第277話 愚者「増援」

 馬の蹄の音が響く。

 音がどんどん大きくなってくる。

 コウの町からではない、早すぎる。

 襲撃者の増援だったらどう対応するか?


 いま戦えるのは、私とシーテさんの2人だけ。

 負傷者が1人、そして非戦闘員が1人。


「シーテさん、戦闘準備。

 増援の敵だと周辺の被害は無視して戦います。

 撤退も考慮して機会を逃さないように」


「そうね、タイミング的に救援とは思えないわね」



 蹄の音が大きくなり、そのまま馬に乗った兵士が6騎、研究所へ駆け込んでくる。

 兵士、しっかりとした領軍の装備だ。

 ほぼ敵じゃない。

 私達の目の前で停まる。

 抜刀していたが、様子を見て全員が剣を納めた。

 先頭の1人が下馬して私に向かって話しかけてくる。


「先触れも無く失礼します。

 我らはコウシャン領、領軍の領主直轄部隊に所属する者です。

 緊急の信号を確認して駆けつけました。

 戦いは終了しているようですが、指示を頂けますか?」


 丁重な対応だ。

 それに私を魔導師と認識している。

 他の兵士達も戦いは終了していることで、下馬して整列を始めている。


「迅速な応援感謝します。

 守衛が1名怪我をしています、聖属性の魔法使いか医療技術者が居ますでしょうか?」


「はっ。

 ナーデス、対応開始」


 ナーデスと呼ばれた女性兵士が馬から鞄を下ろして、腕を負傷した守衛さんの元に駆け寄る。

 それを見ながら、私は手にしたナイフを収納で納める。 シーテさんもショートソードを鞘に収めた。


「他の者は?」


「民間人1人が死亡、守衛1人も。

 襲撃者5人は、魔術の影響で死にかけています、試験的な魔術なので助かるかは不明です」


 私は、この部隊の隊長らしい人物を5人の襲撃者の元に案内する。

 拘束されているが、すでに2人は動かず死んでいるように見える。

 傷らしいものが一切無い状態の襲撃者を見て驚いている。


「この者達は?

 それにどうやって倒されたのでしょうか?」


「襲撃者の身元も目的も判りません、意味が判らない事を言っていました。

 倒し方については、開発中の為、秘匿させてもらいますが呼吸を一時的に止める効果が有る魔術と理解して頂ければ良いです」


「判りました。

 この場の整理を行っても構いませんか?」


「はい、許可します。

 それと、全部で6人でしょうか?」


「はっ。

 死者を丁重に移動させよ。

 それと襲撃者を一応手当てする、応急手当が出来る者が対応するように」


 指示を出した後、私とシーテさんに向かって頭を下げる。


「まず、戦いに遅れたことを謝罪します。

 我々は領主様からの指示で時空魔術研究所の警備に派遣されてきました。

 我々の他に馬車で移動している後方支援が5人ほど、庶民の旅商人と一緒に此方に向かっています」


 軍としては非常に小規模だ。

 普通は兵士を最小単位でも分隊で5人1組を2組として指揮官を含む11人程度の編成を取る、それを隊長含めて6人は何だろう。

 後方支援を少人数でも用意する理由が判らない。

 しかも領主様の直轄部隊、いわゆる精鋭部隊になる。

 彼らが領都を離れることは通常無い、有るとしたら領主様が領都から移動するときだけだ。


「なぜ、こんなに小規模なのでしょうか?

 それと、この襲撃を知っていたんですね」


「はい、現在、コウシャン領だけでも幾つかの反逆行為が発生しています。

 部隊の人数が少ないのはそのためですが、実力は保証します。

 襲撃対象は、特に重要な役職を持つ貴族や重要施設などが狙われております。

 魔導師様に危険が及ぶ可能性が高く、我々の派遣が決定されました」


 複数の反逆行為?

 しかも同時期に行われた?

 これの意味するところは何だろうか。


「同時多発的ですか?

 計画された物でしょうか」


「判りません、それぞれに繋がりは確認されて居ませんが、可能性は高いと読んでいます」


「襲撃者の身元の傾向は?」


 この手の内乱の場合、出身が偏る傾向があるはず。


「現在、戸籍の再編集の後なので確実では無いですが、戸籍が確認されていません、なので出身不明です」


「全部?」


「はい」


 おかしい、いくら魔物の氾濫があったとは言え、戸籍情報から漏れる人が大量に発生する物だろうか?

 そして、その情報を話してくれる所から見て、私達に情報を伝えるために来ている可能性も高い。

 もっと情報が欲しい、それと検討する時間も。


「隊長、馬たちを厩舎へ移動させても良いでしょうか?」


 兵士の1人が駆けてきて問い合わせる。

 隊長は私を見たので、頷いて了承する。


「許可する、あと馬車の受け入れのため、車庫の様子を確認するように」


「はっ」


 皆、テキパキと動く。

 亡くなった守衛と東の町の彼をシートで包み、詰め所の横に並べている。

 治療の方も終わったようで、詰め所の中に移動させている様子が見える。


「襲撃者の装備を見て判ることはありますか?」


 私が質問すると、言いにくそうな顔をする。

 なんだ。


「装備はありきたりな物です、が、作られた生産地が特定できていません」


 ありきたり過ぎて判らないのかな、高級品でも無い限り生産地名や工房名を入れる様なことは普通しないし。

 引っかかる、なんでこんな言い方をしたんだ。


「詳しい話は後ほど、もう間もなく後続も到着すると思います」


「隊長!」


 襲撃者の手当てをしていた兵士が呼ぶ。

 慌てている様子だ。


「なんだ?」


「1人死にました、残り2人も危険です」


「呼吸を一時的に止めたらしい、人工呼吸を行え。

 死んだ者にも心臓マッサージだ」


 数人がかりで、手当を進める。

 シーテさんが私のそばに来て私の様子を伺っている。


「大丈夫ですか?」


「ええ、今は」


 私が意識を切り替えていることは知っているので、その言葉で悲しそうな顔をさせてしまった。


「戦いですから、覚悟の上です」


 作り笑いだけど笑い返す。


「あの魔術、やはり致死性を抑えるのが難しいわね。

 効果がこんなに続くなんて思わなかったわ」


 シーテさんの感想に同意だ。

 ほんの数秒、息が出来なくなるだけ。

 正確には呼吸に必要な気体が含まれなくなるだけだ。

 使った気体は、ほぼ純粋な二酸化炭素と言っていた。

 気を失う程度を狙っていたのだけど、人間相手でもこの効果なのか。

 防ぐ方法も確立できない、風の魔術で自分自身を守るくらいしか無いかな。

 今治療している襲撃者も助かるのか判らないが、人工呼吸で無理矢理呼吸させれば助かる可能性は有るのかもしれない。


 程なくして、1人の蘇生に成功して、襲撃者はかろうじて3人が命を取り留めた。

 生き残ったのは、リーダーらしき剣士、魔法使い、聖職者?の3人だ。

 蘇生したのは魔法使い。



 一段落付いた所で、襲撃者の装備品を剥ぐ。

 何か分かる物があれば良いけど?

 倉庫の一画に並んでいく。


 剣が2本、どれも軍の標準規格品を模して作られた民生品のようだ。

 兵士の1人が剣をもって怪訝そうな顔をしている。

 同僚と話している様子を見るに、民生品にしては出来過ぎているらしい。

 弓も複数の木を組み合わせた物で、取り回しを考えて小型だけど威力はそれなりにありそうだ。

 盾や鎧、これも見た目は町の鍛冶屋が作ったような印象の作りなのに、接合部等の作りが微妙に上等なんだそう。


 決め手にはならない。

 コウシャン領は東西の交通の要衝であるが、主産業は農耕であり工業技術は進んでいるとは言えない。

 なので、別の領からの品物と言われると、否定できない。

 そうなると、別の領が国内で動乱を画策していることになるのだけど、今それを行う意味が判らない。


 判らない事だらけだ。

 そんな事をしていると、後続の荷馬車が到着した。

 旅商人はそのまま宿泊施設へ行って貰った。



■■■■



 夕方、コウの町からの応援が到着した。

 21名、コウの町でも主力部隊に相当する人達だ。

 隊長のギムさんも居る。

 私はようやく緊張を解くことが出来た。


 外側をコウの町の守衛が巡回、私を含む周辺を領軍が警護する配置になったようだ。


 守衛の詰め所の向かい側には兵士たち用の宿泊施設がある、普段は使われないので掃除からして貰うことになってしまうが、ギリギリ収容できた。

 駄目だったら、旅人用の宿泊施設を使って貰わないといけなかった。


 コウの町へ報告する守衛が走るのを見送る。


 研究所の中にある応接室に領都から来た部隊の隊長と副隊長。

 コウの町の守衛の隊長のギムさんと副隊長かな?

 そして、私とシーテさんが居る。

 目的は情報共有。


 あと、床に板の上にマットを敷いて負傷した守衛さんも居る。

 怪我人を無理させたくないのだけど、襲撃の状況を知っている唯一の証人になる、ナーデスさんだったか医療技術を持っている兵士が点滴を交換しながら容体を確認している。

 点滴、持ち運ぶ医療設備としてはかなり高度な物のはずだ、辺境師団でもごくたまにしか見たことが無い。


 全員の事項紹介を済ませた後、早速何が起きたのか確認が始まった。


「守衛殿、怪我をしている所で済まないが、襲撃者が来たときの状況を教えて頂きたい」


「判りました。

 昼を過ぎて間もない頃ですか。

 話し声が聞こえてきたので確認をしました。

 旅人用の宿泊施設近くで、東の町から来ていた男性と5人組が何やら話していました。

 男性は興奮しながら先導して5人組を研究所へ誘導してきました。

 魔導師様に正式な面会の約束をしている者達を案内してきた、と言っていました。

 自分も同席できるんです、とも。

 私達は先触れも聞いていませんでしたので、騙りを疑っていました。

 そしたら、大柄な剣士が男性の背中から心臓を剣で貫きました、即死だったと思います。

 同僚が鐘を鳴らしに走り、私は牽制のため剣を抜いて応戦を開始しました。

 しかし1対5でしたので、まともに応戦できず、同僚がもう1人の剣士に背中から切られている様子を見ていることしか出来ませんでした。

 5人組は私の力量を身測ったのか、囲んで襲ってきましたが、殺そうとはしませんでした。

 魔導師様は何処に居るのか、と聞いてきました、当然ですが無言です。

 その時、私のことを魔族とか悪の手先とか、悔い改めてから死ねとか、かなり変なことを言っていました。

 片腕に大きな怪我をしても生きていられたのは情報が欲しかったのでしょう。

 その時にマイ様とシーテ様が来られて、あっという間に5人組を無力化されました。

 どんな方法なのか判りませんでした」


 守衛さんが一気に話すと、荒い息をしながら目を閉じた。

 容体を見ていたナーデスさんが,これ以上は無理だと告げる。


「もう休ませた方が良いでしょう」


「うむ、丁重に移動させよ」


 部屋の外に居た兵士数名がマットが乗った板ごと持ち上げて移動させていく。

 ナーデスさんも同行していく。

 同じ階の客間を病室として使うことになっている。


 扉が閉じられるのを待ってから、私の方の説明を行った。


「こちらは、研究室での研究中に守衛の鐘を聞いて門へ向かいました。

 門の近くで様子を見て、守衛が嬲られていたが見えました。

 直ぐに殺す様子は無かったので打ち合わせを行い、私マイと助手シーテが協力して行使する複合魔術を行使しました。

 仕組みは省略しますが範囲内の対象に対して十数秒から30秒程度、呼吸を困難にさせる効果がある魔術を行使しました。

 威力の調整が出来ていない試行錯誤中の術ですが、効果は5人を抵抗する間もなく無力化、そして数名は死亡するほどです。

 その後、東の町の男性の死亡を確認。

 もう1人の守衛の息を引き取るのを確認しました。

 守衛は、任務を全うした、と言い残しました。

 無力化した5人組を確認している所で、領軍の兵士方が合流しました」


 収納空間に入れることや時空転移については隠す。

 まだ話す状況じゃないし余計な混乱を招く。






 領軍の隊長が呟く。


「30秒程度、呼吸が出来なくて無力化できるものなのか?」

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