第273話 愚者「三顧の礼?」

 守衛の詰め所、その窓から宿泊施設の方を見る。

 1人の男性が草むしりをしている様子が見える。


「マイ様、彼は朝 我々に挨拶した後は旅人用の宿泊施設や馬小屋の掃除や草むしりをしています。

 数日おきにコウの町に戻っていますが、町では宿に宿泊していて特に仕事はしていないようです」


 守衛さんが説明してくれる。

 彼は結局、数日したらまた研究所の横に有る宿泊施設に戻ってきて宿泊施設の整備をしている。

 何処かで私が折れて面会することを期待しているのかもしれない。

 だとしても会うわけには行かない、1つでも例外を作ってしまえば後はなし崩し的に面会を求める人達で溢れるだろうから。


 ハア。


 溜息が漏れる、どうすれば良いのか?

 そもそも彼は何者なんだろう。

 それを守衛さんに聞く。


「東の町の出身者で良いのですか。

 素性が判っているのでしょうか?」


「いえ、今、東の町の町長に問い合わせを行っていますが回答はありません。

 正直言いますと、コウの町と東の町は、魔物の氾濫の以前から仲が良いとは言えません。

 表面上は同じ領都の直轄の町ですが、東の町としてはコウの町は格下で管理していると考えているようで。

 なので、魔物の氾濫で被害が少なかった事も、魔導師様が来られたことも、不満に思っているようです」


 東の町は幾つかの街道が集まって要衝となっている関係で商業的に発展している。

 町の人口規模で言えば、コウの町の倍以上だろう、それに訪れる旅人や商人が加わり人の数は段違いだ。町の面積はコウの町の方が広いけどね。

 どっちが上かは意味の無い事だと思うけど、東の町がなければ物が売れないし買えないので交渉ではどうしてもコウの町は下手になることが多かった。 だから感覚的に格下に見ているのだろう。

 ただ、コウの町は領都と直接荷物の仕入れを始めている、そして東の町が仲介料としてかなり儲けている事に気が付いた。

 今は領都や他の町の商品の価格を参考に交渉を始めているらしい。

 東の町からしたらコウの町が言うことを聞かなくなったのが忌忌しいのかもしれない。


「そうですか、兎に角、情に訴えられないように。

 一目だけでも、と少しずつ要求してくる可能性も有りますから」


「はい判っています、守衛でも情報を共有しています」


 若い男性が誠実に宿泊施設を管理していれば、感情的に魔導師に会わせてあげたくなる可能性を持つ事を危惧していたけど、大丈夫そうだ。

 ただ、彼の素性が判らないのは問題だ。

 身なりや仕事もせずに居ることから それなりに裕福である事、東の町かそれ以外の場所から来ている。

 そして魔法を使っていない、守衛さんに確認した限り1度も使った様子は無いとのこと。



 数日 宿泊施設に泊まり、コウの町へ戻り、またしばらくして又来る、そんな事を1月ほど続いた。

 その間、幾つかの情報が入ってきた。

 彼は東の町の商人の息子で近縁に町長がいる、ここに来た目的は相変わらず不明だが私との縁を繋ぎたいと考えている可能性は高い。

 資金は東の町と巡回している商人経由で渡されているらしい。

 守衛が調査した範囲で私に知らされたのは以上だ、だけど東の町との確執が背後にあるらしい事は予想という名目で教えて貰えた。


 その日は東の町からやって来た商人の馬車が駐まっていた。

 この馬車は東の町の商人の物らしい、そして彼と話をしていたとのこと。

 また、東の町の商人が私との面会と取引の申し出をしてきたが、通常対応として拒否したとの報告を受けた。


 シーテさんと話して、何か動きがありそうだとの認識で一致している。

 夜もシーテさんと同じ部屋で寝るようにした。

 ナカオさんも出来れば一緒にしたかったが頑なに断られてしまった。


 領都から旅商人の手で運ばれてきた手紙の束の中とは別に1通の手紙が入れられていた。

 直接的な行動を取ってくる危険を想定していたので予想が外れた。

 内容は酷い物だ、差出人の名前が無記入で私に対しての求婚の申し込みだったよ。

 最後に『何時も見守っている私より』と書いてあったので彼が出した体裁を取っているのは見え見えだ。 本人が知っているかは判らない。

 具体的に会いたいとか約束事を求めていないのも嫌らしい。

 椅子に深く座ると盛大に溜息を付いた。



■■■■



 今日は彼がコウの町に移動している。

 おかげで研究所の庭をユックリ見て回れる。

 一応、守衛さんやオリウさんが手入れはしているけど人手が足りていないので花は少ない。

 しょうがないのだけど、贅沢を言ってられない。


 気分転換に歩いているけど、彼の動向が気になってしまいモヤモヤする。

 下心だらけといっても求婚されたというのも、心をざわつかせる。


 遠くのコウの町から鐘の音が聞こえる。

 風向きが此方向きなのかな、あれ、今は午前中で昼には未だ早い。


 耳を澄ませる。


 連続した鐘の音、これは緊急を知らせている、そして次の鐘の音は東の方、外壁から少し離れている。

 場所は巨大な黒い雫が落ちた辺りかな。

 遠隔視覚を行使する、視点を出来るだけ高い位置に設定して見ると、鈍い虹色の雲とそこから黒い雫の一部が見えている。


 どうする?

 出来るだけ強力な探索魔術を行使する、ここからだと範囲外だけどシーテさんなら気が付くはず。

 守衛さんも気が付いたようだ、私の方に駆けてくる。

 シーテさんも私の探索魔術に気が付いたようだ。


「マイ様!」

「マイちゃん、じゃない、マイ様どうしたの?」


「シーテさん、守衛さん、コウの町の東側で黒い雫が発生したらしいです。

 守衛さん、鐘の音は私の認識と同じですか?」


「はい、マイ様。

 コウの町の東側、外壁から離れた場所です」


「巨大な黒い雫が落ちた場所?」


「おそらくその近辺ですね」


 シーテさんはその場所でリザード種を中心とした魔物と戦った、その経験がある。

 私は少し考えて結論を下した。


「守衛さんは研究所をそのまま守ってください、ですが敵わない魔物が来たときはナカオさんを連れて逃げるか地下室に避難してください。

 私達は武装して応援に向かいます」


「は、はい。 お気を付けて」


「ここを任せましたよ」


 私はシーテさんに頷く、シーテさんも頷き返してくれる。

 急いで研究所に戻る、私の装備は収納しているけどシーテさんの装備は置いたままだ。


 ナカオさんを呼び、戸締まりをして守衛さんの所へ行くように伝える。

 大急ぎで武装を整える。

 ここから普通に走っても10km以上ある間に合わない。

 風の魔術を使い追い風を作り走る、これでもどうか。


「マイちゃん、風の魔術で一気に打ち上げるわ」


「へっ?」


 私をシーテさんがお姫様抱っこして、風の魔術を行使する。

 数歩 歩いてジャンプ、そのまま風の魔術に体を包み一気に飛び上がる。


「うひゃぁぁ」


 動転する、飛行魔術は実用化されていない、が空に浮かぶ事は可能だ、そして風の魔術で飛行することも可能、ただ消費する魔力量が多いため実用に耐えないのだ。

 だからある程度の距離なら風の魔術で打ち出してしまう方が簡単だ、という暴論になる。

 話には聞いていたけど、本当にやる人が居るとは思っていなかった。


 山なりの曲線を描いて飛んでいる、ここで私が魔法を行使する。

 私は魔法学校において、重力は自然現象であると半ば確信する考察結果を得ている。

 そして魔法で重力に干渉すれば魔力で浮くよりも少ない魔力で浮くことが可能と考え実施している。

 まだ私の技術では自分や物を軽くは出来ても浮力を得るほど重力に干渉できていない。

 今は飛距離を伸ばす必要が有る。


「自重を軽くします、多少 飛距離が伸びるはずです」


 私とシーテさんに掛かる重力に干渉する、イメージが不確かで十分な効果を出せていない。

 山なりの曲線が下降し始めるが、落下する感じでは無い。


「マイちゃんナイス、落下速度がユックリになったわ、この魔術に関しても今度教えてね」


 この1回で5kmほど移動したかな?

 もう1回飛べば現地に付ける可能性が高い。


 着地時にも風の魔術で上手く降り立つ。


「シーテさん、使用魔力量は?

 消耗が激しいのでしたら、風の魔術で追い風を作って走りましょう」


「大丈夫、瞬間魔力使用量は少し多いけど、問題無い範囲よ」


 再び打ち上げられる、空中へ急激に加速するのは慣れない。

 重力に干渉して今度はさっきより高く飛び上がる。


 地表を見る、黒い雫は既に落下している、そして黒い大地が遠目でも判る範囲で広がっている。

 その中に居るのはオーガ種か。


 グオオオオオ


 オーガ種の雄叫びが響く。

 守衛と冒険者たちが馬と馬車に乗って到着しているのが見える。

 彼らは黒い大地のことを知っているのだろうか?

 展開している様子から黒い大地に踏み込んでいない、知っているように見える。


「マイちゃん、上手く展開しているみたい、どうする?」


「指揮官のところへ、ギムさんの様です」


「了解、風の魔術を調整するね」


 オーガ種を見る、低位種のゴブリンが多数、中位種のオークと上位種のオーガが複数見える、そして鳥肌が立ち背筋が寒くなる。

 超上位種のアー・オーガが1匹、巨大な槍と盾を持って黒い大地の中心に立っている。

 最悪だ。


「シーテさん、武装した超上位種が居ます、黒い大地が無くても強力です」


 自分が震えている、それに気が付いたのはシーテさんが強く抱きしめてくれたからだ。

 私が脅えてしまうのは、他の守衛や冒険者に対して悪影響だ、なによりシーテさんに心配を掛ける。

 目を瞑り、心の状態を兵士のそれに切り替えていく。


 心の状態を完全に兵士に切り替えるのは久し振りかもしれない。

 上手くやれるだろうか?

 そういった疑念が消滅していく、今やることは目の前の的を殲滅すること。

 頭の中がクリアに成っていく。



 私を抱えたシーテさんが指揮を執っているギムさんの近くに着地する。

 直ぐに駆け寄る。

 ギムさんも私たちに気がついて周囲の隊長格の守衛に声を掛けている。


「魔導師様! それにシーテ良く来てくれた」


 ギムさんが対外的な対応で答えてくれた、そしてその声で周囲の守衛の士気が上がる。


「はい、助力します。

 作戦は?」


「光属性の魔術師と他の魔法使いが黒い大地に攻撃して破壊する、それまでは黒い大地から出て来た魔物のみを叩く。

 聖属性のハリスがもう間もなく到着する予定だ、魔物への特効で弱体化したところを殲滅予定だな」


 うん、現状で現実的な作戦だと思う。

 私の収納爆発も地面相手だと何処まで効果が有るのか判らない、シーテさんの魔術はできればアー・オーガとオーガの討伐まで取っておきたい。

 そして光属性の魔術師、広範囲での魔術の行使を得意としている、魔物の氾濫以前は農地の野菜へ日光の代わりに光を当てるという仕事をしていたぐらいだ。

 そして魔物に特効がある聖属性の魔術師のハリスさん、彼が来ればこの状況を一気に有利に傾けることも可能だ。

 ギムさんが私に向かって頭を下げつつ指示を出す。






「魔導師様とシーテは、黒い大地が破壊されるまで待機をお願いします」

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