第284話 愚者「エピローグ」

 東の町。

 その役場の中、町長が渋い顔をして、対面に座っている。

 その顔色をうかがい商人がせわしなく動かす指を見つめていた。


「最悪の結果だな」


「はい、そうですね、なんと言って良いのか」


「いや、良い。

 今回の件は私から言い出したことだ、ダメ元だった事もある、ただ予想外の結果だな」


 今回、東の町はコウの町が東の町を経由せずに商売を始めたことを問題と考えてきた。

 東の町は領都と各地の町の中継地に辺り、交易の仲介での収益を主な収入源としている。

 コウの町は東の町に交易は完全に依存していた、そのため割高に取引しても問題なかった。

 コウの町が領都と直接取引を始めた、まだ1つの商店だけだが領都の大きな商会との取引だ、今後の事も考えると楽観視は出来ない。


 そして、魔導師の研究所がコウの町に出来た事。

 コウの町の価値が高くなる、力関係が逆転するのは好ましくない。

 しかし、魔導師は領主と同等程度の権限を持つ中位貴族になる、迂闊に関わることが出来ない。

 だからこそ、あくまで個人が顔見知り程度でも得られることを期待して、青年を近づけさせた。

 予想通り警備は堅く、会うどころか言葉を伝えることすら出来なかった。


 転換点があった、コウの町の近くで魔物が発生した、このときに偶然居合わせて遠目だが魔導師を確認することが出来た。

 これを切っ掛けに何とか、と思っていた所で青年が暴走した。

 度を超えて近づこうとして、コウの町だけでなく宰相様からも、指摘を受けて対応を求められてしまった。


 そして、致命的だったのが、青年が襲撃者を研究所に案内してしまった。

 騙されていた、といっても言い訳には成らない、守衛が1人死んだ、青年と一緒に。

 魔導師までも危険にさらしてしまった。

 幸い、魔導師やその助手に被害は出なかったが、これでコウの町に対して強く出ることが出来なくなってしまった。


「先触れが出た。

 魔導師様が領都に向かわれるそうだ。

 なんとしても、印象を良くしなくてはいけない」


「もちろんです、我々商人達一同 全力でもてなさせて頂きます」


「失敗は許されんぞ、この町は仲介で利益を得ている。

 この仕組みは、他の町より有利な立場であるから維持できているのだという事を忘れるな」


「はい」



■■■■



 領主様直轄部隊の一団が街道を進む。

 周囲への警戒はしているが、どことなく気が抜けている。

 兵士同士でも軽口を交わしているし、荷馬車の中に居る兵士は居眠りをしている位だ。

 安全をかなり高いレベルで確認できているという事だろう。


「魔導師様の戦いを見れなかったのは残念ですね」


 馬上の兵士が隊長に話しかける。


「もし魔導師様に戦わせるような事態になったら、我々は全員斬首だぞ」


「はっ、失言でした」


「それに魔導師様の体術は見れただろう」


 今回の派兵はコウシャン領の領内で連続した襲撃事件に端を発する。

 重要人物や施設に対しての襲撃は目的が判らなかったが、即時対応が必要だった。

 そして、重要であるのに防備が弱いのが時空魔術研究所とその所長の魔導師マイになる。

 立場上、不必要に設備や人員を潤沢に用意出来なかった、それが裏目に出ている。

 領主より領軍の領主直轄部隊に直接護衛を命令が出たのは当然とも言える。


 だが最初の襲撃には間に合わなかった。

 失態だ、だからこそ通常以上に綿密に対応を行った。

 2回目の襲撃があるという連絡は汚名を返上すると言うことでむしろ喜ばしかった。

 もちろん、完璧に対応しなくてはいけない。


 結果としては、2度目の襲撃者は、ほとんど無策の特攻だった。

 荷馬車で少人数であることから、何か策があると読んでいた。

 読み通り、火薬を使用した爆発が目的だった。

 だが、火薬の量は少ない、突入するための手段も魔導師様を呼び出す手段も無い。

 何のための特効だったのか疑問しか湧かない。

 門の一部が欠けたりヒビが入った位で、あとは汚れの方が多いくらいだ。


 爆発による掠り傷を負った者が数名でたが、結果としては満足のいく結果だと言える。

 なによりも、今回の襲撃を画策している者を確認できているのは、成果が期待できる。


 ただ、魔導師様の護衛に付きたいと言い出した兵士に関しては苦笑しか出ない。

 日頃の言動から、庶民出でも実力を認めれば納得するのだが、例外的に魔導師になったマイに対しては何か軽蔑するような言動があった。


 その時の様子を思い出す。


「魔導師様には剣の護衛が必要かと考えます。

 私の実力を確認して下さい、そうすれば護衛を納得できるかと具申します」


 真剣に、ただ見下すような視線で慰問に来た魔導師様に直訴した。

 確かに実力はある、隊の中でも剣の技術ならかなり強い、ただ実戦ではやや見劣りする。

 予想外の事が起きた。

 魔導師様が直接相手をすると言うのだ。

 模擬剣と模擬短剣で向かい合う。


「怪我をしても知りませんよ」


 兵士の馬鹿にされたと感じたのだろう、引きつった口で怪我をさせるぞ、という感じが伝わってくる。


「実力が判れば良いんですよ」


 魔導師様の表情に感情を見て取れない。

 資料を見る限り実戦経験は僅かだ、しかも魔法での攻撃だ近接戦闘は未経験のはず、なのにこの落ち着きは何だ?


 試合が始まる。

 兵士が押しているように見える、が魔導師様の剣さばきも見事で有効な一撃が入らない。

 そして、剣を短剣のツバに引っかけて引き抜く様に落とすことに成功する。

 無手になった手を見て表情が歪み魔導師様を睨み付ける。

 掴み掛かる、やり過ぎなのを止めようと他の兵士が割って入ろうとする。

 だが、魔導師様は身体を軽く捻ると、相手の胴に当て身を行った。

 ドンという音で身体が浮く、そして動けなくなる。

 身体強化か?

 兎も角、魔導師様の圧勝だ。


「護衛としては力不足ですね」


「はい、失礼しました」


 脂汗を流しうずくまって、顔を上げずに謝罪する。

 良い薬になったと思う、思い上がりやすい性格が無くなれば良い兵士になるだろう。

 それ以上に、魔導師様のあの戦い慣れは意外だった。

 視察団に助けられたと言うことだが、ここまで戦えるとは思えない気になるな。


「隊長?」


「いや、何でも無い。

 急ぐぞ」


「はっ」



■■■■



 領主の館、その執務室では数人の首脳陣に囲まれた領主が苛立ちを押さえながら質疑を続けていた。


「侵略があったとしても国境沿いの領と辺境師団が対応するべき案件では。

 わが領から兵を供出するいわれは無い」

「国名だぞ、兵を出さねばいらぬ疑心を疑われかねない」

「派兵の規模をどうしますか?

 少ないのも多いのも問題になりかねません」

「要請のあった1万でよいではないか」

「その1万を支援するのにどれだけの後方支援が必要になるというのだ」


 コンコン。


 宰相が議論を止める。


「国名である以上、派兵は決定です。

 規模は輸送部隊を含めて全軍1万。

 いかがでしょうか?」


 領主は既に決まっている折衷案を聞かされ、不貞腐れているのを隠そうともせずに、言い放つ。


「それ以外有るまい。

 今回の派兵要請は国境線を抜け目なく警備することにある。

 そのために、多くの兵が必要とのことだ。

 戦闘は辺境師団に任せれば良い、数を揃えて要請に応える。

 良いな」


「「「はい」」」


 首脳陣が最高責任者の決定を受け入れる。


「では、各自準備を進めるように」


 宰相の指示で首脳陣が退出していく。

 広い執務室に領主と宰相が残される。

 沈黙の中、領主が我慢の限界となって、不満をぶちまけた。


「連続の襲撃事件といい、今回の派遣要請といい何が起きているというのだ!

 侵略! 一体何処の国なのだ、キリシア聖王国とかいう仰々しい名前の国は!」


「落ち着いて下さい。

 領内での問題は収束しています。

 被害も、施設の一部が損壊した以外は要人に死者も出ていません、怪我人は出てしまいましたが。

 他の領に比べれば被害は軽微といえます。

 情報が商工業国家から早く入手できたのが大きかったかと」


「その商工業国家が暗躍しているのにか、楽観できん。

 領内に潜伏している者どもはどうした?」


「はい、泳がしております。

 領内に居る者も指示を中継しているだけの末端、刈り取るのはたやすいですが、上流を押さえなければ何度でも出てきます」


「既に切り捨てられておるのでは無いか?

 不用意に遊ばせるくらなら処分せよ」


「はい、承知しております」


「それと、必要な要人には事情は説明したな」


「はい、1人を除いて」


「1人? ああ、魔導師か。

 領都から離したのが裏目に出たか」


「最初の襲撃を防げなかったのは失態ですな。

 とはいえ、魔導師様に被害は出ていません。

 また、2度目の襲撃の際に指示役の特定にも貢献しています。

 詳細を説明するために領都に召喚しています、護衛も十分に付けます」


「当然だ、移動中に襲われる事はあっては成らない、留意せよ」


「御意に」



 宰相は、領主へお茶のお代わりを出すと、仰々しく礼をして退出する。


 静かになった執務室で、領主はお茶を一口飲むと、立ち上がり、窓辺に行く。

 窓からガラス越しに見える領都の貴族区画は、夕日を浴びて独特の雰囲気を出している。

 この不毛な会議に午後のほとんどを使ってしまった、調停し多くの要職者に納得させる必要が有ると判っていても、気が滅入る。

 自分の父親、先代の領主は意見を聞くが自分の決定を絶対として施政を進めていた、だから会議短時間で済むことが多かったように思う。

 自分のやり方は変えた方が良いのか?

 よく自分の施政は先王様と似ていると言われることがある。

 以前は善政を引く褒め言葉として、今は対応力の欠如している事の邪揄として、だ。


 自分の後継者となる息子は未だ未熟だ、言われたことをこなすのに精一杯で任せる事は出来ない。

 だが、自分よりは領地の改革に積極的だ、魔物の氾濫の後の復興にも積極的に関わらせている、実績作りと顔を広めるのに丁度良いからだ。

 地固めは進んでいる。


 だから、今起こっている襲撃事件を息子にまで持ち越したくない。

 何としてでも解決をしてしまいたい思いがある。

 領の外の話なので、どう動くか?

 派兵する以外に視察団を幾つか情報収集に出す必要もあるだろう、その為にも領内の問題は終息させたい。


 魔導師、マイだったか。

 成人もしていない、経験不足の魔導師、正直戦力にならない。

 領としては魔導師を要している事からの優位性が出るが、失うことになってしまうと大失態になりかねない。


 領主が席に戻ろうとして、ふと壁にあるコウシャン領の地図を見る。

 コウの町は、領都の直轄の町としては一番外れた場所に有る、いや、違う。

 ふむ、防衛に人員を割けないのなら、防衛する必要が無い場所に行って貰うのも良いのかもしれない。






 領主は、古い領地の管理資料を取り出すと、椅子に座り読み始めた。

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