第19章 愚者

第271話 愚者「魔道具の実験」

 時空魔術研究所。

 コウシャン領に数十年ぶりに生まれた魔導師のために作られた研究所だ。

 場所は領都の直轄管理している中でも僻地の町、コウの町の近く、元々村があった場所を利用して作られている。


 中位貴族相当の貴族位を持つ魔導師が居る研究所としては非常に簡素だ。

 所長となる魔導師とその助手、そして身の回りの世話をする所員、そしてコウの町から派遣されている守衛それだけ。

 それは魔導師の生まれた経緯と年齢にある。

 先王と元筆頭魔導師、その2名に推挙されて通常の手順を無視し一足飛びに魔導師に認定された。

 通常は貴族の養子となり、数年は魔導師の元で研鑽を積んで魔導師として認められる。

 その間に貴族としての立場や他の魔導師との交流関係を構築する、それが無い。

 まだ10歳に満たない少女。


 コウシャン領は、魔導師としての研鑽を積むためという名目で領都から離れた町の近くに研究所を作り、事実上の軟禁状態にした。

 これは年幼い魔導師を大人の思惑から守る為でもある。


 この事は、コウシャン領だけでなく王都の魔導師達、その他の領の領主たちにも知ることになる。

 思惑が本人の知らない所でうごめき始めていた。



「んー、良い天気ですね」


 雨の年が終わり晴れの年に入っている、5年周期の気候で、1年を通じての降水量や晴天率が異なる。

 晴れの年は全体的に晴れた日が多くなる。

 農作物や流行する病気とかに僅かに違いが出るが、普通に生活する分には誤差の範囲だ。


 家の裏手で、洗濯物を干している。

 シーツなどの大物を全員で一気に選択することにしたんだ。

 所員というか家政婦のナカオさんと、助手で魔術師のシーテさん、そしてこの時空魔術研究所の所長で魔導師のマイ、私がラフな服装で洗濯物と格闘している。

 女性だけだからの服装だね、守衛さんを含む男性に見せられる格好では無い。


「マイ様、お疲れ様です、おかげで助かりました」


「んー、気持ちいいね」


 ナカオさんがお礼を言う。

 午前中のうちに干せたのは良かった。

 こう言うのは多人数で一気に片付けてしまうにかぎるね。

 シーテさんも気分転換になったのか、大きくのびをしながら身体をほぐしている。

 私も普段使わない筋肉を使ったのか、疲労が溜まっている所をほぐすように柔軟運動をする。


「そろそろ、お昼にしましょう」


 ナカオさんから声が掛かる、いつの間に準備したんだろう?

 台所から食事を運び出してきている。

 今日は庭で食事を取ることにした、パンに食材を挟んだだけの簡単な物をお願いしたけど、中には焼きたてのタレに浸した肉やほどよく溶けているチーズが入っていたり、手が込んでいる。

 日差しの中に夏の気配が感じられるが、風はまだ心地よく涼しい。


「午後はどうしますか?」


 シーテさんが外向きの対応で聞いてくる。

 少し考える、今日はもう魔術の研究をする気分では無い、せっかく気分転換できたのだから別のことをしたい。

 少し考えていると、宰相様から送られてきた荷物の中にあった実験器具を思い出した。


「そうですね、魔道具の実験をしませんか」


「マイ様、魔道具を作れるのですか?」


 ナカオさんが驚く、シーテさんも興味深く見つめてくる。


「魔道具は作れませんよ、基本原理を勉強するための道具があったので試してみようかと思います。

 ナカオさんも見ますか?」


「え、ええ良かったら是非」


「私も魔道具に関しては詳しく知らないから楽しみね」


 ナカオさんとシーテさんが答える。


「いえ、私も詳しいわけじゃないです、せいぜい概要を知っている位ですね。

 今回の実験も初めてなので上手くいくかは判りませんよ」


 苦笑しながら話す。

 魔道具は魔方陣と呼ばれる図の中に色々な属性の魔石を埋め込み、魔力を通すことで動作する。

 私の知っているのは、その程度だ。


「あ、このトマトの入っているの美味しい」


 口の中に酸味のある果汁が溢れる。


「これは今朝、今季初めて収穫したトマトですね。

 この調子でしたら良いトマトが沢山実りそうです」


 研究所は人数が少ないので自給自足をするための農地も限界がある、基本的にはコウの町から送られてくる物資でまかなっている。

 それでも、収穫できる農作物や森の中から収穫する山草などは貴重な食料源となっている。


「最初の年なので収穫は期待していなかったですが、これは楽しみです」


 ホクホクとして残りを頂いた。



■■■■



 研究室。

 珍しくナカオさんも居る。

 この部屋と私の執務室は掃除しないように言っているので、入ってキョロキョロして埃を気にしている。

 うん、拭き掃除は最低限だから汚れているね。


 棚から大きな木の鞄を取り出して机の上に置く。

 開くと何種類もの鉱石や魔石、銅線と穴が沢山開いた木の板などがぎっしり詰まっている。

 また、魔道具の入門書籍を取り出す、一応最初の方は読んだので内容はある程度判っているが理解は出来ていない。


「えっと、まず魔道具ですが魔力を溜めて放出する魔石、あと何種類もの魔力に対して特徴的な反応をする魔石や鉱石を使用します。

 それらを繋ぐのに本来は魔力を通しやすい材質を利用するのですが今回は銅線を使用します」


 今回の実験で使用する魔石を取り出して木の板の上に置いていく。


「今回は、魔力を少し溜めてた魔石、魔力の流れを阻害する鉱石を2つ、光の属性が付いた魔石を1つ。

 これを銅線で繋いでいきます、魔道具では溶接?という方法で接着するそうですが今回は触れさせるだけです」


 魔石をはめ込んだ所から2本の銅線を引き出す、それをそれぞれ阻害する鉱石に繋ぐ。

 1つの鉱石はそこから光属性の魔石に繋ぐ。

 光属性の魔石と残りの鉱石に繋いだ銅線を魔力を溜めた魔石に繋ぐ。


 光属性の魔石がボンヤリと光る。


「光の魔道具の完成ですね」


 上手くいって良かった。

 何でこんな繋ぎ方をするのか説明してあるけど正直 よく判らない。

 程なくして魔石に貯まっていた魔力が空になり明かりが消える。


「よく判らないけど案外簡単なのね」


「ええ、魔道具というのはもっと複雑な物かと思っていました」


 シーテさんとナカオさんの感想が出る、まあそうだよね。


「これは実験なので、最低限ですね。

 どうしてこうなるのかは私も理解できていないです。

 そうですね、実際の魔道具を見てみましょうか?」


 鍵のついた棚から、領主様から頂いた明かりの魔道具を取り出す。

 ランタンのような作りをしているけど、明かりを付けたり消したり、明るさを調整したりする機能があり、また、魔石に魔力を溜めれば数日は光り続けることが出来る。

 下半分の箱の中を見えるように、留め具を外して開ける。


「これが実用品としての光の魔道具ですね。

 一番下のが魔力を溜める魔石、他にも付けたり消したりするための機構や明るさを変える仕組み。

 魔力の消費量を減らすための仕組み、あと、発熱した部品の熱を取り除く部品もあるそうです。

 私には何が何か判らないんですけどね」


 実際、光の魔道具の中は複雑な回路が組まれていて幾つもの魔石や鉱石が繋がれている。

 複雑すぎて本当に判らない。

 判るのは、魔力を溜める魔石と光を灯す光属性の魔石だけだ。


 他にも、ダンジョンコアを使う場合がある、ダンジョンコアには周囲の魔力を吸収して放出する性質があるそうだ、だが一定以上の大きさが無いと使い道が無いと書いてあった。


 ん?

 そうだ改良されたダンジョンコア、巨大なダンジョンコアだあれだけ大きければどんなことが出来るのだろうか。

 気になるが、流石にあんな物が幾つもあるわけじゃ無いし手に入れられるとは思えない。

 そもそもダンジョンコアの個人所有は認められていない、私の権限なら小さいのを入手できるかもしれない、可能なら宰相様が勝手に送ってくるだろうね。


 ここのある魔石も鉱石の一種だ、魔物から取れる魔石は属性が付与されていて効率は高いが入手性が悪く統一性も無く高価なるで一般には出回らない。

 生物由来ではない魔石は他の金属や宝石と同様に鉱石として採掘される、が実用的な大きさの物が出てくることは希だ。

 そこで魔石を含む鉱石から製錬して作り出す。

 この技術や設備も領や国の機密となっていて何処に有ってどのように行っているのか知らない。


 この実験用の魔石や鉱石のセットは魔道具職人を育成する為に使われている学習用具だそう。

 なのでどれも明かりの魔道具で使用されている鉱石や魔石と比べると小さくて形も不揃いだ。

 それがなんで私の所に来たのかは一緒に同封されていた宰相様からの手紙で判った。

 魔導師は魔術師が持っている知識と技術だけではなく魔道具など魔力を使用する事柄の全てに一定の知識を有する必要が有るのだそう。

 だから、魔導師として必要な能力があったとしても現状では不十分らしい。


 魔道具を使いこなすための知識と技術を身に付けろと言うことなのだろうね。

 魔道具を作るのは専門の職人がいるし、作るための知識がこの入門用の実験セットで身につくとは思えない。

 魔道具にどんな物が有って、どのように使用するのかを学ぶようにと言うことかな?



 魔道具に関する書籍を読む。

 今回の光を灯す魔道具は最も簡単な部類の1つらしい。

 他にも温める魔道具も簡単に作れそうだ、もっとも暖房に魔道具を使用するのは贅沢だね、調理用の温度まで出すようにするには色々と材質から選定する必要が有りそうだ。

 他にも色々ある、が、使用する魔石や鉱石が多すぎて訳が判らない、書籍通りに作れば動くのだろうけど、目的は動作原理を理解することだ。

 光を灯す魔道具の基礎ですら私は理解できていない。


「シーテさん、この光の魔道具の動作について書いてある説明は理解できますか?」


 シーテさんも腕を組んで考え込む。


「魔石から魔力が銅線を流れて光属性の魔石に入って光る、とあるけど、なんで1周するように接続する必要が有るのかしら?

 それに、魔力の流れを阻害する鉱石って、説明だと魔力が流れすぎないようにする、ってあるけど、どうしたら阻害できるのかしらね?」


「探索魔術は密度の高い金属を通過できないですよね、そういう感じかもしれません。

 魔力を通し難い物質を突き詰めると、魔力の流れを阻害するのでしょうか?

 あれ?」


 話していて分らなくなってきて、変になってしまった。

 私が頭を捻っているのを見てシーテさんが少し笑う。


「うん、魔道具に関してはもっと基本から勉強した方が良さそうね」


「そうですね、今有る魔道具に関する書籍だと基本を知っている前提なので、宰相様に基本の書籍を要望しておきましょう」


 ふう。

 そうだ、何を勘違いしていたのだろう、私はまだ未熟だ。

 魔導師としても、そして自分が何をしたいかも。






 実験に使った魔石と鉱石をしまいながら、まだまだ学ばないといけないなと、思った。

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 魔道具のイメージは、ものすごく古い真空管が未だ無い時代の電気製品です。

 能動素子は少なくて受動素子が中心ですね。

 魔力と電力の違いがあるので同じでは無いですが、ここでも魔力を使っての自然の模倣が働いています。

 この世界でも電気は認識されていますが、発電も蓄電も発明されていないので、生み出すには魔法・魔術を使われるため、利用価値を見い出されていません。

 石油も燃える臭い泥水扱いです。

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