第282話 愚者「手の上の愚者」
お昼を過ぎた頃に兵士の報告が入った。
今回の襲撃者は旅商人を偽装して来るとのこと。
一気に緊張が走る。
風属性の魔法を使える守衛複数人が遠眼鏡を使用して定期的に正確な場所を連絡してくる。
守衛がどの場所に何人隠れるか、そのための塹壕も用意されている。
旅人用の宿泊施設にも旅人を装った守衛が待機する。
旅商人の内訳は、男性3人のみ。
商人1人と護衛2人。
荷物の臨検では日用金具製品が積まれていたとのこと。 護衛の装備は2人とも剣と弓を身に付けている。
年齢も20台前後、若い。
前回の襲撃とは全く逆だ、今回は過剰なほど準備を整えている。
私達は研究所の中で待機。
私の遠隔視覚を使用しても、遮蔽物が多くて研究所の門の付近は確認できない。
そして早馬からの連絡で、襲撃者に情報を渡した者を確認した討伐して問題なし、との知らせが届いた。
今頃は連絡員を追跡しているのだろう。
生きて捉える必要が無い、数十人の兵士と守衛が居る中、襲撃者が生き残れる可能性は限りなく無くなった。
旅商人に偽装した襲撃者の様子も逐次 監視している守衛から届く。
もう隣の休息所に着いて、何やら準備をしているそうだ。
「マイ様、戦闘が始まっても絶対に来ないで下さい。
警護対象が襲撃者のそばに行くのは以ての外ですので。
仮に避難が必要な状況になった場合は、打ち合わせ通りに、研究所の裏門からコウの町へ馬で移動して下さい。 我々の事を確認する必要はありません」
隊長の最悪の場合の対応についての言葉を聞く。
過剰なほどの戦力を用意し、入念な準備をしていても絶対は無い、最悪の事も検討している。
出来る人だ。
ナカオさんは既にコウの町へ避難している。
今、研究所に居るのは私と元視察団の皆だ。
「了解しました。
狂信を植え付けられた者たちです。
何をしてくるのか判りません、注意を願います」
「はっ。 それでは迎撃準備に入ります」
隊長が礼をすると、退出する。
私は肩の力を抜いて、部屋に居るギムさん達に向き直る。
「皆さん、今回は集まって頂き感謝します」
「うむ。 これも仕事であるし我々の意思でもある。
マイが気にする必要は無い。
ブラウン、馬の準備は?」
「はい、人数分の馬を裏庭に用意しています。
移動する経路も確認済みです」
椅子に深く座る。
私の為に沢山の人たちが戦う、厳密には私は襲撃者をおびき寄せる囮なんだけど、それでも申し訳ないという気持ちが湧く。
それに何もせずに結果を待つというのも慣れない。
しばらくとりとめも無い話をしていた頃。
ドゴーーン!
大きな音がしたと思ったら、研究所が揺れるほどの振動が伝わってくる。
思わず現場に行きたくなって立ち上がる。
それをシーテさんが軽く肩に手を乗せて止める。
「っ、何が起きたんでしょう?」
「連絡待ちね。
探索魔術を使って確認しているけど、襲撃者の反応は消えたわ。
戦闘は終わったと思う。
ただ、あの音は魔法じゃ無いわね」
そうだ、魔法での爆発音というのは比較的純粋?いうか混じりっけの無い音がする。
さっきの轟音は色々な音が混じっている、なんだろう。
領軍の兵士が報告に来た。
ドアをノックして来たので入室を許可する。
入室して、礼をする、がその服装は砂汚れがある。
「失礼します。 第一報の報告です。
戦闘は終了しました、襲撃者は全員死亡。
こちらは軽傷者多数ですが死亡は無し」
「先ほどの音は?」
「はっ、荷馬車に隠されていた火薬を爆発させた為です。
私が見た範囲で報告します。
襲撃者は荷馬車に乗ったまま研究所に侵入しようとしました。
許可を得ていると、言っていましたが当然止めました。
包囲されている事に気がついた襲撃者は護衛の2人が弓と剣で攻撃を開始。
同時に荷馬車を暴走させて突入をしてきました。
2人を直ぐに切り伏せ、荷馬車に乗っていた者も射殺したのですが、馬車が止まらず門の手前で爆発しました」
火薬。
連絡用の花火を打ち上げたり、一部の鉱山で岩の破砕に使われているが、一般的には使われることは無い。
兵器としても、使い勝手の悪さから、普通は魔法使いを使用することが多い。
なぜ火薬などを、あ、魔法が使えないからか。
それでも謎が残る、火薬は取り扱いが難しい危険物だ、輸送もそうだけど保管環境も正しく管理しないと駄目になってしまう。
一般の庶民が所有することも鉱山のある所を除けば禁止されている事が多い。
コウの町や東の町でも所持は禁止されている。
「怪我人は軽傷者のみなんですね?」
「はい、隊長から荷馬車に迂闊に近づかないように指示がありましたので、距離を取っていたのが幸いしました」
「判りました、皆さんご苦労様です。
礼を伝えておいて下さい」
「はっ、了解しました。
失礼いたします」
兵士が退室すると、室内に安堵の雰囲気が広がる。
「これで一段落ですか。
大量の火薬をどうやって準備したのか気になりますが、私が関わることでは無いですね」
「ええ、襲撃者もそれを支援している者も監視下におけているようです。
これ以上の襲撃は無いでしょう」
ブラウンさんがお茶を入れてくれて、渡しながら話す。
「うむ。 ハリス、一応だが治療の応援に行ってくれジョムはハリスの警護」
「はい、判りました」
「おう、ちょっと行ってくる」
ハリスさんとジョムさんが部屋を出て行く。
「特攻ね、馬鹿げているわ」
シーテさんが吐き捨てるように言う。
数十人の兵士と守衛に囲まれた時点でなぜ投降しなかったのか、彼らにはその選択肢は最初から無かったのだろうね。
「思想誘導の怖さですね。
他のことを考えることが出来ないというのは、楽ですし」
ブラウンさんが冷静に分析する。
これは軍隊でもあった、良く言えば皆の意識を1つにする。
だけど、他の考えを排除する事にもなる。
軍隊では指揮官の指示が絶対だ、それに異議を挟む権限は一端の兵士には無い。
辺境師団に居たときも、指示に従っていただけだ。
確かに自分で考えなくて良かった、楽だった?
私は時空魔術師として、隊長のそばでどうやって指示を決めるのかを見てきた。
兵士を駒として数で管理する、そこに人は居ない。
ちがう。
兵士は自分の意思で従っている、襲撃者達は自分の意思を奪われて都合の良い考えをすり込まれてしまっている。
同じじゃ無い。
色々考えすぎて、ちょっと頭痛がしてきた。
程なくしてハリスさんとジョムさんが戻ってきた。
「戻りました。
大きな怪我は無かったので、私達の出番はありませんでした」
「一番ひどいのが脱臼が居たくらいだ。
ただ、門の周辺はかなり壊れてしまっていたなう
第一報の報告書を預かっている」
ハリスさんとジョムさんが座りながら話す。
その2人にブラウンさんがお茶を出す、いつの間に?
報告書が私の前に置かれるので、軽く目を通してギムさんに渡す、全員に回して欲しいと付け加えて。
施設に被害は出たけど、死人が出ないのは良かった。
詳細をハリスさんから聞くと、怪我人は馬車が爆発した時に飛び散った破片で切り傷がほとんど。
倒れ方が悪くて脱臼した1人が一番の重傷だそう。
命に関わりそうな怪我人は居ない、良かった。
火薬の量は多くなかったようで、門や周辺の損壊も使う上では問題ない程度の被害だったそう。
広い範囲で見栄えは酷いそうなので、修復の手はずを進めると言っていた。
「うむ。 今後の研究所への襲撃の可能性は少なくなる。
視察団の情報からも領内での襲撃はもう無いだろう」
ギムさんが周りを見渡しながら言う。
しかし、今回の襲撃は判らないことだらけだ。
「ギムさん、今回の一連の襲撃は一体何だったんでしょうか?」
「うむ。 判らん。
規模が大きく準備が周到であるにも関わらず、実行は稚拙だ。
実行している者も視野が狭い、使い潰し前提のようだ、、あまりに無駄な使い方だ。
そのおかげで、こちらは対策する時間も余裕も出来た。
本当の目的は別にあるのだろうが、情報が来ない理由は、この領とは別の所が狙われていたか国境付近の問題かもしれない。
このコウシャン領の管轄外ということだろう」
ギムさんの言葉を聞きながら考える。
この国の中の誰かが行った、と考えるのには無理がある。
そうなると、国外、商工業国家か帝国になる。
商工業国家が戦争する可能性は少ない、少なくても私の辺境師団に居た頃の知識では。
商工業国家は良くも悪くも損得で動く、そして外交上の駆け引きで有利な条件を引き出すことを常套手段にする。
なので、牽制として非公式の武力行為は兎も角、大がかりな戦闘手段は取るとは思えない。
帝国は、情報が無い。
商工業国家を挟んでいるため、ほとんどの人からは国があるという事を知っている程度だ。
それに帝国がトサホウ王国に直接関わるためには、北の山脈群にある細くて長い道を通るしかない。
判らないから疑いはある。
領主様から届く報告を待つしか無いのだろうね。
手元に戻ってきた報告書の1枚目を見る。
そこには、今回の被害が書かれていた。
死者、守衛1人、民間人1人。
重傷者、守衛1人。
軽傷者、兵士5人、守衛2人。
襲撃者、第1陣5人(死亡2人)、第2陣3人(死亡3人)。
施設、研究所正門付近の広範囲に軽微な損傷。
慌ただしかったので忘れてしまいがちだけど、死者が出ている。
守衛は身寄りがいない為、町で葬儀が行われた。
民間人、あの東の町の男性は自分の意思で宿泊施設に泊まり込んで居たために遭遇した。
東の町や親族の商人からは謝罪の言葉を受け取った、こちら側は死を悼む言葉を贈った程度だ。
「マイちゃん。 マイちゃん?」
シーテさんが私の顔を覗き込んで、心配そうにしている。
あ、皆さんも私を見ている。
頭を切り替えよう。
「少し考えていました。
これ以上の襲撃の可能性は少ないですね。
皆さん、集まってくださってありがとうございます。
もうそろそろ夕食です、肩の荷を下ろしましょう」
笑って答えたけど、正直ぎこちない表情になってしまったと思う。
それでも、皆さんも笑ってくれる。
「でも、今日の夕食は領軍の隊長と守衛の隊長ギムと会食になるわよ」
シーテさんがヤレヤレと肩をすくめる。
あー、そうだ。
一段落したのだから、会食をしないといけない。
それに今回参加した領軍と守衛の皆さんを慰労する必要もある。
なんだか、戦闘よりも面倒臭くなりそうでげんなりしてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます