第287話 領都「領主との面会」
午前中は書斎で時空魔術に関する思考実験に没頭した。
疑問点は考えると、際限なく出てくる。
オーガ種を切り裂いた、桁外れに強力な斬撃、これも難航している。
空間に収納空間の取り出し面を展開することである程度は切ることができたが、威力は弱い。
何だろう、何かを見落としている。
昼食は麺物が出た、この地域ではパスタはショートパスタが一般的で麺の様に細長いのは珍しい。
ちょっと食べるのに苦労したよ。
チーズを粉にして掛けると美味しいと言われたけど、生暖かくなったチーズは獣臭さが際立ってしまい一寸苦手かな?
トマトベースのソースは酸味と甘みの調和が素晴らしい。
サラダのドレッシングが一体何なのか判らなかった、聞きそびれたのが失敗だね。
食後に移動するように言われ、面会の為に着替える。
当然のようにメイドさん達に着せ替えられてしまう。
ドレスを着るわけじゃないんだから、コルセットは勘弁して欲しいと言ったら許してくれたよ。
貴族の女性はゆったりとした服を着るときでもコルセットは着けるのが普通らしい。
私は魔導師用の体型が出ない服なので不要ですよ。
専用の馬車が用意されて乗る。
窓が全く無い、豪華だけど輸送車の感じで、これも以前に先王様と面会する際に使われた馬車だね。
なんでだろう?
領主様との面談なら領主様の館の何処かに行くのだから私に行き先を知らせないのは不自然だ。
ちょっと警戒。
遠隔視覚で自分の行き先を確認しながら周囲の探索魔術も狭い範囲でこまめに展開する。
到着した場所は領主様の館がある敷地でも一番北側で最も奥に当たる。
異例と言って良いね。
貴族区画は大きく3つに別れている。
東西を結ぶ道に面している区域、対外的に貴族を迎え入れる為に豪華になっている。
その両脇は下位貴族の館が並んでいる。
その北側に迎賓館や貴族向けの商店やレストランがある。
そしてその北側に大きく領主様の館を中心とした建物が並んだ区画がある。
この中には国賓や重要な要人だけしか入れない建物が幾つもある。
貴族区画は領主様の区画とそれ以外の区画で別れていると言っても良い。
今回私が案内されたのは、領主様が居る館の更に北側、本来なら領主様の家族と親衛隊が居るような場所だ。
その中にある1つの建物の中に入っていく。
馬車のドアをノックして開けられる。
建物の中で外は見えない。
無言だが丁重な案内で建物の奥へ進む。
私も何も言わずに付いて行く。
「魔導師マイ様、御到着されました」
入り口に控えている兵士、たぶん近衛隊の人が部屋に向かって話す。
「ご案内せよ」
宰相様の声だね。
扉が開けられて中に入る。
室内は窓が無いが風景の絵画? いや壁に風景を描いてあるのか、そのせいか圧迫感は無い。
中央の応接セットで領主様が立って私を出迎えてくれる。
私も一礼してから近づく。
爵位としては同格なので、あまりへりくだった対応は出来ない。
「無理を言って呼び出して済まなかった、良く来てくれた」
「いえ、緊急の用向きとあれば参上します」
召使いの人が、お茶とお菓子、あとサンドイッチ軽食を用意して、退室する。
部屋には領主様、宰相様、そして私の3人だけになった。
領主様が応接椅子に深く座り直して、大きなため息をする。
私も進められて、領主様に向かって横の席に座る。
「さて、片苦しい言い回しは止めだ、早速本題に入ろう」
領主様と私的な会話をする機会が無かったので、ちょっと驚く。
宰相様も何も言わない。
「判りました、襲撃事件だけではないのですね」
「その通りだ。
ま、急いで知らせる必要が有ったが問題自体はほぼ終わっているはずだ」
襲撃事件に関しては、ある程度の報告が届いている、それ以外の話なのは判っていたけど、現在進行中の話では無いらしい。
宰相様が、手元に資料を取り出す、領主様をチラリと見て、軽く手を上げ了承のサインを確認したら私に向かい話し始めた。
正直、頭が痛くなる内容だった。
「まず襲撃事件から。
領内だけでなく王国の東側の各領で発生しています。
王都まで影響が出ていないのが幸いですな。
領内では13カ所の要所、24人の要人への襲撃が確認されています。
施設への被害は多少出ていますが人的被害は無し。
これで認識は間違いないですかな?」
「要人以外の被害は?」
私の所への襲撃では2人が無くなっている。
「はい、残念ながら十数名の死傷者が出ています」
「そうですか」
「続けます。
襲撃者を誘導していた者も、この領内では指令を中継しているだけでした。
東側の何処かから、としか判っておりません。
確認された襲撃者と関係者は全て処理済みです。
目的は不明、しかし領内の事を熟知しているといえますな」
宰相様が私を見る。
「襲撃者が領内で行方不明になった町や村の子供だった件については?」
「襲撃者の一部は領内の行方不明者であることが確認されています。
何時、何処では多様にわたります、このような事態になっているというのは、魔物の氾濫の混乱があったにせよ施政者としての失策を痛感しますな」
「行方不明者の、それに貴族が関係していたことも含めてですね」
私が責めるように見つめて言う。
私が人さらいをしていた貴族の捕縛に関係していたことは知っているはずでは?
「そうでしたな、マイ様はあの貴族の捕縛の時に参加されたのでした。
情報の大半は貴族から漏れているようです、判っている貴族は処分していますぞ」
うーん、都合の悪い部分、特に貴族として支配層の責務を果たしていないことについては隠したがっているようだ。
判らないでも無いけど、領主様も渋い顔をしている。
「行方不明者はもう出ていない、と考えても良いですか?」
「それはもちろんですな。
もう領内で行方不明者を出すようなことは無いようにしております。
むろん、不慮の事故での行方不明者は一定数出ていますがの」
納得が出来たとは言えない、が、これ以上追求しても意味は無いだろう。
「了解しました。
不明点があったら後ほど問い合わせします。
それで、それ以外では領軍が派兵した件ですね」
「はい、王命で1万の兵を派遣しました。
東の商工業国家との国境ですな、目的は国境線の監視です」
どういう事だろう?
国境線の監視なら、その領の領軍が担当しているはず、わざわざ増援を要求する理由が無い、普通なら。
商工業国家が王国へ攻め入る理由もまた無い、戦争をして得られる物が無いからだ。
商工業国家は自国で自給するだけの農作物の生産が出来ない。
トサホウ王国の豊潤な土地は魅力的だろうけど武力で奪い取ろうとして、農作物の輸入が出来なくなってしまっては自分の首を絞めるだけだ。
「戦争がありました。
戦争と言って良いのか疑問ですがな、北東の川を徒歩で渡れる場所付近から侵犯されました」
北東側、なんであんな山間部に?
私が昔 北方辺境師団に居た頃に東方辺境師団への応援を実施したことは何度か有った。
その知識が正しかったなら、北東側は山と谷が多く軍隊を展開するには向いていない地形だ。
戦争という限り、相手は国なはずで規模もそれに見合う数である、と思うのだけど。
「キリシア聖王国という国をご存じですかな」
えっと、ああそうだ襲撃者が自分の出身として言っていた国だね。
そんな国の名前知らないし、普通に話したので欺瞞だと解釈していたけど。
「襲撃者の出身国でしたか?
ただ、そんな国は知りませんし、尋問でも素直に話したので偽情報と解釈しています」
「その認識で間違いありませんな。
そのキリシア聖王国が侵略したのです」
え、本当に?
「ちょっと待って下さい、そんな国何処に有ったんですか?」
「帝国と商工業国家の公式の情報では、帝国と商工業国家の間に密かに建国された国なんだそうです。
ま、眉唾ですがな。
その聖王国が1万人、攻め込んできました」
1万人、それなりに大規模な数だ。
それだけの兵隊が攻め込んできたのなら大規模な戦闘になったのだろう。
恐らく東方辺境師団が中心で北方辺境師団が増援に来ていると思う。
両方の総戦力は強力な戦術部隊が10万にはなる、全てが投入される訳ではないだろうけど。
「1万の兵力ですか、国力はあなどれないですね」
1万の兵力を持つためには、少なくてもコウシャン領に近い人口とそれを支える産業が必要になる。
「いえ、1万の聖王国の国民です」
「へ?」
変な声が出た。
領主様も眉間を押さえているよ。
「聖王国の約1万の国民全てが、侵攻してきたのです」
自分の国のある土地を捨ててまで、何のために?
判らない。
「聖王国の言うことには、国を魔族が襲い住むことが出来なくなった。
襲ってきた魔族は全て殺す必要が有る。
魔族に過去奪われた聖地である土地を奪え返すのは正義である。
そのため国民総動員を行い聖戦を行う事にした。
だそうです」
それに続いて領主様が絞り出すように言う、腹立たしいのと呆れが混ざった不愉快というのが滲み出る言葉だ。
「そう、連中は我々を魔族と呼び、このトサホウ王国は我々が奪った土地だとほざいたのだよ」
襲撃者に吹き込んだ、ホラ話では無かったのか?
何処まで本当のことなのか判らなくなってきた。
「宰相様、そんな事実は……」
「有るわけがありませんな、少なくても1,000年以上前から我々が住んでおります。
それに聖王国とやらも襲撃事件が起きるまで全く知りもしませんでした」
ですよね。
侵略者の言い訳なんて自分に都合の良い事をねつ造する物だ、深く考えすぎないようにしよう。
「それで、帝国と商工業国家は聖王国とかいうのを放置していたんですか?」
「判らん、聖王国があった場所は帝国領内だ。
そこからトサホウ王国には商工業国家を縦断する必要が有った。
だが、連中はほとんど損耗も無く、トサホウ王国の国境線まで辿り着いて侵攻を行った」
「帝国と商工業国家が黙認もしくは後ろ盾になっている、ということですか?」
聖王国が狂信的な思想で攻めてきた、もうそういう解釈しか無い。
だけど、帝国と商工業国家の対応が不自然すぎる。
領主様が苦々しい顔を此方に向けて、机の菓子を口に頬張り、無作法にかみ砕く。
「帝国と商工業国家の連中、聖王国の侵略に対して、トサホウ王国を守るための軍隊を派遣する、と言ってきたのだ」
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