第268話 研究所「教会」

 コウの町の訪問の最終日。

 午前中に教会の慰問を行い、昼食を一緒に食べた後は研究所への移動になる。


 宿屋タナヤで、タナヤさんオリウさんフミに見送られる。

 次回に来られるのは何時になるのか判らない、でも近くに居るのだから機会は設けられるだろうね。

 コウの町の訪問も今回だけじゃない、何度も来ることが出来るはず。

 3人と抱き合って別れを惜しむ。


「行ってきます」


 笑って言う。

 笑って見送ってくれる。


 用意された馬車に乗る、外向けの魔導師として振る舞うように心がけながらも、見送ってくれる様子を見えなくなるまで目で追ってしまった。


 教会に向かう。

 教会について改めて思い起こす。

 教会、宗教で言う教会とは役割は大きく異なっていて、幾つかの機能を有している複合した機関の総称になる。


 ・教育機関としての役割。

 主に初等教育・中等教育を子供に教えている。

 5~10歳の殆どの子供が通っている、無償。

 初等教育が済んだ辺りで実家の仕事を手伝うようになるので途中から通わなくなる事が多い。

 保育所や介護施設の手伝いもしている。

 ・保育所としての役割。

 孤児院だけじゃなくて、共働きの子供を預け入れている。

 5歳未満が対象。

 ・病院としての役割。

 聖属性の魔法使いだけじゃなく、医療技術を習得した医師も常駐している。

 通常の病院と介護施設が併設されていることが多い。

 ・老人保健施設としての役割。

 肉体労働が出来なくなった人、後継者に家業を引き継いで一線を退いた人など。

 家から通っている人も多い。

 高齢者はその経験の多さから、子供の面倒や教育、医療補助など、そして本当に動けない介護が必要な老人や身障者の対応と、予備職員として活動している。

 ・聖属性の魔法使いと魔術師の育成

 例外魔法になる聖属性の魔法使いや魔術師の育成が行われている。

 聖属性の特性上として他人に対して行う事が多い、高齢者は被験者としても期待されている。


 教会は成り立ちの性質上、領主からの補助以外の独立性が担保されている。

 役所やギルドと同格に扱われ、教会の利用者に身分の差異は適用されない事になっている、一応。


 コウの町の場合、複数の教育・保育所と老人保健施設、そして数カ所の病院と介護施設があり、それらが連携して運用されているそうだ。

 領都などの都市ではもっと細分化されていたり専用の職員が配置されていたりする。

 そして村の規模だと教会1つがあり、全部をまかなっているのが実情だね。

 村の規模の教会では対応出来ない場合は、村を管理している町へ応援を依頼する事になる。


 今回は、1つの教育施設の訪問と1つの医療・介護施設の慰問を行う予定だ、事前に調整も済んでいる。

 馬車は比較的富裕層の子供が通っている教育施設に向かう、ここの子供は中等教育までしっかり学んでいるそうだ。



 馬車が教育施設に到着する。

 既に授業が始まっていて、その様子を教室の後ろから見る。

 村の授業に比べると、初等教育として学校らしい授業を行っている。

 基本は書き取りかな、教科書は無いので先生が板書している内容を書き取って、理解するまで繰り返して覚えているようだね。


 1コマかな適当な時間で休憩時間に入って、私が一言激励するのが簡単に講演する事になった。

 身なりの綺麗な5~7歳の子供がキラキラした目で見つめ居ている、やりにくい。


「皆さんが今、初等教育をしています。

 それは、将来に何かの仕事に就くとき、必ず役に立ちます。

 そして、興味のある自分の就きたい仕事を選ぶときに、身に付けていると選べる可能性が高くなります。

 頑張ってください」


 綺麗事を言っているのは判っている。

 でも、知識を蓄えておくのは、将来の選択肢を増やすことになるのは事実だ。

 この国では才能がある職種に就くように推奨している、好きな職業になれるのは難しい。

 庶民はまだ選択肢は多い、でも軍人や貴族は更に狭くなる。

 それでも自分の夢を追うのは辞めないで欲しいな。

 今目の前に居る子供達は裕福な家庭か役所などの公的な機関で働いている親の子供が大半で、将来も家業を継ぐか公的な機関での働きを期待されているんだけど。


 その後、質疑応答で勉強のモチベーションを保つ様にする方法を聞かれたけど、勉強を義務じゃ無く楽しむ事が出来れば良いような感じで答えた。

 何事も興味を持って楽しんだ方が身につくし上達するからね。



 教育施設の責任者の方が施設の説明をしながら私に講義をして欲しいようなニュアンスの言葉を織り交ぜてくる。

 私の一存で決められることじゃないので、考慮しておきますと濁した回答しか出来ない。

 やりたいと申し込めば可能だろうけど、そうなると待ちの教育施設のどこで行うとか公平性を担保するのが難しくなる、うん。



 教育施設の訪問を終えると、医療・介護施設に移動する。

 場所は役所から少し離れた中心街の一画にある緑に囲まれた施設だ。

 町の中心部では珍しいくらい広い緑地帯を用意している。

 ここでは高度な治療を要する患者の受け入れをしているそうだ。

 施設の責任者の方が私の疑問に答えてくれる。


「マイ様、この医療施設ですが災害時には大量の患者の受け入れを行うことも想定しています。

 そのための緑地帯で、ここに簡易医療施設を組み立てて応急手当を行えるようにしています。

 通常時は患者を社会と一時的に隔離する役割がありますね。

 ここは町で唯一の高度医療が行える施設です。

 高度な外科手術を行えるのもここだけです」


「薬などはどうなっているのでしょうか?

 冒険者などに薬草の採取依頼をしていますが、そこからまかなうのですか?」


 冒険者の依頼でもっとも一般的なのに薬草採取がある、とはいえ医療機関で使われるほどの量を確保しているのだろうか?


「薬草に関しては他の町や領都からの購入が大半、その他に契約した薬草園で栽培したものもあります。

 冒険者には山野でしか収集出来ないものを依頼しているそうですね。

 薬を含む医薬品の製造に関しては役所の管轄の専門業者が行っています、私たちはそれを購入するかたちです。

 庶民の応急処置的な場合でも薬草をそのまま使うことは稀です」


 うん? もっと民間療法に近い事をしていると思っていた。

 私は医療機関に掛かったことが無い、せいぜい衛生兵の人に簡単な治療をして貰った程度だ。

 コウの町でも医療機関に掛かったことは無かったね。


「どうも医療機関に来たがらない風潮があるのが残念です。

 医療費は確かに掛かりますが、一定額以上に成らないように補助は出ます。

 一部の病気に関しては生活補助もでます。

 治療行為をしない診察だけなら安く済みますので気軽に利用して欲しいですね」


 医療機関に関わるのを敬遠する風潮はある、行けば病人にされてしまう、そんな俗説すら出回っている。

 ちょっとした打撲や風邪は自分たちで何とかしてしまうのが普通だ。

 医療機関に関わるのは、ひどい外傷や症状が出ているときにやむを得ずという感じかな?

 聞く限り、もっと気軽に利用した方が良いように感じた。


「私も医療機関に関して不勉強でした。

 もっと気軽に利用できるように啓蒙しているのでしょうか?」


「はい、各所の教会には簡易診療を行う医師が常駐しています。

 まずそちらで受診してもらう様にしています。

 子供や高齢者は教会に来る機会が多いので大丈夫なのですが、それ以外の方は病気や怪我がひどくなってから来ることが多いのが悩みの種です」


 医療施設を見ながら説明を受ける。

 清潔で明るい雰囲気の建物と病室だ。

 ただ、その中でも死の匂いをまとっている人は一定数居る。

 子供や重傷者、高齢者の病人に挨拶をしていく。

 慰めも気休も激励もしない、この人たちは十分頑張っているし覚悟もしている、それに追い打ちをするようなまねは出来ない。


 魔術で水の造形物を作って飛ばしたりして楽しんで貰う。

 少しでも笑って貰えたなら良いかな?


「ようやく平常化した感じです。

 魔物の氾濫の時に身体に大きな怪我をした人たちがかなり入院していましたから。

 今もまだ心に傷を負った人たちは残っています」


 魔物の氾濫の傷はまだ残っていた、心の傷は治療法が確立できない、なんとも言えない。

 遠目でも見覚えのある人が居た。

 話を、と申し出たけど安全を担保できないと断られた。

 医療施設、私が思っていた以上にしっかりとした施設だ、これが町の施設なのだから領都の医療機関がどういうものか、行く機会が無かったのが今更だけど悔やまれる。


「聖属性の魔法使いや魔術師の役割というのはどういう感じでしょうか?

 また、どのように学習しているのかも」


「聖属性の魔法は薬や外科的処置で対応できない症状を担当することが普通です。

 役割分担ですね、できるだけ負担が掛からないようにしています、聖属性だからといっても何でも直せるわけでは無いので。

 教育ですか、基本的には医学知識の習得で医師と変わりません。

 聖属性の魔法を行うのは動物を最初に行い、ある程度の練度になったら、高齢者の方が被験者となって下さって実習を行います」


 実際に行う所を見たかったが、やんわりと拒否された。

 未熟な人の成功率はそんなに高くないのだろう、そしてその結果は見て楽しい物じゃ無い感じだ。


「最後に、村の医療はどうなっているのでしょうか?

 私の居た村では、医療経験のある老人が全部対応していましたが」


「村の医療は基本的にそうですね、医療機関を引退した医師が村に赴任することが多いです。

 また、若い医師が実習として村の医療期間に数年行くことになっています。

 町の医療機関だと専門や担当毎に役割分担するので技術が狭くなってしまのを防ぐため義務化しています。

 基本的に村で対応できない場合は町へ移送するか、町の医師を派遣することになります。

 ただ、連絡と移動に1~2日掛かるので、そういう場合の延命率は正直低いです」


 個人的に町の医療関係はもっと遅れていると思っていた。

 進んでいるのは領都などの都市、あと軍隊の中のように恵まれた環境だけかと。

 考えてみれば当然かも知れない。

 この国は人口増加を進めている、そのために死亡率を下げるのは当然だから医療関係を充実させる施策をしないわけがない。

 私の知っているのは、生まれた村、昔と今の魔法学校、そして辺境師団の軍隊の中、限定された空間の中だけだからね。


「村への医師の派遣ですが、緊急の場合のみ村長の判断で花火を上げて合図をすることがあります」


「花火ですか?」


「はい、火薬で数十メートル打ち上げて音と煙の色または光る色で連絡をします。

 火薬を使う打上花火は、病人だけじゃなく魔物や盗賊の襲来や、疫病の発生など緊急性の高い時に利用されますが、殆どの場合は馬を走らせます」


 爆発的に燃える物質がある、それを利用した爆薬や花火は限定的に使われてはいる。

 理由は簡単で、火属性の魔法が使える魔法使いが居れば安全でもっと使い勝手が良いから。

 それでも、魔法が使えない状況や魔法使いそのものが居ない場合など、だれでも使用できる事から、緊急の連絡手段など色々な場面で使われているそうだ。


 辺境師団では、基本的に魔術師が同行しているので装備としては持っていたけど使う場面は無かったね。

 相手に魔術師が居て魔法を使うと検知される可能性を含む作戦行動用だったはず。


 花火を使った連絡手段だけど、確実では無いそうだ。

 村と町の距離は短くても30~40kmは離れているので、風の向きやなどの天候に左右されるし雨が降っていれば使えない、あくまでも緊急時に使える手段の一つとのこと。


 研究所にも有るのかもしれない、戻ったら守衛の人に確認しよう。



 時間が押してしまい、医療施設の中にある食堂で昼食を食べる。

 病人向けに作られた食事を職員や面会に来た人向けにも提供しているとのこと。

 味付けはとても薄い、それでも見た目は華やかで質素な感じはしないのは凄いな。

 美味しかったと、言うと普通に人には薄味過ぎると思いますよ、と言われて笑われてしまった。


「お疲れ様です、マイ様」


 シーテさんが外向けの対応で私に話しかける。

 まだ、見送りに来た医療施設の人達がいるからね。

 これで、コウの町の訪問の全部の予定が終了したことになる。

 このまま研究所に戻るだけだ。

 少し寂しい感じはするけど、来て良かった、私がこれからどうするのか不明確になっていたことが見えてきた気がする。


「では、研究所へ移動しますか」


 馬車に乗り込んで移動を始める。

 コウの町の東門へ向かう。

 窓から見える町並みも変わらない、程なくして東門を抜ける。

 馬の足音と馬車の車輪の音だけが響く。


「マイちゃん大丈夫?」


「はい、コウの町へ来て良かったです、これから何をするべきか見えた気がします」


「うん、なら良かったわ。

 コウの町への訪問も年に数回、行事がある毎に行けるように調整しているわ」






 研究所への道は、最初と違い気持ちが良かった。

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