がりはあったけど、組織だっての繋がりは無かったのかあ、囮になって損したかな。


「詰まるところ、お互いの利害が一致して情報のやり取りをする、ゆるい協力関係があっただけと。

 そうなると、襲撃者の組織を割り出せなかったのは残念ですね」


「そうですが、現状は貴族の中に協力者が居ない事が判っただけでもまだ是としています」


 うん、貴族の中に襲撃者の協力者が居ると内部からの襲撃も警戒しないと行けなくなる。

 これは、過去に魔術師の素質があって魔術師になれなかった子供を誘拐した下級貴族を取り締まった際に一掃した、と聞いている。

 が、その貴族は学術区画に住んでいる、貴族区画に入れなかった下級貴族なので全ての貴族が安全とは言い切れない。



「私の所に来る文官の彼女の繋がりを再度確認させて下さい。

 フォスさんでしたか、彼女に接触しようとしている勢力はありませんでしたか?」


 そうだ、私への直接の緩衝が難しいのなら、私の所へ来ることが内定している彼女を取り込もうとする勢力があっても不思議じゃ無い。


「はっはっはっ。

 いや、彼女のおかげでマイ様に群がろうとしたハエどもを一掃できましたですな。

 そういう面でも有能ですぞ。

 取りこぼしがあったのは残念でしたが」


 うわ、早速利用されていたのかぁ。

 彼女との顔合わせでの無愛想なのも納得できる、他人を信用できない環境だったのかな?

 時空魔術研究所へ来たら、落ち着いて生活して欲しいな。

 貴族対応をお願いすることになるから、心苦しい所も有るけど。


「顔合わせの時にも話しましたがな。

 彼女は領主様の遠縁に当たる家の長女です。

 家の都合で立場が微妙になってしまっています、今回の就任は家督争いから避ける為もありますな。

 実質的に家との繋がりは無くなります、マイ様付きの文官としての都合ですな。

 魔法の実力は判りません、なにせ1年目で退学扱いとなってしまったので。

 護身術と剣術は、貴族の子供としては優秀ですが、戦闘の経験が無いので新兵には劣るでしょう、いざとなれば切り捨てることを躊躇しないように」


 最後の言葉を冷たい目で言う。

 その目にゾクリと背筋が寒くなる、うん人当たりが良さそうだけど、宰相をするだけあって甘くは無いんだね。

 すぐに飄々とした顔つきに戻る。


「判りました、彼女にはのんびりして貰いましょう。

 この騒ぎが収まればですが」


 苦笑しながら返答する。

 正直、今回の襲撃事件はどのように終息するのか全く判らない。

 宰相様もニッコリと笑い返してくれた。



 そして宰相様が私を見て話題を変えて来た。


「所で、マイ様はコウシャン領の領軍の実戦部隊の規模をご存じですかな?

 機密なのですが、今回の襲撃騒ぎで大分知られてしまっていると思いますが」


「え、領軍ですから10万とか?

 それでも領全体を守るとなると少ないかもしれません」


「ほうほう、10万もあれば領を守るのも大分楽ですが、維持が出来ませんな。

 実質は3万一寸ですよ、今回の派兵ではその1/3を出しているのです」


 少ない。

 領とはいえその規模は昔は1つの国だったほど広いし幾つもの都市と町・村を抱えている、それらを外敵から守るには3万では少なすぎる。

 例えば北方辺境師団は実戦部隊でも15万を超える規模だ、これは私が補給部隊に居てその補給物資の物量と要請規模を知っているから推測できる。

 それを知り得たのは、私の上官だった輸送部隊など兵站の確保を行うことをする連隊の士官だった人物からの教育もあっての事だけど。

 また、その兵站をまかなう為の補給部隊を含む後方支援部隊だけでもその数は数十万に及ぶ。

 それが、1つの領の領軍では同程度だと思っていた。


 例えば、辺境師団1つで3つ程度の領の領軍を一度に相手を出来る、と言われている。

 これは1つの領でも戦闘に全軍を出せないから、守りつつ戦える兵士を用意する必要が有るため。

 純粋に戦闘部隊となる辺境師団とは戦い方が違うからこその戦力差だと聞かされていた。

 なのに3万程度、これでは単に戦闘戦力の数が辺境師団1つの1/5じゃないか。


 何でだろう?


「意外ですかな?

 王国軍たる辺境師団をご存じですか、国が外敵や国内の騒乱に対応するために、各領から選抜した兵士によって構成される実戦部隊になります。

 東西南北と王都で5つが主要な師団です。

 1つの辺境師団で10万を超えると言われております。

 その辺境師団を維持するために国は各領に対して納税をかしていますし、兵士の徴兵も物資の徴用もしています。

 その代わりですが、領内で発生した大規模な問題に対して辺境師団が率先して対応しております。

 ですので、各領では大規模な軍隊を維持する必要が無いのですよ」


 国軍の実戦部隊たる辺境師団の役割の重要性を改めて思う。

 トサホウ王国を守る、それは外敵だけじゃなく、内側からの反乱を起こさせない様にするための牽制もある。

 圧倒的な軍事力を持って。

 国が安定している理由の1つだったんだ、辺境師団という強力な抑止力が存在している事は。


「そうなると、今、商工業国家との国境線は東方辺境師団と北方辺境師団の一部、国境を接している領の領軍、そして派兵されている別の領の兵士。

 かなりの規模の戦力が国境沿いに展開しているのですね。

 先端が開かれる危険はあるのでしょうか?

 それに維持だけでも負担は大きいのでは」


 どの程度の兵士が展開しているのか判らないけど、維持するだけでも負担は大きい。

 何時までも展開している余裕は無いはず。


「こちらも情報を収集していますが、兵士の実数は判りませんな。

 戦闘は、相手が侵略しない限りは大丈夫だと思います、絶対では無いですが。

 こちらは商工業国家へ攻め入る理由がありません」


 流石に国境に接していないコウシャン領では正確な情報を収集するのには無理があるのかな?


「維持の負担も考えられるのは、さすが魔導師様ですかな?

 内示ですが、食料の供出を依頼されています。

 それに伴って、商工業国家への食料の輸出の制限も開始される予定です」


 あ、不味い私の過去に繋がる話題は誤魔化さないと。

 それ以上に、食料の輸出の制限は大きい、輸入する国の中で食料の値段が上がると言うことは食料自給率の低い商工業国家にとっては大きな問題に発展しかねない。

 それこそ、飢餓に飢える前に戦端を開くことを決定しかねないのでは。


「魔物の氾濫の時に食料でかなり治安が悪化したと聞いたので。

 ですから、兵士への食料だけで無く、商工業国家の国内の意識が戦争へ傾かないか不安です」


「むう、そうですな。

 ですがな、新鮮な食料の供給源になる場所を戦場とするのは悪手も良いところです。

 商工業国家がそのような損をするような判断をするとは考えにくいですな」


「ええ、でも帝国にとってはどうでしょうか?」


「帝国ですか?

 確かに帝国にとっては商工業国家がトサホウ王国と関係が悪くなった方が影響力を高められるでしょう。

 しかし……うむ」


 あ、宰相様が考え込んでしまった。

 私は、補給部隊に居た経験があるような事から気を逸らしたかっただけなんだけど。

 帝国の利はなんだろう。

 思い付きで言ったけど、聖王国の行動といい帝国の意図が読めない。

 帝国はトサホウ王国と直接に国境を接しているのは北の山脈群の中の1つの道だけで攻め入る利はないはず。


「では、帝国が商工業国家を掌握するための手段だとしたら?」


「はあ、帝国がトサホウ王国に何かしている事が商工業国家への影響ですかな」


「すでに聖王国を利用して軍の一部を商工業国家の奥深くトサホウ王国の国境に駐留させています、そしてそれを維持しているのは何処でしょう?」


「おそらくは現地の商工業国家から徴用している、良くない傾向ですな。

 帝国が商工業国家を侵略する適当な理由を作ってしまえば、内側から侵略することは簡単でしょう。

 そうなれば次は我が国です。

 工業力で上回る商工業国家を押さえれば影響力は計り知れません」


 まず、今回の黒幕というか大本が帝国だとすると、トサホウ王国への大胆で稚拙な行為は将来へのふせつ付説になるかもしれない。


「聖王国、帝国は無関係と宣言していますか?

 していないのなら、聖王国の主張であるトサホウ王国は本来 聖王国の物で奪われた土地だという荒唐無稽な主張も無理矢理ですが正当性があると主張できるでしょう。

 なにより、聖王国の国民1万を我が国は全滅させています、報復攻撃の言い訳としても十分かもしれません。

 かなり無理な考えだと思いますが」


「そうですな、ですが有り得ないとは言い切れません。

 そうなると、聖王国の侵略を国内に招いて殲滅したのは失策になってしまいますな。

 現状は帝国と商工業国家の軍と国境沿いで睨み合いになってしまっているのも良くない。

 領主様と相談してみます」


 思い付き、無理矢理な想像。

 何処まで正しいのか判らない、ただ、襲撃がワザと殲滅される事を目的として居たのなら稚拙なのも理解できてしまう。

 そして、殲滅された事への報復、その為の生け贄になったのが聖王国、だけど此処までする物なのだろうか、そんな考えをする指導者なんて存在するのだろうか。



 宰相様との話し合いは、その後、私の部屋に侵入した貴族の息子とその手引きをした者の処罰になった。

 貴族の息子は数名の同じ境遇の貴族の仲間と共に、メイドへの恐喝や犯罪行為の指示で懲役刑、一生出てこれないそうだ。

 実家の貴族家も降格になるか役職を解かれるなどの罰が出るらしい。

 メイドも被害者とはいえ実行犯の一部だ、もう貴族の館でのメイドは出来ないとの事。

 どこまで情状酌量が取られるかは教えて貰えなかった。






「さて、近いうちに廃棄都市へ向かう者達を紹介します」

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