第291話 領都「下位貴族」
暇です。
警備上の都合から外出不可で、室内で論文を読んだり運動をしたりしていますが、まぁ、飽きました。
部屋の中に閉じこもったままというのは集中力が続きませんね。
適度に外を歩きたいです、出来れば森とか。
飽きた理由に時空に関する科学技術の論文があるんだ。
考えを魔法方面では無く、自然科学を研究している方向から検証してみようとしたんだね。
懸案となっているオーガを切断した魔術の手がかりを探していたんだけど、時空の切断は現実的には不可能と書かれていた。
時空の繋がりは強固だというのは定説だけど、それを切断する剣術や魔術はある、というのは誤りで凄まじい切れ味がそのように見えているだけだそう。
もし時空を切断するためには、重力を光りさえ飲み込むほど途方もないほど重くすると時空を強烈に歪めて時空の連続性を維持することが出来ず、切断されるという。
この論文は天文学の文献を引用していて、宇宙では重力の井戸があって時空が歪められてこの世界の理が存在できない状態になっているそうだ。
いや、昔の人はどうやってそんなことを知ったのか、凄いね。
今も天文学は続いているけど、実用的な利用目的が中心になっている、純粋な科学を追究する余裕は今の王国には少ない。
でだ、論文の最後に一言あった。
『何事にも例外がある。 そう魔力によるもの、例えば時空魔法・時空魔術のはこの理の外にある』
はあ、ですよ。
例外魔術の時空魔術なら時空切断が可能かもしれないけど例外で魔法・魔術だから論外だよね、と。
結局は時空を直接干渉できてしまう時空魔法・時空魔術の現象は科学では別扱いになるので、そっちは別に考えてね、ということになるんだよね。
なにより、自然科学と魔力の相性は最悪だ、魔力が介在するとこの世界の理である自然現象の法則が破壊される。
なので、自然科学を研究している研究者では魔力を毛嫌いしている人が多い。
大抵の自然科学の論文の冒頭に『魔力の介在が無い場合に限る』と注釈されるのが普通なくらい。
そのくせ、魔法から魔術を学ぶ魔法学校では自然科学の理解と再現が重要視され。
そして魔術師になれる程の能力を持つ者は、その自然法則の再現を超えて破壊する。
魔術師は自然現象を理解し魔法を使いこなし、そして新たな理を作るためにその理を破壊する。
自然科学を研究している人達にとって、魔力はこの世界に有って良い力なのか疑問を持っている人達も多いらしい。
けど、魔力は純然として存在している、この世界の隅々までに。
仮説だけだけど、魔力も自然科学に組み込んだ、統一場理論というのが提唱されて研究されているそうだ。
私には全く理解できない分野だけど、幾つもの仮説が提唱されている。
原点に戻る、魔力とは何か?
この世界の理に干渉して、本来あり得ない現象を起こす未解明の力。
この世界の全ての物に宿っている力。
意思によって制御することが出来て、ある程度の意思と素質があれば思い通りに使うことが出来る。
根本から考え直さないといけない。
自然現象の再現としての魔法を、更に魔力の法則性と技術で制御する魔術。
最初に戻ってしまった、で手詰まり。
基本を思い返す。
魔法は一般的に自然現象を魔力で生み出すことが多い。
何も無い空間に水を出したり風を吹かせたり火を出したり。
この時点で自然現象を逸脱しているということか。
そして、魔術は魔力の法則性から基礎魔法と基本魔術を習得して技術として扱う。
自然現象の再現の先、魔力でしか行えない現象を作り出す。
光・影・火・水・土・風の基本6属性は、イメージしやすくする為のもので、私は統合して各属性は状態の違いと考えている。
魔術師や魔導師は大抵、属性というくくりから逸脱した独自の考え方を持っている物だ。
そう、魔力はこの世界の理に干渉して本来あり得ない現象を起こす力。
矛盾している、この世界の理を外れている力が存在してる理由が分からない。
魔力もこの世界の力じゃないのかな……?
つらつら考えていたら、喉が渇いてきたよ。
ベルを鳴らしてメイドさんを呼んでお茶のお願いをする。
最初はお茶くらい自分で入れて飲もうとしたのだけど、仕事というか役割なので任せない方が失礼だとか。
うん?
メイドさんの態度がおかしい。
ソワソワしている。
あ、出て行った。
コンコン。
ガチャ。
ん?
突然ドアがノックされたと思ったら、返事も待たずに入ってきた、ぱっと見は上等な服を着ているけど、返答を待たずに入室するのはかなり失礼だ。
「やあ、お初にお目に掛かるよ魔導師様」
両手を広げて人懐っこい声・表情で近寄ってくるが、その目は見下しているのが伝わってくる。
警戒する。
無言で見つめる、感覚を戦闘状態まで引き上げる。
襲撃者の可能性も高い、相手の情報が無い必要があれば先制攻撃も行わないと。
「そんなに警戒しないでくれないかな。
ただ、我が領で生まれた魔導師様に会いに来ただけなのだからね。
少し話をしようじゃないか、良いだろ」
ユックリ近寄ってくる。
言葉は柔らかいが、命令している口調だ。
「面会の予定は入っていない、退室するように」
「ちっ、平民上がりが」
感情を抜いた命令調で言う、魔導師の爵位での命令なら従わないといけない。
小さい言葉だけどそれに反発する声が聞こえた。
更に近寄る、もう3mも無い。
「なに時間を取らせるつもりは無い。
我々に協力をして貰えないかな。
貴女の力があれば、この領はよりよくなる」
私は席を立って正対する、すでに収納爆発を対人用に行使できる準備が出来ている。
魔力の高まりを関知できていない様子から、魔法は使えないようだ。
「警告です、これ以上近づけば敵対と見なして対応する」
「君は知らないだろう、この領の惨状を。
他領に良いように遊ばれ、国にもへりくだっている。
このままでは衰退するだけだ。
新しい体制が必要なのだよ」
私の言葉を無視して、何か酔っているような感じで話す、聞く耳を持っていない。
それに詭弁だ、自分の都合の良い情報しか見ていない。
自分に都合の良い解釈しかしていない。
そして、対話しても無意味だ。
「私の言う通りにすれば、私の婦人にもしてあげよう。
一代限りじゃない、君の子供も貴族になれるんだ。
私達と一緒に改革を行おうじゃないか。
君にとって幸せなことだろ」
更に近づき、私の顎に手を掛けて顔を上にクイと上げた。
手を相手の胸に当てる。
ニヤリとした嫌な表情を、何の感情も無く見つめる。
ドン!
収納爆発を行使する。
強めの魔術はその身体をドアにぶつかるまで吹っ飛ばした。
完全に気絶しているようだ、あばら骨も多分折れている。
その音を聞きつけて兵士が入ってくる。
すでに準備していたからね。
「侵入者です、取り押さえて下さい。
身分も話しませんでした、襲撃者の可能性を含め厳重に捕縛するように。
そこのメイドも身柄を確保。
宰相様と領主様へ連絡、私に侵入者が居たと。
今の警備担当の責任者を此処へ」
立て続けに指示を出す。
メイドは床にへたり込んで「すいません」をつぶやき続けているだけだね。
どんどん兵士が増えていく。
待機していた領軍の魔術師が収納爆発で使用している魔力量に驚いている。
収納爆発は魔力の消費量がものすごく少ない、収納空間から物を取り出す程度の魔力しか使わないから。
私の居る部屋がある階には通常 兵士を常駐していない、これは階そのものが隔離されているから。
なのに入ってきた人物の手段が問題になる。
「不審者の侵入を許し、誠に申し訳ありません。
担当者は厳罰に処します」
「処罰は後です、何が起きたのですか?
事実を確実に把握して下さい」
私への面会は、領主様と宰相様の許可が無い限り出来ない。
そして、この部屋がある館は要人の安全を確保するために作られている、通常は近寄ることすら出来ない。
それなのに侵入した、それは領軍としての資質だけでなく、領の信頼性まで問われかねない。
「はっ、直ぐに掛かります」
警備責任者だと思う兵士が部屋を飛び出し、何か指示を出す。
その夜は、部屋の外に複数人の兵士の気配があって居心地が悪かった。
■■■■
「襲撃とは直接の関係は無い事が判った」
翌日、わざわざ宰相様が来て応接室で話をしている。
給仕は通常メイドが行うのだけど、領軍の士官対応する兵士がお茶の準備をしている。
これはメイドが現状信頼できないという事の処置らしい。
「だとは思いますが、一体誰だったんですか」
「ふむ、名乗らなかったのか。
下級貴族の三男だな、貴族格を得ることも出来なかった出来損ないですな、名前を覚える価値も無い。
侵入方法だが、下世話な手段です。
メイドの数名を囲って愛人にしていたらしい、で彼女らを利用して女性しか通れない場所を使って侵入した。
領軍の兵士にも女性は多いがメイドの部分まで警戒していなかったのが失敗だったですな」
「私についていたメイドも?」
「いや、彼女は上司のメイドに命令されていただけです。
家の格を盾に良いように使われていたらしい。
ですが、処分はあるでしょうな」
メイド達は仕事によって立場が変わる、が、貴族の子供だったりすると実家を利用してて無理を通そうとする人が一定数居るらしい。
この辺の仕組みは判らないので、何ともだね。
「嘆かわしいことだが、家督を継げない者はなりふり構わずだな。
マイ様と繋がりを持とうとするのもその1つだろう」
「しかし、領主の成り代わりを画策しているようでしたが?
内乱では」
「この程度では領主の資質に疑問を持っている程度で、おおっぴらには裁けん。
しかし、魔導師に手を出した以上は只では済ませんですな」
宰相様が悪い顔をする。
自分の所の貴族だから不祥事は出来るだけ隠したいのかな?
でも子供の暴走を止められなかったのだから、親としての責任を追及することはすると思われる。
宰相様の悪い顔を、ジト目で見ながら溜息しか付かなかった。
この迎賓館に私が宿泊していることは、貴族区画に滞在している者なら噂で知ることが出来る様に手配していたとのこと。
つまるところ、囮だね。
あの貴族が入ってくることも館に近づいている時点で把握していたから。
実はあの部屋には3人の潜伏技術を持った兵士が居て、更に数名の兵士が何時でも踏み込める体制を取っていたんだよね。
だから、私にあの貴族が暴力を振るった瞬間に無力化されていたと思う、吹っ飛ばしちゃったけど。
「それで、その貴族と襲撃者や関連について何か判りましたか?」
改めて聞いた。
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