第288話 領都「領主との面会2」
「帝国と商工業国家の連中、聖王国の侵略に対して、トサホウ王国を守るための軍隊を派遣する、と言ってきたのだ」
領主様は、お茶を一気にあおって飲む。
ハー、という声が此方にも聞こえてきた。
軍隊の派遣か、一見まともな対応に見えるが、領主様の反応を見る限り違う。
では何だろう?
帝国だけじゃ無い商工業国家まで派兵すると言った。
どこへ、それは決まっている。
「え、トサホウ王国の国内に軍隊を入れろと言ってきたのですか!?」
そうだ、聖王国の侵略に対して応援する名目で軍隊を王国内に入れる事が出来る。
入ってしまえば、理由を付けて駐留し続けてしまうことが可能だ。
「そうだ、それに聖王国を追撃するという名目で侵入することも考えられたな」
この面会の時点で事態は終息している、と思っている。
ではどう決着を付けたのだろうか?
「マイ様、辺境師団は1万の聖王国を全て王国内に引き入れました。
そして完全に包囲、殲滅を実施しています。
追いかけてきた帝国と商工業国家の連中には1歩も国に足を入れさせてはおりません」
詳しい動きは領主様まで知らされていないけど、視察団などからの情報である程度の詳細な情報を集めてきているそうだ。
それによると、聖王国の一団を国内の今回のために放棄した町へ引き入れた。
直ぐに東方辺境師団が退路を断ち、かつ帝国と商工業国家の軍隊に対して対峙し入国を拒否した。
町に籠もった聖王国の1万の国民全てを包囲した北方辺境師団が殲滅した。
殲滅、ただの1人も残さずに。
戦える人だけじゃ無い、新天地、自分達の奪われた聖地、新たな故郷と夢見てついてきた女子供や老人も只の民間人まで含めて。
判っている、他人の住んでいる土地を勝手に殺して奪おうとして来た者達だ、生かしておいて良いことは何一つも無い。
私の表情を読んだのか宰相様が声を掛けてくれた。
「マイ様が気になさることは無いですぞ。
聖王国と名乗る者達が選んだ結末です、責任は彼ら達にあります」
「ええ、ですが聖王国も囮でしょうか?」
侵略と言っても、1万人の国民の中で戦闘が行える人は3割も居ないだろう。
方法は兎も角として難民と言うことも出来なくは無い。
住んでいた場所を追い出したのは誰だ?
何のためにコウシャン領に派兵の要請が来た?
「そうですな、王国としても聖王国は囮で、我が国の対応力や国力を測る為と考えておるようです。
運が良ければ、王国内に駐留部隊を置いて治外法権の特権を行使して占領しようとしているとも。
それと、北東側に軍備力を集めて、手薄になった場所からの侵入も警戒しております。
今回のコウシャン領だけでなく幾つかの領に派兵を要請し国境線を固めたのはその為と思われます」
一気にきな臭くなってきた。
そうなってくると、帝国と商工業国家との関係はどうなるのだろう?
「表面的には聖王国が暴走したことになっているので、商工業国家との関係は変わりませんな。
聖王国の関係者を警戒しているという名目で国境の警備と入国審査を厳密にしたそうです」
帝国と商工業国家が何かしたとは思う、けど証拠が無い。
証拠があっても国レベルで否定してしまえば、無かったことにされることが多い。
「して、マイは今回の件について不明点はあるか?
一応、話せる此処は全て話したはずだ」
不明点、いきなり国レベルの話になったのでちょっと混乱している。
しかし北方辺境師団が動いたのか、あれ、一体何時動いたんだ。
北方辺境師団は北の山脈群を通しての帝国と、西の騎馬民族と東の商工業国家と対峙している辺境師団への応援を行う性質上、長距離移動を得意としている部隊だ。
それでも本部がある北の砦から東の国境まで大規模な移動には時間が掛かる。
コウシャン領での襲撃事件から国が把握して指示を出していたのでは間に合う可能性は低い。
「あの、今回の件はいつ頃から把握していたのですか?
少なくても辺境師団の展開が早すぎる印象があります」
「判らん、わが領での襲撃に気が付いたときには辺境師団の展開が始まっていた。
国同士の諜報戦は1つの領では伺い知れないな」
ここで、話が一端途切れ、宰相様に勧められてサンドイッチを頂く。
味が判らない、頭の中で情報を整理するのに忙しい。
「さて、本題だ。
マイ、お前をどうするかで揉めている」
領主様が私を見つめて、その視線は真剣な物だ、かなり問題なのだろう。
「マイ様は、魔導師という国にとっての要人であります。
そのマイ様は後ろ盾となる貴族もいません。
また、魔術の性質上、戦力としても期待されていません。
領内の貴族の中には厄介ごとを招く存在とみている者達すら居ます」
「その為に実績を造るための研究所を与えたのだ。
だが、研究所では組織だった襲撃に耐える事は出来ない。
可能性だが本格的な襲撃は有る前提でいなければならん。
領都に匿うにしても、厄介事と排除や囮として使おうとする者が居る以上、安全を保証しきれない。
王都に送ってしまえという意見が強くなってきているな」
言い終わった後、また溜息を付く。
「全く、マイ様がこの領に居る価値という物を理解しない貴族の多いこと嘆かわしいですな。
こんなに可愛いのに、おっと失礼」
宰相様、何言っているんですか?
ま、魔導師が領に居るという意味は、以前に貴族教育の時に習った。
まず、領主と同等の爵位を持つ貴族が1人増えるこれだけで、意味がある。
上位貴族は国から任命される物で、任命された貴族は国からの支援が行われる、金銭的にも権利的にも。
領主は実質世襲制だけど、形式上は国の任命があって初めて領主になれる。
魔導師は国内に十数人だけ存在している、私は数年ぶりに誕生した最も若い魔導師に成る、この話題性だけでも貴族界で目立つことが出来るだろうね。
そして、今は駄目だけど将来的に強力な魔術を使うようになったら、戦力として威圧する事が可能になる。
領同士での諍いは禁止されてはいるが、領の境界が曖昧だったり取水や排水、その他で揉めることはある、この時に領内の軍事力の強さは交渉でのカードとして意味がある。
魔導師はカードとしては破格に強力なものになる。
なので乱用を防ぐために魔導師の大半に国は従属している、魔導師に成れる素質の有る者が王都の貴族の養子になるのもその為だ。
例外として元々高位の貴族位である領主とその親族だった場合だね。
私はその中において例外中の例外だ。
「そういう訳で、マイをどうするかだが。
1つは領都で箔漬けをする。
私の息子の誰かと婚姻関係にするのが手っ取り早いのだが、全員婚約者が居るので婚約解消とか面倒くさい手順を踏む必要も有る。
分家の養子も検討したが、既に魔導師に成っているマイを養子とするのは降格することになってしまい駄目だ。
研究所を要塞化も検討した。
コウの町は過去に要塞都市として運用されていた、コウの町を要塞化してしまい衛星都市としてしまう、これは他の都市との力関係から安易に行えない。
そういう訳で、悩んでいたのだが、実績作りとしても含めてしばらく襲われない場所に行って貰おうかという話になった」
えっと、私は有用だけど運用が難しい、なにより襲われる可能性が大きいのでどうにかしたい、か。
襲われない場所って何だろ?
宰相様が奥から丸めた紙を持ってきて机の上に広げる。
地図だ、それも古い。
「これは500年より昔の地図だな。
この要塞都市が今のコウの町になる、領都はその当時は小さな町だな。
見て気が付いたかもしれんが、都市や町の大半が今は存在しない、500年前の魔物の氾濫で壊滅した為だ。
コウの町から西に約200km行った所に都市があった、この場所だな。
更に300km先にも都市があった、でその先にコウシャン領の西側に当たる都市が管理する町がある。
今は、商工業国家から王都へ続く街道が繋いでいる。
2つの廃棄された都市は、今森の中に沈んでいる、この手前側の都市の調査を行って貰おうと考えている」
「500年より前の事について知識を持っている貴族はほぼ居ません。
よって古い都市の情報を帝国や商工業国家も知らないと考えております。
襲撃するにもコウの町を経由しなければ移動不可能です、つまり襲撃できない場所になります」
随分と乱暴な手だ。
確かに森の中の移動となれば襲撃される危険は減る、その代わりに大型の肉食獣や遭難の危険もある。
それに前回の魔物の氾濫から生き延びた魔物が居る可能性も。
なんでこんな手を提示するのかな。
研究所が安全を確保できないというのは判った、コウの町へ移動も単純に被害が増えるだけだね。
領都にも領主様と宰相様以外の味方はいないということかな?
王都へ手放すのもしたくない。
襲撃できない場所として森は天然の要塞だ悪い手では無いかもしれない。
「森の奥に入るのには、かなりの危険を伴います。
それを加味した上での提案でしょうか?」
「我々は、今度は本格的な襲撃がある可能性を想定していますな。
最初の襲撃は兵力を測るため、そして国境線沿いの緊張と領内の重要箇所の軽微のための戦力分散。
ならば、確実に勝てる戦力を勝てる場所へ送り込むことは可能でしょう。
現状、もっとも守りが薄いのが研究所ですからの」
「妙案だと思うのだがな。
危険はある、がこの程度の危険を撥ね除けられなければ魔導師として名乗るのは難しかろう。
逆に、廃棄都市を調査し戻ってきたなら、力量と実績を積んだと明言できる」
宰相様は、領内で更に襲撃がある前提で行動している。
深読みしすぎかもしれないけど、現実になったときに対応していなかったでは通じない。
敵が誰かは判らないけど、用心するのに越したことは無いよね。
領主様の言うことにも一理ある、けど厄介払いな気もする。
森の中を移動する、この時に襲撃を受けたら非常に危険だ。
それに、廃棄都市の探索は専門家が居るじゃないか。
「でもこれは冒険者の仕事になりませんか?」
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