第20章 領都

第285話 領都「召喚」

 私、マイは魔導師としてコウの町の近くに作られた時空魔術研究所に赴任し、約半年が過ぎた所。

 この間、色々あった。


 魔物の発生。

 黒い雫からの魔物の発生は今も続いている、それも規模が大きい。

 黒い大地、その範囲内を魔界と呼び、その中では魔物が強力になる、本当に桁外れに。

 強力な魔物を直接倒す術は今の所見つかっていない。

 黒い大地を攻撃して破壊、そして弱体化した魔物を討伐するしか手段が無い。


 そして、謎の襲撃事件。

 用意周到に領内の領軍にも直前まで気が付かれずに発生した要人や重要施設への襲撃。

 私、時空魔術師マイと時空魔術研究所も標的になった。

 民間人とコウの町の守衛が犠牲となってしまった。

 襲撃者には魔法学校を退学して町や村に帰らずに行方不明となっていた子が含まれていた。

 行方不明の子は、貴族が長期間にわたって拉致し思想操作、そして国外に出荷していた。

 極端な思想を植え付けられて襲ってきた。

 大規模な襲撃なのに目的不明で実行は稚拙だった、謎だ。


 領内の襲撃事件が一段落して、緊急で護衛に来た領軍や増援のコウの町の守衛も通常に戻った頃に、領都の宰相様から領都に来るように召喚の手紙が届いた。


 執務室で、宰相様からの手紙を読む。

 隣には、私の助手をしてくれている、領軍の視察団に所属していた魔術師のシーテさんだ。


「えっと、今回発生した襲撃事件の詳細の説明をするそうですね。

 近日中に領軍の護衛が来て、その護衛と移動することになるそうです」


「マイちゃんだけ、の様ね。

 たぶん遊撃部隊になる視察団が担当すると思うけど、誰が来るのか判らないわ。

 少し心配ね、イザとなったら全力で逃げてね」


「判っています。

 領軍も何時敵になるか判らない、という判断で居る必要が有ることですね」


「残念だけど、そう。

 魔導師様を有用として扱っているうちは大丈夫だけど、マイちゃんを研究所に軟禁状態にしているから、気を付ける必要はあるわ」


 シーテさんが私の肩に手を置いて元気付けてくれる。

 残念ながら、私の立場は安全とは言えない、貴族の後ろ盾も盤石な物は無い、戦闘向きの魔術では無いため、魔導師と言えば戦闘能力は高くはない。

 魔導師という資格を得た、この事実だけが今の私の価値だ。


「それで、何か準備しておきたい物とかある?」


「そうですね、体力作りと実戦に近い戦闘を行いたいです。

 昔に比べると地力がかなり劣っているので。

 それと、私が扱える武器と保存食、使い捨ても考えて鉄串やナイフを多めにですか」


 ごく短時間ならそれなりに動けるけど、体力不足から直ぐに息が上がってしまう。

 あと、体を負荷を掛けて動かす機会が少なかったので、格闘とか体を動かすのに不安がある。

 自力不足は体格が貧弱なのも相まって同年代の女性よりはまし程度だ。

 装備も不安要素の一つだね。

 武器と保存食は購入する機会とお金が無かったので買えなかった。

 魔導師となって給金が入ってくるようになったけど、今度は立場上 買いに行くことが出来ない。

 購入した物は全て財務報告する必要が有る。

 なので、今回の購入はあくまで私費でとなる。


「了解、ギム経由で内密に用意して貰うわ。

 それと、長期間の野営できる準備も入れた方が良いわね」


 私は頷いて笑う。

 ただ、漠然と何かが動いている事に不安を感じていた。


 それから数日。

 私は研究よりも体力作りとシーテさんとの格闘訓練、獣の狩猟を重視して行った。

 それと、辺境師団に居た頃に教えて貰った戦闘方法も。

 多少は体が動くようになったと思う。


 ギムさんからの荷物は荷馬車に載せて、冬に備えての備蓄品の名目で届けられた。

 実際、冬用の備蓄品は必要だったので、必要な備蓄品も一緒だ。



 そうしたある日、先触れとなる使者が訪れた。

 馬に乗った1団で、馬車に繋ぐ馬とそれ以外に数頭の馬を引いて。



■■■■



 使者は、儀礼に則って挨拶を行い、目的となる親書を渡してきた。

 内容自体は事前に聞かされていた通り、領都で領主様と面会を行う事であった。

 その為の予定が予想外だった。


 使者が来てからは慌ただしく進む。

 馬車を駆足かけあしで進ませるとの事だ。

 (通常、旅では徒歩・荷馬車は5km/hで1日6時間、駆足は20km/hで1日2時間で30分ごとに休憩が必要)

 勿論、この速度を出すと馬は直ぐに疲弊するので随時交代させる必要が出てくる、そのための馬が準備されているそうだ。

 本来、通常の荷馬車で15日は掛かる工程を数日に短縮してしまう。


 迎えの護衛が来たら直ぐに出発する、これも異例だ馬上での移動でも疲労はある、人も馬も。

 それを無視している。


 領主と宰相に会うため、式典用に仕立てられた服と上等な魔導師の服を収納する。

 余裕があれば何か領都で仕入れをしたいのだけど、どうもそういう雰囲気ではなさそうだ。



 そして、迎えが着て私とシーテさんが驚く。

 騎士だ。

 馬上戦闘の専門家、騎馬部隊でもエリート部隊で全員貴族位を持つ領主様直轄部隊。

 コウシャン領ではたしか1部隊しか編成されていないはずだ。

 戦闘用の重装甲のフルプレートメイルではないが、それでも上等な軽装鎧と大型の盾、そして短槍、それらは儀礼式典に使われても不思議では無いほど鏡の様に磨き上げられて特別な雰囲気を醸し出している。

 その彼らが馬を下りて私の前で膝を付いて礼を取る。

 これも異常だ、通常は領主様以外では行わない、魔導師の私でも礼を取ることはあっても膝を付くことは無いはずだ。


「魔導師マイ様、領主様直轄部隊の騎士です、領都までの護衛を命じられ参上いたしました」


「ご苦労さまです。

 私の護衛に騎士様がおいでになるとは、恐縮します」


「はっ、このたびの襲撃事件を踏まえて、万全を期すとの指示です」


 私の横に居るシーテさんもあまりの事態に混乱しているようだね。

 そのやり取りをしている後ろで先触れに来た使者が馬の装備を載せ替えたり、私専用の馬車に馬を繋いでいく。

 本当にこのまま出発するようだ。


「では、マイ様。

 留守の間、研究所の方はお任せ下さい」


 シーテさんが対外的な対応として私に膝を付いて見送りの言葉を掛けてくれる。


「シーテ、任せます」


 私も言葉少なく指示を出す。

 お互い目線で無事を祈る。


 振り返れば、既に魔導師専用にあつらえた人が乗る専用の馬車が待機している。

 それに乗り込む。

 先触れで来た使者の1人が御者をしてくれるようだ。

 その周囲を騎士が囲む。


「では、出発する」


 私の前で挨拶した騎士、たぶん隊長だろう良く通る声で告げると、私を乗せた馬車の一団が出発した。



■■■■



 駆足で街道を走る馬達、すでに2回馬を代えている。

 休憩は最小限、馬をねぎらいたいが私を馬車から出してくれない。

 トイレに村で家1つを貸し切って利用したのが唯一地面に立った事だけだ。

 食事も馬を代える時に渡された軽食を馬車の中で食べた。


 その私は、窓から外の遠くの景色をボーッと見ていた。

 はい、車酔いです。

 人が快適に乗れるように作られた馬車は、最新のバネや駆動系で作られていて、普通に移動する位なら振動がほとんど伝わってこない。

 でも、駆足となると振動が不快な揺れになって伝わってくる。

 辺境師団の輸送部隊に居た頃も、移動速度重視での輸送があった、まともに会話も出来ないほどの振動の中で移動する事も経験している、耐えるのに忙しくて酔う暇も無かった。

 が、この馬車のフワフワした振動は初めてで気持ち悪くなってしまった。


 流れる景色を見ながら、ふと考える。

 今、収納空間に入ったら出るときは何処に出るのだろう?

 馬車の中? それとも入った瞬間の場所?

 基点となる場所が判らない。

 今度試したいな。

 ちょっとまって、この大地は巨大な球形なのは高等教育か専門教育で学んだ。

 この世界は太陽を中心として幾つかの星が回っている、この大地も回転しながら太陽の周りを周回している、地動説という事だ。

 その速度は忘れたが、ちょっと信じられないと思ったほど早い。

 その中で収納空間に入って出る、基点は何処に固定されるのだろう?

 天文学についてはほとんど学んでいないので概要しか知らないけど、太陽を中心とした星々の太陽系も、何かを中心に周回しているらしい。

 その速度も仮説で提示されている速度は、見て呆れた覚えがある。

 此処まで来ると理解の範疇を超えてしまう。

 天文学は季節や時刻、場所などを知るための部分だけ抜き出された物を学んだ程度だからね。


 時空、例外魔法の中でもかなり異質な特性を持っている。

 なにより、この世界とは異なる空間を個人が生み出し保有するという性質は規格外で不思議だ。

 ちょっと研究が停滞気味だったけど、基本に立ち返ると判らない事ばかりだね。

 研究所に戻ったら研究したい。

 思いついた事をメモを取ろうと……して、気持ち悪いよぅ。



 たぶん3日か4日後、私は領都に着いた。

 途中、車酔いが酷くて馬車の中で寝たまま、という日があったのでちょっと怪しい。

 通常は15日前後は掛かるので、桁違いに早い。

 本来は、東の町で町長に挨拶をするのだけど、今回はそれすら省略してしまっている。

 東の町を通り抜けて、東の町と領都を繋ぐ石畳の街道を走っていたのに気が付いて、隊長に確認したら今回は不要ですと言われた。


 まともにベッドで寝れたのは1回だけ、これも宿を貸し切り待機していた領軍の兵士に守られた形になる。

 それ以外は宿泊用の場所で馬車の中。

 馬を代えた回数は数えるを途中で諦めた、1日に一体何回代えたのか、その為の準備がどれほどの物か想像できない。

 今回の領都への召喚が特別なのが判る。



 領都の西の門が見えたところでようやく速度を通常に戻した。

 騎兵部隊が警護する一団は、先触れにより止まることもなく通過する。

 儀礼として私は門兵に手を掲げて挨拶する、緊張した様子の礼を見送る、うん何だろう貴族ってこういう感じで見ているのかな?


 領都の東西を貫く大きな道を走る具体的な速度は知らないけど緊急時以外は決められた速度で走ることになっている、そうだ。

 隊長が速度を落とすことを詫びる言葉で知った。

 そしてそこから見える各区画。

 西の門を入って右手に見えるのが学術区間で私が通った魔法学校がある場所だ。

 そして左手は主に工業製品を中心とした商業区画。

 ほんの半年ぶりだけど、随分久し振りに感じるね。






 程なくして、私を乗せた馬車の一団は貴族区画に入った。

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