第281話 愚者「報告」

「ええ、今回の多発的な襲撃は領でも把握していなかった異常事態の様ね」


 シーテさんの言葉を理解しきれずに見つめ返してしまう。


「今回来た領軍、領主様の直轄部隊でたぶん親衛隊よ。

 その彼らが何の情報も無く動くというのは普通あり得ないわ。

 なのに動いた。

 それはマイちゃんを守るために未確定の状況で動かしたという事ね。

 それだけ魔導師というのを高く評価しているのでしょう」


「そうなると、今回の襲撃は本当に気がつかれずに準備して同時多発的に行われたと言うことになりますか」


「ええ、そうなるわね。

 その割には今回の襲撃がお粗末すぎよ。

 綿密に用意をしていた割に襲撃の時は行き当たりばったり、襲撃対象の魔導師についても知らなかった。

 ひどく歪で計画した者の意図が読めないわ」



 まとめよう、今回の襲撃者の5人は何らかの指示を受けて魔導師を襲撃するために来た。

 それを領の領軍にも守衛にも悟られずに。

 でも、研究所の場所まで知っていたのに魔導師に関しての情報を全く持っていなかった。


 戦い方も稚拙だ、剣での攻撃をしていたが魔法を使う様子が無い、連携もひどい物で只暴力を振るうゴロツキのような戦い方だ。

 判らないのが魔法使いと聖職者のような風体の2人だ、まるで魔法を使わなかった。

 手に持った杖で叩くだけだったよ。


 チグハグすぎる。

 駒を密かに配置するのも同時期に襲撃させるのも大変だったはずだ。

 それに対して襲撃はズブの素人の感じで本当に襲撃を成功させようとする意思が感じられない。


 そして最大の違和感。

 襲撃理由だ。

 この国が魔族に支配されて、その魔族は私達とのこと。

 邪悪な魔族を滅ぼして、この地を取り戻す。

 私は邪悪な魔女なんだそうだ。

 邪神の信奉者とかも言っていた。

 それを本気で信じているのだけは確かだ。


 強烈な洗脳を受けたと見て良いかな?

 領都の誘拐事件の時、教育されていた子は自我を喪失していた、その上に今回の情報を上書きされたのだろうか?


 襲撃者の生き残りから有益な情報を得られる可能性は限りなく少ない。

 となると、本当に今できることは、情報が来ることを待つだけだ。


「シーテさん、当面、移動は研究所内のみ。

 魔術に関しても一般的な物と公開しているものだけにしましょう。

 情報が集まるまで待機ですね、もっとも情報があっても出来る事は無いと思いますが」


「ええ、わかったわ。

 ちょっと警備が多すぎて好きに動けないわね。

 領軍とはうまくやれそうなのが嬉しいわ」


 シーテさんと見つめ合って疲れた笑いをお互いし合う。


■■■■



 数日が経過した。

 研究所はその塀の周囲をコウの町の守衛が担当して巡回をしている。

 研究所内は領軍の領主様直轄部隊の兵士達が見張っている。


 新たな襲撃者は現れず、その変わりに研究所の中にある畑が拡張された。

 やることが無い兵士と守衛が畑の面倒も見ていると聞いて手伝いを申し出たそうだ。

 畑仕事をしたことが無い兵士ばかりなので、なら、ということで開墾を行ったと言うこと。。

 これ、通常状態に戻ったときに面倒を見切れない気がするよ。

 どんどん開墾されていく畑を見つめながら呆然とする。


 研究所、元々あった村の外壁は畑へ入る獣を防ぐ目的の2m程度の簡素な物だったが、流石に問題があると言うことで、コウの町から職人が呼ばれて新しい塀を作ることになった。

 研究所の中で研究室がある建物と生活する家、そして守衛の詰め所までを囲むように分厚い石造りの塀を作るそうだ。

 攻撃に対して籠城できる仕組みが取り込まれる予定だそうだけど人員はどうするのだろう?

 これも時間も体力も余っている兵士や守衛がもりもりと働いて、日に日に壁が増えていく。


 この間に領都からの早馬が何度か来ている、それと視察団も。

 その早馬からの情報は今回の襲撃事件は、新たな襲撃が発生していないということだけだ。

 むしろ、何か無かったという問い合わせの方が多かった。


 私と兵士との接触は最低限に制限されている。

 これは隊長からの強い要望で私情が入らないようにする為と言われてしまった。

 なので、遠目に挨拶されて、それに軽く手で返答する位しか出来ていない。

 正直、塀を作るの得意なんだけどな、辺境師団に居た頃は簡易砦を作るときにひたすら石材運びをしたから。

 時空魔術師はこう言う場面でも活躍する。

 私が石材の運搬を申し出たけど、魔導師様を働かせるわけには行かないと強烈に反対された。



 数日後に来た早馬で、領内に起きたことのまとめ第一報が届いた。



■■■■



 研究所の応接室に主要な人員が集まる。

 領都から来た部隊の隊長と副隊長。

 コウの町の守衛の隊長のギムさんと副隊長。

 そして、私とシーテさん。


 ナカオさんが飲み物を配膳すると一礼して出て行った、それまで全員無言で居る。

 ギムさんたち守衛も情報を欲しがっている感じだ。


「では、隊長。

 報告をお願いします」


 私が此処では一番立場が上なので、最初に発言する。

 それを受けて、隊長が届いた書簡を開封する。


「領都の本部からの報告になります。

 内容に関しては、宰相様の確認サインがありますので、確実なものでしょう。

 今回の各地での襲撃事件をまとめたものだそうです」


 最初の1枚目は、概要と承認した人のサインが並んでいるようだ。

 そして話すために数枚の中身を流し読みして、少し眉を歪ませた。


「……、すいません。

 報告いたします、現在コウシャン領で発生している襲撃事件に関しては終息方向。

 数は非公開です、発生頻度は低下して少なくてもこの報告書が発送される時点で数日間の襲撃が無い事が確認されています。

 襲撃による被害も軽微とされています、内容は同じく非公開。

 襲撃者の目的も不明。

 以上になります」


 沈黙が応接室を満たす。

 結局何も判っていないという事じゃないか。

 隊長が更に紙が有る事に気が付いてそれを読んで、顔色を変える。


「失礼しました、まだ続きが有ります。

 現在、この研究所に向かって襲撃者と思われる1団が移動しているそうです。

 迎撃準備をするように、ただし研究所まで引きつけること。

 とあります」


 隊長の顔に汗が滲んでいるのが判る。

 そして、ギムさんの威圧感が増している。

 襲撃者が判明しているのに、研究所まで放置する、どういう意図かな?


「隊長さん、これは襲撃者を指揮している者を炙り出そうとしている、と言うことでしょうか?」


 私が質問する、とういか、それ以外に放置している理由は無い。

 どういう方法なのか襲撃者を特定できたので、襲撃者と連絡を取る者を特定したい、と言うことだろう。

 ただ、その連絡員も末端だろう。


「はっ、書かれていませんが、恐らくそうでしょう。

 ご安心ください。

 我々、コウシャン領 領主様直轄部隊の精鋭が確実に阻止してご覧に入れます」


「ふむ。 コウの町の守衛としては、どう動くべきかな」


「守衛の皆さんは、襲撃者の退路絶って逃亡されないように、直前まで周囲に潜んでいて頂こう」


 ギムさんの威圧感が更に増す、ちょっと怖い位だ。

 でも隊長も全く怯まない。


「魔導師様の襲撃を防げなかった汚名を濯ぎたい、了承して頂けないだろうか?」


 隊長も強い目でギムさんを見る。

 最初の襲撃に間に合わなかった失態を大きく感じているのだろうか?

 少しの間、見つめ合った後、ギムさんが目を摘むって頷いた。


「了解した。

 東の村に作った関所にも通達して怪しくとも通すようにしよう。

 それと、魔導師様の側に護衛を我々から付けたい」


「護衛ですか。

 領軍からでは不足か?」


「いや、魔導師様を保護した元視察団を招集する。

 我々の元視察団の実力では不足か?」


 ギムさんの提案にシーテさんの喉が鳴るのが聞こえる。

 ギムさん達のチームは領軍でも上位の戦闘力を持つそうだ。

 ただ、成果を上げすぎてしまい領軍内で地位を上げることに抵抗する勢力が居たため、退役する事になってしまった。

 そうじゃなければ、領軍でも選抜部隊、いや、領主様直轄部隊に配属されていた可能性だって有る。


「退役して数年経つが、問題無いか?」


「うむ。 問題無い、それに聖属性の魔術師も居る必要が有るだろう」


 隊長の側に副隊長が近づき、何かを話している。

 恐らく、事実関係を確認しているのだろう。


「魔導師様の周囲には元視察団のチームを配置することで了解した。

 万が一も無いが、魔導師様のお知り合いならその方が良いでしょう」


 その後、襲撃者への対応方法など細かく決めた。

 だけど、個人的にはギムさん達がまた集まる事への安心感の方が大きかった。



 それからの動きは目まぐるしい物だった。

 特にコウの町の守衛はその1/4を今回の襲撃に備えるために投入する事になった。

 コウの町と剣伽宇所の間の防衛ライン、東の村の関所とその周辺、そして研究所周辺。


 領軍の兵士も訓練を綿密に行っている。

 最初は普段の警備のように装い、相手が襲撃した瞬間に周囲か包囲する陣形を作る。

 それを数秒で行えるように繰り返している、それには鬼気迫る物がある。


 元視察団のチームで守衛をしているギムさんとブラウンさんジョムさん、そしてハリスさんも合流する。

 ギムさん率いる元視察団のチームは研究所の所員用に用意されている部屋に泊まって頂くことに。






 早馬での連絡で東の村の関所を該当する商人風の荷馬車が通過したとの連絡が来た。

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