第262話 研究所「コウの町訪問」

 ギムさん達の来訪は楽しかった、情報の共有も出来たし、それ以上に昔のような雰囲気は心地良い物だったね。

 夕食ではワインを出してみんな気持ちよくなった、私は少し舐めただけだけど。

 メニューはナカオさんが用意してくれた具材に更にギムさん達が持ち込んだ具材を、一番食にうるさいジョムさんが中心に中々豪華な料理に仕上げてくれた。


 こっそり、シーテさんと料理の勉強をする約束をする、だって見た目からして一寸した高級料理店の物だといっても通用する感じなんだもん。

 私とシーテさんが作ったのは、うん、独身者の食べられれば良い見た目無視の料理だ、味はそれなりだよ、たぶん。


 食後に本題を切り出すことにした。


「ギムさん、研究所も一段落して来たので、この研究所の目的の一つの英雄マイの足跡を検証したいと思います」


 この時空魔術研究所は、時空魔術の研究だけじゃない、魔物の氾濫の時に特種ジャイアントを含む超上位種のアー・オーガを含む魔物の群れを倒した英雄マイの力の謎を解明することも目的にある。

 英雄マイの正体が私なんだけど、私自身がその時の戦いの記憶で特に肝心の後半については覚えていない。

 解明する義務だけじゃない私自身なんで無謀な戦いを挑んだのか理由を知りたい。


 特に戦いの跡地を詳細に調査するのは必要だろう。

 7年以上経過しているので、痕跡はほぼ無いと考えられているけど。

 その為、私がするのは戦った跡地を調査するだけじゃなくて、英雄マイと関係した人物から聴取した資料を見聞することにある。

 直接会うのは出来るだけ避ける、勘のいい人だと私が英雄マイと同一人物であると感づく可能性があるから。 それに私が平常心で対応できる自信が無い。


「うむ。 了解した、日程は何日ほどを予定しているのかな。

 宿泊は町長の館になるのが通例だが?」


「ギム、どうせなら宿屋タナヤに宿泊は出来ない?

 一番の関係者なんだし公的な来訪じゃなくて調査でしょ、儀礼を施す必要は無いと思うわ」


「そうですね、私達が集まるのにも都合が良いですし、フミさんも喜ぶでしょう」


「そうじゃな、それにマイにはうちの嫁も紹介したいしな」


「あ、ジョムさんの奥さんもそうですが、ギムさんの奥さんもブラウンさんの奥さんにも会いたいですね。

 期間は現地を3日程度、資料は持ち出し不可なら5日程度でしょうか?」


「そうね、それ以外にも町長とギルドマスターとは対談の場を設ける必要はあるでしょうね」


 あ、そうか、町長とギルドマスターに会わないといけないか。


「あれハリスさん、教会の長には会う必要は無いんですか?」


「マイさん、教会は基本的に行政には関わらないので、私が対応で十分ですね。

 ああ、教材や教育についての相談は有ると思いますが、形式的なものは不要です」


 やはり教会の立ち位置がよく判らない、権力が殆ど無いというのか持つこと自体を抑止されているように感じる。

 私と会うことすら避けるのは何か理由があるのかな。


「教会の役割が教育機関と医療機関、そして孤児院としての役割を持っているというのは知っていると思います。

 そのためそれなりに影響力があります。

 逆に、宗教としての活動は厳しく制限されています、

 国としては、その影響力を目的外に利用することも制限する目的があるのでしょう。

 権力や地位のある人に会うのは必要に迫られない限り避けているんですね」


 この辺は、歴史的な理由があるらしいけど、私はこの辺の勉強をしていないので詳しくは知らない。

 子供の教育と命を預かる医療機関、それを持っているのだから責任は大きいし権限もあるだからなのかもしれない。


「判りました、ハリスさん。

 教会に関しては教育関係で協力を願い出ることがあれば、知らせて下さい」


「ええ、専門的な物としてお願いするかもしれません。

 教育能力が不足しているのが現状なのです」


 教育資料、一応 教会から領主様へ要望すれば教育資料は送られてくる、これは支配階級の義務なので必要な知識の配布は行われている。

 ただ、その知識を理解して教える人材はどこでも不足している、そして魔術師や魔導師は植物学や地質学、生物学など畜産や農業に必要な知識も学んでいる。

 私やシーテさんなら教師としての力量はあると思う。


 魔法学校で畜産や農業、その他の知識も得ることが出来るけど、魔術師を目指してきているので、余程のことが無いと手を付けないんだろうね。

 本当は、領都の専門学校でそれぞれの専門知識を学習するのが一番なんだけど、学費も掛かるし領都へ行ったら町や村より豊かな環境に留まってしまい、帰ってこない事も多い、難しい所だ。


「では、ギムさん町長との調整をお願いします。

 予定が立ち次第、コウの町へ行きたいですね」


 私はギムさんとブラウンさんに頭を下げた。


「はい、お任せ下さい」


 実質的な実務をしているブラウンさんが微笑んで答えてくれる。



■■■■



 それから十数日してコウの町への訪問が決まった。

 目的は、英雄マイの戦った跡地の視察、そして関係した人物からの聞き取り調査の資料の閲覧。

 コウの町の町長とギルドマスターとの対談。

 実際、日中の予定はびっしりで、ユックリしていられる時間は少ない感じだ。

 研究所は守衛さんが変わらず警護?してくれるので最低限の戸締まりで十分だ、貴重品は全部収納してしまっているので入られても問題ない。

 家の方もナカオさんが留守番してくれる、大掃除をすると張り切っていた。


 移動する日、人が乗る専用の箱馬車が迎えに来てくれる。

 4人乗りの小型の馬車で軽く速度が出せるように作られている。

 それよりも高性能で豪華な馬車が車庫にあるんだけどね、領都から来たときに使用した魔導師用の馬車だけど特別な式典以外では使用しないで欲しいと釘を刺されている。

 という事で研究所に来てから一度も使っていない。


 少し早めの昼食を取って移動をする。

 私とシーテさんを乗せた馬車は、スプリングが効きすぎているのか、突き上げる振動が無い代わりにフワフワと上下に揺れて少し酔いそうになるね。

 コウの町に到着は夕方に近くなってきた頃になる、普通の荷馬車よりも速く移動できるとはいえ、それなりの時間が掛かる。

 コウの町の東の門が見えてくる、懐かしい思いが湧いてくる、こんなに近いのに訪れることすら自由に出来ない。

 そういう立場なのは理解しているし、現状がかなり自分にとって有利な状況なのは判っている、けどもどかしい思いは中々薄まらない。

 その私の表情を読んだのだろう、シーテさんが私の手に手を重ねて優しく微笑んでくれた。


 支えてくれている人達がいる、なら大丈夫だ。


 馬車は門で止められることも無く町長の館に着く。

 広場に居る人達が一斉に私を見る。

 夕方で人出は少ないけど、やはり私を見る人達の目は懐疑的な印象を受ける。


 役場の人が出てくると、町の人達が散り散りに離れていく。

 うーん、どうしたものかな。


 町長の館の貴賓室に案内される。

 この貴賓室は研究所にある貴賓室とは違い数十人をもてなす事が出来る豪華な物だ。

 少人数用の応接室もあるけど、中位貴族相当の私は一番良い部屋を利用するのが礼儀になる。

 うん、面倒くさい。


 夕食になる。

 私とシーテさん、そして町長のコウさんと奥さんの4人。


「ご来訪を歓迎いたします、魔導師マイ様。

 簡単ですが楽しんでください」


 コウさんがニッコリ笑うけど、表向きの顔だね。

 私も余り会話できない、コウさんとは少ないとはいえそれなりに会話している。

 シーテさんが中心に対応してくれている。


「こちらこそ、歓迎ありがとうございます、町長。

 ご子息はどうされていますか?」


「はい、娘は領都の貴族院で勉強中です。

 息子は公式の場は未だ無理ですので先に休ませて貰っています。

 今日も教会で勉強を受けてきていますね」


 コウさんの長女は領都の貴族院で町長に必要な勉強をしているけど、7歳年下の長男が生まれている。

 あれ、町長の子供なら家庭教師を受けても良いはずでは?


「教会ですか?」


 私がふと口にする。


「ええ、出来るだけ多くの人と触れ合う機会を設けようと思っています。

 それと、町長の息子であっても、格を得ていないのなら只の人です。

 マイ様は、その年で魔導師の格を得たのですから素晴らしいです」


「いえ、巡り合わせが良かったと思っています。

 得た格に見合う様になれるよう、日々鍛錬しています」


「そうですか、いえ、そういう意思を持っているからこそなんでしょうね。

 巡り合わせですか、英雄マイがコウの町に来たことも巡り合わせだったんでしょう。

 彼女が居なかったら、おそらくコウの町は滅んでいました」


 複雑だ、コウの町に来たのは、ただ故郷から遠ざかりたかっただけだ。

 巡り合わせというのなら、私はコウの町で救われたんだ、この町を宿屋タナヤの皆を失いたくなかった、ただそれだけの自分本位の行動だった。

 褒められるような事はしていない。


 私が複雑な顔をしているのを気が付いたのかな?


「同じ名前なので、周囲の目があるかと思います。

 でも、マイさんはマイさんですので、お気になさらないように」


「はい、ありがとうございます」


 どうやら、魔導師になった私に、英雄マイを重ねて嫌悪感を持っている人はまだ居るようだ。

 こればっかりは仕方が無い、同じ名前というだけで魔法学校に入学前も異物を見るような目で見られていたから、その私が時空魔導師として帰ってきたのだから心情としては複雑なのだろう。


「英雄マイと魔導師であるマイが別人であることの周知は進んでいないのですか?」


 シーテさんがやや咎めるように言う。

 シーテさんの視線にコウさんが少し目をそらす。

 さっきの言葉が励ましているつもりで、ただの責任逃れだと指摘している。


「皆、周知しています。

 ただ英雄マイの時空魔術師より上位である時空魔導師であることに納得できていない者が多いのが実情でして」


「それを不敬と取られたらどうなるかは判っているかと思います。

 マイ様は中位貴族、コウシャン領では領主様に次ぐ権力者であることを忘れないで下さい」


 シーテさんが詰め寄るけど、コウさんも理解している、私が名ばかりの貴族位で軟禁状態の扱いであることを。

 そのせいで対応に困っているのだろう。

 コウさんは、決して無能でもないし、相手を見下すような性格では無い。


「少なくても、私に実害が無いように取り計らって下さい。

 今はそれ以上は望みません」


 私の言葉に驚いたような視線を向けるコウさん。

 うん?


「はい私の力不足です、マイ様に実害が及ばないように取りはかることをお約束します」


 その後、私をじっと見る。


「ただ、マイ様が英雄マイと余りにダブって見えてしまうので私も混乱してしまいました」


 喋りすぎた?

 いや私が英雄マイと同一人物である事は物理的にあり得ない事になっている。

 ただ、私自身が特に演技していないので、そう見えてしまうのだろうね。

 釘を刺して終わりにしておこう。






「コウさんの言ったとおり私は私です。

 英雄と呼ばれる存在と同一視されるのは迷惑ですね」

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