第263話 研究所「慰霊碑」

 コウの町の町長との会食を済ませて客室に入る。

 シーテさんと同室にして貰っている。


「マイちゃん、やっぱり知っている人と長く話すのは危険ね」


「そうですね、見た目の年齢は違いますが、容姿は似ていますし、言葉使いは変えられるほど器用じゃ無いです。

 出来るだけ会わない方向で行きましょう」


「でも、ギルドマスターには会わないといけないわよ」


「それと、ギルドマスターの娘さんのアンさんも注意ですね。

 昔と違って大人になっているのですが、魔導師になる時に、貴族院で何度か私の対応に当たっています。

 昔は付き合いが少なかったとはいえ、ギルドマスターから詳しく聞いている可能性は高いので」


「うーん、取り敢えずは大丈夫な気がするわ。

 見た目の年齢が違いすぎるのが一番ね、それよりも英雄マイを神聖視して嫌がらせされないか気になるわ」


「そこは、町長とギルドマスターから何度も言っているそうなので、大丈夫じゃ無いですか?」


「うーん、表面上はね。

 でも割り切れていない人は多いのよ、特に親しかったり命を助けられた人にとってはね。

 本人なのにね」


 シーテさんが苦笑というか悲しそうな表情で私を見る。

 私が同一人物と名乗り出ることは出来ないし、信じることも難しいと思う。

 そして、私は名乗り出ることが出来ない。

 少し話題を変えよう。


「明日の予定はどうなってましたっけ?」


「明日からは北の森に入って、数日、現地を視察することになるわね。

 実際、マイちゃんも行くのは初めてでしょう。

 報告書を読んでいると思うけど、驚くわよ」


「えっ、切り崩した山の後があるだけですよね?」


 私は宿屋タナヤで目覚めてから領都の魔法学校へ行くまでの間、北の森へ行く機会は無かった。

 ある程度の体力作りとしてギムさん達と森に入ったりしたけど、浅いところ止まりだった。

 5歳の外見で実際体力も殆ど無かったから仕方が無い。

 そして、私が戦った場所については誰も詳しく教えてくれなかった。


「ま、それは実際に見てのお楽しみね。

 その後は、宿屋タナヤに宿泊ね、魔導師マイの要望と言うことで了承して貰えたわ。

 宿屋タナヤの人達が一番 英雄マイと親しかったからね」


「楽しみですね、ギムさん達と会うのは?」


「明日の案内はブラウンがしてくれるわ。

 護衛も守衛から出るみたい、人選はギムがしているから問題無いわね。

 宿屋タナヤで会食を開いて、みんなを集めるのは視察の後の予定。

 その後にギルドマスターとの面会、多分アンも出てくるわ、注意ね」


 注意しすぎて困ることは無い、でも少し窮屈に感じるな。

 この後、シーテさんと幾つかの確認をして眠りに就いた。



■■■■



 翌日、馬車に揺られています。

 小型の荷馬車で人も乗せられる実用的な物、私とシーテさんはこれから2泊3日で北の森の戦いの後を視察する。

 護衛はもう1台の馬車に乗っているブラウンさんと守衛2人の3人、研究所の守衛をしてくれている人だ、面識があるベテランの人達なので安心できるね。

 北の門を出て直ぐに気が付く。

 私の知っている山の形と違う、尾根伝いに山を崩しながら移動したとはいえ、ここまで変わってしまう物だろうか?

 頂上が有った場所から西側に山の名残は無い。


 山の地質から縦に割れやすい岩盤で構成されていることは、コウの町にあった詳細地図と実際に現地で確認して確認していた。

 とはいえ戦いでの効果は未知数だった、尾根を崩しても岩が無くなるわけじゃ無い、山頂付近に近づくにつれて切り崩せる岩の量は少なくなっていたはずだ。

 目の前に有る山は西側が噴火口の後のように大きく抉られている。


 馬車が小川を渡す橋を越える、ん?こんな所に橋ってあったかな。

 私が不思議に思って見ていると、御者の人が気が付いて答えてくれた。


「この辺りは遊水池が多くて湿地帯になっています、なので簡易的な橋が多く架けられていますね。

 魔物の氾濫の後に湧水の場所が何カ所か変わって、そのせいで幾つかの橋が追加されたり撤去されたりしています。

 あと、わざと川幅を広くして、そのまま川を渡るようになっている箇所もありますね」


「ありがとうございます。

 新しい橋があったので戦いの後かと思いました」


 危ない、今の私は昔の遊水池の様子なんて詳しく知らないはずだ。

 橋の築年数で誤魔化せたかな、少し苦しい。

 気を付けないと。


 荷馬車は北の村へ行く街道から北の森は入る分かれ道を入る、ここも昔は荷馬車が入れない道だったはず。

 今は、北の森の更に奥地を探索するための拠点が作られてその為の道も整備されている。

 森の中を進む、緩い丘を登ると大きな池があった。

 記録が確かなら巨人が殴って陥没させた穴に湧水が貯まって出来た池だそうだ。

 その周囲に馬小屋や小屋が幾つか整備されて拠点として使えるようになっている。


 あと、明らかに庶民に見える人が居る、その人は私をジッと見つめている。

 何だろ?


「マイ様、まずは英雄マイの慰霊碑へ行っていただきます」


 ブラウンさんが仰々しく言う。

 私とシーテさん、そしてブラウンさんの3人で徒歩移動する。

 ブラウンさんの態度は周囲に居る人達に対して、私の立場を判らせるためかな。

 ここからは徒歩で移動する。

 崖が見える方向の森に入っていく、道は人が普通に歩けるように整備されている。

 これも違和感を感じる、森の中でここまで整備した道が必要なのかな?


 道は緩やかに上っていく、周囲の森も木々は若く広い庭園のように感じてしまう。

 元々山を崩した瓦礫の後だったはずだ、この木々は植林したのだろうか。

 そして、しばらく雑談しながら歩いていると、森が開ける。


 私は、その光景に息をのんだ。


 目の前には鋭利に切られた岩が沢山転がっていて、山の方へ向かって積み重なっている、それは予想していた。

 その岩の周囲に花々が植えられていて不思議な光景になっている。

 私が唖然としていると、シーテさんが私の肩に手を置く。


「これは、コウの町の人達が植えた花よ。

 沢山の人達が英雄マイに感謝してこの辺を整備したの」


 整備された道を歩いて行く、現実感が湧かずに周囲を見る、ここがあの戦いがあった場所なのかな。

 何人かの人がこの場所の整備をしている。

 1つの黒い板状の岩が中央の岩の上にある。

 そこが目的地の様だ。


「慰霊碑です、この場所で英雄マイが死んだとされています」


 ブラウンさんとシーテさんが祈りの姿勢を取る、私も習って祈る、何とも言えない。

 シーテさんが小さく言う。


「ここで蒼いショートソードと大量の血痕が見つかったの。

 だから、町の人達にはここで死んだと思っているわ」


 そうか、私はここで力尽きたんだね。

 全く覚えていない、私が見つかったというダンジョンの後はここの下の岩かな。

 周囲を見ると丁度コウの町の壁の上が遠くに見える位の高さだ。

 町からの距離はそれなりにある、この場所を綺麗に整備するなんてなんて凄い手間だったはず。






 守ることが出来た、何となくだけどようやく実感することが出来た気がする。

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