第264話 研究所「検証」
自分自身に祈りを捧げるという奇妙な体験をしたあと、ブラウンさんに案内されて隅の岩が転がっている場所に行く。
「ここら辺が良いと思って、検証用の場所として仕切らせているよ。
何か判ると良いけど、自由に調べて下さい」
周りの人の目があるので堅苦しい言い方になってしまう。
一画がロープで仕切られていて、立ち入り禁止となっているが、ここも花を植えて整備している場所の一つだ、反感を買わないようにした方が良いかな。
岩を観察する。
数年を経過しているが、鋭利な断面の痕跡は残っている。
この大きさの岩を多数のオーガと一緒に時空魔術で切断した、はずだ。
それも周囲を見渡す限り幾千もの数を行使している。
今の私に出来る自信は無い。
足下の石を手に取り、ナイフを取り出して時空魔術を使って切断する。
音も無く切り落とされる。
その様子を見ていた周りの人がザワつくが、それは想定内だ。
「シーテさん、この岩の切断は空間の切断系の痕跡に間違いないですね。
ただ、魔術か剣術かは判りません」
石の切断面と岩の切断面を比較しながらシーテさんに話しかける。
「ええ、マイ様。
状況として、時空魔術によって切断された物として考えて良いかと」
声は大きめだ、周りの人に聞こえるように喋っている。
「私の時空魔術では、この大きさの岩1つを切断するのも困難です。
これほどの数の岩と数千にも及ぶオーガを切断したとなると、すさまじい能力と言えますね。
英雄マイという方に是非ともお会いしたかったです」
わざと驚嘆したかのように振る舞う。
周りで花の整備をしていた人たちが何か頷き合っているのを視界の端で確認する。
シーテさんとブラウンさんと目だけで頷き合う。
成功かな、私が英雄マイの方が優れているという事を伝えることで、不満を解消しようという目論見だ。
ただ言葉にするよりも、実際に戦った場所で具体例を示した方が良いと相談して決めた。
この日を選択したのも、コウの町から慰霊碑の場所の整備のために出来るだけ多くの人が来る日を見繕っている。
私たちの話を聞いた人たちが、話を広めてくれれば私が英雄マイとは別人で、また英雄マイの功績を狙っていない事や英雄マイの方が優れているというコウの町の人の自尊心もまかなえる。
ここまでは事前に予定していた通りだ。
改めて岩を見る。
数年分の風化を加味しても、これほどの数を切断したというのは自分が行ったことだと信じられない。
記憶をたぐるが、オーガを切断したらしい所からほとんど思い出せない。
研究所の周囲の森で時空魔術による切断を試しているけど、ここまでの威力を出すことは出来ないでいる。
せいぜい細い木々を数本切断するだけだ、これだけでも凄いことだと思うけど。
収納爆発の痕跡もある、崩れた岩のように見えるけど、大量の岩の割れ方と崩れ方から推測できる。
尾根伝いに収納爆発を行っての攻撃は本当に頂上付近まで行ったのかな?
巨人が崩した崖を殴ったことで山を大きくえぐられるように陥没しているので、詳しい状況までは判別できない。
辺りを見渡す、ここが元々山が有ったとは思えないほど開けてしまっている。
「マイ様、そろそろお戻りになりますか?」
ブラウンさんの声で我に返る。
周囲の人たちも帰り支度をしている、今からだと馬車でギリギリ日が落ちる前に戻ることが出来るかどうかという所かな?
私たちがノンビリ拠点の池に付く頃には、町民達が馬車でコウの町へ出発していく所だった。
残っているのは、私たちと奥の森へ行くのか戻ってきたのか判らないけど冒険者のチームが1つ。
この拠点は北の森の奥へ行くために使用していて、さらに奥にも、もう1つ拠点が作られているそうだ。
馬車が移動できるほど道は整備されていないけど、森の中へ続く道が見える。
守衛の人たちが夕食の準備をしてくれていた。
守衛の人から、今居る冒険者は北の森の奥を探索する依頼を受けたチームで、別の冒険者と交代で戻ってきた所だという。
馬車がコウの町の住民で一杯だったため、明日の定期便の馬車で戻る予定だろうとのこと。
夕食を皆で取って、周囲が整備されていることに驚いていることを伝える。
守衛の人たちも、この辺の植林に参加していたそうで、これから元通りの緑豊かな森になるだろうと期待を膨らませていた。
小屋の中で、この辺の簡易地図を広げて明日の予定を検討する。
「崩れた岩が多いので、広い範囲を調査するのは難しそうですね」
収納爆発で崩した岩が積み重なっていて、歩き回るには不向きな地形になっている。
慰霊碑までの道やその周囲の植林が進んでいる方が驚きだ。
ブラウンさんが地図を指して説明してくれる。
「今居る拠点の目の前の池が、巨人が地面を殴って陥没させた穴の後です。
慰霊碑のあった所の奥が、巨人が山を殴って崩壊させた後ですね。
巨人とオーガの死体は、池の所から居間の山頂付近まで広く散らばっていました。
気になった所があればおっしゃって下さい」
うーん、気になる所は何か。
「そうですね、巨人が現れた所。
巨大な黒い雫が落ちた所を、あと、封鎖されたダンジョンを確認しておきたいです」
どちらも調査して痕跡が無いことを確認済みだ。
ダンジョンは今も存在していることになっているけど、本当は消滅済みで岩で塞いでいるように偽装している。
数年前までは入り口に守衛を配していたけど、現在は定期的に確認している程度とのこと。
そして、巨大な黒い雫の落ちた場所。
しばらくは草木も生えない不毛な地だったが、現在は下草が生えているとのこと。
両方とも一度確認しておきたい。
「うむ。 ならば巨大な黒い雫が落ちた場所を明日確認しよう。
ダンジョンは最終日でも良いだろう」
了承の意味を込めて頷く。
「マイ様、今日は何か気がついたことはありましたか?」
シーテさんが聞いてくる。
うーん、守衛さんが居るから何時もの調子で話せないのが窮屈だよ。
今日 確認した所は慰霊碑の周囲だけ。
戦いの後の切り裂かれた岩を確認した、ほとんどの岩が1刀の元に切られていた。
切断後の表面を見る限り、綺麗すぎる、これを実現するには剣士が使う空間切断という特殊な技、または魔術でも空間を切断するような物になる。
時空魔術では収納空間と現実空間の境界面が一種の時空の断裂になる。
しかし、収納空間と現実空間を繋ぐ面は非常に脆弱で物を切断するほどの威力は無い。
今日、石を切ったときのように収納や取り出しを無視して空間の接合面だけを強化して発生させればそれなりに切ることは出来た。
でも、岩やオーガ、ましてや巨人を切るなんて事は実現できていない。
あの時の私は一体何をしたんだろ?
「やはり、岩やオーガ、巨人を切断した魔術が不明ですね。
強力な威力を何千も行使したというのが判りません。
全く未知の魔術を行使したとしか思えませんね」
シーテさんもブラウンさんも、ギムさんまでもが驚いている。
まあ、3人は私がやったことを知っているのだけど、その本人が判らないというのだから何というか困った物だよね。
しばらく話し合った後、私とシーテさんが寝て。
ブラウンさん、守衛さんの3人が夜の番をしてくれた。
翌日、朝食を軽く済ませて、巨大な黒い雫の落ちた場所に向かう。
ボッカリと森の中に木の無い空間が広がっている。
色々な下草が生えているが、あまり元気があるように見えない。
土に問題があるのかな?
数本、立木があるが細くて枯れかけている。
私はシーテさんと探索魔術など幾つかの反応を見る魔術を行使する。
反応が無い。
「植物の育ち具合が悪いのは気になるけど、反応が無いわね」
引っかかる、反応が無い?
本当にこの一帯は何も反応しない。
気になって、地面の中も探索魔術を行使する、普通になら雑多な反応が返ってくるはず。
やっばり。
「異常なほど反応が無いです。
根こそぎ無くなってしまった感じですね。
反応が無いのが異常です」
私の言葉にシーテさんが反応して、広範囲の探索魔術を行使する。
「本当ね、木のある辺りの反応とこの辺の反応が違いすぎるわ。
密度が違うというの?
比較しなかったら気がつけなかったかも。
黒い雫の影響かな、それとも魔物の影響かしら」
「どちらかを断定するのは無理でしょうね。
ただ、出来るだけ新しい黒い雫の後を調査する必要はあるかと思います」
「うん手配するよ、とはいえ探索魔法か魔術を使える者が少ない、協力を要請するかもしれないね」
「そうですね、判りました」
考え込む。
何が起きたのか、すでに年月が経過していて痕跡から判ることは限られる。
でも、今も黒い雫は落ちて黒く大地を染めている。
その現象を詳しく観察することが出来れば何か判らないかな。
不明点を明確に出来ただけでも今は良しとしよう。
その後、木の生えていない一帯と森との違いを1日掛けて調査した。
翌日。
今日はダンジョンを確認してコウの町へ戻る予定だ。
ダンジョンの場所はシーテさんの魔術によって、厳重に岩で塞がれている事になっている。
探索魔術を行使しても何の反応も無い。
うん、これは判っていた。
ブラウンさん曰く、もうジョムさんでも痕跡を見つけるのは無理だろうとのこと。
人が少ない慰霊碑に再度訪れる。
ダンジョンのある場所の上なので直ぐだ。
慰霊碑の近くまで行く。
慰霊碑の前が大量の出血の跡が有った場所でその部分は低い柵で囲われている。
一応、探索魔術を行使するけど何の反応も無い。
形だけの祈りを捧げて、コウの町へ戻る。
個人的にはこれからが本番かもしれない。
宿屋タナヤに宿泊し、関係者と面会する。
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