第283話 愚者「戻る日常」
2回目の襲撃から数日が経過した。
時空魔術研究所の警備は大幅に縮小されている。
今日は、領軍の領主直轄部隊が領都に戻る日だ。
結局、襲撃者の生き残りからは新しい情報を得ることが出来なかった。
そして行方不明だった町民や村民だった事も確定した。
本人達は全く覚えていない、別人だと認識していた。
そのため、町としては無関係の犯罪者として扱うことを決めたそうだ。
処分は一任して欲しいとの請願に許可を出した。
どのように処分するのかは判らない。
領軍が引き上げるのが早いので確認した。
「はっ、詳細は不明ですがコウシャン領の領軍を招集しているようです。
そのため、領主直轄部隊は領都を守るために戻るようにと。
……此処だけですが、派兵の要請があったようです」
だいぶ親しくなった隊長から後半は小さい声で伝えられた。
うん、ギムさん達に視察団経由の情報としても聞いている。
そのギムさん達ももうコウの町へ戻り通常の生活に戻っている。
「情報ありがとうございます。
護衛ありがとうございました、領主様へ配慮の感謝を伝えて下さい」
コウの町に駐留していた両軍の部隊、襲撃者の尋問をしていた兵士達も研究所に集合している。
負傷していた兵士もいるはずだけど、見分けが付かない。
私が彼らと関わったのは、昨夜の食事の時に感謝を述べるために食堂に行ったぐらいだ。
それ以外は挨拶程度で世間話もしていない。
でも、皆、いい人でよかった。
一悶着もあった。
兵士の1人が護衛として残りたい、と言い出した。
女性で年齢も20台なので問題は少ないのだけど、やや選民主義があった。
それに宰相の許可を得ていない。
それを隊長が伝えてかなり渋ったが、最終的には了承した。
それでも私の推薦が欲しいとか、揉めていたけど。
後で、隊長から謝罪を受けた。
彼女は貴族位を得たけど家を継げないため、努力して領軍でも領主直轄部隊に入隊するまで上り詰めた。
が、そこで行き詰まった。
そのため庶民出の私を護衛目的で実質指導の名目で実権を得てしまおうと考えているらしいとか。
そういう考え方をしているので、領主直轄部隊でも浮いてしまっているそうだ。
で、魔導師の護衛の役割というのは美味しい役職に見えたのだろう。
直衛となる要因の必要性は指摘された。
シーテさんは強力な魔術師だけど物理的な戦闘力では見劣りする。
なので、考えて欲しいとの事だ。
隊長は彼女の面倒を見て欲しい雰囲気だったけど、十分だと断った。
そして、領軍が領都へ戻るのを見送った。
コウの町からの守衛も通常に戻すとのこと。
ただ、馬は研究所に1頭を常に配置する様に変わった。
これは守衛が応援を呼ぶためで、私達は自力で逃げるしか無いのは変わらない。
ナカオさんが気がかりだ、魔法も使えないので風属性の魔術での長距離移動も出来ない。
守衛の対応は2人から変わらず、この辺の決定は町長にあるので口を出していない。
ギムさんから、研究所の守衛を行う危険性を懸念している者が多い、と聞かされた。
命令されれば来るだろうけど、いざという時に当てにならない守衛を増やす意味は無いそうだ。
ここ数日の喧噪が元の静かな雰囲気に戻る。
慌ただしかったのが急にノンビリとなったので少し戸惑う。
「静かですね」
私は久しぶりに研究所の周辺を散策しながら呟く。
「そうね、でも静かな方が好きよ」
その横を周囲を警戒しながらシーテさんが歩く。
探索魔術を行使しているけど、周囲に人の気配は無い。
守衛が研究所の周りを巡回していたおかげで、森と研究所の間にしっかりとした草地が出来ている。
これなら暫くは群れウサギ程度しか出てこないと思う。
探索魔術でもシカやイノシシの反応は無い。
「襲撃はもう無いと思う?」
シーテさんは未だ襲撃がある可能性を危惧している。
領軍は兎も角、守衛の護衛を減らすことにはかなり抵抗していた。
その相手をしているギムさんが困っていたのは個人的に可笑しかった。
「可能性事態は低いかと。
領軍が引き上げたのは、その為だと思います」
「それはそうなんだけど、詳しい説明も無いから、どこまで安心して良いのか判らないのが嫌ね」
「領軍の隊長からの話ですが、派兵要請があったらしいです。
なので、今回の襲撃は陽動で目的は東の国境側で何か起きていると思われます」
「うーん、領軍に派兵要請は只事じゃ無いわね。
コウシャン領の兵士が他の領へ行くんでしょ」
「ええ、通常は国軍の辺境師団が対応するはずです。
派兵要請があったということは、大規模な人員が必要なんでしょう」
「何が起きていると思う? マイちゃん」
「判りません。
商工業国家が武力での越境する可能性は、多分ですがありません。
帝国が商工業国家を侵略してその勢いで越境は、可能性としてはあります。
でも、それならもっと大事になっているかと思います」
これ以上、考えても意味が無いかな。
確実な情報が無い以上、推定で推測するしか無い、それでは予想と言うより妄想になってしまう。
「私達がこれからどうするかを考えましょう、シーテさん」
「そうね、打てる手を増やした方が良いと思うわ。
私の魔術も幾つか試したいのがあるのよ」
「複合魔術ですか?」
「ええ、ちょっと今までの魔術の行使を見直しているのよ」
研究所では私の時空魔術の研究が主だけど、他の魔術を研究している。
シーテさんは、視察団で培ってきた実戦での経験を改めて理論に落とし込む事を進めている。
中でも複合魔術、通常は単一の現象を再現することが多いのに対して難易度が跳ね上がる。
一番印象に残っているのは、火属性の魔術を土属性と風属性の状態を複合させた強力な魔術だ。
只の炎では無く、対象に纏わり付く特性があり継続的な威力がある。
上位の魔物にも圧倒する威力だった。
それに私と共同で使った氷を打ち出す魔術と呼吸できない気体を展開する魔術、シーテさんなら個人の技量でなら使える可能性もある。
「時空魔術の研究は、停滞していますね。
私の秘匿している魔術もそうですが、新しい発見が無いです」
時空魔術の研究は進んでいない。
なにより英雄マイが使った強力な斬撃の魔術。
低威力の物は再現できた、が、せいぜい小石を切断する程度だ。
本当に自分がやったのか、記憶が無いのが恨めしい。
と、研究所の北側、水源地がある近くで探索魔術に反応があった。
小動物の反応だね、遠隔視覚を行使して群れウサギである事を確認する。
シーテさんも気がついている。 顔を寄せて小声で打ち合わせを行う。
「群れウサギです、どうしましょう?」
「狩りましょうか、何か試したい魔術有る?」
「私は特に、遠隔収納で取り込むを1度試したいかな」
「良いわね、私は例の窒息させる気体を風の魔術の壁をを無い状態で、範囲を限定させる方法を試したいわ」
お互い頷き合う。
群れウサギの居る場所からは十分に離れているけど遮蔽物が無いので音を立てないように気をつけて移動する。
魔術が届くギリギリの距離まで近づくが草に隠れて見えない。
私は遠隔収納を行使するには取り込む物と場所を明確に把握できないといけない。
シーテさんを収納し、遠隔視覚を行使して群れウサギの場所を共有する。
そして、遠隔収納を行う。
生きている物に対しては収納に抵抗されると失敗する、なので気が付かれないように食事に夢中になっている個体にユックリと触れながら収納する。
上手くいった。
で、収納空間を確認すると空中でジタバタする群れウサギをシーテさんが面白がって弄っているよ。
収納空間内と意思疎通する方法が無いので、その様子を少し見て、私も収納空間に入る。
「マイちゃん、ここから収納できる?」
シーテさんが興奮して言う。
一応可能だけど、指定した場所には群れウサギは居ない。
「一応可能ですが、取り込む場所は移動できないのでちょっと無理です、あ、1匹近寄ってきました」
1匹の群れウサギがさっきまで居た場所に近寄ってウロウロしている、探しているのかな?
「私がやってみて良い?」
「え、ええ多分駄目だと思いますが」
「やってみましょう」
シーテさんが取り出し位置を指定した場所からソーッと手を出そうとするけど、収納空間と現実空間の境界を越えることが出来ずに止まる。
「駄目みたい」
「ですね、やってみます」
今度は私が行う、が、周囲を警戒していたのか、触れた瞬間飛び上がって逃げてしまった。
元の場所に一緒に出る。
遠隔視覚で確認したら、群れウサギたちは森に逃げた後だった。
「逃げられてしまいましたね」
「まって、森の近くで固まってる。
巣まで逃げていないみたいね、今度は私の魔術を使うわ」
探索魔術を行使したら、確かに森の草が茂っている中に反応があった。
シーテさんが窒息する気体を群れウサギが居る辺りの上空に生成する。
ユックリ下がっていく、が群れウサギが今度は森の中に一斉に逃げていってしまった。
「あ、逃げてしまいました」
「草が揺れるのに違和感を感じてしまったのかな、失敗。
野生動物の警戒心は高いわね」
その後、別の場所に居た群れウサギの群れに、シーテさんの魔術が行使され、今度は3匹を窒息させた。
麻痺しているのは忍びないので、直ぐに止めを刺す。
研究所に戻ってくる。
群れウサギは裁いた後にナカオさんに渡しておく。
手紙が届いたとの事で、受け取る。
手紙は宰相様からだった、執務室に移動して内容を確認する。
「マイちゃん、なんて内容なの?」
手紙の内容は簡素な物だった。
「宰相様より、領都へ来るように召喚の要請です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます