第280話 愚者「愚者の遠吠え」
襲撃者達はコウの町の牢屋に移送される事が決まった。
馬を走らせて、領軍とコウの町と調整した結果だ。
私はその結果を聞くだけ、意見を言う立場に無い。
無論、魔導師の中位貴族相当の発言権は有るので口を挟めるし、襲われた当事者だ、だけど私に尋問したり捕虜じゃない襲撃者をどのように扱えば良いのかも知らない。
結果として、領軍の隊長に一任する形になっている。
「マイ様。
生き残りの襲撃者ですが、一応意識を取り戻しました。
薬の影響で詳細な話は難しいかもしれませんが、尋問なさいますか?」
研究所の執務室で、隊長が話しかけてきた。
コウの町へ移送する許可書へのサインを求められたので、内容を確認してサインする。
移送後は領軍の兵士数名とコウの町の守衛による取り調べがおこなれるとのこと。
考える。
会うべきだろうか?
迷ったので、シーテさんを見る。
シーテさんも考えているようだ。
「マイ様、魔術での確認も含めて尋問した方が良いかと」
「そうですね、では会いましょう」
「はい、明日には移送しますので、これから宜しいでしょうか?」
「ええ、構いません。」
生き残りの襲撃者は、一人ずつに分けられて、厳重に手足を拘束されていた。
口も自害しないように猿ぐつわをはめられている。
最初はリーダーらしい剣士だ、目がうつろで薬が効果を出しているのが判る。
兵士が2人、後ろについて猿ぐつわを外す。
私はシーテさんと並び、その前に隊長と兵士が守る立ち位置についている。
「貴方の名前を言えますか?」
私が問う。
うつろな目に殺気がこもる。
「き、貴様が魔女か、子供の姿なんて卑怯な……」
兵士が頭を掴んで、床に押しつける。
「名前を言え」
「名など捨てた、正義のために」
「私を襲った目的は?」
「悪を魔族を倒すのに理由など無い、ぞ、正しい事をしたまでだ」
何を言っているのだ、魔族と言っているが、この剣士も同じ人だ。
「貴方も同じ姿形をしていますけど?」
シーテさんが冷たい目で言い放つ。
「神の力で姿を変えているのだ、貴様らのような邪悪な姿をな」
兵士の人が頭を床に叩きつける。
更に叩きつけようとするのを私は制する。
「貴方の姿ですが、この町で行方不明になった人の姿です。
どうやったらその姿になったんですか?
そもそも、以前の姿は?
その顔は貴方の本当の姿ですね。
貴方は行方不明になった、この町の住民ですよ。
邪悪なのは誘拐をしここへ行くように言った貴方の上司です」
引っかけだ、どう反応する?
「嘘だ!嘘だ!
まやかしても騙されないぞ、邪悪な魔族の魔女め!
お前達に征服されたこの地を奪い返してやる!」
体を起こして襲いかかろうともがく。
兵士が布を口にあてがうと、カクンと力を失い倒れる。
何かの薬を染み込ませているのかな?
「隊長、新しい情報はありますか?」
「いえ、この者達はこれ以上の情報を持っていないと思われます。
他の襲撃者と同じでしょう」
シーテさんが私に顔を振りながら、これ以上は時間の無駄という感じで言う。
「マイ様、他の物の尋問は必要ないかと」
「そうですね」
狂信者だ、何を信じ込まれたのかは判らないが、信じたこと以外は全く受け付けない。
そういう風に教育されたんだ。
彼の言葉にはなんの意味も無い、ただ私を襲うためのでまかせを信じるためのこじつけを口にしているだけだ。
同様の例が無いわけじゃ無い。
辺境師団の兵士だった頃、盗賊団の討伐があった。
この時、保護された子供がそうだった、盗賊団の中が正義で兵士は弱者から搾取する悪の貴族の手先と信じ込んでいた。
そして、盗賊団は民から搾取する者達から金品を奪い返して民に還元しているのだと。
狂信的な目はあの襲撃者に通じるものがある。
襲撃者の目はそれよりも、もっと深く濁って取り返しが付かない狂気を含んでいるけど。
「シーテ、魔術で見た彼の様子は?
私が見る限り、魔力の素質は有るようですが、使用している気配がありません」
「はい、同じ判断です。
魔力はそれなりに有ります、が魔力を制御している感じは全くありませんでした」
「念のため、他の襲撃者も確認をお願いします。
魔法使いのような服装をした者と聖職者の様な服装をした者は、魔法を使える可能性があるので注意して下さい」
「はい。 了解しました」
魔力の検知に関してはシーテさんの方が優れている。
対象の魔力量を量るほどじゃないけど、魔力の流れというのか存在を検知するのは凄い上手だ。
任せてしまって問題無いと思う。
隊長も了解してくれた、同行した兵士の中に魔法使いは居るけど、精緻な魔術を使える人は居無いとのこと。
■■■■
夕方、研究室でシーテさんから魔法使いと聖職者の様な服装の襲撃者を確認した結果を聞いた。
「話している内容は剣士の襲撃者と変わらないわね、邪神の信奉者とか言われたわ。
で、魔法を使おうという気配は感じられなかったわ。
おかしいわね」
「ええ、誘拐された中には魔法使いとして魔法が使える子も多かったはずです、なのに何故?
思想を強制的に歪められた場合、魔法を使うことに影響は出るのでしょうか」
「判らないわ、でも強い精神的なショックがあると魔法を使うのに影響が出ることはあるわね」
「確実な情報が無いというのは歯痒いですね」
兎も角、情報が全く入ってきていない。
襲撃者の言葉も信用できない、襲うために都合の良い言い訳を刷り込まれただけだと思われるから。
そうなると、取れる手段は研究所の防衛を強化することだけだけど、これもコウの町から来る守衛の人数が増えること、領軍の兵士が常駐すること。
そして、コウの町と東の町の間にある東の村を関所として機能させること。
コウの町は、500年前の魔物の氾濫の時に要塞都市として作られた場所の廃墟を再建して作られた町だ、コウの町の東西南北には要塞都市を守る砦が配置されていた、それが今の東西南北の村の元になっている。
そして、コウの町は東の町以外の町と繋がる道は無い。
正確には整備されていない廃棄された道があるが利用者が居ない状況だね。
「シーテさん。
ギムさんに視察団経由で情報の収集を依頼できませんか?
領軍の隊長にも依頼するつもりですが」
「ええ、さっき有ったときにお願いしておいたわ。
領軍の方からの方が早いと思うけど、領主様直轄部隊なんでしょ」
「そうでした、連絡用の早馬を走らせている可能性は高いですね。
では、領軍からの情報が入ったら出来るだけギムさん達と情報共有出来る様にしましょう」
ふう。
研究室の椅子に深く座る。
研究は完全に止まってしまっている、暫くは外出も難しいだろう。
悩む。
ほとんど軟禁状態の私は移動制限が付いている、コウの町も東の町も実際は事前調整が必要になっている。
自由に移動できるのは研究所とその周辺の森の中までだ。
それもシーテさんを付き添わせるというのが必須になる。
私の安全や周囲の調整もあるので一概に悪いわけじゃ無いんだけど。
だから今回の出来事に対して、自分から率先して行動するということが出来ない。
領軍の兵士の魔法使いが行使している探索魔法を感じる。
定期的に行使されているこれは、侵入者の検知の他に私の居場所の安全確認も含まれている。
そのため、収納空間に入るという事が出来ない。
私の中にストレスが若干たまる。
「こういうときは、焦らずにドンと構えるくらいが丁度良いのよ。
時空魔導師様としてね」
「はい」
少し肩の荷が下りた気がした。
■■■■
翌日、襲撃者達は専用の護送車でコウの町へ運ばれていった。
コウの町にあんな護送車あったんだ、馬4頭で運ぶ頑丈な箱馬車だ。
領軍からも数名同行して行った。
それを研究所の窓から見送る。
彼らがどのような取り調べを受けるのかは領軍に一任してしまっている。
魔導師の居る研究所を襲撃して、守衛1人と民間人1人を殺しているのだ、すでに人権が無い物として扱われている。
その後、私は領軍の隊長から報告を受ける。
執務室でどっしり構えて。
まぁ、大きな椅子に沈み込んでいるので滑稽だけどね。
シーテさんが横にある机に座って書類の確認をしながらその様子を見ている。
「マイ様。
襲撃者の護送を開始しました」
「はい、ご苦労さまです。
引き続き研究所の警備を、守衛と協力してお願いします」
私は努めて冷静に答える。
隊長、かなり年上だけど私を見下すような感じは無い。
領主様直轄部隊なら兵士は貴族の親族が中心になるのじゃないのかな?
貴族の支配階級に居る人達は庶民を守る対象であると同時に格下と見る傾向がある。
だけど、この部隊の兵士は全員そういう選民意識が無い。
「何か?」
「いえ、私は魔導師とはいえ庶民出の者です、領主様直轄部隊なら貴族位を持つ人も多いと思います。
あまり良い顔をされないと思っていましたが、皆さん丁重に扱って下さっています、それが不思議で」
「当然です。
我々は領軍の中でも実力優先で選抜された領主様の意を汲んで動く部隊です。
くだらない貴族意識など持つ者は1人も居ません。
ご存じの遊撃部隊から引き抜かれた者も多いです。
だからこそ、我々が派遣されたのですね」
ほう。
領主様の直属部隊だから、ガリガリの貴族主義者の集まりだと思っていた。
領主様とは形式上の会話しかしていない。
けど政務に関しては質実堅実だとの話だ、必要な所は堅実なのだろうね。
領軍の指揮官階級は貴族関係者で大半を占められていると聞いたことがあるので、意外に感じた。
いざとなったとき、本当に信頼できる部隊を身の回りに置きたいのかもしれない。
「領主様から、魔導師様は将来コウシャン領にとって重要な人物になると言われています。
ならば、その芽を摘むような不埒者に触れさせません」
隊長が胸を張って宣言する。
「期待が大きいですね、それに答えられるように励まないといけませんね。
まずは、この騒動が早く収束することを願っています。
何か情報がありましたら知らせて下さい、対した助力は出来ないと思いますが、知らないというのは案外扶南なんですよ」
にっこり笑いながら隊長を見つめる。
襲撃に間に合っていなかった、守衛と民間人が死んだ、でも隊長にとっては私が生きていればそれでいいという考えなのかな?
隊長の私を見る目が少し怖い、値踏みをしているのかな。
「失礼しました、2名の死者を出している事、反省しております。
襲撃者の情報を掴めなかった、襲撃の応援が遅れた、叱責されても何も弁明いたしません」
「襲撃に間に合わなかった件については私ではなく領主様に判断を委ねます。
情報が来ていなかったのが問題です、守衛の人数を増やせていれば今回程度の襲撃者なら被害は少なかったはずです」
「はっ、ご配慮感謝します。
今回の襲撃に関しては我々も把握できておりませんでした。
領都に出した早馬に情報の提供を強く要請しております」
「よろしくお願いします」
その後、幾つかの調整を行った後、隊長が退室していった。
大きくため息をつく。
「お疲れ様、マイちゃん。
魔導師様としての振るまい大変だったでしょう」
「まったくです、肩がこりますよ。
で、隊長の報告、どう聞きました?」
「ええ、今回の多発的な襲撃は領でも把握していなかった異常事態の様ね」
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