第276話 愚者「襲撃」
浮かれていた。
ついに、ようやく、魔導師様と助手の魔術師様に会えた。
その上に、会話をして顔を見ることが出来た。
有頂天になっているのを自覚できる。 なんという高揚感だろう。
助手の魔術師様は、魅力的な女性でいかにも強い魔術師という雰囲気を持っていた。
だが、魔導師様は別格だ。
小柄な体に幼い顔つき、細い手足で繊細な少女。 此の世の者とは思えない。
それに真逆な知識を蓄えた深い深淵を覗く吸い込まれるような大きな瞳。
自分の感情が恋なのか盲信なのか判らない、ただ、もっと近くに居たい、その思いだけが心に占める。
もう宿泊施設から離れない、いや、研究所の中に入りたい。
もっと役に立たねば、周辺の整備では足りない。
何かないか?
褒めて貰えるような事は。
髪をかきむしる、自分の思いに反して出来る事が何も無い。
ああ、もっとお側に。
■■■■
駄目だった、トロアスと言ったか、彼は東の町へ戻ろうとはしなかった。
領都から宰相様の指示で、戻るように言付けが出たと連絡が来た。
東の町の方も、宰相様からの言付けが出たので流石に手を引こうとした、が彼はそれに従わなかった。
東の町の町長からコウの町のコウさん経由で謝罪と強制的に連れ戻すための準備をしている、という連絡を受けたが、大丈夫だろうか?
本格的に宿泊施設に定住しようとしているのだけど。
今日も守衛からの報告で、一方的に私やシーテさんの事を褒め称える言葉を話し続けたと聞いた時は、流石に頭を抱えた。
私に会いたいと、研究所の外周をうろつく有様だ。
状況は悪化している。
どうも先日の魔物との戦いを見ていたようで、本物の魔術に影響を受けたようだ。
シーテさんとの共同魔術(名前は無い)は風で作る筒が土を巻き上げて派手に見えるので、見た目の派手さを見ているだけかな?
魔法の素質は無いという報告を受けているし。
対策を検討したが、東の町からの迎えが来るまで待つしか無いようだね。
事件はそんな日が続いた曇りの日に起きた。
カンカンカンカン!
激しく鐘が鳴り響く、近い、研究所の門から発せられている。
緊急事態を告げるが、直ぐに鳴り止む。
このとき、私はシーテさんと呼吸を止めてしまう魔法の致死性を下げる検討をしていた所だ。
慌ててシーテさんと研究室を飛び出して門へ向かう。
途中、ナカオさんに家に戻って戸締まりをするように指示する。
前庭を抜けて、守衛の詰め所と正門が見えようとした所でシーテさんに止められる。
「停まってマイちゃん」
「どうしたんですか?」
「もし襲撃者なら挟み撃ちにしたいの、私を収納して相手の後ろに取り出しましょう。
で、さっきの魔法を使いましょう」
一寸考える、が時間が惜しいので頷いて、シーテさんを収納する。
念のため、遠隔視覚で外の様子を見えるように準備する。
守衛の詰め所がある正門の近くに着く。
物陰から遠隔視覚を使い様子を見るて、映像をシーテさんと共有する。
5人組が守衛と戦っている、いや守衛がいたぶられている。
5人の詳細を観察している暇は無い。
2人の守衛のうち1人は地面にうつ伏せに倒れて動かない。
もう1人は片腕にひどい怪我をして、無事な腕で剣を振って牽制するのが精一杯だ。
「何をしているんですか!」
私は飛び出して叫ぶ。
と同時に遠隔視覚で5人組の背後を視点位置に設定して外の様子を収納空間内に投影しシーテさんに見せる。
「なぜ魔族の子供が?」
「邪悪の手先です、油断しないように」
「楽しめそうだな」
色々言っている、意味不明だが、襲撃である事は間違いない。
服装は冒険者のそれに合わせている感じだが、偽装なのだろう。
「に、逃げて下さい」
片膝をついて動けない守衛さんが言うが、言葉に力が無い。
襲撃者は私が逃げないのを良いことに真っ正面から歩いてくる。
シーテさんを守衛さんの見えない位置に取り出す。
少しふらつくが、気がつかれずに私とで5人組を挟む位置を確保する。
「動くなよ、邪悪な魔導師の居場所を吐けば苦しまずに殺してやる」
獰猛な顔で、血が付いた剣を見せびらかす。
私の意識は戦闘状態に一気に変わっている、そして無慈悲に魔術を行使する。
風の結界だ。
5人組の周囲を風が包む、中は無風状態になる。
驚いているようだ。
「魔法使いか」
「魔導師の弟子か?」
「一気に殺すぞ!」
「たいしたことは無い」
「侵略者どもが!」
魔術が攻撃では無いことで、落ち着きを取り戻して武器を構える。 違和感がある。
でも遅い、既にシーテさんの構築した呼吸できない気体の塊が音も無く落ちてくる。
そして、結界内の空気が完全に入れ替わる。
パタパタと、力が抜けて膝から崩れ倒れていく。
呼吸が出来ないことに気がついてもいないようだ。
5人とも倒れて痙攣している、既に意識も無い。
私はその威力に戦慄を覚えるが、後回し。
風の結界を解いて、空気を散らす。
念のため大きく迂回しながら腕を怪我している守衛さんの所へ走る。
「大丈夫ですか?」
地面に倒れ伏せている守衛さんは背中に胸から腹にかけて大きな傷が有り血が大量に流れている、まだ生きている。 が致命傷だ……。
腕を怪我している守衛さんは、なんで5人が倒れたのか判らず混乱している、腕の怪我がひどくこちらも出血がひどい。
直ぐに止血をしようとすると、止められて自分で止血を始めた。
苦しそうなのに私に言葉を掛ける。
「マイ様、緊急信号を打ち上げて下さい、今日の風の向きならコウの町まで音が届くはずです」
シーテさんに5人の拘束をお願いして、詰め所に入る。
コウの町から戻ってきた時に、連絡用の打ち上げ花火がある事を確認して、使い方を覚えておいたんだ。
直ぐに使用することになるとは思わなかった。
幾つかある中から、3つの筒が束になったものを2組用意する。
導火線に火を付ける。
まず1つ目が打ち上がり、かなり高い所でドンと大きな音がする。
続いて2つ目が上がる、ポポンという音がする、見ると黒い煙が漂っている。
3つ目、同じくポポンという音で、今度は赤い色の煙が漂う。
これは、最初の花火が合図。
2つ目の花火は襲撃を示し、3つめがけが人が発生を示している。
少し時間をおいて、もう1組の同じ内容の打ち上げ花火を打ち上げる。
これで、コウの町の守衛が気がついてくれれば馬を走らせて来てくれるはず。
腕の応急手当をした守衛さんは血を流しすぎたようで、座り込んで動けないで居る。
門の入り口付近に倒れている守衛に近寄る、東の町から来た彼も倒れているのを見つける。
近寄って確認したが、すでに死んでいた。
「意識はありますか?」
倒れている守衛の背中に布を当て仰向けに起こして声を掛ける。
彼は鐘を鳴らしている所を後ろから刺されたようだ。
止血を試みるが、胸まで貫通している傷の押さえた布から血がどんどん滲んでくる。
「マイ様はご無事ですか?
襲撃者は?」
「私もシーテも同僚さんも無事です、襲撃者は倒しました。
……ありがとうございます。
言い残すことはありますか?」
顔色が青色から土色に変わっていく。
「家族は居ませんので、職務を遂行したと隊長に」
私は死んでいく戦友に対して贈る言葉を口にする。
守衛の手を取り胸に当てて静かに呟く。
「はい、確かに。
貴殿の命は私達を救い、その誇りは私たちが生きている限り私たちの心に生き続けます。
いずれまた会う時まで」
守衛さんが驚いて目を見開く。
「これは辺境師団の兵士が死んだ戦友に贈る言葉……。
なぜ貴女が、まさか、そんな。
マイ、貴女なんですか?」
私は小さく頷く。
「よかった、ありがとう生きていてくれて、ありがとう守ることができて」
ボロボロ涙を流す守衛さん、そうだ、この人は北の森で巨大な黒い雫から出た巨人とオーガと対したベテランの守衛の1人で辺境師団を退役した人だ、なぜ忘れていたんだろう。
北の森での緊張しながら笑っていた顔が思い出される。
少し笑うと、そのまま手から力が抜けた。
守衛さんの両手を胸に乗せ。
目を閉じて冥福を祈る。
色々な思いが溢れ出てこようとしているが、押しとどめる、それは今は必要ない夜で良い。
顔を上げる、シーテさんが5人の拘束を済ませていた。
私は詰め所に行き救急箱を持ちだしてくる。
腕を怪我している守衛さんに持って行く。
ただ、ここまでひどい怪我だと痛み止めぐらいしか出来ない。
詰め所にあったマントを敷いて横になって貰う。
私は5人組の襲撃者を見に行く、シーテさんが縛り終え、目隠しと猿ぐつわを終えたところだ。
戦闘状態の私は感情も無く見つめる。
外見から、剣士が2名、弓士の様な装備が1名、魔法使いが1名、聖職者?が1名。
使っている武器も町で売られているような物に見える。
盗賊には見えない、外見は普通の冒険者だけど微妙な違和感がある。
「シーテさん、彼らは何者でしょうか」
「判らないわ、武器も一般的なものだし、構成もありきたりね。
ただ、全員から魔力の素質は感じるのに全員魔法を使っている様子が無かったわ」
そうだ、私が魔術を展開したとき、後衛の魔法使いと聖職者らしい2人は何も対応策を取ろうとしなかった。
威力も何も無い風で周囲を囲むだけの魔術と見破ったとも思えない。
なのに魔法使いみたいな装備をしている。
「年齢が近いですね」
冒険者なら、知り合いでチームを組むことが多い、それは幼馴染みだったり近所の友人だったり。
だから年齢が近いのは不思議では無い。
でも盗賊ではそれは珍しい。
「うーん、確かに。
でも、何かな、変ね?」
シーテさんも違和感を感じたようだ。
見ていたら、痙攣していた2名が動かなくなった。
「シーテさん、この魔法は継続的なダメージがあるんですか?」
慌てる、出来れば情報を引き出してから処罰を判断したい。
残りの3人も、状況は良くない。
どうしたら良いのか判らない、そもそも呼吸できない気体を短時間吸わせただけだ、なんでこんな事になるのかすら理解できていない。
「ま、マイ様?」
と、ナカオさんが危険なのに様子を見に出て来た。
手にはホウキを持っている、何のつもりなんだか。
本当はこんな事すると周りの足を引っ張るだけで良いことは無い。
状況が終息したから声を掛けたのかな。
「ナカオさん、一応もう大丈夫ですが、研究所の方で待機していてください」
「は、はい。 あれ?」
ドドドドド
音が響いてくる。
探索魔術を行使するまでも無い、複数の馬の駆ける音が聞こえてきた。
コウの町から? 時間的にも方向的にも違う、敵か?
私は最大限に警戒度を上げた。
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