第274話 愚者「魔物戦闘」
前方に広がる黒い大地、その中にうごめくオークとオーガ、そしてアー・オーガ。
その動きには以前見た鈍重な印象は無い。
黒い大地の中で戦うのは無謀だ。
全員に対処方法が伝わっているのか黒い大地に侵入して戦う守衛も冒険者も居ない。
挑発で放たれる弓がオークに当たるが掠り傷にも成らない。
その様子にギムさんが渋い顔をする。
「むう。 予想以上にやっかいだな」
「はい、低位種のゴブリンですら熟練の剣士が傷つけることが出来ませんでしたからね」
「そうだった、な」
やや小康状態だ、1匹のオークが黒い大地を飛び出して襲いかかってきたが、直ぐに弱体化して3つの小隊に囲まれて一方的に攻撃を受けている。
分厚い体表で攻撃が通りにくい、そしてオーク、オーガは1回の攻撃が強力だけど隙が大きい。
弱体化して単体ならそこまで脅威では無い。
ゴブリンは黒い大地の中でも知能が低いのか、そのまま黒い大地から出て弱体化したところを狩られていく。
光属性の範囲攻撃と炎や土の攻撃魔法が黒い大地に当たっている、今のところ割れる様子は見られない。
以前見たときは、オーク1匹にゴブリン数匹だった、その規模に比べると非常に大きい。
この場所だから?
ズズズ
ん? 奇妙な感覚で周囲を見渡す、感が危険を知らせてくる。
探索魔術を行使する、黒い雫の影響範囲が広がっている!
よく見ると、アー・オーガがこちらに進んでいて、その分、黒い大地がこちら側へ広がっている。
「ギムさん! 黒い大地の影響範囲が移動している懸念があります」
数匹のオークが飛び出して冒険者と交戦に入る、が、黒い大地の範囲内だ。
気がつかない冒険者が一方的に攻撃にさらされる。
「聞け! アー・オーガと共に黒い大地がこちらに移動している、黒い大地の影響範囲から離脱せよ!」
オークと戦闘に入っていた冒険者が後方の冒険者から声を掛けられて援護を受けながら後退する。
何人かが肩を借りて移動している、負傷したのか。
「うむ。 不味い状況になったな、このまま押し込まれると逃げ場が無くなる」
今、私たちはコウの町を背にして戦っている。
距離は離れているが、遠いわけでは無い。
パリィン
特徴的な黒い大地が割れる音がする、やったか?
いや、割れたのは先頭のオークの周辺だけだ、そしてまた黒い大地が広がってくるのが見える。
「今だ! 黒い大地の加護が無いオークを仕留めるぞ。
一気に掛かれ!」
小隊の隊長かな、が指示を出す。
槍が四方から突き刺さり風の魔術の攻撃で頭がズタズタに引き裂かれ、あっという間に仕留められる。
でも全体の数はまだ多い。
「私たちも黒い大地に攻撃を加えた方が良くない?」
シーテさんがギムさんに言う。
ギムさんは少し悩んで、それを止める。
それはコウの町から馬が駆けてくるのが見えたからだ。
「ハリスが間に合ったようだ、シーテは魔物への攻撃の為に魔力を温存しておいてくれ」
「了解」
程なくして馬に乗ったハリスさんと数人の教会かな医療関係者らしい人たちが到着する。
「遅くなりました、私は黒い大地へ浄化を行います。
怪我人がいましたら、こちらへ移動させて下さい、治療を行います」
ハリスさんも聖属性の魔術師でコウの町の教会ではそれなりに高い地位に就いている。
今回の協会側の隊長はハリスさんなのだろう。
険しい表情のハリスさんが、私を見つけてニコリと笑いかけてくれた。
ハリスさんは2人の供の人たちと魔物のいない黒い大地に近づくと、3人で浄化の魔術の行使を始めた。
供の2人は聖属性の特性を持った人かな?
パン、バリン
効果はてきめんで、黒い大地が一気に割れた。
それを探索魔術で確認していると、また黒い大地の反応が現れた。
染み出るように、どこから?
「ギム、黒い大地が割れた、けど、アー・オーガから黒い大地が染み出しているわ」
私より探索魔術が強力なシーテさんが言う。
遠隔視覚で見ると、アー・オーガが黒い霧のような物をまとっていて、それが地面に触れると黒い大地のようになるようだ、ただ黒い大地ほど黒くは無い。
兎も角、アー・オーガを早急に倒す必要が出た。
「むう。 そうか、今の戦力でアー・オーガとやり合うには周りの魔物を取り除く必要がある。
何か手は無いか?」
シーテさんが私を見る、手で輪を作り延ばすジェスチャーだ、あの魔術か威力は十分だけど効果はあるのだろうか?
兎も角、了承する。
「ギム、私とマイちゃんで遠距離攻撃をするわ。
たぶんそれなりに効果はあるはず」
全体の戦闘は混戦に近くなってきてしまっている。
黒い大地が割れたことで、オーク、オーガが一斉に攻撃を仕掛けてしまったんだ。
今のところは防衛を中心に魔法や浄化で弱った所から倒していく方法が上手くいっている。
けど、数名が怪我を負ってこちらへ待避してくる様子も見える。
私とシーテさんがギムさんの居る指令所から進み後衛の魔法使いや弓を使っている人たちのそばに行く。
「マイ様、狙いはアー・オーガの胸の魔石です。
動きは鈍いですが何度も当てられるとは思わない方が良いでしょう」
「判っています、術を行使します、シーテも併せて下さい」
「はい、畏まりました」
周囲には守衛と冒険者が居るので言葉使いに注意する。
私は収納空間から短槍を取り出す。
これは自衛用に入手したもので非力な女性が接近戦をしないようにするためにと配備されている。
これが収納空間に5本。
その短槍を核に氷を纏わせていく。
以前、氷の塊を形成するときに形状が安定しなかった、これを軸となる短槍を用意することでかなり綺麗な先端の尖った筒状に形成することが出来るようになった。
だけど、その形状を生成するのともう1つで一杯一杯だ。
シーテさんの魔術が行使される、風の筒と言うのだろうか?
射出するときに回転させると安定する、これは常識だけど、氷を昇華させて打ち出した瞬間は不安定で狙いがずれる原因となる。
これを防ぐのと、回転する風を竜巻のように前方へ移動させるようにすることで進む力を阻害せずに氷の槍に回転を付加できる。
照準をシーテさんが行う。
つまり、1人で難しい魔術を2人掛かりで行使しようというのだ。
強力な風の魔術の行使に周囲の守衛と冒険者が呆然と見つめるが、こちらにも余裕が無い。
「マイ様、照準良し、いつでも」
短槍を核に生成した氷の槍が魔力を帯びて輝く。
「初弾、行きます!」
私は短槍を核に生成した氷の槍の後方の氷を昇華させる。
爆発的な推進力が発生する、その勢いを散らさないようにするため、後方から収納爆発を応用した障壁も用意した。
ズドン!
一筋の槍の軌跡がアー・オーガの胸に一直線に突き刺さる。
私もシーテさんも発射した衝撃に耐える。
昇華した水蒸気が霧になって包まれる。
風の筒も昇華した水蒸気の威力でバラバラになっている。
グガ?
アー・オーガが自分に起きたことに驚愕している。
手に持っている盾に穴が開き、その先の胸の中に短槍が埋まってる。
ユックリと倒れていく。
短槍を核にした理由の1つがこれだ、氷だと威力に耐えきれず、途中で壊れてバラバラになってしまう。
それを解消するために短槍を核としたんだ。
実験での威力は馬鹿げた物で、数本の木々というか森を破壊しながら突き進んで、岩を破壊して停まったほどだ。
少しの静寂の後、守衛と冒険者が雄叫びを上げる。
これだけ強力な遠距離攻撃はそうそう無いだろう。
探索魔術を行使する、冷静になっている私は直ぐに行動に移す。
「シーテ、次弾準備。
アー・オーガは健在です」
「は、はい」
私たちが次弾の準備を開始したのを見て、歓声を上げていた彼らはアー・オーガを見る。
むくりと上半身を起き上がらせる。
その表情は驚愕と怒りで占められている。
グオォォォ
アー・オーガの叫びでオーガが一斉に私たちに向かってきた。
まずい。
「魔導師様を守れ!
相手は焦って居るぞ、好機だしくじるなよ!」
各所の小隊長が指示を飛ばし、接近するオーガに攻撃を加えて足止めをしている。
ハリスさんもオーガへ積極的に浄化魔術を行使して無力化していく。
「照準良し」
「次で決めます、発射!」
ズドン!
2発目が発射される。
片膝をついて身体を起こしたアー・オーガの喉元に吸い込まれるように突き刺さる。
頭が胴体から切り離されて宙を舞う。
驚愕に歪んだ頭が大きく打ち上げられて、落ちる。
頭を失ったアー・オーガはそのまま前のめりに倒れ、動かなくなる、探索魔術での反応も消える。
今度こそ、討伐した。
アー・オーガが倒されたことに動揺したのか?
オーガ達が明らかにうろたえたような動きになり、統率が無くなった。
あとは、一方的だった。
足を潰され動けなくなった所を集中攻撃。
魔法で顔を焼かれめちゃくちゃに暴れて他の魔物と一緒に槍で突きさされる。
弱体化で動けなくなったのか、地面に倒れ伏せて、地面にかじりついているオークの首をはねる。
程なくして魔物の討伐が完了したことが、宣言された。
私とシーテさんはギムさんの居る指揮所に戻る。
「うむ。 見事な攻撃だった、凄まじいな」
「ええ、ギム。
でも私1人では出来ない魔術よ、私とマイちゃんの共同作業ということ」
軍隊の魔術師は共同で魔術を使うのが普通だ、多人数で協調することで個人の負担を減らすことも出来て威力も向上する。
魔法使いはこれが苦手だ、個人ごとの特性がバラバラで協調できない、なので協力はできても共同はしないのが普通。
私とシーテさんは魔導師と魔術師だ、魔術を連携して協調することには何の問題も無い。
この戦いでの死者は2名、負傷者は十数名だった。
今回の規模の戦闘では圧倒的に少ない被害だった、と聞かされた。
■■■■
魔物との戦闘、これを直に見たのは初めてだ。
コウの町から時空魔術研究所の隣にある宿泊施設へ移動しようとしていた時、その戦闘場面に遭遇した。
数では人の方が多かったが、大きな魔物に勝てるとは思えなかった。
空から人が降りてきた、女性2人。
方向から、魔導師様とその助手の魔術師だろう。
ああ、彼女たちか。
ようやく見ることが出来た。
俺は、彼女たちに親しくなるために来ている。
目的は知らされていない、とにかくそばに居て会う機会を得て、少しでも親しくなれ。 そう指示を受けて。
特に目立った才能も無い自分が遠縁とはいえ町長の言葉に逆らえるわけも無く、かといって特に方法があるわけじゃ無い。
なので、研究所の隣にある宿泊施設に通うことになった。
これも指示されたことだ、直接関わろうとすれば排除される、だからギリギリ側に居ることで機会をうかがうという事だそう。
まぁ、やりたいことも無かったし、どうでも良い。
漫然とコウの町で資金を受け取り準備をして宿泊施設に行く、そして宿泊施設の周辺を整備しながら数日過ごし、東の町の商人と落ち合って情報交換をして、またコウの町へ戻る。
コウの町の守衛の対応は徹底していて、挨拶をしても目配せ程度の挨拶しか返してくれない。
少しでも会話できれば、情が湧くように付け入っても良いのだけど。
これが1月ほど過ぎた、いい加減 諦めて欲しいと思うけど、今の生活もまあ何もしていないけど悪くは無い。
コウの町で資金を受け取ったときの指示も現状を維持せよ、だった。
宿泊施設へ向かう。
背負っている荷物には数日分の荷物が入っている。
東の町の商人に会えれば、更に数日は泊まることなる。
コウの町を出たところで鐘の音が鳴り響いた、これは魔物が発生した事を示す鐘の音だ。
どうでも良い、場所は判らないけど守衛や冒険者が上手く対応してくれるだろう。
歩いていると、左手の開けた場所に黒い雫が発生しているのが見えた。
そして、そこへ向かって、馬に乗った守衛と馬車に乗っている冒険者達。
うわあ、実戦だ。
なんか他人事というのか現実的に感じられなかった。
そこに空から降りてきた女性2人。
感想は小さいな、だった。
魔導師がまだ成人もしていない少女と聞かされてはいた、遠目には髪の長さから女性と判った程度だ。
戦いが始まっている、近くの石に座って暢気に見物する。
どっちが有利なのか判らない、戦いは素人だ。
どんな状況下判らないまま眺める。
突然大きな音が鳴り響く。 体が跳ね起きる。
遠くに居た一番大きな魔物への攻撃、魔導師とその助手の魔術師によるものだ。
心臓が音を立てているのが判る。
凄まじい音がしたと思ったら1撃で倒れた、遠目でも判る、他の魔法使いとは格の違う魔術だ。
更にもう1撃、守衛や冒険者達の歓声が響き渡る、討伐したのだろう。
これが魔術、これが魔導師!
気が付いたら、手が震えるほど握りしめていた。
心の中に熱い物が涌いてくるのが判る、彼女たちに会いたい!
自分の思いを伝えたい、強くそう思う。
俺は、彼女たちがコウの町へ移動していく様子をただ眺め続けていた。
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