第272話 愚者「不審者」
時空魔術研究所は元々コウの町に近い村の跡地を使用して作られている。
この村は町への吸収を拒否し、魔物の氾濫の際に魔物に蹂躙され全滅した村だ。
村は、コウの町と東の町の間にある村の中で一番コウの町に近く、距離にして20km程度、当時の村人はコウの町からの救援が十分間に合うと判断したらしい。
だけどコウの町に2つの大きな黒い雫が発生したため、コウの町からの救援は来なかった。
更に東の町が魔物を対処しきれず、一部をコウの町の方へ誘導したらしい事もあって、コウの町の東側の村が防衛戦に専念する羽目に陥った。
結果、孤立し籠城したまま助けが来ずに滅びた。
生存者は1名、私マイだけが当時の視察団のチームに救出されたという事になっている。
コウの町と東の町の間には一定間隔で村や野営場が作られている。
旅人や村人が移動する際に休息するためだ。 これはどの街道でも同じだね。
その為、研究所も入り口側の近くに旅人が宿泊できるような設備が作られている。
もっとも、利用しているのはコウの町と東の町の間を行き来する旅商人がほとんどで、あとは村人が町へ納税のための荷物を運んだり買い物をするために移動することが、たまにある程度。
対応は守衛さんが行っている。
時々、私への面会を求めてくる人がいるけど、最低限、宰相様の紹介が無い限り正式に会うことはない。
非公式というか、私が守衛さんと打ち合わせに来たり、森に入って戻ってきたときなど偶然会うことはあるので、全く話をしないと言うことはない。
それにコウの町の商人で許可をした人とは直接商品を購入することもある。
今日も偶然だった。
森に入って薬草や山草を幾つか採取して、あと群れウサギと小型の鹿を狩猟した。
私とシーテさんが遠隔での攻撃を幾つか試しながらなので数は少ないけど、人数が少ないので十分だ。
森の中から出たのが街道の途中で、研究所へ帰る道を歩いていると、研究所の近くにある宿泊施設に旅商人の荷馬車が駐まっていた。
馬が簡易的な馬小屋で草を食べている。
これ自体は何度も見ているので不思議では無い。
「なぁ、一寸で良いんだから会わせてくれよ」
「宰相様の紹介状か魔導師様から会いたいという申し出が無い限り無理だよ」
「そんな事言わないで、挨拶だけでも良いから」
研究所の入り口の守衛さんの詰め所で声が聞こえてくる。
これもたまにある、飛び込みで面会を求めてくる人は居る。
殆どが商人で私というか宰相様との繋がりを持ちたい人だ、領都からわざわざ来ることもあった。
無理に研究所に侵入することは無い、まがいなりにも中位貴族相当の管理する敷地に無断侵入すれば問答無用で処刑だから。
私はシーテさんと目配せをして正面の入り口では無く別の入り口に回り込むことにした。
小屋の近く、馬の面倒を見ていた商人、この人は何度か顔を見たことがある。
私が魔導師である事は知っているが、町長から許可を貰っていないので必要以上に関わらない様にしている。
その商人が私に気が付くと小走りに寄ってきた。
「マイ様、丁度良かった。
東の町から乗ってきた男性が、勝手に会いたいと行ってしまって、申し訳ありません。
どのような人物かは私も知りません、コウの町へ行きたいと言うので乗せたのですが」
シーテさんが私の代わりに対応する。
「判りました、私達のことは話さないように。
コウの町の町長には守衛経由で問い合わせますので、ギルドに報告しておいてください」
「はい、承りました」
商人は深々と頭を下げる。
「よろしくお願いします」
私は言葉少なく対応をお願いする。
私の言葉は強制力がある、だから不必要に指示は出来ない。
宿泊施設の横を通り過ぎて研究所に入る。
タナヤさんにも情報共有する。
研究所ではタナヤさんが一番接触しやすい、定期的にコウの町へ買い出しに出掛けるから。
夕方、念のために例の男性が居ない事を確認してから守衛さんに話を聞く。
「マイ様、年齢としては20歳前後でしょう、男性で身なりは平民を装っていますが良い布地を使っています、裕福な家の出でしょう」
「話を聞く限り、面会を求めていると言うよりも研究所で働きたいと感じました。
直接は言っていませんが、下心もあるかもしれません」
2人の守衛は外観の特徴や素振りから推測していく。
ベテランの守衛だけあってどんな人物なのかを見抜く力もある。
「そうですか、研究所の敷地に入ろうとしていないんですね」
「はい、侵入することの意味も理解しているようですね、無策で押しかけているわけでは無いようです」
私がシーテさんを見る。
「ちょっと今のままだとは判らないわね。
夜、侵入しないか注意する必要も有るかも」
研究所には一応 塀を巡らしているけど野生動物の侵入を防ぐためで、人間の侵入に対応できていない、そもそも2人しか守衛が居ないので監視は緩い。
そして研究所の中に居るのは女性だけだ。
「魔法は使えないのか使わないのか、魔力を使用している反応が無いのも気になります」
少なくても索敵魔術を使用していない、使用して入れば判る。
小さい種火や光の魔法だと、使っていても流石に判らないけど。
「夜間も注意して監視します」
守衛さんが言う、なんでも詰め所から宿泊施設の方を監視できる窓があるそうで、そちらから監視するそうだ。
夜間の監視は難しいと思うけど、シーテさんと私の結界を張っておけば、それなりに安全だと思う。
念のため魔力の特徴を確認して定期的に探索魔術で確認することになった、ただ探索範囲の都合上、シーテさん任せになってしまうので日中は私が移動して確認することにした。
■■■■
彼は数日 宿泊施設に居たけどコウの町へ戻っていった。
諦めたかな?
無理な予感はするけど。
彼との接触を避けるために研究所から出なかったので、今日は森へ出掛ける。
幾つかの魔法の検証も兼ねている。
目的は魔術の研究、そして魔物に対応できる魔術の開発だ。
まず時空転移、何度か行っているけど今回はシーテさんだけを飛ばす。
緊張する。
私と一緒に収納空間に入ることも時空転移を行う事も、何度も行って問題無いことを確認をしているけど、それでも危険性は高いので正直やりたくないのが本音だ。
「ぶっつけ本番の危険は判っているわよね。
だから、今のうちに沢山検証しましょう」
シーテさんがそう言うので、断り切れないで居る。
結果としては問題無く転移させることが出来た。
限界距離は未定、研究所の周囲だと出来る距離が限られてくる、それでも50m程度までなら可能なのを確認した。
瞬間消費魔力量が大きいので実用的にはその半分程度かな。
転移位置を事前に知らせていても取り出した瞬間の場所が変わることに慣れるのは難しいと言っていた。
自分でやる分にはそうでも無かったんだけど。
次の魔法はシーテさんの発案だ。
書籍を読んでいて思いついた魔法とのこと。
「空気の中から呼吸に必要な成分を取り除くと気を失い無力化できるそうね。
火事の現場では時々あるそう。
風属性の魔法で呼吸に関係ない気体の塊を作って送り込めば、不可視の攻撃に成るかもね」
「そうでしょうか?
人なら数十秒から訓練した人なら数分は息を止めていられます。
呼吸に問題が出ても長時間それを維持しないと駄目なのでは?」
私が疑問を言う。
いきなり呼吸を止められたとしても、簡単に動けなくなる物だろうか。
「それを検証しましょう。
ん、探索魔術で群れウサギかな反応があったわ、試すのには丁度良いかも?」
音を殺してユックリ移動する。
森から少し離れた草むら、遠目に群ウサギが見える、数匹が立ち上がって周囲を軽快している。
探索魔術の反応だと約20匹程度かな、正確な数は私には判らない。
シーテさんが魔術の構築を始める。
相変わらず基礎魔法に関しては足下にも及ばない。
僅かだけど群ウサギの上空に揺らぎが見える。
その揺らぎの塊に群ウサギ達は気が付かない。
ユックリと落ちていく、音はしない。
キュイ
群ウサギの声が聞こえる、探索魔術を行使すると端にいた数匹が森に逃げていくのが判った。
シーテさんと一緒に群ウサギの所に行く。
そして愕然とした。
十数匹の群ウサギが地面に倒れ伏せている。
その結果にはシーテさんも驚いている。
「なにこの状況?」
「死んで、ますね。
あ、痙攣しているのは数匹」
想定では気を失っていれば上等、動きが遅くなってるかな、と思っていた。
それがなんだ、ほぼ全滅だ死んだことに気が付いて居ない感じに見える。
危険だ、この魔術は使いようによっては証拠を残さずに殺すことが出来てしまう。
手のひらの上で麻痺していた群ウサギも程なく死んだ。
「どういう事でしょうか?
あまりに想定していた結果から外れています」
「判らないわね。
ただ、欠点も判ったわ、効果範囲は全体を入れていたけど取り逃しが有った。
たぶん、空気と混じったか風によって散らされたのね。
決定的な効果を狙うのなら風の結界を作って気体を散らさないようにする必要が有りそう。
それか密室ね」
シーテさんが考察する。
正しい行動だけど、個人的にはこの魔術を完成させて良いのか
「シーテさん、おそらく魔物には効果が有るかは判らないですね。
そもそも呼吸すしているのかも怪しいので」
「そうね、魔物に対処する方法を探す方が優先かな?
これは現状でも十分過ぎるほどの威力があるから、
これはおそらく禁忌魔法になるのかもしれないわ」
禁忌魔法、殺傷性が高すぎたり効果が長く続くなど使用する上で問題のある魔法を言う。
一般的には闇属性の即死系や呪術などに該当する魔法が多い。
使い方を知っているそれだけでも危険人物として監視対象とされる危険がある。
「禁忌魔法ならこれは無かったことした方が良いですね」
「ええ、報告できない魔術が増えていくわね……」
シーテさんが盛大に溜息をつく。
今回の魔法は窒息により気絶か動けなくなる事を狙っていた、が、まさか即死系の効果が有るなんて思いもしなかったよ。
次は、雷を使用した魔術を試す、今日はこのれと後1つを試す予定だ。
「雷、電気の魔術は小規模なら使えますが威力を上げる方法が判らないんですね」
私が指と指の間にパチパチと電気の火花を散らせる。
ちょっと痛い。
静電気のような感じかな。
水を電気分解するのにも使っているけど、決まった間にしか私には使えない。
しかも距離が離れた場合は電気が流れる物を間に挟む必要が有る、水の電気分解は水がその役割をしていた。
「そうね、雷は基本的に地面か鉄とかに引き寄せられる傾向があるわね。
だから放出すると散らばっていってしまう。
これは空気中の水に影響を受けているのかな?」
シーテさんが手のひらから電気が放出されるが直ぐに放射状に広がって霧散してしまう。
水……水かぁ。
私は指先から前方に水、空気地中に漂う水滴が一列になるイメージをしてから電気を放出してみる。
バチッ
1m位かな、一直線に雷が飛んだ、が直ぐに霧散、いや消滅する。
これは最初にイメージした水滴が空気か風で散らされたからかな?
それか単純に威力が足りていないか。
「マイちゃん、どうやったの」
「電気が通る道を作った、感じですか。
水が電気を通しやすいなら、空気中に漂う水滴を目標に向かって繋げれば良いかなと」
シーテさんが少し考えて、魔術を行使する。
私よりも強力な雷を作れるので、効果は目に見えて判った。
パン!
大きな音がする、これも謎だ、雷が空気中を移動するとき大きな音が鳴る、何でだろう。
目標とした木に向かって光の線が延びた、ただ木には微かに焦げ跡を付けただけだった。
何度か行使する。
一直線ではなくワザと道を曲げて行ってもその通りに雷が走った。
ただ、雷が行使された瞬間に水滴が蒸発してしまうのか雷を流し続ける事が出来ない。
「うん、雷が通る道を維持する方法がしっかりすれば、中距離で牽制に使えそう。
威力を上げる方法はどうかな?」
「雷、電気という物がどういうものか、が明確になっていません。
現象から推測してイメージしていますが、本物の雷のような威力はどうして発生するのでしょう?
これが判れば強力な武器に成りそうですが」
書籍には過去に雷の魔術を行使して周囲の敵を一掃した魔術師が居たとある。
今回はその検証だったけど、書籍にも雷の仕組みや電気がどうして発生して流れるのかを説明した物は無かった。
そして、最後の魔術、これは領都で使用した氷の塊を飛ばす魔術の改良だ。
円錐状の氷の塊を回転させて、後部の氷を昇華しその推進力を利用して飛ばす。
一見上手くいくように見えて問題が山積している。
まず円錐状の氷を作るのが難しい、私だと少し歪になる。
それを回転させるとブレる、回転数を上げるほど安定するはずなのだけど歪な形状のためにかえって振動してしまう始末だ。
そしてどんなに慎重に狙いを定めても、氷を昇華した時の衝撃で狙いがずれてしまう。
それを解決するための手段を、シーテさんと幾つも検討して試した、結果は予想以上に上手くいったと言っておこう。
「取り敢えず、今日の研究成果は雷を目標に向けて誘導する方法を見つけた、で良いかしら?」
「そうですね、検討課題も多いですが研究成果として記載するには十分でしょう。
氷の射出は制限が多いのでもう一寸検討が必要ですね」
今日の研究成果を直ぐに使うことになるとは思いもしていなかった。
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