第267話 研究所「進む道」

 予定していたコウの町の訪問も終盤に入った。

 残す予定は、魔物の氾濫で討伐した魔物の素材の見聞、最後に教会の慰問となっている。


 職員が迎えに来て、馬車で移動する。

 東の門を出てから直ぐに壁沿いに北に向かう。

 コウの町の東北側に大型の倉庫か出来ていた。


 倉庫にはジェシカさんが待機していた。


「あ、おはようございますマイ様」


 丁重な礼をしながら迎えてくれる。

 私も礼を返して、倉庫の中へ案内された。

 倉庫の中は、魔物の素材が大量に積まれていた。

 中でも特種のドラゴンとジャイアントの素材は圧巻だ。

 巨大な骨が並んでいる。


「もう何年も経つのに劣化している感じがしませんね」


 幾つかの素材を見ながら言う。

 ゴブリンは確か腐敗していたはずだ、何でだろう?


「はい、体内の肉などの部分は腐敗しますが、皮や骨と魔石に関しては解体すると殆ど劣化が進まないようです」


 そういう物なのだろうか、話を聞いていると、本来は魔物の素材は劣化が少なく高価格で取引されるのだが、前回の魔物の氾濫で大量の魔物の素材が発生して価値が暴落し倉庫で死蔵しているそうだ。

 ここにある素材も価値の高い特種や超上位種の魔石は領主様が購入して行ってしまったがそれ以外はコウの町で自由に使用して良いという厄介払いを押しつけられてしまっている。

 で、今 倉庫にあるのも数年で使用されて大分減っているそうだ。


 正直、魔石は見ておきたかった、と言ったら、コウの町には超上位種アーオーガ魔石が1つだけ有るとのこと、これは閲覧できるように予定して貰った。


 そして、奥のオーガ種の素材が積まれている所に行く、その中で全身骨格や標本になっているオーガ種やリザード種が目に入る。

 どのような魔物が居たのか、保存目的で残されているとのこと。


 そのオーガは胸の辺りで綺麗に切られている。

 やはり切れ味は凄まじかったのが判る、この大きさのオーガの上位種を切り裂いた魔術、一体どういう物だったのだろうか?

 オーガ種の素材の山も倉庫の天井まで積み重ねられている。

 改めて見るとその数に驚かされる。


「なぜ、わざわざ損傷のある魔物を標本にしているのですか?」


 傷が少ないのもあるはずなのに、何でだろうか。


「それは英雄マイの功績を残す意味もあるのです」


 ジェシカさんが胴体を真っ二つにされているオーガの剥製を見ながら言う。

 いずれは町の中に博物館を作り飾る予定とのこと。

 コウの町の民の殆どは魔物の恐ろしさを実感していない、そのための危機意識を啓蒙するための意味もある。


 倉庫を奥まで行って戻ってくるだけでもかなりの時間が掛かった。

 素材として積み上げられている物、資料として原形が判るように標本にされている物。

 でも、人が居ない。


「素材が必要になる時以外は入る人はほぼ居ません。

 博物館の建設は急いでいますが、この町も余裕がある方ではないので……」


「では、私から領主様へ口添えしましょう。

 コウの町は領の中でも復興が進んでいる町です。

 今後の公共事業の一つとして、魔物の氾濫の事実を後世に残す為の施設を作るのは必要です。

 特に対処するための技術と知識の継承は必要ですから」


 私がジェシカさんの言葉に応える。

 この事自体はある程度 宰相様と話しているので時空魔術研究所の業務の一環として博物館の建築は認められると思う。

 英雄マイの事に関する記録を認めて欲しいというジェシカさんの希望が出たけど、内容については一任し私は出来上がった物を承認するだけと答えた。


 その後、領主の館でアー・オーガとアー・リザードの魔石を見る。

 大きい。

 大量にあった超上位種の魔石は領都へ運ばれたそうだ。

 上位種の魔石はコウの町や周辺の村のインフラ施設を稼働させるための動力源として利用されているそうで、かなりの量が保存されていた。


 ふと気になって、魔物の氾濫の以前はインフラ施設の稼働をどうしていたのか聞いてみた。

 町長のコウさんは私と2人だけでと答えてくれた。

 町の中央にはインフラ施設を集中的に管理し稼働させることが出来る施設があったそうだ。

 これは昔の要塞都市だったときの物。

 ただ、その施設を修復する技術が領都にしかなく、技術者も不足しているので部分的に稼働しているところのみ動かしているとのこと。

 主に浄水施設と下水処理施設。

 それ以外の施設はそもそも用途が判らない物や、町中の街路灯の様に町中に設備自体が無い物とかで、未稼働の施設として保管されている。

 遠い未来の為に施設の保管も町長と役場の重要な義務の一つになるそうだ。


 コウの町の成り立ちも少し聞かされた。

 元々は丘の上に築かれた要塞都市だった、十数階建ての建物や多数の軍事施設があったらしい。

 約500年前の魔物の氾濫の時、何らかの攻撃を受けて丘の部分から上が消し飛んだ、そして余波で要塞都市の地上にある殆どの建築物が崩壊し、一人残らず死に絶えた。

 その後、冒険者が周辺部の地下に作られていたインフラ施設が生きている事を発見して、コウの町として復興されることが決まったそうだ。


 町として名乗るためには上下水道のインフラ施設がある事が最低条件と聞いていたけど、コウの町の場合は上下水道のインフラ施設が生きていたから町になったのかな。



 超上位種の魔石の閲覧とついでに町長との面談をすませて、コウの町の訪問の予定はほぼ全て終了した。

 明日の午後には研究所へ戻ることになる。



■■■■



 宿屋タナヤでは、視察団の皆さんと宿屋タナヤの皆で簡単な食事会を開いてくれた。

 とはいっても、ギムさんやジョムさんの奥さんも居るので少し他人行儀になってしまったのは残念だったかな。


 私がコウの町の訪問をして最初に宿屋タナヤの1人部屋を使っているのは、英雄マイの足跡を辿るためだけど、本来はもっと広い部屋を貸し切ってしまうのが普通だ。

 そのため最初の夜を除いて6人部屋を貸し切っている。

 シーテさんからも私の護衛がしやすいと言われてしまえば断る理由がない。


 夜、部屋にはフミが来ている。

 シーテさんとフミに挟まれる格好。

 私を中心に両方から腕を絡めている感じだ。

 小さい明かりを灯しただけの寝室。

 窓を開けて月明かりを入れている。


 コウの町の訪問をして改めて思う。

 私は何をしたかったんだろう?

 魔導師になる、最初のそれは魔法の素質があることから夢見た物だった。

 魔術師となって従軍していたときも拠り所にしていたけど、叶わない夢と諦めていたかもしれない。

 コウの町に来たとき、空っぽの私に残ったのは、魔導師になりたいと思っていた夢のかけら、そして王国のしがらみから抜けて自由になりたいという切望。


 現実は何だ、先王と現役の魔導師に偶然会ったことから魔導師に成れてしまった。

 自分の実力で得たとはとても言えない。

 自由? 研究所に軟禁状態だ。

 ただ、コウの町の近くに研究所が出来た、それだけが救いかな。


 これからどうするのか、私はどうしたらいいの?

 私は何がしたい、何になりたかった?


 判らない。



「マイちゃん、疲れた?」


「マイ?」


 シーテさんとフミが心配そうに覗き込んで私の目を見る。

 優しい目に思わず甘えたくなってしまう。

 これ以上、甘えて良いのだろうか、助けられてばっかりだ。

 目の前の窓から見える星空を眺めながら、自分に気力が無くなっていることを自覚する。


「私、魔導師になってしまいましたね……」


 ぽつりと言う。

 夢が叶った、とはとても感じられない。


「何でしょう、目標が無くなってしまった感じです」


「うーん、マイちゃん。

 取り敢えずは、やることは一杯あるから、それをしながら考えるというのはどうかな?」


「そうだよマイ。

 夢だった魔導師になれたんだから、まずは喜ばないと」


「喜んで良いのかな」


「うん!」


 フミの力強い言葉に、涙が浮かぶ。

 急に心が軽くなった感じだ。

 シーテさんが私の頭を撫でる、うん、なんだか凄い甘えたい。

 二人の腕をとって、胸に抱える。

 嬉しい気持ちがあふれる。


 何に悩んでいたのかな、先が見えない不安に駆られていたのは、昔からだ進むしか無い。

 今はそれだけで十分だよね。


「時間が出来て、考えすぎてしまっていたようです。

 魔導師になりたいけど、成れるわけが無い、そう思っていたんです。

 魔導師になれたのも、巡り合わせが良かっただけで実力では無いです。

 今までやってきたことが虚しくなってしまったのかな?

 でも、魔導師になれた、これは嘘じゃ無いんですね」


 二人は何も言わずに寄り添ってくれている。


「魔導師になりたい、魔法の才能があると判った時に感じた夢でした。

 でも何時か魔導師になれたら自由になれる、そんな気がして、それに縋っていたように思います。

 今、自由ではありません、でも、不自由でもないです。

 これからの事は判りませんが、やっと魔導師になりたいという意味が見えてきた気がします」


 私が両手を前にかざす、月が目の前に見える。

 その月を救うように手のひらを開く。

 その手にフミの手が、シーテさんの手が重なる。


 二人が笑ってくれる、うん、大丈夫だ。






「私は私が理想とする魔導師になりたいです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る