第279話 愚者「ナルの帰郷」
研究所の応接室。
幾つか用意されているけど、今回は数人だけてて会う小さい部屋だ。
「ナルさん、お待たせしてすいません」
私は部屋に入ると、お茶を飲んで休んでいるナルさんに声を掛ける。
ナルさんが立ち上がって出迎える。
護衛の兵士の方には部屋の外で待機をお願いした。
兵士はシーテさんを同席させることで了承して貰えた。
ずいぶんアッサリと了承してくれたと思ったら、こっそりと、シーテさんの居た視察団のチームは領軍でも優秀と有名なんです、と教えてくれた。
「まず紹介します、私の助手をして貰っているシーテです。
彼女は優秀な魔術師で基本魔術においては私よりも優れた使い手ですよ」
「お初にお目にかかります。
コウの町で商人をしている家の次女でナルと言います。
領都の商会で働いていまして、今回、私の家に出向する形で帰郷することになりました」
少し緊張しながら挨拶をするナルさん。
立ち振る舞いは商人らしい雰囲気が身に付いてきている。
シーテさんは、軽く会釈だけして答えた。
私は着席を促して、対面に座る。
シーテさんがお茶の準備をしてくれる。
「久し振り、というほどでは無いですが、研究所の立ち上げとか有ったので久しい感じがします」
私が苦笑する。
最後に領都で会ってから半年も経っていない。
「私も、実家への出向が決まってその準備で忙しかったもんで。
私への連絡は直前だったけど、以前から私を戻して欲しいという連絡が商会に来ていたみたい」
ん?
ナルさんの実家、商店でナルさんを呼び戻したがっているのかな。
「理由は2つね。
1つは継ぐ予定だった長男の兄が体調を崩してもう何ヶ月も十分に働けていないの。
命がどうこうじゃないけど、跡継ぎとして働くのに不安があるから、私を後継者にするつもりなのかもね。
弟も居るのだけど、家業には興味が無いみたいで……。
もう1つが、私のお見合いね、コウの町に居た頃に親しかった男の子と会う予定。
何年も会っていないし連絡も取っていないから何ともかな?」
ナルさんは私より年上だから12歳か、成人前に結婚相手を決めるのは割と普通だ。
それに後継者の体調に不安がると、子供を作ることにも不安要素が出て来てしまう。
役所から後継者について一考する様に通達があったのかもしれない。
「お兄さんは結婚されていないんですか?」
「いえ、結婚していますし、子供も居るよ、小さいけど。
だから、私が商店を生涯継ぐのかは不明ね、個人的には甘味を扱うお店をコウの町に出店させたいから、兄の子供にいずれ商店を継いで貰いたい所。
コウの町は乳製品は充実しているけど、その他の材料が未だ少なくて高いのよ、だからその入手経路の構築からやらないといけないし、時間が幾ら有っても足りないわ」
ナルさんがコロコロ笑う、楽しそうだ。
きっと目標に向かって走り出したい気分なんだろう。
その目には力強い意思がある、領都でもその為の伝を幾つも構築しているんだろうな、でなければ帰郷する選択を取るとは思えない。
「所で、詳しく知らされていないんだけど、襲撃されたって本当?
大丈夫だった?」
一転して心配そうに訪ねてくる。
離せないことが多いので、少し考える。
「はい、守衛も居ますし、領軍の方が直ぐに駆けつけてくれたので私に危険はありませんでした」
私には、でも2人の命が失われている、そして襲撃者も2人死んでいる。
それは今話す事じゃないだろうね。
ナルさんがホッと胸をなで下ろすのが判る。
「良かった、でも有名になると襲われる危険もあるのね」
「そうですね、お金や権力が有ると、それを良くないと思う人は出て来てしまいます。
ナルさんも気をつけて下さい、甘味を食べすぎて太った人に恨まれますよ」
皮肉を言ってお互い笑う。
深刻な話をしてもどうしようも無い。
ドアがノックされて兵士の方が商人の出発の準備が終わった事を伝えてくれた。
「長居させてしまいましたね、コウの町で甘味が出来たら是非教えて下さい」
「ええ、まずは商店の経営を引き継がないと、領都とやり取りをするようになって、大分変わったらしいし」
私はナルさんと握手をして別れる。
シーテさんと私の2人だけになる。
私の横にシーテさんが座る。
短距離の探索魔術を使用すると扉の外に守衛さんが居るのが判る。
顔を寄せて小さい声で話す。
「彼女は、問題無いのね」
「はい、普通の甘い物が大好きな商人ですよ」
「うん、今は警戒しすぎる方が良いと思うわ。
領軍も護衛だけじゃない、多分だけどマイちゃんを囮にして襲撃者をあぶり出そうとしている可能性も考えないと」
そうだ襲撃が今回だけとは限らない。
そして魔導師を守るために来たという領軍の兵士達、目的はそうだけど襲撃者が来ることを予想というか期待している可能性もあるのか。
情報が足りなすぎて少しイライラする。
「ギムさんに情報の収集を依頼しても大丈夫ですか?
今は判らない事が多すぎて動きようが無いです」
「ええ、ギムも動いていると思うけど、今回に関しては期待しないで。
襲撃が行われるまで情報が来ないなんて普通無い。
おそらく領でも上層部が動いてる、貴族の情報は此方まで回ることは無いわ」
視察団の間で行われる情報交換も、何でも流れているわけでは無いのか。
それはそうだろう、視察団は元々冒険者や兵士の中でも優秀すぎて扱いに困った平民出の人達だ。
上層部が全ての情報を回していない、と言うことなんだろう。
私とシーテさんで研究所の門に行く。
もう出発してしまっているかな?
護衛の兵士は2人に増えていた、いつの間に?
あ、宿泊施設の所から商人の馬車が出て来た、丁度間に合ったようだ。
2台の幌付きの荷馬車が私達の前を通過する。
また、守衛と領軍の兵士も2人ずつ付き添っている。
護衛の兵士に聞いたら、襲撃者の受け入れの申し入れをするためだそう。
襲撃者が行方不明になっているコウの町や周辺の村の出身者の可能性が出て来たからだね。
幌の中からナルさんが顔を出して、お辞儀する。
御者席に居る商人と助手も頭を下げて敬意を示している。
私は、それを見送る。
立場上、あまり良くないのだけど、今回は知り合いである事と、商人が見聞で行方不明者である事を証言してくれた。
報償を出すほどの事じゃないけど、協力したことに感謝の意を示しても問題無い。
通常は貴族位を持つ者が平民に感謝する場合は幾つも間に挟んで行うから、異例であるのは確かだけど。
コウの町に向かう荷馬車を見送りながら、漠然と考えていた。
■■■■
コウの町へ商人の馬車が着いたのは、夜の鐘が鳴る直前だった。
約20km弱の距離、夏場で日が長いのも合わせてもギリギリだ。
商人達は守衛と領軍を同行していたので、入り口で簡単すぎる確認で町に入る。
ナルはその特例の様子を見ながら考える。
魔導師、マイが襲撃されたらしい、詳細は聞かされていないが荷馬車の主人になる商人の憔悴した様子からただ事ではないことは推測できる。
既に今回の襲撃に関しては正式発表があるまで公開禁止を言い渡されている。
事実上の箝口令だよ。
マイが襲われる理由は何だろうか?
魔導師とはいえ、時空魔術を使う非戦闘系だ戦力としての驚異度はとても低いはず。
それに魔導師になって未だ日が浅い、権威もこれからだ。
襲う理由が思い当たらない。
魔導師である、それ以外は。
話をしているマイの様子はいたって普段通りだった。
思い出す、野外実習の時に護衛の冒険者に襲われたとき。
マイは顔色一つ変えずに淡々とそして確実に対応していた、今頃になってその異常性に気がつく。
あの時、私達はおびえて避難するのが精一杯だった。
ただ凄い、冒険者と一緒に居て経験があった、と納得していた。
英雄マイの姿がダブる、私は英雄マイに会ったことが有るらしい、けど幼すぎて覚えていない。
母から聞いた英雄マイの様子が似ているんだね、不思議だ。
襲撃者はどうなったのだろうか?
無力化されているのは確かだ、でなければ私達がコウの町へ向かうことも出来なかったし、守衛や領軍が同行する理由も無い。
殺したのだろうか?
マイが人殺しをするイメージが湧かないが、その横に居た女性は違った、必要なら殺す、そういう雰囲気があった。
なら、守衛か助手の女性が戦ったのだろうね。
あの女性、元視察団のチームですごい魔術師様らしいし。
自宅の商店に着く。
領都に行くときより少し扱っている荷物が増えているような気がする。
父が出迎えてくれた、何も無かったのか聞いてきた、話せないので何も無かったと言う。
店内を見渡す、やはり扱っている商品が増えた、父と話すと領都から仕入れている物だそう。
領都の工業区画で生産された製品が中心で少し高価で小さい化粧道具とかナイフが並んでいる。
あと、安い宝飾品。
色ガラスで宝石を模して造られたネックレスとか、ちょっとオシャレが出来る物だね。
安い宝飾品は私の発案で扱ってみたけど、売れ行きは今ひとつらしい。
コウの町の女性も男性も宝飾品を身に付ける習慣が無い、ただ、収穫祭とかお祭りでは髪飾やリボンを付けるので、その時に向けて売れれば良いかなという感じらしい。
店の奥から子供が顔を出す、弟だ随分と大きくなったなぁ。
「お姉ちゃん、だれ?」
ガクーン
4年か、それだけで忘れられてしまっている、悲しいぞ姉としては。
「ナルお姉ちゃんだよー、ただいまー」
私は両膝を折り、目線を合わせて話しかける。
「ナルねえ~」
私に抱きついてくる弟、うん可愛いよ~、撫で繰り回す。
「あらあら、すっかり美人になって見違えたよ」
「お母さん、ただいま。
4年だけだよ、たいして変わってないと思うけどなぁ」
「お化粧しているでしょ、あと服もオシャレね」
「あ~、領都じゃこれくらいは庶民でも普通だったから。
コウの町の女の子達もこれ位普通になって貰おうよ、うちで売る商品で」
ぐっとこぶしを握って、ニカッ、と笑う。
弟もニカッする。
「うちの商品で~」
弟が私の真似をして言う。
うん、跡継ぎとして心強いよ。
うちの商店は、雑貨なので色々扱える。
領都の商会や製作所とも繋がりを持てた、これからだ。
甘味のお店を作りたい、し出来ればそのお店で独立だね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます