第289話 領都「冒険者」
冒険者。
この職業が生まれたのは500年前の魔物の氾濫の後と記録にある。
魔物の氾濫が終わった当時、都市間の連絡網が絶たれ、多くの都市や町村が壊滅した。
生き残った人達は、再び連絡を取り合うために、孤立した都市や町村の生存確認をする必要が有った。
その為、連絡の取れない近隣の都市・町村へ安否確認するために調査に出て行く人達が編成された。
この人達が冒険者と言われるようになった。
魔物との戦いの後、物資が不足している中での安否確認は冒険と言って良い行為だった。
冒険者達は、生き残った人達を繋ぎ、再び国を構築するのに尽力した。
そして、物資の輸送の安全や危険な生物の排除、それらを請負い。
冒険者は一時期戦いを終えた兵士や傭兵、腕に覚えがあり職に就けなかった若者がこぞって登録した、とある。
それから数百年が経ち、今では冒険者は旅商人の護衛や危険な野生動物の討伐などを含む雑用を行う副業として落ち着いていた。
それも7年前の魔物の氾濫でまた変わった。
戦える能力がある者は冒険者として登録されるようになった。
魔物は今も発生している、その対処に兵士や守衛だけではなく冒険者も戦力として活用されるようになった為だね。
その為、冒険者を副業として登録し非常時には戦いに参加する庶民が一定数居る。
特に町や村では守衛だけでは守り切れないため、猟師や木こりなどが登録しているそうだ。
また、冒険者を正職と認められたため、専業の冒険者も増えている。
それでも冒険者の実力は玉石混交で過去のギムさん達の様に領軍の兵士に匹敵する戦力を持つ人は希で、ほとんどはオオカミですら勝つことは難しい程度で数でカバーしているのが実情だ。
「今の冒険者は、廃棄都市を探索するだけの力量がある者はほとんど居ないでしょうな」
宰相様が肩をすくめる。
それはそうだ、今は現存する都市や町村の守り維持するのが精一杯で、廃棄された場所を調査して復興させようという気概は無い。
極一部の冒険者が廃棄都市へ行き魔道具を収集しているが、それも数百年を経過し経年劣化で使える魔道具は少ない。
む、いけない。
廃棄都市へ調査する方向に考えが傾いている、ちょっと見直そう。
「廃棄都市まで行ける冒険者が居ないのなら、領軍でも同じではないでしょうか?
それにダンジョン化している廃棄都市を探索するには専門の知識が必要ではないですか」
廃棄された都市は迷宮のように入り組んで侵入を拒んでいる。
「人工のダンジョンをご存じのようですな。
そういえば、マイ様を保護した視察団が元は廃棄都市の探索を行う冒険者でしたな。
彼らを再招集するのも良いですな」
ギムさん達は確か廃棄都市の探索を専門にしていた冒険者だったはずだ、何か情報がないか聞いてみよう。
いや、今はギムさん達はコウの町で新しい生活を始めている、巻き込んで良いはずが無い。
ギムさんはコウの町の守衛で隊長で食堂の女将の旦那さんだ。
ジョムさんは、コウの町で奥さんの働く衣料品店を手伝っていて冒険者を副職としている。
ブラウンさんは、北の村の村長の娘と結婚して守衛を正職としてギムさんの左腕として働いている。
ハリスさんは、コウの町の教会で2番目に偉い役職に就いている。
そしてシーテさん、私についてきてくれて時空魔術研究所の助手として働いてくれている。
皆、もう再招集していい状況じゃ無い、せっかく手に入れた平穏な生活を壊したくないよ。
「私を保護して下さった視察団の皆さんをですか。
既に彼らは新しい生活を得ています、それを捨てさせるのは酷というものです。
それに私は新しい世代に期待をしたいと思います」
く、苦しい。
廃棄都市へ行くのなら経験者のギムさん達が最適だ、年齢的にもまだ現役と言える。
そして支配層にとって庶民の都合など、顧みないのが普通だ、私が庶民出だから言えるワガママかな。
「ふむ、そうですな。
しかし、経験者を同伴させる方が安全です、助手の魔術師は当然として、守衛になっている中の1人は構わないでしょう。
それから、こちらからも人員を出しますぞ」
たぶんブラウンさんか、シーテさんがついてきてくれるのは心強いしお願いしたい。
領都から、だれかは判らないけど、推測するなら視察団だろう。
視察団は領軍では持て余してしまう実力者たちが遊撃部隊として活動している。
強すぎて集団戦闘に向かない人たちだね。
彼らなら元冒険者の可能性も高いし、廃棄都市の探索経験も期待できる。
「判りました、事前に顔合わせをお願いします。
時期は、早いほうが良いようですね」
「そうだ、戦争が終わったと言っても、帝国と商工業国家の軍隊が国境沿いに駐留したままの状況なのは変わらん。
派遣した我が領の兵士達の撤収時期も未定のままだ」
「確認ですが、私を廃棄都市に向かわせることを知っている人はどれだけでしょう?
囮、というのならそれ相応の準備をします」
領主様の表情が歪む。
囮として使われる可能性を指摘されるのは嫌だろうね。
「魔導師を囮として使うようなことはせぬ。
研究所の襲撃はあくまで偶然だ、誤解して貰いたくない。
現在知っているのは、ここに居る3人のみだ。
廃棄都市への調査をさせる予定の者達も同行者を知らせていない」
「そうですな、あえて囮というのでしたら研究所になります。
研究所に魔導師が居ると思わせておびき寄せる手も使えるでしょう。
現実に襲撃者達には、魔導師様が警備が弱い研究所に居ることを知られていますからの。
そのためにも、マイ様が研究所に留まるのは現状、危険が大きいと思われます」
「判りました、その方向ですすめましょう」
魔導師の私が狙わている。
そのために研究所は未だ襲撃される可能性が高い。
今は? 騎士隊が警備して領都に来ているのは、派手な行動から周知されている可能性は高い。
問題になるのは、これから研究所に戻るとき、そして廃棄都市に向かうとき、かな。
もう私が廃棄都市に向かうことは決定しているような感じ。
領主様は妙案を得たと思っているし、宰相様はその為の準備に入ってる。
■■■■
「あと、マイに顔合わせを行っておきたい者が居る」
ん?
話が変わった。
「マイに文官を付ける話をしていた。
その人員の選定が終わったのでな。
就任は次の春になる、現在貴族院に所属していて貴族位を習得済みだ」
「以前は書記としてでしたが、貴族との窓口を考慮して文官として役職の位を上げました。
以前知らせた通り魔法学校の在籍経験がありますな。
家の都合で1年目に退学して貴族院に転校しております、魔術師として育てるのも一興でしょう」
領都、宰相様や領主様は兎も角、他の貴族との接触は可能な限り避けているが、どうしても会う必要が出てくる場合がある。
このときに貴族としての振る舞いや対応を知っている者が居ないのは問題として指摘されていた。
その人員が決まっていたのは、以前の手紙で知らされていた。
その人と会えるのか。
少し時間をおいて、1人の女性が入ってきた。
年は15~20歳? 落ち着いた雰囲気のある、ウェーブの掛かった長い髪が印象的だ。
「参りました。
フォスです」
言葉少なく貴族的な挨拶をする。
私と領主様がそれを受ける。
「うむ。 良く参った。
話した通り、この魔導師様の文官として就任して貰いたいと考えている。
不満は無いか?」
「いえ、領主様の御意志に従います」
うーん、表情が乏しい人だね、それに不満は無いかという問いは、むしろ就任できて嬉しいと返すのが礼儀らしい、けどその様子も無い。
言われるがまま、という印象を受けた。
「魔導師のマイです、就任して間もなく特に貴族としての行動については優秀な知識を持つ者を必要としています。
領主様の推薦と言うことで、期待しています」
「はい、全力を尽くします」
私を見下している感じは無い。
落ち着いているというより感情が乏しい、のかな?
取り敢えず幾つか質問してみよう。
「フォスさんは貴族院で何を選考していたんですか?」
「財務関係を主に、我が家は代々財務を担当してきていましたので」
「私の文官に着くことで家に影響は?」
「私の弟が生まれたので、私は予備になりました」
淡々と答えるなぁ、自分のことなのに他人事のように言う。
「魔法学校に入学したと聞きました。
特性は何ですか?」
「例外魔法の錬金になります。
魔力量が少ないので意味がありませんでした」
錬金。
例外魔法の中でも一番多い特性を持つ魔法だ。
物に対しての影響力が他の基本属性とは比較にならないぐらい強力なのが特徴かな?
基本属性の魔法では何も無い空間に、この世界の理に干渉して水を出したり風を出したりする。
だけど既に存在する水や風に干渉するのは得意としていない。
錬金は逆に、既に存在する物質に対して強力に影響力を行使することが出来る。
主に分離と結合で、分離は錬金の名の通り金属を含む鉱石から目的の金属を抽出するのが有名だ。
だけど、分離の対象はなにも鉱石とは限らない、例えば水から直接 酸素と水素を分離するという事も可能だ。
そして、結合。 2つ以上の異なる物質を混合させる。
只の鉄を幾つかの金属と混ぜた合金として比較にならない強度を持たせるということも、水と油を完全に混ぜるという事も可能だ。
更には別の物質を生み出す事も可能らしい。
ただ、錬金はその利用用途から大量の物質に行使することが求められる事が多い。
そのため魔力量が少ないというのはかなり致命的だ。
「魔力量が少なくても、精度を向上させて希少な物質を作り出せるようになれば有用でしょう。
研究所に来たら錬金の鍛錬は行っても構いません」
「……っ。
ありがとうございます」
うん? 魔法は好きじゃ無いのかな?
「それと、戦えますか?
私の立場上、危害を加えようとする者がいないとも限りません。
最低限の自衛はできてほしいのですが」
「はい、剣術を貴族院で多少。
足手まといでしたら直ぐに切り捨てて下さい」
「マイ様、フォスは貴族院の護身術と剣術を優秀な成績を収めております。
実戦経験こそ不足していますが、実力はありますぞ」
その言葉を聞いても眉一つ動かさない。
一緒に上手くやっていけるかな?
その後、少し話をして退室して行った。
「宰相様?」
「マイ様、フォスは家の都合に振り回されておりましてな。
そのせいか、自分を表に出さないようになってしまったようですじゃ」
「まぁ、そうなるだろうよ。
魔法学校に入ったのは、錬金魔法が使えたからだが、その時点で分家に嫁ぐのが内定していた、相手は1歳だ。
形だけだな、相手が成人した時点で出産適齢期を過ぎてしまう。
長男が病死してそれが無くなって、跡継ぎに任命されて貴族院に転籍。
今度は50歳過ぎの男が婿に当てられたのだぞ。
跡継ぎを作るだけの目的でな。
で、親に跡継ぎが生まれたら今度は跡継ぎに任命されているのに子供を作られては困る。
私の所に閑職は無いかと話が来た。
腐らない方がどうかしている」
宰相様と領主様が大きく溜息を付いた。
うわぁ、貴族というのは婚姻が自由ではないと聞いていたけど予想以上だ。
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