第269話 研究所「研究所」
コウの町を出発した馬車は、日が沈む前に研究所に到着することが出来た。
今日一日 御者をしてくれた守衛さんにお礼を言って、家に入る。
ナカオさんが夕食を用意してくれていたので、今日はナカオさんも一緒に夕食を食べながらコウの町の訪問の顛末を話した。
ナカオさん、普段は一緒に食事をしてくれないので情報共有とか理由を付けて時々一緒に食事を取ることをお願いしている。
また、守衛さんにワインの差し入れもお願いしておいた。
数日、研究所を留守にしていたので手紙が幾つか貯まっていた。
緊急性が高い物だったらコウの町まで送られていると思うので大丈夫だと思う。
魔法学校の同期からの近状を知らせる手紙、ナルちゃんステラちゃんからの手紙もある。
それ以外に宰相様からの手紙があった。
封蝋が一般の物だったので通常の連絡事項かな、シーテさんと一緒に開封する。
封蝋にも種類がある、貴族の爵位によっても違うし内容にっても違う、と説明を受けているけど正直よく判っていない、見分け方の本を見て確認しているだけだ。
通り一辺倒の挨拶分が丸々1枚埋め尽くしている、うん、実際に書いているのは文官の人なんだろうけど、もっと簡潔に出来ないかな?
今回の手紙の主な要件は、私に秘書が付くとの連絡だ。
今、領都の宰相様や領主様とのやり取りは、魔法学校の職員のタニアさんが窓口になってくれているけど、負担を減らすことが出来るかな?
魔法学校を中退し貴族院で現在学んでいる人が貴族位を習得し卒業した後に研究所に赴任するとのこと。
既に貴族位の取得試験に合格していて、今は卒業までの習熟期間だそう。
魔法学校を退学しているということは、それなりに魔法は使えると思う。
貴族位を取得すると言うことは、貴族の子供になるのだけど、左遷のような役職に関して不満を持つかもしれない。
「マイちゃん、どういう意図だと思う?」
「シーテさん、多分は貴族の介入を牽制する為かもしれませんね。
実際、私宛に貴族から手紙が来ているらしいですから」
私へ届く手紙は全て領都で検閲されている、コウの町からもそうだ、そして私に必要ないと判断された物は弾かれている。
その事は、ある程度知らせてくれている、知らないままの方が弊害が大きいとのこと。
これは仕方が無いと理解している。
魔導師という価値を知っている者からすれば、知り合いになるだけでも有益だからだ。
「そうね、今の所はコウさんも直接会いに行くことを禁じてくれているし、書類仕事をしてくれるのなら有り難いわね」
シーテさんは来ることに賛成のようだね。
私とはしては何とも、かな、どんな人か不安だ、宰相様が人選しているだろうから大丈夫だと思うけど。
貴族の派閥とか権力争いに関しては全く判らないので、迂闊に縁を結ぶ訳にはいかない、現状は宰相様と繋がっているという事になっている。
けど、逆に宰相様に反発している勢力としては取り込みたいか排除したいはず。
珍しい王都にいない魔導師であることから排除されることは無いと思うけど。 たぶん。
他の内容は、研究所へ送る物資と何か要望は無いかという、いつも通りの確認だった。
■■■
研究所の一日が始まる。
何時ものように鍛錬をして沐浴し、朝食を食べる。
交代の守衛が来たところで挨拶をして、何か物品があれは受け取る。
今日は食材が少々。
交代で町に戻る守衛と御者をしてくれた守衛が帰っていく。
馬車と1頭で昨日まで私の馬車を引いてくれていた馬だ。
研究所に馬を置かないのも変わらない。
今日担当の守衛さんと簡単に業務連絡を済ませる、相手の名前は知らないけど何度も来ているので顔見知りだ。
研究所の研究室に入る、シーテさんが送られてきている書籍や品物を仕分けている。
宰相様から魔導師の研究所に相応しい様に色々な物が送られてきている、書籍が大半だけど魔石や鉱石の標本などもある。
研究室の棚に並べていくけど、分類分けしていないので後で整理しないと。
書籍は研究室とは別に小さい図書室を作ってとにかく置いている、こちらも分類分けしないと。
宰相様が色々な物を提供してくれているのには私が研究室から離れにくくする意図がある、という事を宰相様から言われている。
余計な勘ぐりされるより意図を伝えた方が私には良いらしい。
うーん、そんな風に私は見られているのかな、不可解だ。
「シーテさん、色々揃ってきたので、一度整理したいですね」
「ええ、取り敢えず棚に入れていたけどバラバラで見栄えが悪くなっていると思っていたのよ」
統一感がまるで無い状況に溜息をつく、だけど並んでいるのはそれなりに高価な物ばかりだ。
読んでいない書籍も多い、単純に興味の対象外というのもあるけど分野外で読んでも判らないのも多い。
どういう基準で書籍を選んでいるのやら?
時空魔術の検証は続けている、最初はかなり抵抗があったシーテさんを収納空間に招く事も普通に行うようになった。
体調の確認は綿密に行っている、どんな副作用があるのか判らない。
それに以前の仮説が心に引っかかっている、収納空間はダンジョンと同じではないか?
もしそれなら魔物の影響が有るかもしれないからだ。
あと、シーテさんだけしか知らないので何人まで収納できるのかは全くの不明だ。
収納空間に入るときは、不用意に姿を消すのは危険なので人払いをお願いして時間を決めて行っている。
今の所は目立った進展は無い、
元々の状態を確認するだけだ、あと判っていることは収納空間内でシーテさんが収納した物を引き寄せたりシーテさんの意思で出ることも出来ない。
つまるところ生き物を収納したのと同じだ、魔術は使えた。
進展していないことに、英雄マイがオーガ種を切り裂いた空間断裂と思われる魔術の再現だ。
こちらも収納空間と現実空間の境目を利用していると仮定しているが、威力が低すぎていることから別の見方をするべきじゃないかと考え始めている。
空間断絶系の魔術は空間に働きかける、基礎魔法に含まれる。 特に属性は関係ない。
だから純粋な魔力で切っている可能性も有るかもしれない、私が使ったから時空魔術に固執していたけど、柔軟に考えないと。
午後、研究所の周囲をまわる。
シーテさんと一緒だ。
森と塀の間の草が大分伸びてしまっている、このままだと群れウサギや小型の獣が村の畑を荒らしに入ってきてしまう可能性がある。
風の魔術などを使って草刈りを行い、探索魔術で周囲を確認しながら散歩する。
魔術を行使しているためか、探索範囲で小動物は森の中に逃げて行くのが判る。
研究所の水源になっている湧き水も確認する。
水量も十分だし水路も守衛さんが掃除してくれているのか木の葉が溜まっていることも無い。
水源の所で一休みしながら周囲を確認する。
遠隔視覚も時折試す、自分を視覚の起点としている場合は全周囲を見る事が出来る、死角が無くなるのは大きいけど、その分 慣れないと情報を処理しきれない。
遠隔視覚の情報を共有する方法は無いかと試しているが、そもそも他の人が私の収納空間内を知覚することが出来ないので無理だ。
収納空間に入ってしまえば、取り出し位置とした視覚の起点を収納空間内から光り属性の魔術で展開して見ることが出来る、その方法での確認が出来る事は検証済み。
上空に起点を設定して周囲を確認する。
遠くにかろうじてコウの町の外壁が見える。
守衛さんたちは入り口近くの詰め所の前で座って何か話している。
ナカオさんが畑で野菜を収穫しているようだ、この事をシーテさんと共有する。
「遠隔視覚って便利ね、私も覚えたいけど時空魔術では無い方法で何か無いかな?」
「そうですね、空間に作用しては難しいですね、光り属性の魔術で離れた場所の光を見る方法でしょうか」
考える、遠くを見るだけなら そんなに難しくない。
光り属性の魔術で拡大して見る方法が普通に使われている。
私も得意じゃ無いけど使うことは出来る。 私の場合はどうてしも見るときの映像が暗くなってしまい見え難いんだよね、たぶん拡大するときの光の扱い方に問題があるのだろうけど、そんなに困らないので放置している。
この方法を応用して離れた場所から見た風景を見ることは可能かもしれない、それに時空魔術を応用して実現している遠隔視覚よりも使い勝手は良さそうだ。
「空間に作用させるのは難易度が高そうね、でも光属性なら出来るかもね。
離れた場所の風景を見る方法ね、ちょっと検討してみるわ」
「私の遠隔視覚は収納空間を経由する分、応用が難しいので光属性で実現できれば良いですね」
「相手から見ていることが判らないようにする方法も考える必要が有りそう、上手くやる必要がありそうかな」
シーテさんが早速 光属性の魔術を行使して試している、周囲の空間が歪んで見える所を見ると近くの離れた所の映像を見ようとしているのかな?
上手くはいっていないようだ。
シーテさんと魔術について色々話しながら研究所の周囲の草刈りをしながら歩く。
夕方近くで研究所に戻る、一周は出来なかった。
まあ急いでいないので明日でも良いかな?
今日中に済ませる必要は無いので気にしない。
研究所の戸締まりをする。
家に戻るとナカオさんが夕食の準備をしている所だった。
美味しそうな匂いが漂ってくる。
ナカオさんに一言戻ってきたことを伝えて、沐浴をする。
探索魔術を行使して守衛さんたちや他に人が入り込んでいないか確認をする。
念のためというか、習慣かな。
服の洗濯もついでに行う、ナカオさんの仕事だけどある程度は自分でやることにしている。
室内着に着替えて食事を取る。
シーテさんと明日の予定を話す。
自室に戻って今日の内容をまとめる。
日記代わりにもなっているノートに今日検討した内容を記入する。
部屋の中を光属性の魔術で作った光が満たしている、思い起こせばだいぶ基本魔法の行使も大分向上したな。
窓から入ってくる風も気持ちいい。
これから私はこの研究所で何をしていくのか、漠然としたイメージしかない、でも私の目指す魔導師が何か、それを探していこう。
雲間から月の明かりが静かに室内に差し込んできた。
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