第286話 領都「領都・貴族区画」
領都に着いた、そして貴族区画の以前に宿泊したことのある屋敷に入ってようやく馬車は駐まった。
あー、腰とかあちこちが痛い。
でも、この強行軍で御者や護衛をしてくれた騎兵の皆さんの方が、座っていただけの私に比べれは何倍も疲労しているはず。
私は、出迎えてくれた人達に挨拶をしながら馬車を降りる。
騎兵の皆さんと御者の人は、その左右に広がり整列している。
私は、振り返り一人一人を見る。
結局、会話したのは隊長だけだった。
「護衛をして下さった騎兵の皆さん、また、移動を支えてくれた皆さん、ご苦労さまでした。
安心して領都まで来ることが出来たことを感謝します」
胸に手を当てて謝辞を示す。
騎兵の皆さんが敬礼し、御者の人は深く頭を下げる。
「マイ様、お荷物は何処でしょうか?」
「全て収納しています、案内を」
「はい失礼しました、此方へ」
高齢の男性が私に声を掛けると、屋敷へ案内される。
案内してくれた部屋には、半年前に対応してくれた召使いの人達が対応してくれた。
通された部屋も私が研究所の所長に就任する式典までの間、泊まっていた部屋だ。
この辺も配慮されているね。
この部屋だけで1つの居間と食堂、書斎、簡易キッチンを備えた給湯室、浴室にトイレ、そして寝室がある。
この中で暮らせるよ。
「マイ様、領主様との会談は明日の昼に予定されています、本日はユックリ休んで下さいませ」
「ええ、そうさせて貰います」
「では、夕食の準備が整いましたら、お呼びします。
また、本日は会食の予定はありません」
一礼して出て行く。
メイドが1人、入り口付近で存在感を消して立っている。
本日は、つまり領都に居る間に何度か会食とか面会があるのかな、ちょっと憂鬱になる。
「沐浴は可能ですか?」
「整っております」
強行軍だけあって、今回は沐浴をしていない、濡れた布で体を拭いただけ。
沐浴をしたい。
私が浴室に行くと湯気が上がっている浴槽とその準備をしていたメイドが居る。
うん、判ってた。
旅用の服を脱ぐ手伝いをしてくれる、というか有無を言わせずだね。
服を着替えるだけでも補助を付けるのが当然で、それを出来ないとメイドとして失格であるとの烙印を押されるとのこと。
貴族教育の中で学んだけど、窮屈じゃないかなぁ?
肌を知らない人に晒すのは非常に抵抗がある。
恥ずかしい慣れない。
沐浴着に着替えると2人掛かりで体を洗われる。
なんと、湯船に浸かるように言われた。
湯に浸かる、これはどちらかというと庶民の習慣だ。
共同浴場があってそこでは湯に浸かるのが一般的らしい、私は利用したことが無い。
私は他人に沐浴着の姿を見られるのに抵抗があったからだね。
湯も何かの香油が入っているらしくて非常に落ち着く。
湯から出るとまた洗われてしまう、今度は皮膚を擦るように。
気持ちいいから始末に負えないよ。
変な声が出そうになるのを必死に我慢する。
楽な室内着に着替えると、部屋で待機していたメイドが冷えた飲み物を用意してくれていた。
ガラスのコップだ。
ガラスは珍しい物では無いけど、凄く透明度が高くて薄い物は高級品に入るので、ちょっと扱いに困る。
そのガラスのコップには氷が浮かんでいる、どうやって用意したのか判らない。
料理担当に魔法使いが居るのだろうか?
案内された席でよく冷えた果実水を頂く。
美味しい、火照った体に良く染み込む。
むう、居心地が悪い。
なんでも準備されてしまうのは、行動を制限されているように感じてしまう。
夕食の準備が出来たと、10人程度が食卓に着ける食堂に行く。
室内には幾つもの明かりの魔道具が配置され、部屋を照らしている。
此処にも専用のメイドが控えている。
椅子を動かして貰い座る。
「飲み物は如何なさいますか?」
「お茶を」
「はい、本日の主菜は消化に良い魚のスープになります、軽いお茶を用意させて頂きます」
そのメイドの後ろで、お茶を入れ始めている。
その後、冷菜から始まってコース料理が出されるが、高級な食材というより高度な仕事がされた感じかな?
味は申し分ない、香菜がやや多い感じがする程度だ。
魚のスープも生臭さが全くなく、アッサリとしたスープに味付けがされた魚の切り身が凄く良く合っていた。
私1人のために、直接世話をする2人に食事の進み具合に合わせて食事を出す人、たぶん料理をしている料理人が複数人。
一体何人が関わっているのだろう、はぁ。
食事が終わると、あっという間に食卓が片付けられる。
新しく入れられた お茶が用意される。
「料理人に、美味しかったと伝えて下さい」
「畏まりました。
何かご用がありましたらお呼び下さい」
一礼すると出て行く。
私だけになる、窓辺に行くと窓は開けられないようになっていた。
ベランダも無い。
換気はどうするのかと思った、細長い換気用の窓が別に用意されていた。
恐らくだけど要人の保護か軟禁の為に用意されている部屋なのかもしれない。
書斎に行く。
本が何冊も並んでいるけど読まれている感じはしない。
高級な筆記具が用意されていたので、机に置かれていた明かりの魔道具に光を灯す。
日記代わりに、研究所を出たところから今日までの事を記録する。
そして、思いついた時空魔術の研究項目を記載する、疑問点や実験したい内容や方法。
色々書いていたら、メイドが入ってきて、そろそろ寝てはどうかと勧めるので切り上げる。
寝室も3人が並んでも余裕のキングサイズのベッドが用意されている。
夫婦が子供と一緒に寝ることを想定しているのだろうか?
だだっ広い中で寝るのは落ち着かないなぁ。
それでも疲れていたのか程なく眠りについた。
■■■■
日が昇る前に目が覚める。
ここ数日の移動中に出来なかった日課の運動を行う、汗が滲んでくる。
体に服が張り付いて動きにくくなった。
沐浴をしようと思っていたときにメイドが入ってきた。
様子を見に来たようだ、が、私が起きていたことに驚く。
「起床されていたとは、気が付かず申し訳ありません」
「いえ、早起きなので。
それより沐浴をしたいのですが大丈夫ですか?」
「はい、あ、湯を張っていないのでお時間を、あ、汗冷えしてしまいますね。
えっと」
「水で十分です、汗を流すだけですから」
「はい、直ぐに支度します」
寝室を出て行くと、小走りに走る音が離れていく。
少し悪いことをしたかな?
事前に知らせておけば良かった。
柔軟運動をして息を整えていたら、準備が出来たと知らせに来た。
浴室に行くと、急いで準備したのだろう浴槽には水が張っておらず、水を桶に溜めていた。
蛇口から水を出して別の桶に水を溜めている。
ふむ、どうやって水を用意しているかと思ったら、建物内に水道を行き渡らせるようになっているんだ。
「事前に知らせておけば良かったですね」
「いえ、準備不足となり申し訳ありません」
そう言いながら、体に張り付いた部屋着を脱がしてくれる。
別のメイドが入ってくる、何かと思ったら焼けた石を入れたバケツを持ってきて、それを桶の中に入れてお湯を作ってた。
熱めの湯を用意して、熱い濡れた布で沐浴着になった私の汗を丁重に拭いてくれる。
気持ちいいのだけど、自分で済ませたかったなぁ。
その後、私の朝の日課を聞かれて、簡単に説明する。
明日から万全の準備をすると意気込まれたよ。
沐浴が終わると、朝食の準備が終わっていた。
日が出て間もないのに、良く準備したなぁ。
たぶん、朝食を作る準備をしようとしている時に私が起きているという連絡が行って大急ぎで作ったのかな?
うん、ちゃんと連絡するんだった、改めて反省。
朝食を頂く。
シンプルだけど料理技術の高さが判る内容だ、味も豪華になりすぎていない、なんとなくタナヤさんの味に似ている。
朝食後のお茶を飲んでいると、私を出迎えた召使いの人が入ってくる。
この人が私の面倒を見る責任者かな?
「マイ様、領主様のご予定が変更になり、会談は昼食から約2時間後になります」
「判りました。
この部屋で待機していれ良いのですね?」
「はい、ご入り用の物が有りましたら申しつけ下さい」
「そうですね、書斎に籠もるつもりです、無地のノートがあれば用意して下さい」
昨日見たときは便箋しかなかった、自分の収納の中にも研究用のノートはあるけど、別のことを書きたいので頼んでみた。
「はい、畏まりました」
所で、2時間後と言っているけど貴族区画では24時間制で活動している、とのこと。
天体の動きから標準時刻を算出する魔道具があって、それを基準として個人が持つ時計の時刻を合わせる。
標準時刻を算出する魔道具は都市規模(貴族の居る所)では一般的に使われている。
この魔道具の有る場所で手持ちの時計の時刻合わせをする事は貴族の上位召使いの重要な仕事と聞いた。
もっとも、領都でも貴族と無縁の庶民は朝昼晩の鐘の音を基準に活動しているのだけどね。
さて、午前中はのんびり出来そうだ。
貴族区画を散策をしてみたいが、庶民出の私には縁遠い、案内の人が必要になる。
そもそも貴族区画にお店は少ない、貴族は商人に商品を持ってこさせるのが普通で買いに行くことは希だ。
下級貴族なら召使いが店に買いに行くけど、それでも事前に何を買うのか連絡しておいて検品と運ぶ位しかしない。
宰相様曰く見栄なんだそう。
男爵位や騎士階級は貧乏な家も多く、商業区画とかで買い物をする所も多いらしい。
召使いの人も私が外出を希望しない事に安心したのか、一見すると怖そうな顔でニコリと笑っている。
でもね、領主との面会が終わったら領都を散策したい気持ちはあるんだよね。
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