第278話 愚者「見聞」

「30秒程度、呼吸が出来なくて無力化できるものなのか?」


 領軍の隊長の言葉を、あえて聞かなかった事にする。

 話が進まなくなりそうだったからね。

 ギムさんが身体を揺らす、それだけで注目が集まる。


「最後は我々守衛ですね」


 ギムさんの普段の口調とは違うので違和感が大きい。

 あ、シーテさんの肩がプルプルしてる。


「コウの町の東門の塀の上で監視していた守衛が、研究所で打ち上がった花火に気がつきました。

 直ぐに守衛の基地と町長に連絡が行き、第1陣として我々戦闘部隊が騎馬で向かいました。

 現在大型の荷馬車3台に乗車している後衛部隊員がこちらに向かっています。

 もう間もなく到着するでしょう」


 コウの町の動きは早かった、おそらくだけど、緊急時の対応を事前に取り決めていたんだと思う。

 研究所は魔導師が居る、これはコウの町にとっては有利であると共に何かあった場合の責任問題は大きい。

 私という存在が与える影響について少し考える。

 私自身は大して変わっていないというのに。


「それで、襲撃者達ですが現状どうして居ますか?」


 ギムさんが相変わらず似合わない言葉遣いを使っている、とはいえ話し慣れているからこう言う場は多く経験しているのだろ。


「生存している3人については監視を付けて別々にしている。

 意識は戻り次第、連絡が来るようになっている。

 しかし、新しい情報が得られる可能性は低い。

 そもそも、連中は何も知らない、ただ目的だけで動いている感じだな」


 隊長が肩をすくめて、ヤレヤレという意思表示をする。

 領軍はある程度の情報を得ているようだ。


「で、魔導師様、これからいかがいたしましょう?」


 えっ、考えてなかった。

 状況を把握するのに精一杯で、これからについては真っ白だ。

 でも此処で狼狽えてはいけない、魔導師という立場でここに居るのだから。

 はあ。


「襲撃者に尋問、と考えていましたが、領軍の隊長の話では実行部隊で此処を襲撃した理由程度しか判らない、と考えて良いようですね。

 研究所の防衛に関してはコウの町に一任していますので、再調整することになるでしょう。

 それと、同行している商人は何者ですか?」


 私が隊長さんに目を向ける。


「はい、領都とコウの町の間を行き来している旅商人だそうです。

 それが何か?」


「いえ、念のためですが面通しを行いたいと。

 襲撃者はこの辺の情報をある程度持っていました、商人なら接触している可能性もあります」


 隊長さんが、フムと息を吐く。


「旅商人ですが人員の構成は商人とその弟子、あとコウの町に戻る少女が1人。

 それと護衛の冒険者が3人。

 冒険者はコウの町の冒険者だそうです。

 情報は得られるか不明です」


「東の町か領都か何処かで接触があったか、それだけでも確認できれば十分です。

 それと、襲撃者について此処で共有できる情報はありますか?」


 兎も角、襲撃者の目的が判らない。

 それに魔族とか悪の魔女とか、侵略者とか判らない単語も多い。

 隊長さんが全員を見渡して、そして副隊長に促す。

 何かの資料を手に取って話し出した。


「この件はまだ内密にお願いいたします。

 コウシャン領だけでなくトサホウ王国の東側の各領で頻発しているようです。

 目的は不明。

 重要施設の襲撃や要人の襲撃が行われています。

 人数は5人程度が多いようです、そして稚拙ですね。

 単発的な襲撃でそれぞれが組織だった物がありません。

 尋問した結果ですが、その」


 言いにくそうにしている。

 隊長が促す。


「どうも我々は世界征服を目論む魔族で、悪の存在なんだそうです。

 トサホウ王国は魔族が占領した地で魔族を駆逐し人族の手に戻すべきだとも。

 出身はキリシア聖王国と言っていましたが、その国の存在を確認していません。

 そして、襲撃者は自分たちを神から認められた使徒で正義の勇者とか言っている者達もいます」


 室内の様子が困惑に包まれているのが分かる。

 領軍の領主様直轄部隊の副隊長の言葉でなければ失笑している人も居ただろう。


「本気で信じているのですか?」


 これはシーテさん。

 気持ちはよく判る、なんでこんな滅茶苦茶な主張が出来るのだろうか。


「少なくても襲撃者達にとっては真実のようですね」


 副隊長もあきれた様子で終わる。

 ただ、私は危機感の方が大きくなってきている。


「そうですか。

 でも襲撃者は襲撃対象を明確に把握していたと言うことは、操っている者が背後に居ると思って良いようですね。

 黒幕に関しては領軍の方で動いているでしょうから、我々は此処での対応を考えましょう」


「ふむ。 コウの町としては東の町との間にある村の関所としての機能を強化する方向になるかと。

 幸い、コウの町は東の町を除くと他の町への道はほとんど使われていません。

 守るのには向いています」


 ギムさんが事を挟んだことで、襲撃者を背後で操っている存在についての話が途切れてしまった。

 隊長さんも話す気が無いようなので無理に聞いても仕方が無いだろう。


「最後に、皆さん迅速に応援に駆けつけて頂き感謝します。

 今夜はユックリ休んで下さい」


 私が領軍と守衛の人たちに向かって礼を言う。



 解散して、家に戻る。

 すっかり日が暮れてしまった。

 ナカオさんが夕食を温め直して用意してくれていた、それを食べながらシーテさんと話をする。


「シーテさん、お疲れ様でした。

 何かが起こっているのは確かですね」


「ええ、マイちゃん。

 視察団の方から情報が来なかったから私も判らないわね」


 シーテさんも情報を得ていない。

 これは異常事態だ。

 視察団はコウシャン領の中でも遊撃部隊として最新情報を共有している、退役したとはいえ仲間から情報は受け取っているらしい。

 これは、ギムさんたちが視察団として再招集される可能性があるための処置らしい。


 話をしていたら、探索魔術と幾つかの属性の結界が行使されたのが判った。

 領軍の魔法使いだろう、侵入者に対して非常に過敏に対応しているのが判る。

 領軍と守衛でこれだけ大人数なら襲撃の可能性は低いと思って良いかな?

 念のため、ということで今夜はシーテさんと一緒に寝ることにした。


 ようやく気を張る必要が無くなった、私は溢れてくる感情にシーテさんの豊満な胸の中で震えて泣いた。



■■■■



 翌日。

 早めに朝食を食べて、夜のうちに合流した領軍と守衛の後続部隊の人たちに挨拶を行う。

 領軍の兵達はしばらく研究所の警備を行うそうだ。

 守衛は周辺の探索を中心に東の村までの間を巡回する事、そして東の村に関所を設置する為の準備に入った。

 色々な話し合いをしている。



 詰め所近くの倉庫に移動していると、商人とおぼしき男性2人と女性が1人居る、ん?


「マイ様」


 ナルちゃんだ!

 顔が緩み、思わず駆け寄ってしまいそうになるが、グッとこらえる。


「お久しぶりです、ナルさん。

 時間に余裕がありましたら、お話を聞かせて下さい」


「はい、是非。

 私が乗ってきた馬車は早くても午後に出発になるとの事です」


 ナルちゃんがコウの町に戻ってきた。

 詳しいことは後で聞こう。

 軽く会釈する。


「ナルちゃん、此処は良いから行っておいで。

 戻ってくるまで出発は待つから」


 商人の男性が声を掛けてきた。

 私は着いてきていたオリウさんに研究所の応接室への案内を任せる。

 私の警護をしている領軍の兵士が近寄って確認してきた。


「マイ様、彼女は大丈夫ですか?」


「はい、私と一緒に領都の魔法学校に入学した子です。

 個人的に付き合いがあります。

 退学して領都の商会にて修行していることも知っています。

 コウの町の実家の商店に戻ってきたのでしょう」


 警戒していた領軍の兵士さんが少し気を緩める。

 商人の人、何処かで見たことがあると思ったら、毎年コウの町から魔法学校に入学する子供を乗せて行っている商人さんとのこと。

 私のことも覚えている、と言っていたけどギムさんの視察団チームが護衛に付いていたことで印象に残ったのかな?


「商人さん、魔法学校に入学するときはお世話になりました。

 これから襲撃者の見聞をお願いします。

 何処かで見たり話をしたりしていたら教えて下さい」


「はい、あの時の子が魔導師様になって戻られて私も嬉しいです。

 見聞ですが、何か役に立てば良いのですが……」


 商人さんとその弟子が少し戸惑いながら、兵士さんに連れられて移動する。

 私とシーテさんも後ろから様子を見る。


「生存している者達は未だ意識が戻っていません。

 尋問については領軍に一任して頂ければ」


 領軍の兵士が確認してくる。


「了解しました。 尋問もお任せしますが、場所はどうしますか?

 コウの町で場所の用意を依頼しますか?」


「研究所には牢屋が無いので、必要によってはコウの町の助力を依頼することになると思います。

 まずはここで意識が戻るのを待ちます」


「抵抗される危険は無いのですか?」


 シーテさんだ。

 懸念はもっともだ、剣士は兎も角 魔法を使える者が居ると拘束するのにも限界がある。


「手足を麻痺する薬を打っています。

 また、意識を朦朧とさせる薬も投与しているので魔法を使われる危険もありません。

 これは自殺をするのを防ぐ目的の方が大きいです」


 襲撃者の事は判らないけど、狂信的な傾向がある。

 なら、失敗したら自殺をする可能性は大きい。

 対応としては妥当だろう。

 朦朧というが自白剤の効果もあるのかもしれない。



 兵士と話をしていると、商人さんが慌てだした。

 それを付き添っている兵士がなだめている。


「何か?」


 私は近寄りながら訪ねる。


「マイ様、大変です。

 少なくても2人はコウの町の出身者で行方不明者です!」


 ビクン!

 身体が跳ねるのが判る。

 そして幾つかの情報が繋がる。

 領都で発生した町や村出身で魔法学校を退学した子供の誘拐、行方不明。

 その子供達が商工業国家を通じて帝国の方面に出荷されていた事。

 子供達は何らかの教育を施されて正常な思考を奪われている事も。


 帝国、大陸の北側でトサホウ王国とは大陸を東西に貫く山脈群で隔てられた、潜在的な敵対国家。

 帝国については詳しいことは判っていないのが実情だ、国交は一応あるらしいが、その程度だ。


「それは真か?

 誰かは判るか?」


「いえ、何処の誰かまでは、成長しているので面影からだけになります。

 でも行方不明になっている子の特徴があります。

 2人は間違いないと思って良いです。

 ですが、反逆なんてそんな」


 兵士の確認する言葉に、商人さんが顔から汗が流れ落としながら答える。

 国に魔導師に対して反逆しているのだ、その罪は重い、連座で親兄弟も処罰されかねない。

 場合によっては監督責任でコウの町の役職者も。

 私が声を掛ける。


「落ち着いてください。

 彼らは利用されているに過ぎない事は、ほぼ判明しています。

 肉親や近親者には聞き取りは有るかもしれませんが処罰される可能性はほぼ無いです」


 絶対に無いとは言えない。

 場合によっては政治的な判断で処罰される可能性はある。

 ただ、今までの情報が正しいのなら、襲撃者は洗脳されて送り込まれたコマに過ぎない。

 商人さんが落ち着くように、努めて穏やかに話しかける。

 商人の助手の人は、3年前に同行するようになったので判らないと答えていた。

 状況に戸惑っているのは同じだ。


 それにしても、規模が大きい割に目的も明確じゃ無いし、効果が出ているとも思えない。

 判っているのは、何らかの意図で同時多発的な反逆行為を発生させている、何者かが居る、それだけだ。

 後手に回りすぎている、手遅れになる前に対応する必要が有るが、私に何が出来るのだろう?


「判りました、他の3人についても確認を行った方が良いので、行方不明者の親族に確認させることも検討しましょう」


 兵士の人がまとめてくれる。

 商人の人を元気づけているようだ、人が良いのか、それともこれからの活動を円滑にするためなのかは、その背中からは読み取れない。






 私はその様子を見ながら、嫌な汗が止まらないのを自覚していた。

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